三浦 直之(みうら なおゆき、1987年10月29日 - )… 三浦 直之(みうら なおゆき、1987年10月29日 - )は、日本の劇作家・演出家・脚本家。劇団「ロロ」主宰。宮城県出身。日本大学芸術学部演劇学科中退。 宮城県仙台市生まれ。幼児期は女川町で暮らし、小学校3年生から富谷町の新興住宅地で育つ。中高生の頃は演劇との縁は薄く、小説・映画・漫画・アニメ・ライトノベルなどに触れて過ごしており、とりわけ金城一紀『レヴォリューションNo.3』などの青春小説に熱中していた。一番影響を受けた本はイアン・マキューアン『贖罪』であった。 宮城県仙台第三高等学校時代は映画を撮りたいという夢を持っていたが、同級生の演劇部員に頼まれ映画制作のために部費を回してもらうという条件で演劇の大会に出場し、東北大会の優秀賞を獲得した。
キムラ 真(キムラ まこと、1981年7月17日 - )は、… キムラ 真(キムラ まこと、1981年7月17日 - )は、日本の劇作家、演出家、俳優。劇団ナイスコンプレックス主宰。宮城県仙台市生まれ、北海道札幌市育ち。かつての名義は木村真。
大日 琳太郎(だいにち りんたろう、1960年3月10日 -… 大日 琳太郎(だいにち りんたろう、1960年3月10日 - )は、日本の劇作家、演出家、作曲家、俳優。ふるさとの物語制作委員会の芸術監督。宮城県芸術協会会員。 宮城県仙台市出身。本名は針生登志雄(はりうとしお)。父貞一、母貴美子の次男として生まれた。仙台市立若林小学校、仙台市立八軒中学校、宮城県仙台第一高等学校、東北大学経済学部卒業。 東北大学入学後、作曲を佐藤真に師事。ピアノを松浜恵子、杉山哲雄に師事。楽典を鶴岡たみ子に師事する。大学卒業後上京し、1988年第12回神奈川芸術祭作曲コンクール入選。その後、20年にわたり東京で俳優として活躍しながら、能の謡曲と仕舞を古川充 (観世流九皐会)に師事、義太夫教室にも通い、近松門左衛門や真山青果、三島由紀夫らに私淑し多くの戯曲を執筆、また演出した。
高泉 淳子(たかいずみ あつこ、1958年7月26日 - )… 高泉 淳子(たかいずみ あつこ、1958年7月26日 - )は、日本の女優、劇作家、演出家。宮城県古川市(現在の大崎市古川)出身。 早稲田大学社会科学部卒業後の1983年、白井晃とともに遊◎機械/全自動シアターを結成。おもに「家族」をテーマにした戯曲を数多く発表する。同劇団の看板役者として子供から老人まで様々な役柄を演じ分ける。舞台『僕の時間の深呼吸』から登場した、チリチリ頭に黒ブチ眼鏡の小学生「山田のぼる」が当たり役となり、外見から「日本一ランドセルが似合う女優」とも評された。山田のぼるを主人公とした戯曲を数本作るとともに、1993年10月から1994年9月にかけては、そのキャラクターのままフジテレビの子供番組『ポンキッキーズ』にMCとしても出演した。
真山 青果(まやま せいか、旧字体:眞山 靑果、1878年(… 真山 青果(まやま せいか、旧字体:眞山 靑果、1878年(明治11年)9月1日 - 1948年(昭和23年)3月25日)は、日本の劇作家・小説家。本名は、真山 彬(まやま あきら)。日本芸術院会員。 宮城県仙台市裏五番町三番地に生まれる。父・寛は旧伊達藩士の士族で小学校の校長だった。1895年宮城県尋常中学校を中退。1896年に上京し、1897年日本中学校を卒業。同年、第二高等学校医学部に入学するも、小説や詩の習作に熱中して落第。1904年、佐藤紅緑に師事し「青果」の号を与えられる。翌年には小栗風葉門下となる。1907年、仙台市に近い農村を舞台とした農民文学の『南小泉村』(「新潮」1907年5月号)で注目されるも、1908年原稿二重売り事件を起こす。