狩野 英孝(かの えいこう、1982年〈昭和57年〉2月22… 狩野 英孝(かの えいこう、1982年〈昭和57年〉2月22日 - )は、日本のお笑いタレント、YouTuber、ミュージシャン、俳優、神職。マセキ芸能社所属。芸風はナルシシストキャラによる1人コント、クセの強い歌ネタ、リアクション芸が特徴。ミュージシャンとしては、主に『ロンドンハーツ』のドッキリ企画から誕生した50TA(フィフティーエー)として活動。第39代櫻田山神社神主。 宮城県泉市(現:仙台市泉区)生まれ、栗原郡栗駒町(現:栗原市)育ち。弟は放送作家の狩野孝彦。幼少期を泉市、黒川郡富谷町(現:富谷市)で過ごしたが、父が神職の資格を取得したことを機に、父の実家である櫻田山神社へ転居した。 鷹乃杜幼稚園、栗駒町立尾松小学校(現:栗原市立栗駒南小学校)、栗駒町立栗駒中学校 (現:栗原市立栗駒中学校)、宮城県築館高等学校卒業。
黒須 貫(くろす とおる、1964年(昭和39年)7月22日… 黒須 貫(くろす とおる、1964年(昭和39年)7月22日 - )は、日本の政治家、神職。宮城県角田市長(2期)。元角田市議会議員(2期)。 宮城県角田市出身。宮城県角田高等学校、國學院大學法学部卒業。 鶴岡八幡宮で修行の後、熱日高彦神社の神主に就任。同神社含む4神社の宮司を務めている。 2015年(平成27年)9月13日に行われた角田市議会議員選挙に立候補し初当選。2019年(令和元年)再選。 2020年(令和2年)5月下旬、市議を辞職。6月12日、任期満了に伴う角田市長選挙に立候補する意向を表明。7月12日に行われた市長選に自由民主党・公明党の推薦を受けて立候補し、元市議の武田暁、元市職員の木村伸一を破り初当選した。
今泉 定助(いまいずみ さだすけ、文久3年2月9日〈1863… 今泉 定助(いまいずみ さだすけ、文久3年2月9日〈1863年3月27日〉 - 昭和19年〈1944年〉9月11日)は、日本の神道家、思想家、国文学者。宮城県白石市出身。 神宮奉斎会会長。日本大学皇道学院院長。東洋文化研究所講師。前名は定介(さだすけ)、号は竹の屋主人。 東京大学古典講習科入学以来、明治時代は純粋な国文学者としての道を歩む。初代司法大臣山田顕義にかわいがられ、将来を嘱望され、皇典講究所の講師を依頼された。大正の初期に川面凡児の実践的神道論に影響を受けてより、本居宣長以来の国文学的神道論に加え、実践に基づく信仰的な神道論を加えて「皇道」と呼び、それを国民の指針として普及する活動に尽力する。
泉 麟太郎(いずみ りんたろう、1842年〈天保13年4月2… 泉 麟太郎(いずみ りんたろう、1842年〈天保13年4月21日〉 - 1929年〈昭和4年〉1月7日)は、北海道栗山町の前身である角田村の開祖。 1842年(天保13年4月21日)、陸奥国伊具郡角田にて、陸奥石川氏に仕える添田保の子として生まれる。幼名は拙之助。 成教堂で経史を修めた拙之助は、生徒たちに書物の読み方を教える「句読役」を命じられ、さらに仙台への遊学を経てからは、成教堂目付兼武頭役に就いた。 1864年(元治元年)8月1日、角田藩重役の泉靖七郎の養子となり、10月6日には藩主・石川義光から「麟太郎」の名を賜る。 1868年(慶応4年)に戊辰戦争が勃発すると、仙台藩一門の筆頭格たる石川家は、はじめ仙台の警備にあたっていた。