丸山 ゴンザレス(まるやま ゴンザレス、1977年10月30… 丸山 ゴンザレス(まるやま ゴンザレス、1977年10月30日 - )は、日本のジャーナリスト、コメンテーター、編集者、考古学者、YouTuber、國學院大學学術資料センター共同研究員。宮城県仙台市出身。株式会社マルヤマ製作所所属。國學院大學大学院文学研究科史学修士号。愛称は「マルゴン(丸ゴン)」。 仙台育英学園高等学校、國學院大學文学部史学科卒業。同大学院文学研究科史学修士号を取得後、無職、日雇い労働、出版社勤務を経て独立。犯罪、人権、貧困、文化問題などへの知見がある。テレビ番組「クレイジージャーニー」(TBS)では、世界中のスラム街や犯罪多発地帯を渡り歩く「危険地帯ジャーナリスト」として出演。
近江 俊秀(おおみ としひで、1966年 - )は、日本の考… 近江 俊秀(おおみ としひで、1966年 - )は、日本の考古学者、文化庁調査官。専門は日本古代交通史。 宮城県石巻市生まれ。1988年奈良大学文学部文化財学科卒業。奈良県立橿原考古学研究所主任研究員、文化庁入庁、文化庁文化財部記念物課埋蔵文化財部門に勤務。文化庁文化財調査官。2012年『道が語る日本古代史』で朝日新聞出版・第1回古代歴史文化賞「なら賞」受賞。
石野 博信(いしの ひろのぶ、1933年 - )は、日本の考… 石野 博信(いしの ひろのぶ、1933年 - )は、日本の考古学者。奈良県立橿原考古学研究所研究嘱託、兵庫県立考古博物館名誉館長。主として古墳時代を研究領域としており、とくに纒向遺跡の発掘調査に携わったことで知られる。 1933年、宮城県牡鹿郡渡波町(現・石巻市)で生まれた。宮城県石巻高等学校を経て、関西学院大学文学部に入学し、考古学を専攻。関西大学大学院に進み、修了。 大学院修了後、兵庫県教育委員会に勤務して文化財の調査と研究にあたった。のち、奈良県立橿原考古学研究所所員に転じた。同研究所では、1971年より関川尚功とともに奈良県桜井市の纒向遺跡の発掘調査に携わった。纒向遺跡出土土師器の分類によって纒向編年を行い、また、外部からもたらされた大量の土器の存在から纒向遺跡を3世紀の都市的な遺跡であることを明らかにした。
後藤 勝彦(ごとう かつひこ、1929年 - 2016年)は… 後藤 勝彦(ごとう かつひこ、1929年 - 2016年)は日本の考古学者。
斎藤 忠(さいとう ただし、1908年〈明治41年〉8月28… 斎藤 忠(さいとう ただし、1908年〈明治41年〉8月28日 - 2013年〈平成25年〉7月21日)は、日本の考古学者。 1908年、北海道で生まれた。生後ほどなく仙台市に移り、幼少期を過ごした。1926年3月、宮城県仙台第二中学校を卒業し、同年4月に第二高等学校文科甲類入学。1929年4月、東京帝国大学文学部国史学科に入学。1932年、卒業論文『本邦古代に於ける葬制の研究』を提出して同大学を卒業。 1955年、学位論文『新羅文化の考古学的研究』を東京大学に提出して文学博士の学位を取得。1965年、東京大学教授に就いた。1970年からは大正大学教授として教鞭を執り、1983年に退任。その後は財団法人静岡県埋蔵文化財調査研究所長を務めた。
伊東 信雄(いとう のぶお、1908年(明治41年)3月17… 伊東 信雄(いとう のぶお、1908年(明治41年)3月17日 - 1987年(昭和62年)4月10日)は、日本の考古学者。東北地方の縄文・弥生・古墳時代、古代・中世・近世史、樺太(サハリン)の先史時代研究に大きな業績を残した。東北大学名誉教授。 1957年に東北大学考古学講座初代教授に就任した。東北地方の原始・古代文化を考古学的手法により解明し、「東北の考古学の父」と呼ばれた。伊東は、山内清男とともに東北の古い縄文土器の編年を確立し、特に青森県垂柳遺跡の発掘において、東北地方の稲作農耕を明らかにする研究を進めた。 戦前には、通説として「東北の古代文化は遅れていた」、「東北地方は鎌倉時代まで石器時代が続いた」とされていた。