三浦 隆司(みうら たかし、1984年5月14日 - )は、… 三浦 隆司(みうら たかし、1984年5月14日 - )は、日本の元プロボクサー。秋田県山本郡三種町出身。元WBC世界スーパーフェザー級王者。八竜中学校、金足農業高等学校卒業。帝拳ボクシングジム所属。入場曲はAC/DC「Back in Black」。横浜協栄で日本フェザー級王座を2度獲得した三政直は叔父にあたる。 アマチュアボクシングでは、高校時代の2002年によさこい高知国体で優勝するなど40戦34勝の実績を残した。その後、プロへ転向。2003年5月7日にはB級プロテストに合格し、当時の所属先横浜光ボクシングジムの会長関光徳から「サウスポーのファイター型で、パワーがすごく、まったくのプロ向き」と期待された。
五十嵐 俊幸(いがらし としゆき、1984年1月17日 - … 五十嵐 俊幸(いがらし としゆき、1984年1月17日 - )は、日本の元プロボクサー。秋田県由利本荘市出身。帝拳ボクシングジム所属。元WBC世界フライ級王者。 秋田県立西目高等学校でボクシングを始める。2000年2年時とやま国体少年ライトフライ級3位になり、由利本荘市栄光賞を授与され、2001年3年時にインターハイライトフライ級・新世紀・みやぎ国体少年ライトフライ級の2冠を達成。これにより由利本荘市体育協会特別栄光賞を授与される。 高校時代は西目高監督の佐々木学の指導を受けた。また、大場政夫が新人だった頃に帝拳ジムでトレーナーを務めた由利本荘市出身の尾形荘二と知り合い、支援を受けた。 高校卒業後、東京農業大学造園科学科に進学し、2003・2004年全日本選手権ライトフライ級を連覇。
榎 洋之(えのき ひろゆき、1979年9月14日 - )は、… 榎 洋之(えのき ひろゆき、1979年9月14日 - )は、日本のプロボクサーである。秋田県秋田市手形山中町出身。1998年に角海老宝石ボクシングジム所属としてプロデビューし、2004年には日本フェザー級王者に、2006年にはOPBF東洋太平洋フェザー級王者になる。 14歳の頃、兄の影響でボクシングを始める。金足農業高校時代、1997年のなみはや国体では3位に入賞した。この時、内山高志との準決勝での判定に納得がいかず、皇族が観覧していた表彰式では客席の椅子を蹴り倒すなどして暴れ、退場した。このために進路内定を取り消され、アマチュア界から追放扱いされた。このことによってプロボクサーを志すようになる。
山本 義広(やまもと よしひろ、1966年7月26日 - )… 山本 義広(やまもと よしひろ、1966年7月26日 - )は、日本の元プロボクサー。秋田県秋田市出身。二松学舎大学附属高等学校、高千穂大学卒業。第21代日本スーパーライト級王者。ヨネクラボクシングジム所属。 中学時には器械体操で秋田県個人総合優勝、東北大会、全国大会にも出場する。県内の秋田県立能代高等学校に入学するも1年で退学。その後上京し、二松学舎大学附属高等学校に入学する。同校のOBには元WBC世界フライ級王者、小林光二がいる。 時を同じくしてヨネクラボクシングジムに入門。体操競技をやっていたためか抜群のパワーとスピードを持ち合わせ、ヨネクラジムの次代のチャンピオンと言われていた。本人は、「パンチ力とスピードは浜田剛史さんより上」と豪語していた。
工藤 政志(くどう まさし、1951年8月24日 - )は、… 工藤 政志(くどう まさし、1951年8月24日 - )は、日本のプロボクサー。身長173cm。元日本ミドル級王者。元WBA世界スーパーウェルター級王者。元リングマガジン世界スーパーウェルター級王座。レスリング出身でインターハイ3位という成績を持ち、ミュンヘンオリンピックの代表から外れたためにプロボクシングに転向したという経歴を持つ。 1951年、秋田県南秋田郡五城目町に生まれる。小学2年生の時に父を亡くした工藤は、新聞配達などで家計を助けた。五城目町はレスリングが盛んで、工藤も進学先の秋田県立五城目高等学校ではレスリング部に所属、インターハイ65kg級3位入賞などの成績を残す。高校卒業後もレスリングを続けるため自衛隊体育学校に入学するも、1972年にミュンヘンオリンピックの代表選考から漏れ、ボクシングへ転向する。