山崎 歩夢(やまざき あゆむ、2005年3月25日 - )は… 山崎 歩夢(やまざき あゆむ、2005年3月25日 - )は、競輪選手。福島県いわき市出身。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第125期生。日本競輪選手会福島支部所属、ホームバンクはいわき平競輪場。師匠は実父の山崎芳仁(88期)。 父は現役の競輪選手で、GIタイトルを9回獲得、40代後半となってもS級1班に在籍するトップレーサー・山崎芳仁(88期)。父がいわき平競輪場を練習拠点としており、自身も福島県いわき市で生まれる。 5歳であった2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の影響で、一家で一時的に沖縄県島尻郡与那原町に移住、それ以降は与那原中学校を卒業するまで同地で過ごした。
須藤 稚明(すどう ちあき、1990年6月15日 - )は、… 須藤 稚明(すどう ちあき、1990年6月15日 - )は、福島県出身の元女子競輪選手。日本競輪選手会千葉支部所属、ホームバンクは松戸競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生。師匠は平沼由充(83期)。旧姓は近内。夫は同じ競輪選手の須藤悟(99期)。 福島県立岩瀬農業高等学校を経て環太平洋大学に進んだ。 2011年2月25日、競輪学校第102回技能試験に合格。在校競走成績は26位(1勝)。 2012年7月6日、京王閣競輪場でデビューし4着。初勝利は2013年4月15日の同じく京王閣競輪場で挙げた。 2014年7月5日、同じ競輪選手である千葉所属の須藤悟(99期)と結婚、翌2015年2月9日に第一児を出産。
窪木 一茂(くぼき かずしげ、1989年6月6日 - )は、… 窪木 一茂(くぼき かずしげ、1989年6月6日 - )は、福島県石川郡古殿町出身の自転車競技選手、競輪選手。ロードレースとトラックレースの双方に出走しており、トラックレースにおいてはスクラッチで世界チャンピオンになるなど、国際的に活躍している。 競輪選手としては、日本競輪選手養成所(以下、養成所)119期生。日本競輪選手会福島支部所属。ホームバンクはいわき平競輪場。師匠は須永優太(94期)。 小学校ではサッカーを4年間続け、福島県大会で優勝。中学校ではバスケットボール部に入部し、3年時には主将になる。同時に陸上競技の特設駅伝部にも入っていた。 学校法人石川高等学校に入学後、自転車競技部に入部。
新田 祐大(にった ゆうだい、1986年1月25日 - )は… 新田 祐大(にった ゆうだい、1986年1月25日 - )は、競輪選手、元自転車競技選手。福島県会津若松市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第90期卒業。日本競輪選手会福島支部所属。師匠は班目秀雄。史上4人目のグランドスラム(全G1制覇)達成者。 福島県立白河高等学校在学中の2003年に佐世保競輪場で開催された全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(インターハイ)の1kmタイムトライアルで優勝する。同校卒業後の2004年4月、四日市競輪場で開催されたアジア自転車競技選手権大会ジュニア部門・スプリント2位などの実績を挙げる。 2005年の全日本自転車競技選手権大会において1kmタイムトライアルで優勝するが、この種目は得意としており、以降も2007年・2008年・2010年の同大会同種目で優勝している。
金澤 竜二(かなざわ りゅうじ、1985年9月4日 - )は… 金澤 竜二(かなざわ りゅうじ、1985年9月4日 - )は、福島県白河市出身の競輪選手。日本競輪学校第91期生。 競輪学校の同期生でもある金澤幸司は双子の兄。 師匠は添田広福(競輪学校49期生)。兄・幸司の師匠は班目秀雄であり、同門ではない。 学校法人石川高等学校時代の2003年、全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(インターハイ)の3kmインディヴィデュアル・パーシュート(3㎞個人追抜)で優勝。 2005年、競輪学校に入校。同年7月に行われた同校第1回記録会において、同校史上6人目のゴールデンキャップを獲得した。競輪学校における在校競走成績は第21位(9勝)。 2006年7月5日、大宮競輪場でデビューし、初勝利を挙げた。
鈴木 謙太郎(すずき けんたろう、1984年11月8日 - … 鈴木 謙太郎(すずき けんたろう、1984年11月8日 - )は、福島県いわき市出身の競輪選手。日本競輪学校第90期生。師匠は平沼由充(83期)。
飯野 祐太(いいの ゆうた、1984年9月20日 - )は、… 飯野 祐太(いいの ゆうた、1984年9月20日 - )は、競輪選手。日本競輪選手会福島支部に所属。
渡邉 一成(わたなべ かずなり、1983年8月12日 - )… 渡邉 一成(わたなべ かずなり、1983年8月12日 - )は、競輪選手、自転車競技選手。福島県双葉郡双葉町出身。日本競輪学校第88期卒業。日本競輪選手会福島支部所属。師匠は谷津田陽一。
桐生 卓也(きりゅう たくや、1983年3月9日 - )は、… 桐生 卓也(きりゅう たくや、1983年3月9日 - )は、福島県石川郡出身の元競輪選手。日本競輪学校第89期生。弟は競艇選手の桐生順平。師匠は添田広福(49期)。 学法石川高校出身。競輪学校時代の競走成績は54位(5勝)。 2004年7月9日、立川競輪場でデビューし6着。初勝利は同年7月11日の同場。 2007年に函館競輪場で行われたふるさとダービーに出場。 2012年4月に前橋競輪場で落車。その後は落車の後遺症を抱えたまま競走に挑んでいた。 2014年2月6日、選手登録削除。当時の級班はA級1班だった。通算成績は709戦179勝。優勝12回。
遠藤 貴人(えんどう たかひと、1980年6月24日 - )… 遠藤 貴人(えんどう たかひと、1980年6月24日 - )は、福島県鮫川村出身の元競輪選手、同村村議会議員。競輪選手時代は、日本競輪選手会福島支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第88期生。師匠は班目秀雄(24期)。 福島県立白河高等学校を経て競輪学校に入学。競輪学校での在校競走成績は25位(15勝)。 2003年7月5日、青森競輪場でデビューし、初日で初勝利となった。 過去にS級の在籍経験はあるが、GIIないし相当大会以上への出場実績はない。 2015年に執行された、統一地方選挙の鮫川村村議会議員選挙で当選し、これをきっかけに競輪選手の引退を表明した。 6月18日いわき平競輪場でのレースを最後に引退となった。
佐々木 雄一(ささき ゆういち、1980年1月3日 - )は… 佐々木 雄一(ささき ゆういち、1980年1月3日 - )は、福島県白河市出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第83期生。日本競輪選手会福島支部所属。ホームバンクは泉崎国際サイクルスタジアム。師匠は班目秀雄(24期)。 福島県立白河高等学校時代、全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(インターハイ)において、1996年(境川自転車競技場)、1997年(京都向日町競輪場)と1㎞タイムトライアル(1㎞TT)を連覇。1997年のアジア自転車競技選手権大会のジュニア部門では、1㎞TTと3㎞個人追抜を制した。 高校時代の実績が認められ、技能試験免除で競輪学校に第83期生として入校。在校競走成績は10位(32勝)だったが、同校卒業記念レースでは予選も含め全て1着で完全優勝した。
山崎 芳仁(やまざき よしひと、1979年6月12日 - )… 山崎 芳仁(やまざき よしひと、1979年6月12日 - )は競輪選手。日本競輪選手会福島支部所属、ホームバンクはいわき平競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第88期生。師匠は添田広福。血液型はAB型。福島県いわき市出身。長男の山崎歩夢(125期)、弟の山崎司(95期)も競輪選手。 学校法人石川高等学校を卒業後、5回目の受験で競輪学校に合格。本人曰く、度々受験に失敗した理由は学科試験にあるといい、「学科試験のなくなった今なら一発で合格していましたよ」と回想している。 初出走は2003年7月14日の西武園競輪場で、初勝利は同開催の翌日。デビューの1年後にS級に特別昇級し、2005年のヤンググランプリで優勝。
金成 和幸(かなり かずゆき 1979年3月27日 - )は… 金成 和幸(かなり かずゆき 1979年3月27日 - )は、日本の競輪選手。日本競輪選手会福島支部所属、ホームバンクはいわき平競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第88期生。師匠は渡邊正範。 福島県いわき市出身。 茨城県立高萩高等学校在学中はラグビーを行っていたが、卒業後に競輪選手を目指して競輪学校を受験し合格。自転車競技歴は短かったか強豪揃いの88期にあってトップの在校成績を治めたことから注目されるようになる。 初出走は2003年7月5日のいわき平競輪場で、初勝利も同レース。 デビュー後しばらくは伸び悩んだものの、2005年8月にはS級への特進を果たし上位定着へのきっかけを掴んだが、同年のヤンググランプリ出場権利獲得には間に合わなかった。
成田 和也(なりた かずや、1979年2月25日 - )は競… 成田 和也(なりた かずや、1979年2月25日 - )は競輪選手、自転車競技選手。福島県須賀川市出身。日本競輪選手会福島支部所属。日本競輪学校第88期卒業。
佐藤 慎太郎(さとう しんたろう、1976年11月7日 - … 佐藤 慎太郎(さとう しんたろう、1976年11月7日 - )は、日本の競輪選手である。福島県東白川郡塙町出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第78期卒業。日本競輪選手会福島支部所属。選手登録番号13162。師匠は添田広福。ホームバンクは泉崎国際サイクルスタジアム。初出走は1996年8月14日のいわき平競輪場で初勝利も同レース。2019年KEIRINグランプリ優勝。血液型はAB型。 小学生時代はソフトボールをやっており、中学では野球部に所属していた。学校法人石川高等学校を経て、競輪学校には2度目の受験で合格し第78期生として入学。 デビューしばらく後、追込戦法に転向してからは名を知られるようになり、2003年の読売新聞社杯全日本選抜競輪(高知)では目標不在の単騎で番手を取り切ってGI初優勝。
榊枝 輝文(さかきえだ てるふみ、1976年8月9日 - )… 榊枝 輝文(さかきえだ てるふみ、1976年8月9日 - )は、福島県石川郡平田村出身で、日本競輪選手会福島支部に所属する競輪選手。日本競輪学校(以下、競輪学校)第79期生。師匠は添田広福(競輪学校第49期生)。ホームバンクは泉崎国際サイクルスタジアム。 学校法人石川高等学校在籍時代の1994年、富山競輪場で行われた全国高等学校総合体育大会自転車競技大会・1kmタイムトライアルで優勝。また同年に豊橋競輪場で行われた国民体育大会の同種目(少年の部)でも優勝した。 1997年4月19日、いわき平競輪場でデビューし1着。後2日間も勝利し、デビュー場所で完全優勝。 2004年、オールスター競輪(西武園競輪場)で決勝に進出(7着)。
伏見 俊昭(ふしみ としあき、1976年2月4日 - )は日… 伏見 俊昭(ふしみ としあき、1976年2月4日 - )は日本の競輪選手、自転車競技選手である。福島県白河市出身。(旧)日本競輪学校第75期卒業。日本競輪選手会福島支部所属。師匠は班目秀雄。初出走は1995年4月15日の伊東温泉競輪場で初勝利は同年5月6日の四日市競輪場。身長181cm、体重86kg、水瓶座のO型。既婚。 福島県立白河実業高等学校在学中から自転車競技を始め、競輪選手としてデビュー後も、アジア選手権や世界選手権自転車競技大会などへ毎年のように出場を続けたが、2000年のシドニーオリンピック代表最終選考会でコンマの差で落選し、挫折を味わう。 次大会、2004年のアテネオリンピックの自転車競技代表に選ばれ、ついに夢を実現させた。
金古 将人(かねこ まさと、1972年3月27日 - )は、… 金古 将人(かねこ まさと、1972年3月27日 - )は、日本の競輪選手。福島県いわき市小名浜出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第67期生。現在は日本競輪選手会専務理事(福島支部長兼務)、日本自転車競技連盟常務理事。ホームバンクはいわき平競輪場。血液型A型。師匠は佐久間信司郎。 学校法人石川高等学校在学中から国体の自転車競技で数々の優勝を果たし、世界ジュニア選手権にも出場したことから、競輪学校には技能試験免除で入学した。在学中は、当時制定されたばかりのゴールデンキャップを初めて獲得した。 初出走は1991年4月14日の別府競輪場で、初勝利も同レース。デビュー後も実力を遺憾なく発揮し、デビュー後わずか1年半の1992年11月には花月園競輪場にて記念競輪(GIII)を初優勝した。
岡部 芳幸(おかべ よしゆき、1970年9月23日 - )は… 岡部 芳幸(おかべ よしゆき、1970年9月23日 - )は、日本の競輪選手。福島県白河市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第66期生。日本競輪選手会福島支部所属。師匠は班目秀雄。息子である岡部怜音(123期)も競輪選手。 福島県立白河実業高等学校在学中から自転車競技で数々の実績を残し、競輪学校へ入学。卒業後、初出走は1990年8月9日の西武園競輪場で初勝利は翌日の同場所。1990年に静岡競輪場で行われたルーキーチャンピオンレースで優勝し、やがてS級へ昇格したが、その後しばらくは伸び悩みの時期があった。 しかし2000年の第53回日本選手権競輪決勝で、最終4角9番手という位置から一気に追い込んで初の特別競輪制覇を果たし、これをきっかけとして活躍を見せるようになった。
我妻 広一(あづま こういち、1966年10月24日 - )… 我妻 広一(あづま こういち、1966年10月24日 - )は、元競輪選手。福島県郡山市出身。現役時は日本競輪選手会福島支部に所属。 学校法人石川高等学校在籍時の1984年、全国高等学校総合体育大会自転車競技大会・個人追抜で優勝。 その後、日本競輪学校第65期生(同期に、吉岡稔真、海田和裕、後閑信一らがいる)を経て、1990年4月7日、伊東温泉競輪場でデビュー(競走棄権)。初勝利は同年6月3日の熊本競輪場。 2012年3月31日の宇都宮競輪場第2R・A級チャレンジ一般戦7着を最後の競走とし、同年4月5日に選手登録消除。通算成績1916戦204勝。
木野内 高(きのうち たかし、1960年6月29日 - )は… 木野内 高(きのうち たかし、1960年6月29日 - )は、福島県泉崎村出身の元競輪選手。日本競輪学校第53期生。 福島県立岩瀬農業高等学校、日本大学を経て競輪学校に入校。競輪学校時代の在校競走成績は123戦109勝、勝率は実に8割8分6厘であり、競輪学校が現在地に移転して以降の記録としては、岩崎誠一(31期、9割6分3厘)、神山雄一郎(61期、9割9厘)に次ぐ史上第3位。また、卒業記念レースでも、競走成績第2位だった俵信之らを寄せ付けず、完全優勝を果たした。 ところが、競輪学校卒業後に長期入院を余儀なくされたことが響き、他の同期よりも5か月遅れとなる、1984年10月13日のいわき平競輪場でようやくデビュー戦を迎えた(1着)。
町島 洋一(まちしま よういち、1954年12月23日 - … 町島 洋一(まちしま よういち、1954年12月23日 - )は、元競輪選手。福島県鏡石町出身。日本競輪学校第41期卒業。現役時は日本競輪選手会福島支部所属。
沼田 弥一(ぬまた やいち、1951年6月29日 - )は、… 沼田 弥一(ぬまた やいち、1951年6月29日 - )は、福島県表郷村(現白河市)出身の元競輪選手。 福島県立白河実業高等学校を経て、ブリヂストンサイクル在籍時代の1972年、ミュンヘンオリンピックに出場。 1973年、日本競輪学校第33期生となる。在校競走成績第1位。 1974年6月15日、いわき平競輪場でデビューし1着。その後2戦も勝利し、デビュー場所で完全優勝を果たした。 1975年度、最優秀新人選手を受賞。 1976年、全日本新人王戦 決勝5着。 2000年12月18日、選手登録削除。通算戦績2113戦173勝。
班目 秀雄(まだらめ ひでお、1944年1月12日 - )は… 班目 秀雄(まだらめ ひでお、1944年1月12日 - )は、日本の元競輪選手。日本競輪選手会福島支部に所属していた。 実弟である班目隆雄(28期)も元競輪選手。実子の班目真紀夫はロードレースを中心に活動した元自転車競技選手(バルセロナオリンピックに出場)で、現在は高校の教諭。 福島県白河市出身。福島県立白河高等学校を経て日本大学へ進学。同大学に在学中だった1964年の東京オリンピックにおいて、手嶋敏光と組んでタンデムスプリントに出場(予選敗退)。 1967年、日本競輪学校第24期生として2月16日、京王閣競輪場でデビューし1着。加えて当開催の3連勝完全優勝を記録。 1969年、競輪祭新人王戦 完全優勝。