スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
須藤 稚明(すどう ちあき、1990年6月15日 - )は、… 須藤 稚明(すどう ちあき、1990年6月15日 - )は、福島県出身の元女子競輪選手。日本競輪選手会千葉支部所属、ホームバンクは松戸競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生。師匠は平沼由充(83期)。旧姓は近内。夫は同じ競輪選手の須藤悟(99期)。 福島県立岩瀬農業高等学校を経て環太平洋大学に進んだ。 2011年2月25日、競輪学校第102回技能試験に合格。在校競走成績は26位(1勝)。 2012年7月6日、京王閣競輪場でデビューし4着。初勝利は2013年4月15日の同じく京王閣競輪場で挙げた。 2014年7月5日、同じ競輪選手である千葉所属の須藤悟(99期)と結婚、翌2015年2月9日に第一児を出産。
木野内 高(きのうち たかし、1960年6月29日 - )は… 木野内 高(きのうち たかし、1960年6月29日 - )は、福島県泉崎村出身の元競輪選手。日本競輪学校第53期生。 福島県立岩瀬農業高等学校、日本大学を経て競輪学校に入校。競輪学校時代の在校競走成績は123戦109勝、勝率は実に8割8分6厘であり、競輪学校が現在地に移転して以降の記録としては、岩崎誠一(31期、9割6分3厘)、神山雄一郎(61期、9割9厘)に次ぐ史上第3位。また、卒業記念レースでも、競走成績第2位だった俵信之らを寄せ付けず、完全優勝を果たした。 ところが、競輪学校卒業後に長期入院を余儀なくされたことが響き、他の同期よりも5か月遅れとなる、1984年10月13日のいわき平競輪場でようやくデビュー戦を迎えた(1着)。
遠藤 純男(えんどう すみお、1950年10月3日 - )は… 遠藤 純男(えんどう すみお、1950年10月3日 - )は、日本の柔道家(講道館9段)。 現役時代は警察官として警視庁に奉職し、世界選手権大会で2度の金メダルやモントリオール五輪で銅メダルを獲得したほか、上村春樹や山下泰裕らと日本柔道界の重量級で永らく鎬を削り、全日本選手権大会でも優勝を果たしている。引退後は秋田経済大学(後のノースアジア大学)柔道部監督、同教養部教授や学生部長等を歴任した。 福島県安積郡富久山町(後の郡山市富久山町)出身。農家の家に五男として生まれた。町立小泉小学校5年生の時に怪我をして接骨院に通ったのがきっかけとなり、柔道を習い始める。町立行健中学校時代の県大会優勝や県立岩瀬農業高校時代のインターハイベスト16といった経験を経て柔道の世界で生きていく事を決心した遠藤は、1969年に日本大学文理学部に進学。
添田 増太郎(そえた ますたろう、1928年11月1日 - … 添田 増太郎(そえた ますたろう、1928年11月1日 - 2019年11月6日)は、日本の政治家。参議院議員(1期)。 福島県出身。東京農業大学通信学科卒。鏡石町議会議員を経て、1968年、福島県議会議員選挙で岩瀬選挙区から立候補し、初当選。1983年、第55代福島県議会議長就任。1984年、全国養蚕農業協同組合連合会長。 1985年1月28日、議長を辞職し、同年2月の福島県選挙区選出の村田秀三(日本社会党)の死去による第13回参議院議員通常選挙福島県選挙区補欠選挙に自由民主党から立候補し初当選。1988年12月竹下改造内閣法務政務次官。1989年6月、宇野内閣法務政務次官。同年7月の第15回参議院議員通常選挙で落選。
植田 英一(うえた えいいち、1925年<大正14年>11月… 植田 英一(うえた えいいち、1925年<大正14年>11月8日 - 2019年<平成31年>2月11日) は、日本の政治家。自由民主党所属。福島県議会議員 (4期)、福島県議会議長 (64代)、全国都道府県議会議長会長、郡山市議会議員を歴任。 岩瀬農学校 (現・福島県立岩瀬農業高等学校) 卒業。1963年に田村町 (現・郡山市) 議会議員選挙に初当選し、田村町は1965年に郡山市と合併し、以降郡山市議含め5期務めた。その後、福島県議会議員に転身し4期務める。2001年3月から2003年5月まで櫛田一男副議長とともに64代福島県議会議長。2002年7月から2003年4月まで全国都道府県議会議長会長。