谷島 緑(やじま みどり、1979年4月17日)は日本の男子… 谷島 緑(やじま みどり、1979年4月17日)は日本の男子射撃選手、陸上自衛官。茨城県出身。筑西市立協和中学校、茨城県立真壁高等学校卒業。自衛隊体育学校所属。二等陸曹。 広州市で開催された2010年アジア競技大会代表となり、男子50mライフル3ポジション個人5位、男子50mライフル伏射個人10位、男子10mエアライフル個人19位の成績を残した。 2012年1月、カタールで開かれた射撃アジア選手権で、50メートル伏射で優勝、ロンドン五輪の出場がほぼ確実となった。後日、正式に代表に決まり、2012年3月27日、茨城県知事の橋本昌を表敬訪問し、メダルを目標とすると語った。 2012年7月30日、ロンドンオリンピック、男子エアライフルの予選に出場。
伊藤 祐靖(いとう すけやす、1964年〈昭和39年〉 - … 伊藤 祐靖(いとう すけやす、1964年〈昭和39年〉 - )は、日本の元海上自衛官。自衛隊初の特殊部隊、特別警備隊の先任小隊長を務めた後、2等海佐で退官。予備役ブルーリボンの会幹事長。ゼロレンジコンバット名誉顧問。 日本体育大学体育学部に陸上競技の短距離選手日体奨学生(特待生)として入学。卒業後、「一番階級の低いところからやる」との考えのもと、1987年(昭和62年)に海上自衛隊に2等海士で入隊。 しかし、任期制自衛官である士階級の同期の国防への志の低さに酷く落胆し、幹部自衛官になることを決心。その年の内に、2士から幹部候補生試験を受験して合格、海上自衛隊幹部候補生学校に入校する。同校卒業後は、幹部自衛官として艦艇勤務に従事する。
石濱 哲信(いしはま てつのぶ、1951年(昭和26年)5月… 石濱 哲信(いしはま てつのぶ、1951年(昭和26年)5月9日 -)は、日本の海上自衛官、政治活動家。政治団体「日本党」党首。 茨城県下妻市に生まれる。父は鹿児島県出身の近衛士官。茨城県立下妻第一高等学校卒業。高校卒業後は航空学生となり、後に海上自衛隊の対潜哨戒機機長となる。1992年に民間企業に入社。2004年に退社し自営業を始める。2019年に一般社団法人日本安全対策推進機構代表理事に就任。2019年10月17日に日防隊を結成し初代代表に就任。 2021年に政治団体・日本保守党を設立する。この日本保守党は2023年に百田尚樹が設立した日本保守党より以前から存在する政治団体である。石濱は立ち上げた日本保守党を休眠団体にしておらず、石濱自らが党首として結党時から政治活動を行ってきており、その中にはつばさの党の黒川敦彦との連携もある。
生田目 修(なまため おさむ、1924年(大正13年)8月2… 生田目 修(なまため おさむ、1924年(大正13年)8月24日 - 1999年(平成11年)6月20日)は、日本の陸軍軍人及び航空自衛官。第16代航空幕僚長。 陸軍航空士官学校卒業後は岐阜基地で実用機の訓練中に終戦を迎える。 戦後は郷里の茨城・日立に帰り農協に勤めるが、警察予備隊の旧軍出身者第一陣として1951年(昭和26年)6月に入隊。入隊後は普通科連隊の中隊長等を務めるが、1954年(昭和29年)9月、航空自衛隊創設と同時に転官。浜松でパイロットのリフレッシュ訓練を受けるが健康上の理由で要撃管制要員へ転換。 1955年(昭和30年)に要撃管制の米国留学第1期生として米国で訓練を受ける。その後の勤務は航空幕僚監部、航空総隊等で、作戦・運用と防衛一筋のエリートコースをたどり、3次防、4次防の策定、さらに空幕防衛部長として「防衛計画の大綱」の策定に携わった。