木部 夏生(きべ なつき、1995年8月11日 - )は、日… 木部 夏生(きべ なつき、1995年8月11日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。群馬県太田市出身。藤澤一就八段門下、三段。 ヒカルの碁の影響で地元の囲碁教室に通い、10歳で日本棋院の院生になる。 2012年の女流棋士特別採用試験では本戦で8勝1敗の成績を残し、岩田紗絵加(のちに関西棋院で入段)と同率で並んだものの、序列により試験合格。4月1日、16歳で入段。 2016年、勝ち星対象棋戦通算30勝を挙げて二段に昇段した。 2022年、勝ち星対象棋戦通算40勝を挙げて三段に昇段した。 2025年の女流名人戦博多カマチ杯で初のリーグ入り。 小学1年の頃よりヒカルの碁の影響で地元の囲碁教室に通い囲碁を覚える。
本木 克弥(もとき かつや、1995年8月2日 - )は 、… 本木 克弥(もとき かつや、1995年8月2日 - )は 、囲碁の棋士。段位は九段。群馬県藤岡市出身。日本棋院東京本院所属。藤澤一就八段門下。 主な実績に、本因坊戦挑戦(2017年第72期)、若鯉杯1期(2014年第9回)、本因坊戦リーグ5期・名人戦リーグ3期など。 1995年8月2日群馬県生まれ。小学校1年生の時に、囲碁ファンの祖父から『ヒカルの碁』のアニメを勧められ、囲碁に興味を持つ。ヒカルの碁のゲームでルールを覚え、2年生の頃にアマチュア初段前後の棋力となる。その後、同郷の木部夏生の影響も受けて、4年生の時に藤澤一就が主宰する新宿こども囲碁教室に通い始める。5年生時に日本棋院の院生となる。
三谷 哲也(みたに てつや、1985年8月25日 - )は、… 三谷 哲也(みたに てつや、1985年8月25日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。群馬県伊勢崎市出身。 四人兄弟の末っ子に育つ。アマチュア有段者の父と兄が囲碁を打っているのに興味を持ち、小学1年で囲碁を覚える。囲碁を覚えて一年に満たない1993年伊勢崎市立名和小学校2年時に、少年少女囲碁大会群馬県代表となる。その後連続し4年生まで代表となる。小学4年時に、趙治勲から手紙で趙が主催する合宿に誘われ合宿に参加。その合宿中に内弟子になるよう奨められる。母は中学生になってからでもよいのでは無いかと反対したが、1996年の小学5年より趙の内弟子となり千葉県千葉市に転居。しかし内弟子生活に馴染めず、半年で退去。
萩原 睦(はぎわら むつみ、1957年2月17日 - )は、… 萩原 睦(はぎわら むつみ、1957年2月17日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。群馬県安中市出身、八段。1980年入段、2020年引退。通算成績326勝451敗3持碁。 この項目は、囲碁の棋士(アマチュアを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:ボードゲーム/プロジェクト:人物伝)。
田村 竜騎兵(たむら りゅうきへい、1931年〈昭和6年〉6… 田村 竜騎兵(たむら りゅうきへい、1931年〈昭和6年〉6月24日 - 1990年〈平成2年〉2月14日)は、朝日新聞社の記者、囲碁ライター。群馬県出身、本名は田村孝雄。観戦記者として著書多数。朝日新聞東京本社編集委員をつとめた。本名・孝雄。 群馬県山田郡大間々町(現・みどり市)に生まれる。群馬県立桐生高等学校卒業、群馬大学医学部中退。その後、早稲田大学に転じ、囲碁部で村上文祥と同期生となる。1955年に早稲田大学商学部を卒業、日本棋院の『棋道』誌編集部に所属し、編集長だった宇崎玄々子に師事。『棋道』で記事を書いた他、東京新聞、産経新聞で牧伸太郎の筆名で観戦記を執筆。 宇崎玄々子の引退後、1960年より朝日新聞観戦記者となり、囲碁・将棋ともに観戦記を執筆した(将棋は「龍」名義)。