中台 良男(なかだい よしお、1943年〈昭和18年〉9月1… 中台 良男(なかだい よしお、1943年〈昭和18年〉9月1日 - )は、日本の政治家、元千葉県四街道市長(1期)。千葉県議会議員(4期、自由民主党)。 千葉県印旛郡旭村(のち四街道町、現・四街道市)出身。千葉県立市川工業高等学校卒。卒業後は日立製作所に入り、その後、総日機電(株)に移る。後に退社し、石油販売業を始め、有限会社なかだいを創立し、代表取締役となる。ほか四街道市商工会会長、市社会教育委員長などを務める。 自民党に入り、1976年四街道町議会議員に当選。四街道市議会議員を5期務め、議長となる。その後千葉県議会議員を2期務める。1996年、四街道市長小川進の死去に伴う市長選挙に立候補し、当選する。
川井 敏久(かわい としひさ、1943年〈昭和18年〉3月1… 川井 敏久(かわい としひさ、1943年〈昭和18年〉3月1日 - )は、日本の政治家、元千葉県松戸市長(4期)。元千葉県議会議員(自由民主党)。 次男は元千葉県議会議員(松戸市選挙区)の川井友則であり、2018年・2022年・2025年市長選挙に立候補したが落選。 千葉県松戸市出身。法政大学第一中学校・高等学校(現法政大学中学校・高等学校)、法政大学経済学部卒。卒業後は東京スヰフト株式会社に入り、代表取締役となる。その後有限会社川友の代表取締役となる。 1970年、松戸市議会議員に当選、1982年まで3期務め、副議長となる。1983年、松戸市から自民党公認で千葉県議会議員に立候補し当選する。 1994年、松戸市長宮間満寿雄の死去による松戸市長選挙に立候補し、初当選する。
鈴木 洋邦(すずき ひろくに、1941年〈昭和16年〉2月9… 鈴木 洋邦(すずき ひろくに、1941年〈昭和16年〉2月9日 - )は、日本の政治家、元千葉県君津市長(3期)。元千葉県議会議員。 千葉県君津市出身。千葉大学園芸学部卒。造園土木会社社長となり、1995年、千葉県議会議員に当選する。県議を3期務め、2006年、君津市長選挙に立候補し、5人の争いを制し、初当選する。2010年は無投票で再選。2014年は福祉・保健・医療分野などを中心に、2期8年の実績を強調し、築き上げた人脈を生かした東京五輪関連施設の誘致なども訴え、元市議ら2人を破って三選した。2018年に退任した。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
野口 岡治(のぐち おかじ、1924年〈大正13年〉9月21… 野口 岡治(のぐち おかじ、1924年〈大正13年〉9月21日 - 1996年〈平成8年〉8月20日)は、日本の政治家、千葉県富津市長(1期)。元千葉県議会議員(自由民主党)。 千葉県出身。旧制木更津中学校を経て、明治大学商学部卒。豊橋第二陸軍予備士官学校に入るが、終戦により閉校。戦後、陸上自衛隊に入り、一等陸尉に進む。南房総開発(株)代表取締役、木更津信用金庫理事、(株)南房総クラブ代表取締役を務めた。 政界では君津郡天羽町(のち富津町を経て、富津市)議会議員、同町長となり、千葉県議会議員を5期務め、議長を務めた。また、自民党千葉県連副幹事長、政調会長、総務会長などを務めた。1991年に落選。
黒坂 正則(くろさか まさのり、1924年〈大正13年〉8月… 黒坂 正則(くろさか まさのり、1924年〈大正13年〉8月25日 - 2013年 <平成25年> 8月16日)は、日本の政治家、千葉県富津市長(3期)。位階は正五位。勲四等旭日小綬章。 千葉県出身。木更津中学校、旧制新潟高等学校を経て、東京大学第二工学部土木工学科卒。卒業後は建設省に入省後、千葉県庁に出向、土木部長、県住宅供給公社理事長などを務め、1983年、富津市長選挙に立候補し、初当選する。市長を3期務め、1995年の市長選挙で元千葉県議会議長の野口岡治に敗れた。1996年春の叙勲で勲四等旭日小綬章を受章。2013年死去。死没日付をもって正五位に叙された。
宮間 満寿雄(みやま ますお、1924年〈大正13年〉4月8… 宮間 満寿雄(みやま ますお、1924年〈大正13年〉4月8日 - 1994年〈平成6年〉5月15日)は、日本の政治家、千葉県松戸市長(6期)。位階は従四位。勲三等旭日中綬章。 千葉県出身。旧制千葉県立東葛飾中学校(現千葉県立東葛飾中学校・高等学校)卒。卒業後は松戸市雇となる。その後書記、教育、建設、企画調査、企画財政の各課長を歴任し、松戸市長松本清の下で助役に就任する。 1973年、松戸市長松本清が死去し、松本の後継者として松戸市長選挙に立候補し、初当選する。市長を6期務め、在任中は「計画行政」を推進した。6期目途中の1994年に死去した。死没日付をもって従四位に叙され、勲三等旭日中綬章を追贈された。
木倉 和一郎(きくら わいちろう、1902年(明治35年)3… 木倉 和一郎(きくら わいちろう、1902年(明治35年)3月12日 - 1994年(平成6年)1月10日)は、日本の政治家(衆議院議員・千葉県議会議員)、初代佐倉市長、千葉県弓道連盟初代会長。経済界でも活躍。 1902年(明治35年)、現在の千葉県佐倉市に生まれる。1920年(大正9年)に旧制佐倉中学校(現在の千葉県立佐倉高等学校)を卒業。1929年(昭和4年)に東京帝国大学経済学部(現在の東京大学経済学部)を卒業。 1929年、千葉県の佐倉町会議員となり、1932年(昭和7年)には千葉県会議員となった。1934年には32歳の若さで佐倉町長に就任。 1940年に召集され陸軍高射学校に入隊し、千葉陸軍高射学校の将校として配属された。