上田 初美 は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は2… 上田 初美 は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は26(2011年3月31日までは50)。東京都小平市出身。伊藤果八段門下。錦城高等学校卒業。夫は将棋棋士の及川拓馬。
東京都:63人
上田 初美 は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は2… 上田 初美 は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は26(2011年3月31日までは50)。東京都小平市出身。伊藤果八段門下。錦城高等学校卒業。夫は将棋棋士の及川拓馬。
竹内 優月(たけうち ゆづき、2011年1月5日 - )は、… 竹内 優月(たけうち ゆづき、2011年1月5日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は89。東京都中央区出身。武市三郎七段門下。 2019年6月22日に行われた、第13期マイナビ女子オープンチャレンジマッチに出場、本戦・敗者戦と連敗し、予選出場には至らなかった。 2020年9月12日に行われた、第14期マイナビ女子オープンチャレンジマッチに前期に引き続き出場、本戦1回戦で1勝を挙げた後、本戦2回戦(松下舞琳戦)・敗者戦(梅津美琴戦)と連敗し、再び予選出場を逸した。 2023年1月、関東研修会に入会(C2クラス)。 2023年7月、C1クラスに昇級。 第17期マイナビ女子オープンのチャレンジマッチを勝ち抜いて一斉予選進出となり、2023年7月29日に行われた一斉予選の初戦で中村真梨花と当たることになった際、「中村先生には研究会などで何度か教えていただいたことがあるので恩返しをしたい」とコメントした。
梅津 美琴(うめづ みこと、2007年9月1日 - )は、日… 梅津 美琴(うめづ みこと、2007年9月1日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は80。東京都文京区出身。戸辺誠七段門下。 「3月のライオン」を見て興味を持ち将棋を始めた。父との対局がきっかけとなり小学4年生から将棋に没頭した。 2022年7月1日付で日本将棋連盟所属の女流2級となる。 2025年4月1日、年度成績指し分け以上の昇段規定により女流初段へ昇段した。 清麗・女王・女流王座・女流王位・倉敷藤花 福間香奈(クイーン六冠:清麗・王座・名人・王位・王将・倉敷藤花) 白玲・女流名人・女流王将 西山朋佳(永世女王・クイーン王将) 女流七段 清水市代(クイーン四冠:クイーン名人・クイーン王位・クイーン王将・クイーン倉敷藤花) 女流六段 中井広恵*(クイーン名人) (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照) この項目は、将棋の棋士(女流棋士・アマチュアを含む)に関連した書きかけの項目です。
岩村 凛太朗(いわむら りんたろう、2006年7月31日 -… 岩村 凛太朗(いわむら りんたろう、2006年7月31日 - )は、日本将棋連盟(東京本部)所属の将棋棋士。棋士番号は347。飯塚祐紀八段門下。東京都練馬区出身。 アマチュアでの成績としては、将棋日本シリーズこども大会で2014年度と2015年度の東京大会(低学年の部)を2年連続優勝。また、2015年8月の第10回YAMADAこども将棋大会(小学生低学年の部)で優勝。2017年の第16回全国小学生倉敷王将戦(高学年の部)で優勝したほか、2017年の第42回小学生名人戦では東京23区予選(小学生名人戦クラス)準優勝。 詰将棋にも造詣があり、2025年3月の詰将棋解答選手権チャンピオン戦では、優勝した藤井聡太に次ぐ2位の成績を挙げた。
小窪 碧(こくぼ あお、2005年10月3日 - )は、将棋… 小窪 碧(こくぼ あお、2005年10月3日 - )は、将棋棋士。中村修九段門下。棋士番号は351。東京都調布市出身。聖学院中学校・高等学校卒業。 児童館での将棋コーナーで将棋を始めた。修業の場としては、八王子将棋クラブによく通っていた。 アマチュアとしては、小学1年時に2013年1月の第5回YAMADAこども将棋大会の小学生低学年の部で3位。小学2年時の第6回(同年8月)では低学年の部・2位、第7回(2014年1月)では低学年の部・優勝。 2015年1月の第29回全国オール学生将棋選手権戦〈個人戦〉で、小学3年生にしてベスト16に進出。同年11月の将棋日本シリーズこども大会では、東京大会(高学年の部)で優勝している。
吉池 隆真(よしいけ りゅうま 、2004年11月8日 - … 吉池 隆真(よしいけ りゅうま 、2004年11月8日 - )は、日本の将棋棋士。東京都荒川区出身。室岡克彦八段門下。棋士番号は344。 竜王・名人(王位・棋聖・棋王・王将/六冠) 藤井聡太(永世竜王・永世王位・永世棋聖) 叡王・王座(二冠) 伊藤匠 十七世名人 谷川浩司 九段 羽生善治(永世竜王・十九世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将・永世棋聖) 九段 佐藤康光(永世棋聖) 九段 森内俊之(十八世名人) 九段 渡辺明(永世竜王・永世棋王) 七段 藤原直哉 ( 2026年4月22日引退 ) 八段 小倉久史 ( 2026年4月30日引退 ) 九段 脇謙二 ( 2026年5月1日引退 ) 八段 所司和晴 ( 2026年5月13日引退 ) 【2026年04月 四段昇段者】小窪碧、川村悠人、古井丈大(3名、第40期からの出場) 【2026年10月 四段昇段者】(2名、第40期からの出場) 2026年10月1日昇段者(2名):2027年04月1日昇段者(2-3名): (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照)
片山 史龍(かたやま しりゅう、2004年8月26日 - )… 片山 史龍(かたやま しりゅう、2004年8月26日 - )は、日本将棋連盟(東京本部)所属の将棋棋士。棋士番号は349。飯塚祐紀八段門下。東京都江東区出身。 アマチュアとしては、YAMADAこども将棋大会(小学生高学年の部)では、2014年8月の第8回で準優勝、2015年1月の第9回で3位の成績を挙げた。また、2015年4月の第40回小学生将棋名人戦では、東京23区代表として全国大会に出場しベスト4となった。 同2015年9月、関東奨励会に入会。 2025年10月1日付での四段昇段のため、同日時点で公式記録なし。 竜王・名人(王位・棋聖・棋王・王将/六冠) 藤井聡太(永世竜王・永世王位・永世棋聖) 叡王・王座(二冠) 伊藤匠 十七世名人 谷川浩司 九段 羽生善治(永世竜王・十九世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将・永世棋聖) 九段 佐藤康光(永世棋聖) 九段 森内俊之(十八世名人) 九段 渡辺明(永世竜王・永世棋王) 七段 藤原直哉 ( 2026年4月22日引退 ) 八段 小倉久史 ( 2026年4月30日引退 ) 九段 脇謙二 ( 2026年5月1日引退 ) 八段 所司和晴 ( 2026年5月13日引退 ) 【2026年04月 四段昇段者】小窪碧、川村悠人、古井丈大(3名、第40期からの出場) 【2026年10月 四段昇段者】(2名、第40期からの出場) 2026年10月1日昇段者(2名):2027年04月1日昇段者(2-3名): (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照)
伊藤 匠(いとう たくみ、2002年〈平成14年〉10月10… 伊藤 匠(いとう たくみ、2002年〈平成14年〉10月10日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士。棋士番号は324。宮田利男門下。東京都世田谷区出身。弦巻中学校卒業。 2024年八冠独占していた藤井聡太から叡王を奪取して初タイトルを獲得し、2025年には王座も獲得し2冠となった。同学年の藤井と共に藤井世代ともいわれる。 棋風は序盤の研究が深く、中終盤の強さを兼ね備え、受け将棋を好むとされる。またAI評価値の良い手を指すことが最適とされる現代において人間的、実戦的な手を指すとも評される。 2007年、クリスマスプレゼントに恐竜キングの変身ベルトをねだったが、将棋の盤駒を与えられ父親に将棋を教わる。
川村 悠人(かわむら ゆうと、1998年12月22日 - )… 川村 悠人(かわむら ゆうと、1998年12月22日 - )は、日本将棋連盟(東京本部)所属の将棋棋士(2026年4月1日付で四段昇段)。棋士番号は352。小倉久史八段門下。神奈川県川崎市出身。 アマチュアとしては、2009年5月の第34回小学生将棋名人戦・決勝大会でベスト4。 翌2010年の第35回大会でも神奈川県代表として出場し、東日本大会・代表者決定戦進出。 同2010年8月の第9回全国小学生倉敷王将戦・高学年の部で準優勝 同2010年11月の将棋日本シリーズこども大会・東京大会(高学年の部)で優勝。 研修会・奨励会には、2010年10月に関東研修会入会(C1クラス)。翌2011年5月、A2クラス昇級(奨励会編入資格)。
増田 康宏(ますだ やすひろ、1997年11月4日 - )は… 増田 康宏(ますだ やすひろ、1997年11月4日 - )は、将棋棋士。森下卓九段門下。棋士番号は297。東京都昭島市出身。 5歳の時に、母親に買ってもらったボードゲームセットに将棋が含まれていたことが、将棋を覚えたきっかけである。小学校に入る頃には両親では相手にならなくなり、羽生善治らを輩出した将棋道場「八王子将棋クラブ」に通った。道場にいった初日に初段に認定され、小学校2年のときは道場の四段になった。 2006年、小学校3年時に全国小学生倉敷王将戦低学年の部で準優勝。翌年、小学校4年時に全国小学生倉敷王将戦高学年の部で優勝を果たす。なお、プロになろうと思ったのは小学校3年生の頃。 2008年、小学校5年時の第33回小学生将棋名人戦では、東日本代表として決勝トーナメント進出も準決勝で黒田尭之に敗れる。
谷合 廣紀(たにあい ひろき、1994年1月6日 - )は、… 谷合 廣紀(たにあい ひろき、1994年1月6日 - )は、日本の情報工学者、将棋棋士。東京都中央区出身。お茶の水女子大学附属小学校、獨協中学校・高等学校、東京大学工学部電気電子工学科卒業、同大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻博士課程に在籍(2025年現在は休学中)。将棋においては中座真門下。棋士番号は323。 アマ有段者の祖父に教わり6歳から将棋を始める。2006年に新進棋士奨励会に6級で入会。2011年9月に三段に昇段し、同年下期(第50回)より三段リーグに初参戦する。2016年下期(第60回)に3位(次点)があるものの、なかなか上位2名の昇段枠に入れず、都合8年半(17期)にわたり三段リーグに留まる。
香川 愛生(かがわ まなお、1993年4月16日 - )は、… 香川 愛生(かがわ まなお、1993年4月16日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士、元・奨励会員(2009年9月 - 2011年2月)。女流棋士番号は40。中村修九段門下。東京都狛江市出身。愛称は「番長」。立命館大学文学部卒業。
大橋 貴洸(おおはし たかひろ、1992年9月22日 - )… 大橋 貴洸(おおはし たかひろ、1992年9月22日 - )は、将棋棋士。所司和晴七段門下。棋士番号は308。関西本部所属。國學院高等学校卒業。 和歌山県新宮市で生まれ、幼稚園入園前に東京に転居した。小学4年生の時に父と共に将棋を覚える。八王子将棋クラブに通い、一年少々でアマ五段になり、研修会に入会。研修会在籍中はアマ大会で活躍した。 2006年4月、中2のときに研修会A2から奨励会6級に編入。編入後4年で三段となった。入会当初は関東奨励会所属であったが、三段リーグ4期目の2012年に関西奨励会に移籍。この移籍について「高校卒業以降、勝ったり負けたりが続き、成績が上向くきっかけを模索していた。その中で何か掴めればいいなと思った」「関西で活躍する若手棋士も多く、それを肌で感じてみたい気持ちがあった」と2018年のインタビューで明かしている。
門倉 啓太(かどくら けいた、1987年6月3日 - )は、… 門倉 啓太(かどくら けいた、1987年6月3日 - )は、将棋棋士。石田和雄九段門下。棋士番号は282。東京都豊島区出身。成蹊大学経済学部卒業。既婚。 小学校3年生の時、知り合いのアマチュア強豪に教わり、将棋を始める。三段リーグには11期在籍。2010年度後期奨励会三段リーグ最終日は昇級争い上位の12勝4敗で迎えることとなったが、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)のため、対局日が同年3月12日から同年3月23日に延期された。そして当日は1敗後の最終局で勝利し、13勝5敗・1位で四段昇段(プロ入り)を決めた。プロ入り後、第62回NHK杯戦で予選を突破し、対局者として本戦出場を果たす。
広瀬 章人(ひろせ あきひと、1987年1月18日 - ) … 広瀬 章人(ひろせ あきひと、1987年1月18日 - ) は、将棋棋士。勝浦修九段門下。棋士番号は255。北海道札幌市出身。 東京都で生まれ、埼玉県さいたま市で育つ。アマチュア強豪であった父と兄の影響から4歳ごろから将棋に興味を持つ。小学3年から6年の4年間は、父の転勤により札幌市南区に在住し、将棋クラブに通い力をつける。小学生将棋名人戦では東日本大会に札幌市立澄川小学校4年生から連続して出場し、4年時は1勝を挙げるも同じ北海道代表で後に奨励会員となる相手に敗れる。5年時は、初戦で東日本3位となり後に高校将棋選手権優勝などの活躍をする相手に敗れた。6年時は東日本大会ベスト12に進出したが戸辺誠に敗れた。
上村 亘(かみむら わたる、1986年12月10日 - )は… 上村 亘(かみむら わたる、1986年12月10日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士。中村修九段門下。棋士番号は288。東京都中野区出身、杉並区在住。東京都立西高等学校、慶應義塾大学理工学部数理科学科卒業。 幼稚園の頃、アマチュア四段の父に教わったことが将棋を始めたきっかけであった。 1998年9月、6級で奨励会に入会。直後に7級に降級し、5級昇級までに2年弱を費やした。以降も18歳の誕生日直前にようやく初段となり、そこから二段まで2年半、二段から三段まで3年3ヶ月を費やすなど、後にプロ棋士となる奨励会員としては、著しい苦労をした。 24歳で迎えた第48回(平成22年後期)より三段リーグに参加。
長岡 裕也 (ながおか ゆうや、1985年8月18日 -) … 長岡 裕也 (ながおか ゆうや、1985年8月18日 -) は、将棋棋士。米長邦雄永世棋聖門下。棋士番号は256。東京都八王子市出身。 少年時代は、羽生善治も通っていた八王子将棋クラブにて腕を磨く。 第33回(2003年度前期)より三段リーグに参加。初参加の第33回リーグでは6勝12敗と苦戦したが、第34回(2003年度後期)では10勝8敗、第35回(2004年度前期)では12勝6敗と、コンスタントに成績を向上させ、4期目の第36回(2004年度後期)三段リーグにおいて、14勝4敗の成績を修めた結果、広瀬章人に次ぐ2位での四段昇段・プロ入りを決めた。 順位戦初参加となる第64期(2005年度)では勝ち星に恵まれず2勝8敗と大敗し降級点を喫した。
村山 慈明(むらやま やすあき、1984年5月9日 - )は… 村山 慈明(むらやま やすあき、1984年5月9日 - )は、将棋棋士。桜井昇九段門下。棋士番号は249。東京都日野市出身。 1995年、日野市立日野第三小学校5年時に小学生将棋名人戦で優勝し、奨励会に入る。 2001年後期から参加した三段リーグを2年・4期で抜け、2003年秋にプロデビュー。それから間もなく頭角を現す。2004年度、第23回朝日オープン将棋選手権で予選を勝ち抜き本戦出場。さらに、同年度に行われた第53期(2005年度)王座戦の予選では、松尾歩、橋本崇載、阿久津主税、島朗らを相手に6連勝して本戦出場にあと一歩と迫るが、予選決勝(二次予選決勝)で先崎学に敗れる。 第19期(2006年度)竜王戦6組で準優勝し、5組へ昇級。
渡辺 明(わたなべ あきら、1984年4月23日 - )は、… 渡辺 明(わたなべ あきら、1984年4月23日 - )は、将棋棋士。タイトル通算獲得数は歴代5位で、永世竜王・永世棋王の資格を保持。
佐藤 慎一(さとう しんいち、1982年8月16日 - )は… 佐藤 慎一(さとう しんいち、1982年8月16日 - )は、将棋棋士。東京都練馬区出身。剱持松二門下。棋士番号は271。 1994年9月、当時12歳で 奨励会入会。三段リーグへは2001年4月からの第29回に初参加となったが、いきなり降段点(4勝以下で降段点、2期連続4勝以下の場合は二段に陥落する)を付ける苦しい展開だった。 2008年、年齢制限を目前にした26歳の第43回三段リーグを15勝3敗の好成績で優勝。15期目で四段プロ入りを果たした。その期の三段リーグでたとえ勝ち越しても退会するという覚悟をしていたと四段昇段時にコメントした。この三段リーグの最終日を前に、佐藤は奨励会同期入会で長年の友人であった阿久津主税に「四段になれてもなれなくても奨励会生活を終えるので、けじめをつける意味で」練習将棋を申し込んでいる。
伊藤 真吾(いとう しんご、1982年1月4日 - ) は、… 伊藤 真吾(いとう しんご、1982年1月4日 - ) は、将棋棋士。棋士番号266。東京都八王子市出身。桜井昇九段門下。亜細亜大学経営学部卒業。 以前は、主に中飛車を得意とする振り飛車党であり、2014年には囲碁・将棋チャンネルにて「伊藤真吾の中級講座」と題した中飛車の講座番組を担当していた。2017年頃から振り飛車の採用率が減少し、現在はほぼ全ての対局で居飛車を指しており、角換わりや雁木などの相居飛車を主戦場としている。 妻は元漫画家アシスタントで、先輩棋士の飯島栄治がセッティングした合コンで出会ったとインタビューで語っている。後述のYouTube活動にも撮影・編集で参加している。現在は4人家族。
横山 泰明(よこやま ひろあき、1980年10月16日 - … 横山 泰明(よこやま ひろあき、1980年10月16日 - )は、日本の将棋棋士。桜井昇九段門下。棋士番号は246。東京都多摩市出身。中央大学卒。元妻は女流二段の島井咲緒里。 5歳のとき、祖父から教えられて将棋を始めた。 1992年、小学校6年生(出場時は5年生)のとき、第17回小学生将棋名人戦で3位入賞。このとき、もう1人の3位は同学年の山崎隆之。 1993年8月に6級で奨励会へ入会。3級昇級後から初段昇段までは苦戦したが、中央大学商学部在学中の2002年10月1日に四段昇段(プロ入り)を果たす。混戦の三段リーグの最終日で2連勝しての逆転昇段であった(12勝6敗)。 初参加の第62期(2003年度)C級2組順位戦で8勝1敗で最終第10局を迎え、勝てば「1期抜け」となるところであったが、平藤眞吾に敗れて8勝2敗(7位)となり昇級を逃す。
佐々木 慎(ささき まこと、1980年1月21日 - )は、… 佐々木 慎(ささき まこと、1980年1月21日 - )は、将棋棋士。棋士番号は240。関根茂九段門下。東京都中野区出身。
飯島 栄治(いいじま えいじ、1979年9月16日 - )は… 飯島 栄治(いいじま えいじ、1979年9月16日 - )は、将棋棋士。桜井昇九段門下。棋士番号は236。「飯島流引き角戦法」で知られる。東京都江東区出身。 1991年、江東区立平久小学校6年生(出場時は5年生)のとき、第16回小学生将棋名人戦で準優勝。決勝戦の相手は、後に多数のアマチュア棋戦で実績を上げ、プロ公式戦でも棋士を相手に互角の勝負を演じた清水上徹であった(戦形は相矢倉)。同年、奨励会の入会試験に合格。入会から6年半をかけて三段昇段し、三段リーグ4期目の1999年度・第26回三段リーグを2位の成績で通過して2000年4月に20歳でプロ入り。(同回三段リーグの1位は当時15歳の渡辺明) 初参加から3期目の第16期(2003年度)竜王戦6組で準優勝。
千葉 幸生(ちば さきお、1979年2月11日 - )は、日… 千葉 幸生(ちば さきお、1979年2月11日 - )は、日本の将棋棋士。関根茂九段門下、棋士番号は237。東京都町田市出身。日本将棋連盟常務理事(現職、2025年6月6日 - )。妻は女流棋士の千葉涼子。 2000年度前期の第27回三段リーグで優勝(2位は上野裕和)を果たし、10月1日付けで四段昇段(プロ入り)。 結婚直後の第62期(2003年度)C級2組順位戦で9勝1敗・2位の成績を収め、C級1組へ初昇級。同時に五段へ昇段。翌年度の第63期、C級1組で降級点を喫するが、第64期に勝ち越して、すぐ降級点を消す。 第36回(2005年)新人王戦で準優勝。決勝で渡辺明竜王(当時)に2-0で敗れた。
中倉 宏美(なかくら ひろみ、1979年1月26日 - )は… 中倉 宏美(なかくら ひろみ、1979年1月26日 - )は、LPSA(日本女子プロ将棋協会)所属の女流棋士。LPSA番号は12。東京都府中市出身。堀口弘治七段門下。以前は日本将棋連盟に所属し、当時の女流棋士番号は38。女流棋士の中倉彰子は実姉。中座真(彰子の夫)は義兄にあたる。2014年2月よりLPSA代表理事(3代目)に就任。
鈴木 大介(すずき だいすけ、1974年7月11日 - )は… 鈴木 大介(すずき だいすけ、1974年7月11日 - )は、将棋棋士(棋士番号213、大内延介門下)、プロ雀士。東京都町田市出身。麻雀のアマ強豪としても知られていた将棋棋士で、2019年度には麻雀最強戦の最強位を獲得。2023年5月に日本プロ麻雀連盟に入会したことで、史上初の麻雀・将棋両方でのプロとなった(後述)。2023年からMリーグのBEAST Xに所属。 (2021年5月6日現在) ※麻雀最強戦6年連続ファイナル進出 竜王・名人(王位・棋聖・棋王・王将/六冠) 藤井聡太(永世竜王・永世王位・永世棋聖) 叡王・王座(二冠) 伊藤匠 十七世名人 谷川浩司 九段 羽生善治(永世竜王・十九世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将・永世棋聖) 九段 佐藤康光(永世棋聖) 九段 森内俊之(十八世名人) 九段 渡辺明(永世竜王・永世棋王) 七段 藤原直哉 ( 2026年4月22日引退 ) 八段 小倉久史 ( 2026年4月30日引退 ) 九段 脇謙二 ( 2026年5月1日引退 ) 八段 所司和晴 ( 2026年5月13日引退 ) (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照) 【2026年04月 四段昇段者】小窪碧、川村悠人、古井丈大(3名、第40期からの出場) 【2026年10月 四段昇段者】(2名、第40期からの出場) 2026年10月1日昇段者(2名):2027年04月1日昇段者(2-3名): 現 司会・聞き手 室谷由紀 (2024 - )現 司会・聞き手 和田あき (2026 - )
安食 総子(あじき ふさこ、本名:細川総子(旧姓安食)197… 安食 総子(あじき ふさこ、本名:細川総子(旧姓安食)1974年5月2日 - )は、将棋の女流棋士。東京都武蔵野市出身。青野照市九段門下。女流棋士番号22。
吉原 由香里(よしはら ゆかり、結婚前の実名は 梅沢 由香里… 吉原 由香里(よしはら ゆかり、結婚前の実名は 梅沢 由香里、うめざわ ゆかり、1973年10月4日 - )は、日本棋院所属の囲碁の女流棋士である。2002年(平成14年)結婚したことに伴い本名は吉原由香里となったもののその後も日本棋院の登録名は旧姓のままだったが、2011年(平成23年)4月1日に棋士名も吉原由香里に変更。芸能事務所アイント所属。 囲碁との出会いは小学校一年生の時で、父が子どもの日に「お父さんと一緒に始めよう」と碁盤をプレゼントしてくれたのがきっかけだった。14歳の時「自分にはこの道しかない」と悟り、加藤正夫九段に入門、大学4年の12月(1995年)に女流棋士特別採用試験(プロ試験)に合格。
川上 猛(かわかみ たけし、1972年7月12日 - )は、… 川上 猛(かわかみ たけし、1972年7月12日 - )は、将棋棋士。棋士番号は206。東京都足立区出身。平野広吉七段門下。 中学1年の頃、第10回中学生名人戦で準優勝(優勝者は屋敷伸之)。翌年の第11回では優勝。 中学3年の春(1987年)に、奨励会に入会。その2年後の1989年1月15日に、師匠の平野広吉が73歳で他界する。 初参加の三段リーグ(1992年度後期)において15勝3敗で1位の成績を収め、三段リーグを1期抜けしてプロ入りする。 その翌年(1994年度)、早くも銀河戦(第3期、非公式戦時代)で準優勝する活躍を見せる(優勝者は田中寅彦)が、第53期順位戦では2勝8敗と振るわず降級点を喫する。
郷田 真隆(ごうだ まさたか、1971年3月17日 - )は… 郷田 真隆(ごうだ まさたか、1971年3月17日 - )は、将棋棋士。東京都練馬区出身。駿台学園中学校・高等学校卒業。「羽生世代」の一人。
塚田 泰明(つかだ やすあき、1964年11月16日 - )… 塚田 泰明(つかだ やすあき、1964年11月16日 - )は、将棋棋士。大内延介九段門下。棋士番号は148。東京都出身。
中田 宏樹(なかた ひろき、1964年〈昭和39年〉10月2… 中田 宏樹(なかた ひろき、1964年〈昭和39年〉10月20日 - 2023年〈令和5年〉2月7日)は、東京都武蔵野市出身の将棋棋士。桜井昇九段門下。棋士番号は173。 1985年の秋に、21歳でプロデビュー。実質の初年度となる1986年度に、羽生善治と並んで全棋士中1位タイの勝率(0.741)をマークする。 1989年度、オールスター勝ち抜き戦(5連勝以上は優勝扱い)で8連勝する。 1991年、王位戦で谷川浩司王位への挑戦者となる。直前まで、他棋戦も含め破竹の17連勝をして迎えた七番勝負であったが、2連勝の後4連敗で敗退。この4敗のうちの2敗は、中田の後手番で、谷川得意の角換わり腰掛銀を堂々と受けて立ったものである。
安西 勝一(あんざい しょういち、1963年7月2日 - )… 安西 勝一(あんざい しょういち、1963年7月2日 - )は、将棋棋士。東京都板橋区出身。佐瀬勇次名誉九段門下。棋士番号174。 (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照)
石川 陽生(いしかわ あきお、1963年3月5日 - )は、… 石川 陽生(いしかわ あきお、1963年3月5日 - )は、将棋棋士。棋士番号は177。東京都新宿区出身。高田丈資七段門下。2023年引退。 (2026年5月27日現在) (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照) この項目は、将棋の棋士(女流棋士・アマチュアを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:ボードゲーム/プロジェクト:人物伝)。
島 朗(しま あきら、1963年2月19日 - )は、将棋棋… 島 朗(しま あきら、1963年2月19日 - )は、将棋棋士。棋士番号146。高柳敏夫名誉九段門下。東京都世田谷区出身。 そして竜王戦の賞金は服と靴と車に消えた。当時バブル景気が賑わっていたと言う背景もあった。また、多額の税金も支払ったとされている。翌年の竜王戦は羽生善治との対戦であったが、初日の終了後に、羽生らとモノポリーに興じた。 自著の「角換わり腰掛け銀研究」は1995年に第7回将棋ペンクラブ大賞著作部門大賞を受賞した。この本はあまりに詳細にわたる研究だったため、島自身も忘れている部分があり、若手棋士との対局で島がある変化手順について尋ねたところ、「島先生の本に載ってました」と答えられたというエピソードがあるほどである。
中村 修(なかむら おさむ、1962年11月7日 - )は、… 中村 修(なかむら おさむ、1962年11月7日 - )は、将棋棋士。佐伯昌優九段門下。棋士番号は143。東京都町田市出身。昭和55年に四段に昇段(プロ入り)した強豪グループ、いわゆる「55年組」の一人。日本将棋連盟女流棋士会監事(2015年6月 - )。元棋士会会長(2017年2月 - 2026年6月)。 (2026年4月1日現在) (2026年4月1日現在) は2026年7月現在の在位。登場・連覇の 太字 は歴代最多記録。 他の棋士との比較は、タイトル獲得記録、将棋のタイトル在位者一覧を参照。 (1985年王将戦終了まで) 竜王・名人(王位・棋聖・棋王・王将/六冠) 藤井聡太(永世竜王・永世王位・永世棋聖) 叡王・王座(二冠) 伊藤匠 十七世名人 谷川浩司 九段 羽生善治(永世竜王・十九世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将・永世棋聖) 九段 佐藤康光(永世棋聖) 九段 森内俊之(十八世名人) 九段 渡辺明(永世竜王・永世棋王) 七段 藤原直哉 ( 2026年4月22日引退 ) 八段 小倉久史 ( 2026年4月30日引退 ) 九段 脇謙二 ( 2026年5月1日引退 ) 八段 所司和晴 ( 2026年5月13日引退 ) 【2026年04月 四段昇段者】小窪碧、川村悠人、古井丈大(3名、第40期からの出場) 【2026年10月 四段昇段者】(2名、第40期からの出場) 2026年10月1日昇段者(2名):2027年04月1日昇段者(2-3名): (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照)
伊藤 能(いとう のう、1962年1月16日 - 2016年… 伊藤 能(いとう のう、1962年1月16日 - 2016年12月25日 )は、将棋棋士。棋士番号205。東京都杉並区出身。米長邦雄永世棋聖門下。 1984年に22歳で奨励会三段となったが、その後、なかなか四段昇段(プロ入り)ができなかった。 1987年に三段リーグ制度が復活し四段昇段は狭き門となるが、その第1回の四段昇段の2名は、いずれも米長門の弟弟子の中川大輔、先崎学であった。 その5年後、伊藤は、当時の規定である年齢制限(31歳までに四段昇段)の1期前の第11回三段リーグで2位に入り、四段昇段(プロデビュー)を果たした。その最終日は、リーグ順位22位、成績4番手で迎えたが、2戦2勝し、さらにライバルが敗れての大逆転で、伊藤自身は「神風」「奇跡」と表現した。
所司 和晴(しょし かずはる、1961年10月23日 - )… 所司 和晴(しょし かずはる、1961年10月23日 - )は、将棋棋士。平野広吉七段門下。棋士番号は172。東京都江東区出身、千葉県育ち。千葉県立船橋旭高等学校卒。「株式会社所司一門将棋センター」の代表取締役社長も務める。 1978年、関東奨励会に5級で入会。1敗後に6連勝して4級昇級。 1985年、奨励会三段で9連勝し四段昇段、同年6月27日付でプロ入り。 初出場の第45期順位戦C級2組で9勝1敗・3位となり1期抜けでC級1組に昇級。その後、C級1組に15期連続で在籍した。C級1組で26人中8位の順位で迎えた第49期順位戦では、9勝1敗の成績ながら他の棋士の成績の兼ね合いからB級2組昇級を逃がす不運も経験。
堀口 弘治(ほりぐち こうじ、1961年5月16日 - )は… 堀口 弘治(ほりぐち こうじ、1961年5月16日 - )は、将棋棋士。東京都調布市出身。加藤博二九段門下。棋士番号154。 奨励会二段の頃、第2回(1979年)「若駒戦」(非公式戦)で優勝。翌年は三段で準優勝。 1984年度、第8回若獅子戦で、公式棋戦初優勝。 順位戦C級2組において、初参加から3年連続で7勝3敗。4期目(1985年度)に8勝2敗で3位となり、C級1組へ昇級。 第7回(1988年度)全日本プロトーナメントで、ベスト8。 2017年3月31日、フリークラス規定により同年度(2016年度)の最終対局をもっての引退が将棋連盟より発表された。3月末時点で第30期竜王戦・6組昇級者決定戦を残していたが、6月1日の対局で中尾敏之に敗れて全対局を終え、同日付で引退となった。
泉 正樹(いずみ まさき、1961年1月11日 - )は、将… 泉 正樹(いずみ まさき、1961年1月11日 - )は、将棋棋士。棋士番号144。東京都練馬区出身。関根茂九段門下。 通算成績:1351対局 635勝716敗(勝率0.4700) この項目は、将棋の棋士(女流棋士・アマチュアを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:ボードゲーム/プロジェクト:人物伝)。 竜王・名人(王位・棋聖・棋王・王将/六冠) 藤井聡太(永世竜王・永世王位・永世棋聖) 叡王・王座(二冠) 伊藤匠 十七世名人 谷川浩司 九段 羽生善治(永世竜王・十九世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将・永世棋聖) 九段 佐藤康光(永世棋聖) 九段 森内俊之(十八世名人) 九段 渡辺明(永世竜王・永世棋王) 七段 藤原直哉 ( 2026年4月22日引退 ) 八段 小倉久史 ( 2026年4月30日引退 ) 九段 脇謙二 ( 2026年5月1日引退 ) 八段 所司和晴 ( 2026年5月13日引退 ) (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照)
関 浩(せき ひろし、1960年7月8日 - 2024年11… 関 浩(せき ひろし、1960年7月8日 - 2024年11月11日)は、将棋棋士。山川次彦八段門下。棋士番号は169。東京都田無市(現西東京市)出身。 1974年の奨励会入会から11年目にして、1985年3月28日、24歳で四段昇段。 その8か月後、10歳下の羽生善治がデビューしたが、1986年3月13日に「オールスター勝ち抜き戦」の予選で羽生と当たる。矢倉の本格的な攻防となるが、これに勝利。羽生にとっては、棋士人生初の黒星であった。関は、このデビュー1年目に20勝を挙げた。 1989年度は、22勝15敗・勝率0.595の好成績を収める。 第3期竜王戦5組(1990年度)の昇級者決定戦(敗者復活戦)で大野八一雄と井上慶太を破り、4組に昇級。
高橋 道雄(たかはし みちお、1960年4月23日 - )は… 高橋 道雄(たかはし みちお、1960年4月23日 - )は、将棋棋士。佐瀬勇次名誉九段門下。棋士番号は142。東京都足立区出身。1980年度(昭和55年度)にプロ入りした、いわゆる「55年組」の一人。五段でのタイトル獲得(王位)は当時までの最低段記録。十段戦が竜王戦に移行したときの、最後の十段在位者。現役最年長棋士(2025年4月23日以降、現在7001660000000000000♠66歳2か月 )。 (2021年3月19日現在) (2021年8月2日現在) 他の棋士との比較は、タイトル獲得記録、将棋のタイトル在位者一覧を参照。 竜王・名人(王位・棋聖・棋王・王将/六冠) 藤井聡太(永世竜王・永世王位・永世棋聖) 叡王・王座(二冠) 伊藤匠 十七世名人 谷川浩司 九段 羽生善治(永世竜王・十九世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将・永世棋聖) 九段 佐藤康光(永世棋聖) 九段 森内俊之(十八世名人) 九段 渡辺明(永世竜王・永世棋王) 七段 藤原直哉 ( 2026年4月22日引退 ) 八段 小倉久史 ( 2026年4月30日引退 ) 九段 脇謙二 ( 2026年5月1日引退 ) 八段 所司和晴 ( 2026年5月13日引退 ) 【2026年04月 四段昇段者】小窪碧、川村悠人、古井丈大(3名、第40期からの出場) 【2026年10月 四段昇段者】(2名、第40期からの出場) 2026年10月1日昇段者(2名):2027年04月1日昇段者(2-3名): 【協賛】日本たばこ産業(JT)【主催:地方新聞11社】 【主催】日本将棋連盟 (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照)
室岡 克彦(むろおか かつひこ、1959年3月21日 - )… 室岡 克彦(むろおか かつひこ、1959年3月21日 - )は、将棋棋士。佐瀬勇次名誉九段門下。棋士番号153。東京都荒川区出身。 藤井システムと同じく四間飛車の作戦としては図のような形を室岡がよく指しており、「室岡システム」と呼ばれる。図のように△6二金(先手なら▲4八金)を上がる形を指す。 公式戦では図から▲3六歩△6一玉▲3五歩△同歩▲4六銀△3六歩▲2六飛△3二飛▲3五銀△4五歩▲3三角成△同飛▲5七角△3七歩成▲2四歩△3五飛▲同角△3四銀▲4四角△1五銀の例があり、後手が指せる。なお3七歩成に同桂は△4四銀▲3四歩△3五銀▲3三歩成△2六銀で後手十分。この時△6二玉-△7二銀型であると▲2二飛が痛打にならないという工夫。
飯野 健二(いいの けんじ、1954年7月7日 - )は、将… 飯野 健二(いいの けんじ、1954年7月7日 - )は、将棋棋士。関根茂九段門下。棋士番号は117。東京都葛飾区出身。 10歳の頃、父から教わり将棋を始める。 1968年、6級で奨励会に入会。以降、三段昇段までは、各昇級昇段に1年以上をかけることなく順調に昇る。 1973年度後期から三段リーグ(旧制)で3期(1年半)を戦うが四段に上がれず、そこで三段リーグ制度が廃止。それから約1年後の1975年3月4日、武市三郎に勝ち、12勝4敗の規定により四段昇段(プロ入り)。その武市との一局で採用した戦法は、奨励会入会以来2度目の採用の振り飛車(阪田流向かい飛車)であった。「知らない将棋を指せば震えないだろう」と考えたからだという。
真部 一男(まなべ かずお、1952年2月16日 - 200… 真部 一男(まなべ かずお、1952年2月16日 - 2007年11月24日)は、将棋棋士。加藤治郎名誉九段門下。棋士番号は111。東京都荒川区出身。順位戦A級2期(第47期及び第49期)。 若手時代は1950年代生まれの棋士の代表格として期待され、当時の名人であった中原誠に対する対戦成績の良さから「将来の名人候補」との評判も勝ち得た。 奨励会時代から俊英として知られ、将棋愛好家のエッセイスト山口瞳が1972年に上梓した著書「血涙十番勝負」にも「真部一男三段。毎年惜しくも昇段を逃しているが、奨励会実力ナンバーワンは衆目の見る所。それどころか、順調に進めばA級間違い無しの俊秀である」と記述されていた。
松浦 隆一(まつうら りゅういち、1951年12月24日 -… 松浦 隆一(まつうら りゅういち、1951年12月24日 - )は、将棋棋士。丸田祐三九段門下。棋士番号は132。2011年6月10日に引退。東京都台東区出身。
椎橋 金司(しいはし きんじ、1948年10月10日 - 2… 椎橋 金司(しいはし きんじ、1948年10月10日 - 2009年1月16日)は、将棋棋士、六段。松下力九段門下。棋士番号は115。東京都足立区出身。 奨励会への入会は1962年。旧制度の三段リーグ(奨励会A組)への参加は1969年後期からで、同制度が終了する1973年度後期までの9期・4年半、四段昇段(プロ入り)をすることができなかった。 その頃、第3回奨励会若獅子戦の関東の決勝で、田中寅彦4級を角落ちで破って関東優勝。しかし、西の優勝者・淡路仁茂三段との決勝では、秒読みで悪手を指して敗れ、準優勝に終わる。このとき椎橋は、観戦記担当の団鬼六や記録係にわざわざお茶を持ってくるという気遣いを見せた。
有野 芳人(ありの よしと、1948年9月9日 - )は、将… 有野 芳人(ありの よしと、1948年9月9日 - )は、将棋棋士。1991年、引退。下平幸男八段門下。棋士番号は122。東京都大田区出身。 1965年の入門から10年経った三段当時の1975年の10月 - 11月に、8連勝を記録して27歳でプロとなる。この間、第1回(1971年)奨励会若獅子戦で優勝している。 1977年度、第5回(1978年度)名将戦で、予選を突破。 順位戦では、第36期・1977年度よりC級2組に出場したものの、13期目までC級1組に昇級する成績を修められず、出場14期目(第49期・1990年度)で降級点を喫したのを機に、42歳で引退する。順位戦での通算勝率は、4割ちょうどである。
関根 茂(せきね しげる、1929年11月5日 - 2017… 関根 茂(せきね しげる、1929年11月5日 - 2017年2月22日)は、将棋棋士。山川次彦八段門下。棋士番号は61。2002年に引退。 東京府南葛飾郡(現:東京都葛飾区)出身。妻は関根紀代子女流六段。 農林技官からプロ棋士になった異色の経歴を持つ。加藤一二三は奨励会同期となる。 高校時代に将棋に熱中し、作家・菊池寛を顧問に、永井英明が創立していた若者の将棋の会「青棋会」に参加する。この会には清水孝晏(将棋史研究家・『将棋世界』編集長となる)、田辺忠幸(観戦記者)、斎藤栄(作家)らが参加していた。 農林技官となるが、将棋の夢がすてがたく、1951年、22歳で1級で奨励会入り。公務員を務めながら修行し1953年に四段に昇段してプロ入り。