渡辺 弥生 は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は4… 渡辺 弥生 は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は41(2011年3月31日までの旧番号は旧65)。所司和晴七段門下。史上初の東京大学出身女流棋士。新潟県南魚沼市出身。
新潟県:5人
渡辺 弥生 は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は4… 渡辺 弥生 は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は41(2011年3月31日までの旧番号は旧65)。所司和晴七段門下。史上初の東京大学出身女流棋士。新潟県南魚沼市出身。
近藤 正和(こんどう まさかず、1971年5月31日 - )… 近藤 正和(こんどう まさかず、1971年5月31日 - )は、将棋棋士。棋士番号220。原田泰夫九段門下。新潟県柏崎市出身。 1996年10月1日、25歳でプロ入り。プロデビューから負けなしの10連勝を飾り好スタートを切った。(「デビューからの連勝」の記録として当時歴代1位。現在でも藤井聡太(2017年)に次ぎ松本佳介(1996年)と並ぶ、歴代2位である。) 1997年、第10期竜王戦6組ランキング戦の6組優勝者となり、本戦トーナメント出場。本戦では3回戦で佐藤康光に敗れたが、5組昇級。同年、第47回NHK杯戦予選決勝で神谷広志に勝ち、初参加で本戦出場を果たす。 翌1998年第48回本戦トーナメントにも連続して出場した。
土佐 浩司(とさ こうじ、1955年3月30日 - )は、将… 土佐 浩司(とさ こうじ、1955年3月30日 - )は、将棋棋士。清野静男八段門下。棋士番号は124。新潟県南魚沼郡塩沢町(現在の南魚沼市の一部)出身。 プロ入り前の1975年度、第6回新人王戦でベスト4進出(準決勝で桜井昇に敗北)。 1976年2月、20歳でプロ入り。しかし、その頃に名人戦・順位戦の主催紙移行問題があり、初の順位戦を戦うまで実質1年間待たされることになる。そのかたわら、初参加の十段戦(第16期・1977年度)において予選を6連勝で通過し、難関の十段リーグに入る。四段の棋士の十段リーグ入りは初。リーグ戦では残留はならなかったものの、米長邦雄・大山康晴・有吉道夫に勝ち3勝7敗と健闘した。
原田 泰夫(はらだ やすお、1923年3月1日 - 2004… 原田 泰夫(はらだ やすお、1923年3月1日 - 2004年7月11日)は、将棋棋士。棋士番号35。新潟県西蒲原郡(後の分水町、現在の燕市)出身。分水町名誉町民。加藤治郎名誉九段門下。 10歳のころ、13世名人(関根金次郎)の立派な指導対局姿に心を打たれ、棋士を志す。原田の父は棋士になることに反対していたが、結局は高等小学校を卒業した原田とともに上京して棋士になる手助けをしている。はじめに縁のあった溝呂木光治(当時七段)を訪ねたが、溝呂木は当時三段で足踏みしていた弟子の間宮純一の名前を出して「自分は弟子運が悪い」「私のところじゃ四段になれない」と入門を断り、加藤治郎(当時五段)を紹介した。このため加藤に弟子入りすることになった。
清野 静男(せいの しずお、1922年8月14日 - 197… 清野 静男(せいの しずお、1922年8月14日 - 1977年8月28日)は、将棋棋士。新潟県北蒲原郡(現・阿賀野市)出身。木村義雄十四世名人門下。棋士番号47。 1936年に木村義雄十四世名人門下に入門。1949年に三段で順位戦に参加しC級2組で全勝、翌1950年にC級1組昇級して六段に飛び級。四段の経験がないプロ棋士は、清野の他にはプロ編入時に五段の花村元司がいる。 1959年、第9期王将戦の二次予選で山田道美、坂口允彦に連勝し挑戦者決定リーグ入り。1965年、第6期(1965年前期)棋聖戦 決勝トーナメント出場。1972年、新たに創設された第1回(1972年後期)早指し将棋選手権で予選を勝ち抜き、本戦トーナメントに出場。