治田 知也(はった ともや、1998年6月10日 - )は、… 治田 知也(はった ともや、1998年6月10日 - )は、新潟県燕市出身の競輪選手、自転車競技選手。日本競輪選手会新潟支部所属、ホームバンクは弥彦競輪場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第121期生。師匠は加瀬加奈子(102期)。 新潟県立吉田高等学校、日本大学卒業。 高校時代に自転車競技のアジア自転車競技選手権の男子ジュニアチームスプリントでアンカーを務めて準優勝し、世界ジュニア選手権大会に出場。国民体育大会(国体)の少年男子1kmタイム・トライアルで大会新記録含めて3連覇を達成。 2021年1月、養成所入所試験に合格。同年5月27日に第121回選手候補生として入所した。 2022年1月17日と18日の2日間で養成所にて行われた第3回卒業認定記録会において、200mFD、400mFD、1000mTT全ての記録が養成所が定める最高基準を上回り、ゴールデンキャップを獲得。
片桐 善也(かたぎり ぜんや、1994年4月20日 - )は… 片桐 善也(かたぎり ぜんや、1994年4月20日 - )は、新潟県出身の日本の競輪選手。日本競輪選手会新潟支部所属。日本競輪学校(現:日本競輪選手養成所)117期生。師匠は佐藤政利(新潟・91期)。 2012年、新潟県立吉田高等学校の3年時に、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)の自転車ロードレースで高校日本一となり、ポイントレースで銅メダルを獲得している。また国民体育大会(国体)の少年ポイントレースでは準優勝を果たしている。 高校卒業後は日本大学に進学し、自転車競技部では主将を務めた。2014年のインカレではポイントレースで3位、全日本学生選手権では個人トラック・マディソンで2位、トラックポイントレースで2位、個人戦ロードで2位、2015年の全日本学生選手権では個人トラック・マディソンで3位、2016年の東日本学生選手権トラック・ポイントレースで優勝を果たしている。
鈴木 庸之(すずき のぶゆき、1985年11月11日 - )… 鈴木 庸之(すずき のぶゆき、1985年11月11日 - )は、新潟県燕市出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第92期生。日本競輪選手会新潟支部所属、ホームバンクは弥彦競輪場。 新潟県立燕工業高等学校在学中に自転車競技を始める。2003年に出場した国民体育大会ではスプリント部門で6位に入賞した(優勝は福島県代表の新田祐大)。卒業後は競輪選手を志し、地元の実業団クラブ「SOUL BICYCLE 弥彦」所属で全日本実業団自転車競技選手権に出場。スプリント、1kmT.T両部門で2位となる。 2006年、競輪学校に第92期生として入学。翌2007年に卒業し、同年7月に青森競輪場でデビューした。
田中 麻衣美(たなか まいみ、1982年8月11日 - )は… 田中 麻衣美(たなか まいみ、1982年8月11日 - )は、元女子競輪選手、元モデル。血液型はB型。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生(ガールズケイリン1期生)。現役時代は日本競輪選手会新潟支部所属、ホームバンクは弥彦競輪場。師匠は池端将巳(79期)。 新潟青陵高校を卒業後、エステティシャンやウエディングモデルを経て、弥彦競輪PRユニット・すぴRitsで畑中まいみとして活動。2010年、弥彦競輪場が「CLUB SPIRITS」というサイクリングクラブを発足したことを受け加入と同時に、2012年7月開始予定のガールズケイリン選手を目指すことになり、同じ志を持った加瀬加奈子、藤原亜衣里、中川諒子の3人とともに共同生活をスタートさせた。
平原 康多(ひらはら こうた、1982年6月11日 - )は… 平原 康多(ひらはら こうた、1982年6月11日 - )は、日本の元競輪選手。現在は競輪評論家(スポーツ報知専属)。現役時代は日本競輪選手会埼玉支部所属、ホームバンクは西武園競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第87期生。師匠は太田耕二(太田真一の兄)。父の康広は元競輪選手(28期。弥彦競輪場を拠点としていた)、弟の平原啓多は競輪選手(97期)。 東京都東村山市で生まれ、2歳から14歳までは競輪場がある弥彦村に隣接した岩室村(現在の新潟市西蒲区)で育った。 15歳の時に埼玉県狭山市に転居。競輪選手であった父の影響から自転車競技を始め、埼玉県立川越工業高等学校在学時にはジュニア世界選手権に出場している。
藤原 亜衣里(ふじわら あいり、1980年12月2日 - )… 藤原 亜衣里(ふじわら あいり、1980年12月2日 - )は、新潟県西蒲原郡弥彦村出身の女子競輪選手。日本競輪学校第102期生。 実父の実(26期・引退)、実兄の憲征(85期)も競輪選手という競輪一家に生まれ育った。 法政大学時代は、全日本大学対抗選手権自転車競技大会(インカレ)のスプリントで、2001年2位、2002年3位等の実績を残した。 その後は自転車競技とは縁のない活動を送っていたが、2010年に弥彦競輪場のサイクリングクラブ、「CLUB SPIRITS」が発足したことを契機に活動を再開。そして、2011年2月25日、クラブの同志である加瀬加奈子、中川諒子、田中麻衣美とともに日本競輪学校 第102回(女子第1期)試験に合格した。
藤原 憲征(ふじわら のりゆき、1979年〈昭和54年〉7月… 藤原 憲征(ふじわら のりゆき、1979年〈昭和54年〉7月31日 - )は、新潟県西蒲原郡弥彦村出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第85期生。藤原実(競輪学校第26期生)は実父であり師匠。藤原亜衣里(競輪学校第102期生)は実妹であり弟子。弟子はほかに中川諒子(競輪学校第102期生)などがいる。 新潟県立吉田商業高校時代の1997年(平成9年)、全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(インターハイ、向日町競輪場)のスプリントで優勝。また、同年の全国都道府県対抗自転車競技大会のスプリントでも優勝。さらにジュニア世界選手権自転車競技大会のオリンピックスプリントで5位に入った。これら一連の実績を称えられ、同年度の新潟日報スポーツ賞を受賞した。
諸橋 愛(もろはし めぐむ、1977年7月21日 - )は、… 諸橋 愛(もろはし めぐむ、1977年7月21日 - )は、新潟県西蒲原郡出身の競輪選手。日本競輪学校第79期生。日本競輪選手会新潟支部所属。師匠は小川隆(43期)。男性である。 新潟県立吉田商業高等学校出身。在学時に出場した全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(インターハイ)では、4000メートル速度競走種目で優勝している。競輪学校の在校競走成績は32位(11勝)であった。 1997年4月13日、地元弥彦競輪場でデビュー(4着)。同年のルーキーチャンピオンレース(立川競輪場)では4着に入った。2005年の寬仁親王牌(青森競輪場)でG1初優参(8着)。 G3クラスでは、2004年の青森記念で初優勝。
天野 尚(あまの たかし、1954年7月18日 - 2015… 天野 尚(あまの たかし、1954年7月18日 - 2015年8月4日)は、日本の写真家、実業家、元競輪選手。新潟県西蒲原郡巻町(現・新潟市西蒲区)出身。新潟県立吉田商業高等学校(現・吉田高等学校)卒業。アクアデザインアマノの創業者で、ネイチャーアクアリウムを提唱した。また写真家としては、アマゾン、ボルネオなどの熱帯雨林の撮影に力を注いでいた。 1954年7月18日、新潟県西蒲原郡巻町に生まれる。16年間競輪選手として活動する一方で世界各地の熱帯雨林を訪れ、風景写真やエッセイを専門誌に発表するなどした。 1982年、アクアデザインアマノを創立。アクアリストでもあり、自身のデザインした水槽のレイアウトをADA本社にネイチャーアクアリウム・ギャラリーとして展示している。
天野 康博(あまの やすひろ、1952年4月13日- )は、… 天野 康博(あまの やすひろ、1952年4月13日- )は、新潟県西蒲原郡吉田町(現新潟県燕市)出身の元競輪選手。新潟県立吉田商業高等学校(現在の新潟県立吉田高等学校)を経て、日本競輪学校第29期生となる。 同期には阿部良二、加藤善行、久保千代志という、後の特別競輪(現在のGI)優勝経験者が名を連ねる。したがって後に花の29期生と言われるようになるが、後述する、1978年のオールスター競輪優勝については、競輪界の流れを大きく変えたという見方がされている。 デビューは1972年4月16日、ホームバンクの弥彦競輪場で迎え、初勝利も同日。1978年9月26日、西宮競輪場で開催された第21回オールスター競輪決勝戦に、天野は後にも先にも、この1回限りとなる特別競輪の決勝進出を果たし、8番車で挑むことになった。