田畑 功(たばた いさお、1955年 - )は日本の彫刻家。… 田畑 功(たばた いさお、1955年 - )は日本の彫刻家。富山県高岡市出身。富山県立高岡工芸高等学校デザイン科卒。日展会員/審査員2回、日本彫刻会会員/審査員3回/運営委員。芸術院会員の雨宮淳に師事。2003年に西望賞受賞。作品の多くは人物像・動物像・仏像。また、田畑が制作した有名人・著名人・有名馬牛の像は全国各地に1千体余り存在する。 カッコ内は設置場所。
富山県:5人
田畑 功(たばた いさお、1955年 - )は日本の彫刻家。… 田畑 功(たばた いさお、1955年 - )は日本の彫刻家。富山県高岡市出身。富山県立高岡工芸高等学校デザイン科卒。日展会員/審査員2回、日本彫刻会会員/審査員3回/運営委員。芸術院会員の雨宮淳に師事。2003年に西望賞受賞。作品の多くは人物像・動物像・仏像。また、田畑が制作した有名人・著名人・有名馬牛の像は全国各地に1千体余り存在する。 カッコ内は設置場所。
辻 志郎(つじ しろう、1932年(昭和7年)8月1日 – … 辻 志郎(つじ しろう、1932年(昭和7年)8月1日 – 2003年(平成15年)3月13日)は、昭和時代から平成時代にかけての日本の彫刻家。本名は四郎。日展評議員、日彫会運営委員を歴任。 富山県庄川町金屋(現在の砺波市)に生まれる。井波木彫刻師の市山玉香に弟子入、1956年第12回日展に「山羊」」で初入選。1964年加藤顕清に師事し、翌年の第8回新日展に「人間」で特選。1968年澤田政廣に師事し、1969年改組第1回日展に「男」で特選。1980年第一回高村光太郎大賞展に特別優秀賞受賞。 1983年「富山県置県100年記念 新世紀博」会場のシンボルタワー「新世紀の旅立ち」制作。1984年県営総合体育センター「限りなき生命」制作。
松村 外次郎(まつむら そとじろう、1901年〈明治34年〉… 松村 外次郎(まつむら そとじろう、1901年〈明治34年〉9月17日 - 1990年〈平成2年〉6月20日)は、大正時代から平成時代にかけての彫刻家。元二紀会副理事長、同会名誉会員。 富山県東礪波郡青島村(現在の砺波市庄川町青島)に生まれる。富山県立工芸高校(現・富山県立高岡工芸高等学校)卒業後、上京して吉田白嶺の内弟子となる。1923年、第10回院展に「女」で初入選。翌年、東京美術学校彫刻科に入学。在学中から二科展に出品。1927年第14回二科展より1930年第17回二科展まで連続入選、東京美術学校卒業後は1931年より約2年間パリへ留学。帰国後1936年に二科会会員として迎えられるが1944年退会。
佐々木 大樹(ささき たいじゅ、1889年12月25日 - … 佐々木 大樹(ささき たいじゅ、1889年12月25日 - 1978年11月8日)は、日本の彫刻家。 1889年、富山県下新川郡愛本村大字音沢村(現在の黒部市宇奈月町音沢)生まれ。本名、長次郎。黒難温泉を経営する裕福な家庭に生まれ、男女7人兄妹の下から2番目の子であった。 富山県立工芸学校(現在の高岡工芸高等学校)を経て、1914年、東京美術学校彫刻科本科彫部卒業。1920年、第2回帝国美術院展覧会に出品した「誕生の頃」が特選に選ばれ、1929年には「紫津久」で帝国美術院賞を受賞した。1935年、帝国美術学校(現・武蔵野美術大学)の教授となる。1937年、ヘレン・ケラーに塙保己一の像を贈る。1951年、多摩美術大学教授。
吉野 美奈子(Minako Yoshino, よしの みなこ… 吉野 美奈子(Minako Yoshino, よしの みなこ、11月1日 - )は、日本の芸術家(公共芸術スペシャリスト・彫刻家・画家)。 富山県富山市出身。ニューヨークを拠点に公共芸術に携わり、国際的に活動している。全米彫刻協会会員。米国ホロコースト・メモリアル制作プロジェクト芸術監督。NYハーストタワー(21世紀初ニューヨーク市認定歴史的重要建築文化財)修復プロジェクト芸術監督。 大理石をはじめ石を素材としたモニュメントや彫刻と、石粉や砂を交えた独特のテクスチャーで描く油彩画が特徴である。2001年、渡米直後に体験した9.11アメリカ同時多発テロに大きく影響を受けており、「哀しみや憎しみを、慈悲や愛で包み込めるような作品を残したい」という想いが芸術活動の中核にある。