木島 萌香(きじま もえか、1999年9月2日 - )は、日… 木島 萌香(きじま もえか、1999年9月2日 - )は、日本のアーティスティックスイミング選手。 石川県白山市出身。白山市立北辰中学校、金沢高等学校、近畿大学法学部を卒業した。井村アーティスティックスイミングクラブに所属し、大学卒業後はアース製薬に勤務している。 2018年アジア競技大会に出場し、チームで銀メダルを獲得した。2019年世界水泳選手権にも出場した。2020年東京オリンピックにも出場し、チームで4位となった。 2022年6月にブダペストで開催された世界水泳選手権では、チームの一員としてフリールーティンコンビネーションとテクニカルルーティンの両方で銀メダル、フリールーティンで銅メダルを獲得した。
小堀 勇氣(こぼり ゆうき、1993年11月25日 - )は… 小堀 勇氣(こぼり ゆうき、1993年11月25日 - )は、石川県能美市出身の日本の競泳選手。専門は自由形。2016年リオデジャネイロオリンピック競泳4×200mフリーリレー銅メダリスト。 能美市立辰口中学校時代、地元の能美スイミングクラブに所属し多くの中学記録を打ち立てた。2008年の世界ジュニア選手権では4×200mリレーで銅メダルを獲得し、2009年のジュニアパンパシフィック選手権では200mバタフライで金メダルを獲得するなどジュニア時代から多くの実績を残した。金沢高校に進学後も実力を伸ばし、2010年に4×200mリレーの補充要員として初のシニア代表入りを果たした。なお、高校の同期生としてプロ野球・楽天の釜田佳直がいる。
浅田 雅子(あさだ まさこ、1971年1月8日 - )は、日… 浅田 雅子(あさだ まさこ、1971年1月8日 - )は、日本の飛込競技選手。ソウルオリンピック日本代表。 石川県能美郡寺井町(現・石川県能美市寺井町)出身。寺井町立寺井中学校(現・能美市立寺井中学校)、小松市立女子高等学校(現・小松市立高等学校)、日本体育大学、日体大大学院(スポーツ運動学コース)卒業。元祖飛込み界のマドンナ。[独自研究?]
金戸 俊介(かねと しゅんすけ、1940年1月5日 - )は… 金戸 俊介(かねと しゅんすけ、1940年1月5日 - )は、石川県出身の飛込競技選手・指導者。1960年ローマ・1964年東京の2度のオリンピックに日本代表選手として出場した。 石川県出身。石川県立金沢桜丘高等学校を卒業し、日本大学に進む。 日本大学在学中の1960年、ローマオリンピックに出場し、飛板飛込みで23位、高飛込みで10位となった。大学卒業後、1964年の東京オリンピックでは飛板飛込み24位、高飛込み11位。 同じくローマ・東京五輪に出場した飛び込み選手・渡辺久美子と結婚。息子の金戸恵太も飛び込み選手として活躍した。 引退後は指導者に転身し、1992年のバルセロナオリンピックでは日本選手団コーチを務めた。
大崎 剛彦(おおさき よしひこ、1939年2月27日 - 2… 大崎 剛彦(おおさき よしひこ、1939年2月27日 - 2015年4月28日)は、日本の競泳選手。1960年ローマオリンピック200m平泳ぎ銀メダリスト・400mメドレーリレー銅メダリスト。 石川県輪島市出身。石川県立金沢泉丘高等学校、早稲田大学第二商学部卒業。 同大在学時の1960年ローマオリンピック代表に選出され男子200m平泳ぎで銀メダル、男子4×100mメドレーリレーで銅メダルを獲得した。1959年と1960年に日本選手権水泳競技大会男子200m平泳ぎを連覇した。 同大卒業後は倉敷レイヨン(現・クラレ)で活躍。1973年に社会体育開発研究所を設立。 現役引退後もマスターズ水泳選手として泳ぎ続け、国際水泳殿堂(マスターズ部門)入りを果たしたほか、日本マスターズ水泳協会会長(1992年 - 2014年)や日本水泳連盟理事も務めた。
山中 毅(やまなか つよし、1939年1月18日 - 201… 山中 毅(やまなか つよし、1939年1月18日 - 2017年2月10日)は、石川県輪島市生まれの競泳選手。1956年メルボルンオリンピックの400m自由形・1500m自由形、1960年ローマオリンピックの400m自由形・800mフリーリレーで4つの銀メダルを獲得した。 石川県立輪島高等学校在学中の1956年メルボルンオリンピックに出場。自由形400mと1500mの2種目では、オーストラリアのマレー・ローズに次ぐ2位で銀メダルを獲得した。 早稲田大学教育学部進学後の1959年、自由形200m、400mで世界新記録を作った。 1960年ローマオリンピックでも、自由形400mでローズに敗れ銀メダルを獲得した。
宮本 まさみ(みやもと まさみ、1934年(昭和9年)9月2… 宮本 まさみ(みやもと まさみ、1934年(昭和9年)9月2日 - )とは、日本の飛込競技選手。1952年ヘルシンキオリンピックに出場した。 1934年9月2日、石川県金沢市に生まれる。石川県立金沢桜丘高等学校に入学後、1950年の第5回国民体育大会、1951年の全国高校選手権に出場した。1952年6月19日から行われた日本選手権では飛板飛込で104.98点を獲得し優勝、ヘルシンキオリンピックへの出場権を手にした。当時は大沢姉妹に次ぐ飛込界の新星と目された。高校3年生で迎えたヘルシンキオリンピックでは飛込競技の日本代表として参加し、飛板飛込では15位(46.88点)で予選敗退、高飛込では11位(36.24点)で予選敗退となった。
馬淵 良(まぶち りょう、1933年3月12日 - 2021… 馬淵 良(まぶち りょう、1933年3月12日 - 2021年11月22日)は、石川県出身の元飛込競技選手。 石川県出身。金沢市立工業高等学校を経て、日本大学経済学部卒。 1958年のアジア大会飛込競技10m高飛込みで金メダルを獲得。 1956年と1960年の夏季オリンピックでは、妻の馬淵かの子(旧名:津谷鹿乃子)とともに出場し、12〜18位。 娘の馬淵よしのもオリンピック選手。 現役引退後は妻・かの子と共にJSS宝塚スイミングスクールを立ち上げ、同スクールからは数多くの選手を輩出している。 2021年11月22日死去。88歳没。