スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
西垣 匠(にしがき しょう、1999年〈平成11年〉5月26… 西垣 匠(にしがき しょう、1999年〈平成11年〉5月26日 - )は、日本の俳優。石川県白山市出身。本名は、西垣匠一郎(にしがき しょういちろう)。東宝芸能所属。 白山市立北星中学校を経て、石川県立金沢桜丘高等学校から指定校推薦で慶應義塾大学法学部政治学科に入学。 2019年、大学2年生の時に友人の推薦で出場した「ミスター慶應コンテスト」でグランプリを獲得する。複数の事務所からスカウトを受けたが、当時は芝居がどういうものか分かっていなかったため名刺だけ貰い一旦断った。しかしその後「なんか楽しそうだな、テレビに出るってカッコいいな」という気持ちが芽生え、1年間芸能事務所に研修生として演技レッスンを受けるが、本採用では不合格となる。
越崎 成人(こしざき なると、1990年 - )は、日本のア… 越崎 成人(こしざき なると、1990年 - )は、日本のアナウンサー。テレビ神奈川 (tvk) に在職中。石川県金沢市出身。 金沢桜丘高校、京都産業大学卒業。サン放送アカデミー出身。 2013年4月、テレビ金沢(KTK)に入社し、夕方ニュースとなりのテレ金ちゃんなどを担当 2025年3月末にテレビ金沢を退社し、同年5月にテレビ神奈川(tvk)へ移籍。 Category:テレビ神奈川のアナウンサー
東 勝彦(ひがし かつひこ、1987年10月27日 - )は… 東 勝彦(ひがし かつひこ、1987年10月27日 - )は、石川県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはガード。178cm、70kg。 金沢桜丘高校から金沢大学を経て、卒業後の2010年4月、富山グラウジーズの練習生となる。同年10月にプロ選手契約。bjリーグ 2010-11シーズンの28試合に出場し、1試合平均3.1得点を記録。
松田 亜希(まつだ あき、1985年9月24日 - )は、日… 松田 亜希(まつだ あき、1985年9月24日 - )は、日本のフリーアナウンサー。石川県金沢市出身。 石川県立金沢桜丘高等学校を経て富山大学卒業後、2008年チューリップテレビに契約アナウンサーとして入社。 チューリップテレビでは主に情報番組を担当し、2010年度は鎌田香奈の代役という形ながら地上デジタル放送推進大使も務めた。しかし2011年3月10日に契約満了で退社し帰郷、NHK金沢放送局に契約キャスターとして入局した。入れ替わりにNHK横浜放送局へ転籍した元キャスターの安井千紘に代わり夕方のニュース番組『かがのとイブニング』を担当していた。2014年3月17日をもって、契約キャスターを卒業した。
紅玉 いづき(こうぎょく いづき、1984年 - )は、日本… 紅玉 いづき(こうぎょく いづき、1984年 - )は、日本の小説家。 石川県金沢市生まれ。石川県立金沢桜丘高等学校、金沢大学文学部卒業。受賞時のペンネームは紅玉伊月(こうぎょく いづき)。ペンネームは誕生石のルビーから。 小学生のときにコバルト文庫に熱中して小説を書き始めた。 2006年、『ミミズクと夜の王』で第13回電撃小説大賞・大賞を受賞。電撃文庫には珍しく挿絵を使わず、正統派の児童文学的な作風が話題になった。 文芸を志した契機となったコバルト文庫への思いは絶えず、2019年には同文庫の紙書籍刊行停止の報を受け同人誌「少女文学」を創刊。かつて同文庫で活躍した若木未生、須賀しのぶなどの寄稿を受け、2022年までに5号を数えている。
Kan Sano(カン・サノ、1983年8月6日 - )は日… Kan Sano(カン・サノ、1983年8月6日 - )は日本のキーボーディスト、音楽プロデューサー、ソングライター、編曲家、トラックメイカー。origami PRODUCTIONS所属。 キーボーディスト、ビートメイカー/プロデューサーとして、CHARA、UA、土岐麻子、大橋トリオ、SING LIKE TALKING、青葉市子、七尾旅人などのライブやレコーディングに参加するほか、数々の企業CMやラジオ番組のジングル、AnyTokyo 2015の会場音楽など各所に楽曲を提供する。 トラックメイカーとしてビートミュージックシーンで活動する一方で、ピアニストとしてもジャズとクラシックを融合したような独自のスタイルで全国のホールやクラブ、ライブハウスで活動。
松岡 理恵(まつおか りえ、1980年1月15日 - )は、… 松岡 理恵(まつおか りえ、1980年1月15日 - )は、日本のラジオパーソナリティ、画家。元エフエム石川アナウンサー。石川県金沢市出身。アドバンス社所属。 石川県立金沢桜丘高等学校、金沢大学経済学部卒業を経て、工芸品メーカーに就職。「自分にしかできないことをやりたい」と社長に懇願し退職。その後、アナウンス養成コースのあるモデルエージェンシーアドバンス社に在籍。雑誌のファッションモデルやCM出演、テレビ番組のリポーターなどを務めた。 ラジオに出演した最初の番組は、ラジオかなざわの『V10サテライトスクエア』。2008年にエフエム石川のアナウンサー採用試験を経て、同年4月にパーソナリティとしてデビューを果たす。
阿岸 勝(あぎし まさる、1977年9月2日 - )は、石川… 阿岸 勝(あぎし まさる、1977年9月2日 - )は、石川県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。
松村 玲郎(まつむら れお、1973年11月7日 - )は、… 松村 玲郎(まつむら れお、1973年11月7日 - )は、北陸放送(MRO)の社員でアナウンサー・キャスター・司会者。
宮本 利之(みやもと としゆき、1971年8月25日 - )… 宮本 利之(みやもと としゆき、1971年8月25日 - )は、NBS長野放送のアナウンサー。 石川県白山市(旧松任市)出身。石川県立金沢桜丘高等学校を経て京都産業大学卒業[要出典]後、1994年に長野放送にアナウンサーとして入社。現在は、報道制作局制作部長。2019年10月から2023年3月までは、プロデューサーも務めていた。
NAKA雅MURA(なかむらまさる、1968年 - )は、日… NAKA雅MURA(なかむらまさる、1968年 - )は、日本の映画脚本家。石川県金沢市生まれ。 父は洋画家の中村秀雄、母は日本洋舞連合会長の中村祐子、兄に音楽家の金澤攝がいる。 石川県立金沢桜丘高等学校卒業。日本映画学校編集科を中退後、1994年に『妖闘地帯KIRIKO』で脚本家としてデビュー。 三池崇史監督と個人的に親しいため、タッグを組むことが多い。
野村 秀輝(のむら ひでき、1967年5月22日 - )は、… 野村 秀輝(のむら ひでき、1967年5月22日 - )は、日本の実業家。株式会社ビューティガレージ代表取締役CEO兼COO。石川県金沢市出身、青山学院大学経済学部卒業。 1967年(昭和42年)石川県金沢市に生まれる。石川県立金沢桜丘高等学校、青山学院大学経済学部を卒業。 1990年(平成2年)広告代理店中央宣興株式会社に入社。企画営業職として勤務後、1995年2月「CHUO SENKO THAILAND」に出向、1997年5月「CHUO SENKO INDONESIA」に出向。同社のタイ、インドネシア拠点に合計5年半駐在。うち後半2年、現地法人社長として経営を担う。 2001年(平成13年)1月、日本に帰国後、外資系広告代理店 株式会社マッキャンエリクソンに入社、アカウントディレクターとして約2年間の勤務。
角居 勝彦(すみい かつひこ、1964年3月28日 - )は… 角居 勝彦(すみい かつひこ、1964年3月28日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 栗東トレーニングセンターに所属していた元調教師である。一般財団法人 ホースコミュニティ代表理事、認定NPO法人サラブリトレーニング・ジャパン理事長。 石川県金沢市出身。実家は競馬とは無縁の家庭であった。 石川県立金沢桜丘高等学校卒業後、大学受験の失敗などもありグランド牧場(北海道)に就職する。グランド牧場で3年ほど働いた後に「競馬場の馬たちの実際に触れてみたい」とする気持ちが強くなる。その後、JRA競馬学校を経て栗東トレーニングセンターの中尾謙太郎厩舎及び松田国英厩舎で調教助手を務め、2000年に調教師免許を取得した。
越田 剛史(こしだ たけし、1960年10月19日 - )は… 越田 剛史(こしだ たけし、1960年10月19日 - )は、日本の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはDF(センターバック、サイドバック)。 石川県立金沢桜丘高等学校時代は無名の選手であったが、2年次に石川県選抜の一員として参加した国体予選で関係者の目に留まり、日本ユース代表候補に選出された。 筑波大学に入学後は蹴球部に所属し、1年次にユース代表として1979 FIFAワールドユース選手権に出場すると、2年次の1980年には日本代表に選出され、同年12月22日の1982 FIFAワールドカップ・アジア・オセアニア予選のシンガポール代表戦でデビューすると、1982年アジア競技大会など、国際Aマッチ19試合に出場した。
名雪 哲夫(なゆき てつお、1958年11月 - )は、日本… 名雪 哲夫(なゆき てつお、1958年11月 - )は、日本の文部科学官僚。 県立金沢桜丘高等学校、金沢大学工学部機械工学科卒業。金沢大学大学院修了。1983年科学技術庁入庁。科学技術庁において原子力の安全規制、研究開発推進にかかわる行政に従事。のち、環境庁企画調整局において有害化学物質対策行政に従事。文部科学省科学技術・学術政策局原子力安全課防災環境対策室長、原子力安全委員会事務局審査指針課長などを歴任した。 2012年9月19日、原子力規制庁審議官に就任。2013年1月、内規に違反して1人で日本原子力発電幹部と面会し、原子力規制委員会の調査団が評価会合を開く前に日本原電の求めに応じて報告書原案の情報を渡していたことが発覚。
遠藤 浩一(えんどう こういち、1958年4月30日 - 2… 遠藤 浩一(えんどう こういち、1958年4月30日 - 2014年1月4日)は、日本の文芸評論家。 拓殖大学大学院地方政治行政研究科教授、同大学日本文化研究所所長、国家基本問題研究所理事、日本国際フォーラム政策委員を務めた。専門は日本政治史。保守派の論客として知られ、第10回(2009年)の正論新風賞を受賞。憂国忌にも参加した。演劇・音楽にも詳しく、『福田恆存と三島由紀夫』、『小沢征爾』などの著書がある。 1958年(昭和33年)、石川県金沢市で生まれる。1981年(昭和56年)、駒澤大学法学部卒業。 叔父の遠藤欣之助(民主社会主義研究会議の月刊誌『改革者』を編集)と指導教授だった高橋正則の影響を受け民社党職員となる。
澤田 貴司(さわだ たかし、1957年7月12日 - )は、… 澤田 貴司(さわだ たかし、1957年7月12日 - )は、日本の実業家。石川県白山市出身。ロッテベンチャーズ・ジャパン代表取締役社長、ファミリーマート顧問、セルソース株式会社代表取締役社長CEO、フジ・メディア・ホールディングス取締役、セブン&アイ・ホールディングス取締役、株式会社リヴァンプ創業者、キアコン創業者。元株式会社ファミリーマート代表取締役副会長、社長。元ファーストリテイリング取締役副社長。 石川県白山市(旧吉野谷村)出身。石川県立金沢桜丘高等学校入学後、下宿生活を送りながら野球部に所属するが、野球部を退部。高校時代には、アメリカ・カリフォルニア州に1ヶ月間のホームステイ経験がある。
國本 桂史(くにもと かつし、1953年 - )は、インダス… 國本 桂史(くにもと かつし、1953年 - )は、インダストリアルデザイナー。元名古屋市立大学教授。 金沢市生まれ。石川県立金沢桜丘高等学校、金沢美術工芸大学美術工芸学部産業美術学科工業デザイン専攻卒業。三菱自動車工業株式会社開発本部入社後、パジェロ、デリカ、ミニカのデザイン開発に従事。その他、シグマ、ラムダ、コルディア、デボネア、スタリオンも担当した。また、東京モーターショー・ショーカーの計画及びデザイン担当、三菱ふそう大型バスのデザインコンサルタント(エアロクィーン)、近未来のクルマ社会と自動車の研究をアドバンス・デザインスタジオ担当、三菱ニューデリカのインテリアデザインを担当した。 1986年、株式会社デルコ(日本デザイン開発研究所)を設立し、代表取締役就任。
山本 雅弘(やまもと まさひろ、1951年5月23日 - )… 山本 雅弘(やまもと まさひろ、1951年5月23日 - )は、石川県白山市出身の野球指導者。星稜中学校、遊学館高等学校の監督を歴任した。理論(ビデオ分析等)立てた指導で知られる。 白山市立鳥越中学校在学時は軟式野球部に所属。石川県立金沢桜丘高等学校在学時には陸上競技に打ち込んだ。教員を目指して日本体育大学に進学し、卒業後は星稜高等学校に赴任。1990年に同校付属の星稜中学校野球部監督に就任すると11年の在任期間中に9度の全国大会に出場。全国中学校軟式野球大会で2度、全日本少年軟式野球大会で1度それぞれ優勝を果たす。同校は全国で唯一全国中学校軟式野球大会と全日本少年軟式野球大会の両方で優勝経験のある学校であると同時に、両大会での優勝経験を持つ監督は山本と後任の田中辰治のみである。
打田 康比古(うちだ やすひこ、1949年〈昭和24年〉10… 打田 康比古(うちだ やすひこ、1949年〈昭和24年〉10月19日 - )は、日本の元俳優。本名同じ。 石川県出身。石川県立金沢桜丘高等学校卒業。 金子信雄主催の「新演劇人クラブ・マールイ」で演技を学び、松田優作とは友人だった。1970年代にテレビドラマを中心に活動し、1974年『仮面ライダーX』(毎日放送)で、主人公のライバル的存在である幹部アポロガイストを演じた。また、1976年には『超神ビビューン』(NET)において、主人公メンバーの一人である渡部剛(超神ズシーン)役を演じている。共演者の荒木しげるは、打田について「機械的な面白い動きをする人だった」と述懐している。 1980年ごろには「武央 和也」の芸名で活動していたが、その後、俳優業を引退している。
油野 和一郎(あぶらの わいちろう、1949年〈昭和24年〉… 油野 和一郎(あぶらの わいちろう、1949年〈昭和24年〉6月23日 - )は、日本の政治家。石川県かほく市長(6期)。元河北郡七塚町長。 1968年3月、石川県立金沢桜丘高等学校卒業。1972年3月、法政大学経済学部経済学科卒業。1972年4月、金庄合繊協業組合入社。1981年4月 、油野繊維株式会社取締役就任。1992年3月、油野繊維株式会社代表取締役就任。1997年12月 、七塚町議会議員就任。2000年3月、現職町長の東与市を破って七塚町長に当選。 2004年4月11日、元高松町長の城村孝一を破ってかほく市長に当選。2008年、無投票でかほく市長再選。2012年3月18日、無投票でかほく市長3選。
青木 保外志(あおき やすとし、1949年1月2日 - )は… 青木 保外志(あおき やすとし、1949年1月2日 - )は、日本の実業家、薬剤師。クスリのアオキホールディングス創業者。 石川県立金沢桜丘高等学校を経て、1972年昭和薬科大学薬学部卒業。 1976年に兄の青木桂生とともに青木二階堂薬局を設立し、監査役就任。1985年クスリのアオキ設立、代表取締役専務就任。1999年クスリのアオキ代表取締役副社長。 2003年からクスリのアオキ代表取締役社長を務め、在任中売上高を5倍に成長させ、2011年には東京証券取引所市場第1部への上場を実現した。 2014年クスリのアオキ取締役最高顧問。2016年クスリのアオキホールディングス取締役最高顧問。2019年食品産業功労賞受賞。
木越 治(きごし おさむ、1948年11月20日 - 201… 木越 治(きごし おさむ、1948年11月20日 - 2018年2月23日)は、日本の国文学者。金沢大学名誉教授、元上智大学教授。 石川県金沢市出身。石川県立金沢桜丘高等学校卒後、1971年、金沢大学国文科卒。1975年、東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専修課程博士課程中退。 1974年に武蔵高等学校教諭、1975年に富山大学教養部専任講師、1979年に同助教授を経て、1983年に金沢大学教養部助教授、1998年に同教授。1996年「秋成論」で東京大学より博士(文学)の学位を取得。2010年に上智大学文学部国文学科教授。2014年に上智大学を定年退職、金沢大学名誉教授。 専門は日本近世文学で、中心は上田秋成だが、秋成作品の講談化と口演、講談と韓国の評弾の比較なども行った。
廣瀬 幸雄(ひろせ ゆきお、1940年11月30日 - )は… 廣瀬 幸雄(ひろせ ゆきお、1940年11月30日 - )は、日本の計算機科学者。金沢大学名誉教授。理学部計算科学科教授、大学院自然科学研究科特任教授を歴任。学位は工学博士。 石川県金沢市出身。1963年に金沢大学理学部を卒業、1966年に金沢大学理学研究科修士課程を修了。1970年金沢工業大学助教授、1973年金沢大学助教授、1985年から金沢大学教授、2006年から金沢大学大学院特任教授。2009年には、「超音波計測による骨密度評価法の開発育成」で文部科学大臣賞を受賞した。2021年瑞宝中綬章受章。
金戸 俊介(かねと しゅんすけ、1940年1月5日 - )は… 金戸 俊介(かねと しゅんすけ、1940年1月5日 - )は、石川県出身の飛込競技選手・指導者。1960年ローマ・1964年東京の2度のオリンピックに日本代表選手として出場した。 石川県出身。石川県立金沢桜丘高等学校を卒業し、日本大学に進む。 日本大学在学中の1960年、ローマオリンピックに出場し、飛板飛込みで23位、高飛込みで10位となった。大学卒業後、1964年の東京オリンピックでは飛板飛込み24位、高飛込み11位。 同じくローマ・東京五輪に出場した飛び込み選手・渡辺久美子と結婚。息子の金戸恵太も飛び込み選手として活躍した。 引退後は指導者に転身し、1992年のバルセロナオリンピックでは日本選手団コーチを務めた。
西能 勇夫(さいのう いさお、1938年5月28日 - )は… 西能 勇夫(さいのう いさお、1938年5月28日 - )は、石川県出身の元プロ野球選手。 金沢桜丘高校から金沢鉄道管理局を経て1958年に大阪タイガースへ入団。1959年に退団。
安江 良介(やすえ りょうすけ、1935年8月26日 - 1… 安江 良介(やすえ りょうすけ、1935年8月26日 - 1998年1月6日)は、日本の編集者、出版人。岩波書店社長。 石川県金沢市の東山出身。実家は金箔職人。石川県立金沢桜丘高等学校卒。1958年金沢大学法文学部法学科卒業、岩波書店へ入社。「世界」編集部を経て、1967年から1970年まで美濃部亮吉東京都知事の特別秘書を務めた。1971年「世界」編集部へ戻り、翌年(1972年)から1988年まで編集長を務める傍ら、1984年に取締役、1988年に常務取締役となる。1990年に、岩波書店4代目社長に就任する。1997年に病に倒れ、相談役へ退く。 この間、左派のいわゆる進歩的知識人に対して、陰に陽にサポートし続けた。
大根 晃(おおね あきら、1935年7月15日 - )は、石… 大根 晃(おおね あきら、1935年7月15日 - )は、石川県金沢市出身の元プロ野球選手(投手)。 金沢桜丘高校時代は、高校1年からエースで4番だった。高校3年時には1953年春の甲子園に出場(初戦で、浪華商に0-7で大敗)。夏は県大会準決勝・決勝で2試合連続ノーヒットノーラン達成し優勝したが、北陸大会で金沢泉丘高校(その後、本大会に出場)に敗退し、甲子園に行けなかった。この事でプロ入りを決意し、秋に大阪タイガースの入団テストを受けて合格し、入団した。 ルーキーイヤーの1954年7月8日に洋松戦(大阪スタヂアム)で、プロ入り初登板にして初先発。タイガースの選手において、初の石川県出身者として出場を果たした。
宮本 まさみ(みやもと まさみ、1934年(昭和9年)9月2… 宮本 まさみ(みやもと まさみ、1934年(昭和9年)9月2日 - )とは、日本の飛込競技選手。1952年ヘルシンキオリンピックに出場した。 1934年9月2日、石川県金沢市に生まれる。石川県立金沢桜丘高等学校に入学後、1950年の第5回国民体育大会、1951年の全国高校選手権に出場した。1952年6月19日から行われた日本選手権では飛板飛込で104.98点を獲得し優勝、ヘルシンキオリンピックへの出場権を手にした。当時は大沢姉妹に次ぐ飛込界の新星と目された。高校3年生で迎えたヘルシンキオリンピックでは飛込競技の日本代表として参加し、飛板飛込では15位(46.88点)で予選敗退、高飛込では11位(36.24点)で予選敗退となった。
鶴羽 伸子(つるわ のぶこ、女性、1932年1月7日 - 2… 鶴羽 伸子(つるわ のぶこ、女性、1932年1月7日 - 2002年12月8日)は、日本の翻訳家・文芸評論家。本姓は斎藤(さいとう)。 石川県金沢市生まれ。石川県立金沢第二高等女学校在学中の1945年5月に、東京から疎開転校してきた曽野綾子と出会う。1954年金沢大学法文学部卒業。大学の同級生に、後に金沢女子短期大学教授となる森井道男がいる。1957年から1967年まで、金沢アメリカ文化センター図書主任を務める。 曽野綾子の評伝を表し、曽野や夫の三浦朱門とともに翻訳を手がけるが、1981年には曽野に対し「もう付き合わない」と通告し絶縁状態となった。晩年には癌に冒され、聖路加国際病院の緩和ケアー病棟に入院した1999年に、曽野と連絡を取り復縁する。
横井 啓二(よこい けいじ、1930年7月15日 - )は、… 横井 啓二(よこい けいじ、1930年7月15日 - )は、元プロ野球選手。ポジションは捕手、内野手。 石川県金沢市出身。金沢三中時代は、1948年春の甲子園に出場(初戦で、北野中に3-5で惜敗)。夏は投手・三塁手・右翼手など、色々な守備についたが県大会予選でライバルの金沢一中に敗退し、甲子園に行けなかった。 卒業後は、社会人野球の強豪・日鉄鉱業二瀬に入団。ここで真野春美監督と出会い、真野監督が同じ大学(明治大学)の後輩に当たる松木謙治郎に三船正俊投手と共に紹介したことが縁で、1951年に大阪タイガースに入団した。石川県出身者としては初のプロ野球選手かつ初のタイガース選手でもあったが、翌1952年に選手登録(1952年は内野手、1953年は捕手として登録)されるも三船とは違い、一軍出場を果たすことなく1953年に退団した。
金原 博(かなはら ひろし、1930年 <昭和5年> 2月1… 金原 博(かなはら ひろし、1930年 <昭和5年> 2月16日 - 2020年 <令和2年> 9月30日)は、日本の政治家。階は正五位。 石川県議会議員(12期)、石川県議会議長、金沢市議会議員(1期)、新進石川会長(初代)、江蘇省栄誉公民などを務め、石川県議会における非自民の中心勢力である新進石川を長らく率いた。元北陸放送アナウンサーで、2019年の石川県議会議員選挙で当選した長田哲也は次女ゆかり (元北陸放送アナウンサー、現フリー)の夫。 金沢市生まれ。石川県立金沢桜丘高等学校卒業。1967年より金沢市議会議員を1期務め、1971年、41歳で石川県議会議員に自由民主党公認で初当選。以後当選を続け県議会議長や自民党県連幹事長などを歴任。
新田 義弘(にった よしひろ、1929年1月21日 - 20… 新田 義弘(にった よしひろ、1929年1月21日 - 2020年3月15日)は、日本の哲学研究者、東洋大学名誉教授。専攻は、現象学・解釈学。 1929年、石川県生まれ。東北大学文学部を卒業。卒業後は、東洋大学助教授となり、教授となった。2000年に定年退任し、名誉教授となった。 新田義貞の末裔[要出典]。 (古田光、廣川洋一、中野幸次、竹田篤司、上妻精、飯島宗享、城塚登、岩永達郎、新田義弘、市倉宏祐による共編著)
水芦 光子(みずあし みつこ、旧姓 布光子、1914年(大正… 水芦 光子(みずあし みつこ、旧姓 布光子、1914年(大正3年)9月12日 - 2003年(平成15年)10月13日)は、日本の詩人、小説家。室生犀星の女性初の弟子でもある。 石川県金沢市馬場五番丁六(現・東山3丁目29-13、14)生まれ。第四高等学校から東京帝国大学に進学する程のインテリであった次兄の雄吉の影響を受け、幼い頃から源氏物語などの古典に親しみ、歌舞音曲や映画鑑賞などの芸能を好む数寄者の母を持った影響から文学的才能を養った。 金沢市広坂にあった石川県立金沢第二高等女学校(現・石川県立金沢桜丘高等学校)4年の在学中に、水芦の父の篤が創業し、経営していた家業の金箔商経営が、受取手形が不渡りになった事によって不振に陥り、倒産。
任田 新治(とうだ しんじ、1909年(明治42年)5月19… 任田 新治(とうだ しんじ、1909年(明治42年)5月19日 - 1970年(昭和45年)12月16日)は、日本の農林官僚、政治家。参議院議員(1期)。金沢工業大学教授。 石川県金沢市出身。瓢箪町小学校、旧制石川県立金沢第三中学校、旧制第四高等学校、東京帝国大学農学部卒業。大学を出た1934年(昭和9年)は満洲国への移民の呼び声があった時代で自らも現地へ赴き、終戦まで開拓地建設とその土地改良、農業土木事業に勤しんだ。終戦後は妻や娘とともにソビエト連邦に抑留され、1946年(昭和21年)に引き揚げ、農林省に入る。 金沢農地事務局課長、奈良県農地部長を歴任して1955年(昭和30年)本省に戻る。1963年(昭和38年)北陸農政局長。
南 あずさ(みなみ あずさ)は、オフィスキイワード大阪本社所… 南 あずさ(みなみ あずさ)は、オフィスキイワード大阪本社所属のフリーアナウンサー。 石川県金沢市出身。石川県立金沢桜丘高等学校を卒業後、オフィスキイワードに所属。 1996年にサンテレビ『ニュースEyeランドf』のキャスターに起用されて以来、報道番組を担当し続けている。 2005年からはびわ湖放送に派遣され、ここでもローカルニュースや情報番組などを担当。また2011年からは、出身地金沢にある金沢ケーブル(旧・金沢ケーブルテレビネット)の番組にも出演している。 珠算1級、華道古流師範、証券外務員の資格を持つ。