降矢 敬雄(ふるや けいゆう、1921年(大正10年)10月… 降矢 敬雄(ふるや けいゆう、1921年(大正10年)10月7日 - 1993年(平成5年)7月14日)は、昭和期の農業協同組合指導者、労働運動家、政治家。参議院議員(1期)。 山梨県で生まれる。1939年(昭和14年)都留中学校(現山梨県立都留高等学校)を卒業。1943年(昭和18年)陸軍予備士官学校を卒業し、満洲国、フィリピンなどを転戦し、陸軍中尉で終戦を迎えた。 戦後、郵政事務官となり、全国特定郵便局従業員組合中央本部書記長、同副委員長を務めた。山梨県議会議員に選出され5期在任し、同議長も務めた。その他、山梨県森林組合連合会副会長・理事、同県農業協同組合中央会・信用農業協同組合連合会・経済農業協同組合連合会・全国共済農業協同組合連合会共通会長理事、家の光協会監事、全国新聞情報農業協同組合連合会理事、全国農業協同組合中央会理事などを務めた。
深沢 吉平(深澤 吉平、ふかさわ きちへい / ふかざわ き… 深沢 吉平(深澤 吉平、ふかさわ きちへい / ふかざわ きっぺい、1885年(明治18年)8月15日 - 1957年(昭和32年)12月15日)は、日本の篤農家、政治家。衆議院議員、北海道空知郡音江村長、同郡北村長。酪農の先覚者。 山梨県中巨摩郡南湖村(現南アルプス市)で深沢龍平の長男として生まれる。1903年、深沢家は財産を処分し一家を挙げて北海道音江村(現深川市)に入植した。 その後、請われて戸長役場に就職し、音江村長、北村長を務めた。産業組合の普及に尽力し、音江信用購買販売組合長、音江村農会長、北海道酪農販売組合連合会理事、北海道信用購買販売利用組合連合会理事、北海道興農公社社長などを務めた。
古屋 専蔵(專藏、ふるや せんぞう、1854年4月4日(安政… 古屋 専蔵(專藏、ふるや せんぞう、1854年4月4日(安政元年3月7日)- 1924年(大正13年)7月25日)は、明治から大正期の豪農、実業家、政治家。衆議院議員。幼名・清太郎。 甲斐国八代郡土塚村(山梨県八代郡御代咲村、東八代郡御代咲村土塚、浅間村、一宮町を経て現笛吹市一宮町土塚)で、豪農・古屋総兵衛、かつ の長男として生まれる。古屋家は代々当主が専蔵と総兵衛を交互に襲名する決まりで、1874年(明治7年)に祖父の通称・専蔵を襲名した。幼くして学問に関心が高く一宮村の蜂谷(名不詳)から学び、次いで徽典館分校・石和教諭所で深町小七郎から指導を受けた。その後上京を願ったが果たせず独学を続けた。
依田 道長(よだ どうちょう / みちなが、1845年2月2… 依田 道長(よだ どうちょう / みちなが、1845年2月2日(弘化元年12月26日)- 1923年(大正12年)8月3日)は、幕末から大正期の豪農、実業家、政治家。衆議院議員。幼名・熊弥太。 甲斐国山梨郡下井尻村(山梨県東山梨郡日下部村、日下部町を経て現山梨市下井尻)で、豪農・依田帯刀の長男として生まれる。元治元年(1864年)新徴組に加わるが、その後帰郷し、新徴組取締の山岡鉄太郎(山岡鉄舟)に入門し撃剣を学んだ。上黒駒村(現笛吹市)の武藤藤太と国事に奔走し、勤王運動に加わった。 明治維新後、明治5年(1872年)下井尻村戸長に、1876年(明治9年)学区取締総理に就任。1880年(明治13年)峡中同進会員となり自由民権運動に参画。
10代 加賀美 嘉兵衛(かがみ かへえ、1835年12月11… 10代 加賀美 嘉兵衛(かがみ かへえ、1835年12月11日(天保6年10月22日) - 1891年(明治24年)10月14日)は、幕末から明治期の豪農、政治家。旧名・次左衛門光則。 甲斐国八代郡南八代村(山梨県東八代郡南八代村、八代村、八代町を経て現笛吹市)で生まれた。生家の加賀美家は八代郡小石和筋きっての大富豪。幕末には甲州田安家領の支配勘定格・郡中取締役を務めた。 明治維新後、1872年(明治5年)八代郡第7区長、同第8区長に就任し、藤村紫朗県政に協力した。その後、第22区長、第23区長となる。1878年(明治11年)東八代郡長に就任し東山梨郡長を兼務した。 その後、県内の民権派に対抗して立憲保守党の設立に尽力した。