大竹 優(おおたけ ゆう、2001年11月14日 - )は、… 大竹 優(おおたけ ゆう、2001年11月14日 - )は、日本棋院中部総本部所属の囲碁棋士。吉岡薫九段門下。長野県飯山市出身。 小学校入学前に公民館で囲碁体験教室に参加して興味を持ち、近所の人に教わったりして腕を上げた。小学4年で少年少女囲碁大会 県代表選抜大会の小学生の部Aクラスで優勝。小学5年の春、日本棋院中部総本部の院生になって、吉岡薫の門下に入る。 2015年、中部総本部棋士採用試験 本戦で8勝2敗で1位となり、2016年1月1日入段。 2017年、二段に昇段。 2018年、天元戦の本戦に出場するも、一回戦で呉柏毅に敗れる。 2019年、三段に昇段。碁聖戦の本戦に出場するも、一回戦で志田達哉に敗れる。
髙津 昌昭(たかつ まさあき、1986年9月5日 - )は、… 髙津 昌昭(たかつ まさあき、1986年9月5日 - )は、一般財団法人関西棋院所属の囲碁棋士。長野県長野市出身。立命館大学法学部卒業。 小学校1年の時実家の敷地内にある囲碁道場で祖母の知己から囲碁を教わる。第18回全国少年少女囲碁大会、小学生の部で7位。中学校1年生より中学校3年生まで院生。高校生時代、全国高校囲碁選手権大会で27-29回優勝。大学時代、全日本学生本因坊決定戦優勝(2回生)全日本学生囲碁王座戦優勝(3回生)全日本大学囲碁選手権(52・53回)立命館大学主将として優勝。 2011年2月一般財団法人関西棋院入段。令和2年7月2段。
下島 陽平(しもじま ようへい、1978年11月21日 - … 下島 陽平(しもじま ようへい、1978年11月21日 - )は、日本棋院中部総本部所属の囲碁棋士。八段。長野県駒ヶ根市出身、吉岡薫九段門下。 長野県駒ヶ根市出身。幼少期は友人と野球や山遊びを楽しんで過ごした。小学3年生の時に、下島が在学する駒ヶ根市立中沢小学校へアマチュア強豪の北村俊郎が赴任、同級生らと共に囲碁の薫陶を受ける。北村とは少なくとも3000局は対局したといい、4年生のうちにアマ五段程度にまで上達。その後、小学校卒業を機に吉岡薫の内弟子となる。 12歳で中部総本部の院生となるが、当初は既にプロ入りを決めていた羽根直樹と5子局で対局して完敗し、院生手合では13連敗を喫するなど挫折の連続であった。
小林 覚(こばやし さとる、1959年4月5日 - )は、囲… 小林 覚(こばやし さとる、1959年4月5日 - )は、囲碁棋士。日本棋院元理事長(2019年4月-2024年6月)、木谷實九段門下、九段。 第19期棋聖。第20期碁聖、三星火災杯世界オープン戦準優勝など。第29回棋道賞最優秀棋士賞受賞。 木谷道場の中で最も若い七大タイトル獲得者(門下では7人目で最後の獲得者)。 兄姉弟4人皆プロ棋士で(小林千寿六段、小林健二七段、小林孝之準棋士二段)その末弟。なお同姓の小林光一名誉三冠は同じ木谷門下の兄弟子ではあるが血縁関係は無い。 長野県松本市に生まれ、プロに2子を置けば負けないほどの実力の父に、3歳からスパルタ教育を受ける。1966年に本格的な修行のために一家で東京に移る。
小林 千寿(こばやし ちず、1954年(昭和29年)9月28… 小林 千寿(こばやし ちず、1954年(昭和29年)9月28日 - )は、囲碁の棋士。日本棋院所属、木谷実九段門下、六段。日本棋院常務理事(2010年6月 - 2012年6月、2016年6月 - 現在)。日本将棋連盟非常勤理事(2011年5月〜)。女流選手権戦優勝3連覇、女流鶴聖戦優勝3回など。海外囲碁普及活動を積極的に行っている。小林四姉弟の長子で、孝之準棋士、健二七段、覚九段は弟。娘あり。 長野県松本市に生まれる。4歳で父から囲碁を習う。同時にピアノ、合気道、書道も習ったが、父の熱意で囲碁だけが続けられた。6歳で木谷実の内弟子となる。入門時に「呉清源先生を負かすまでは松本に帰ってきません」と言ったという。
中山 典之(なかやま のりゆき、1932年9月3日 - 20… 中山 典之(なかやま のりゆき、1932年9月3日 - 2010年2月16日)は、囲碁のプロ棋士。長野県上田市出身。日本棋院東京本院所属。1951年、長野県上田松尾高等学校卒業。1953年、鈴木五良八段に入門。1962年入段。1992年六段に昇進。 アマチュア出身であり、入段が遅かった。タイトル戦などには縁がなかったが、文才に長け、『実録囲碁講談』『囲碁の世界』など囲碁界に関する多数の著作がある。またライターや編者としての100冊以上の棋書の編纂を行った。若い頃は名記録係といわれ、読売新聞の観戦記者である山田覆面子に重用された。アマチュアへの指導に高い評価があり、1982年からほぼ毎年海外に出て囲碁の普及に努めた。