望月 拓郎(もちづき たくろう、1972年〈昭和47年〉8月… 望月 拓郎(もちづき たくろう、1972年〈昭和47年〉8月28日 - )は、日本の数学者。京都大学数理解析研究所教授。学位は博士(理学)。 京都大学理学部中退(大学院へ飛び入学の為)。同大学にて学位取得。大阪市立大学理学部助手、京都大学大学院理学研究科助教授、京都大学大学院理学研究科准教授、京都大学数理解析研究所准教授などを歴任した。 長野県出身。微分幾何学や代数幾何学を専攻する。調和バンドルとツイスターD加群の研究などで知られている。微分方程式に関する「柏原予想」の証明に成功した。2011年(平成23年)には30代にして日本学士院賞を受賞した。京都大学大学院理学研究科で学び、大阪市立大学や京都大学に勤務した。
水藤 寛(すいとう ひろし、1961年10月 - )は、日本… 水藤 寛(すいとう ひろし、1961年10月 - )は、日本の数学者。 東北大学材料科学高等研究所教授。研究分野は、数値解析、数値シミュレーション、流体力学など。 2013年、『第2回藤原洋数理科学賞』(後援:日本数学会と日本応用数理学会)を受賞した。同賞は、現実社会に有益な数学の理論を構築した研究者や社会の発展に有用な応用を見出した研究者らに贈られるものであり、水橋氏は「数理科学を用いた大動脈血流に関わる病態メカニズムの研究」で同賞を受賞。また、戦略的創造研究推進事業(CREST)「放射線医学と数理科学の協働による高度臨床診断の実現」の研究代表者でもある。
笠原 勇二(かさはら ゆうじ、1950年 - )は、日本の数… 笠原 勇二(かさはら ゆうじ、1950年 - )は、日本の数学者。お茶の水女子大学・筑波大学名誉教授。 長野県諏訪郡下諏訪町出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1973年京都大学理学部卒業。1975年同大学大学院理学研究科数学専攻修了。1976年同大学理学部助手。1981年筑波大学数学系講師。1985年同大学数学系助教授。1993年お茶の水女子大学理学部教授。2004年筑波大学大学院数理物質科学研究科教授。
荻上 紘一(おぎうえ こういち、1941年2月11日 - )… 荻上 紘一(おぎうえ こういち、1941年2月11日 - )は、日本の数学者。大学評価・学位授与機構特任教授。 長野県松本市出身。長野県松本深志高等学校卒、東京大学理学部卒。元東京都立大学教授・第10代総長、公立大学協会長。元中央教育審議会委員。趣味はテニス、俳句。「国家の品格」の著者である藤原正彦とは非常に親しい。大学セミナーハウス館長も務める。2021年、瑞宝中綬章受章。旧都立大学の廃校が決定された時の総長であり、石原慎太郎都知事ら当時の都幹部と廃校をめぐり対立した。2012年から2016年まで大妻女子大学学長を務めた。
小林 昭七(こばやし しょうしち、1932年1月4日 - 2… 小林 昭七(こばやし しょうしち、1932年1月4日 - 2012年8月29日)は、日本の数学者。カリフォルニア大学バークレー校名誉教授。研究領域は、リーマン多様体、複素多様体およびリー群。小林久志 (計算機科学者)は弟の一人。 東京府で出生、父の故郷の山梨県甲府市で育つ。旧制長野県立野沢中学(長野県野沢北高等学校)を経て、旧制第一高等学校、1953年に東京大学理学部数学科を卒業。1956年、ワシントン大学で博士号を取得。論文は(Theory of Connections)。 1970年にニースで開催された国際数学者会議で招待講演を行った。
佐倉 直男(さくら なおお、1909年11月23日 - 没年… 佐倉 直男(さくら なおお、1909年11月23日 - 没年不明)は、日本の数学者。信州大学名誉教授。専門は微分積分学。 長野県東筑摩郡塩尻町(現・塩尻市)出身。旧制松本第二中学(現・長野県松本県ヶ丘高等学校)、旧制松本高等学校を経て、1932年(昭和7年)東北帝国大学卒業。旧制上田中学(現・長野県上田高等学校)教諭を経て1938年(昭和13年)京城高等工業学校教授。1944年海軍兵学校教官。1946年松本高等学校教授、1950年信州大学文理学部助教授、1966年理学部教授を務めた後、1970年(昭和45年)定年退官、名誉教授。 佐倉の名「直男」は「ただお」ではなく「なおお」と読む。彼の教え子の一人で、信州大学文理学部最後の入学生でもある猪岐(いのまた)英夫は、信州大学理学部同窓会報の中で佐倉の想い出をこう記している。
小松醇郎(こまつ あつお、1909年3月21日 - 1993… 小松醇郎(こまつ あつお、1909年3月21日 - 1993年6月11日)は、日本の数学者。 東京府生まれ、長野県育ち。父は教育者の小松武平、兄は哲学者の小松摂郎。長野県立諏訪中学校(現:長野県諏訪清陵高等学校)卒、旧制松本高等学校(現:信州大学人文学部・理学部)卒、1932年東京帝国大学理学部数学科卒、1941年「複体の変換論」で大阪帝大理学博士。大阪帝国大学助教授をへて、京都大学理学部教授、1973年定年退官、名誉教授となる。専門は位相幾何学。