増田 夕華(ますだ せつか、2000年4月23日 - )は、… 増田 夕華(ますだ せつか、2000年4月23日 - )は、岐阜県池田町出身の女子競輪選手。日本競輪選手会岐阜支部所属、ホームバンクは大垣競輪場。日本競輪選手養成所第118期生。師匠は吉村和之(80期)。夫は競輪選手の吉田有希。 競輪好きの祖父に連れられて競輪場に行ったときに見た加瀬加奈子に憧れ、岐阜第一高校へ入学し自転車競技を始めた。2018年全国高等学校選抜自転車競技女子ケイリン優勝、2017年インターハイ女子ケイリン2位、2018年インターハイ女子ケイリン4位などの実績を残した。 2019年1月17日、日本競輪学校(当時)第118回技能試験に合格。在所中の競走成績は6位(16勝)。卒業記念レースは7着。
山口 拳矢(やまぐち けんや、1996年1月26日 - )は… 山口 拳矢(やまぐち けんや、1996年1月26日 - )は、競輪選手。岐阜県大垣市出身。日本競輪選手会岐阜支部所属、ホームバンクは大垣競輪場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第117期生。師匠は叔父でもある山口富生(68期)。日本大学中退。 祖父と父がともに(元)競輪選手という家庭環境で育つが、父の幸二によると、生まれてから発育が遅く虚弱体質であったため保育器に入ったこともあり、「健康でありますように」との願いから『拳』を込めて拳矢と名付けられた。 幼い頃は兄・聖矢とともに空手を習う。大垣日大高校ではサッカー部に所属しており、それまで自転車競技の経験は皆無であった。その後日本大学に進学したが、先に自転車競技の練習を始めていた聖矢に触発され自身も大学2年生で競輪選手を目指し、自転車競技の練習に取り組み始める。
宮地 寧々(みやち ねね、1995年7月16日 - )は、岐… 宮地 寧々(みやち ねね、1995年7月16日 - )は、岐阜県出身の女子競輪選手。日本競輪選手会岐阜支部所属、ホームバンクは岐阜競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第110期生。師匠は藤原誠(69期)。夫は同じく競輪選手の谷本奨輝(107期)。 小学校から岐阜県立岐阜農林高等学校までは柔道をやっており、2013年全国高等学校柔道選手権大会ベスト16、2011年全日本ジュニア柔道体重別選手権大会東海予選2位という実績を残した。その後、同朋大学在学中に、たまたま地元のお祭でピスト自転車に乗る機会があり、そこで競輪に興味を持ち競輪選手を志すことになったという。 2014年12月24日、競輪学校第110回適性試験に合格。
橋本 英也(はしもと えいや、1993年12月15日 - )… 橋本 英也(はしもと えいや、1993年12月15日 - )は、岐阜市出身の競輪選手、自転車競技(トラックレース)選手。自転車競技選手としては、弱虫ペダルサイクリングチーム所属。競輪選手としては、日本競輪選手会岐阜支部所属、ホームバンクは大垣競輪場。日本競輪学校113期生。師匠は児玉利文(76期)。 岐阜県立岐南工業高等学校に入学後に自転車競技をはじめた。 全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(高校総体)では、2010年および2011年に団体追抜で優勝に貢献、2011年には個人追抜も制した。また、国民体育大会自転車競技(国体)では、少年・4000m速度競走において、2010年および2011年と連覇。
石井 貴子(いしい たかこ、1990年2月17日 - )は、… 石井 貴子(いしい たかこ、1990年2月17日 - )は、岐阜県美濃加茂市出身の女子競輪選手、元自転車競技選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第106期生。日本競輪選手会千葉支部所属。 岐阜県美濃加茂市で生まれ育った。両親がアルペンスキーの愛好家だった影響を受け、幼少時からスキーの大会に出場するなどの経験を積んだ。美濃加茂高等学校時代、2007年に行われた全国高等学校選抜スキー大会の大回転で2位に入った。その後、ヨーロッパ留学を目指すも怪我の影響で断念し、早稲田大学に進学。しかし、大学時代はこれといった実績を挙げられなかった。 大学卒業後はOLとなり、長らく続けて来たスキーから決別した。
長澤 彩(ながさわ あや、1988年6月11日 - )は、日… 長澤 彩(ながさわ あや、1988年6月11日 - )は、日本の女子競輪選手。岐阜県各務原市出身。日本競輪選手会福岡支部所属(当初は愛知支部所属)。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第106期生。師匠は武井克敏(75期)。現姓、佐藤。 岐阜女子商業高等学校時代の2005年、第36回全国高等学校バレーボール選抜優勝大会(春の高校バレー)に出場。同校卒業後、中日美容専門学校を経て美容師となった。 競輪選手になる前は、美容師として愛知県の美容室で働いていた。その勤務先の美容室の社長の父親が元競輪選手であり、また自転車愛好家だった影響を受け、自身も休日の合間を縫ってロードバイクで遠出するようになった。
小坂 知子(こさか ともこ、1985年10月13日 - )は… 小坂 知子(こさか ともこ、1985年10月13日 - )は、岐阜県高山市出身の女子競輪選手。現姓、吉田。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第104期生。日本競輪選手会岐阜支部所属、ホームバンクは岐阜競輪場。師匠は塚本貴雄(70期)。夫は元競輪選手の吉田将成(92期)。 小学校のときから陸上競技を行っており、岐阜県立岐阜商業高等学校時代は七種競技と走幅跳、日本女子体育大学及び同大学大学院では三段跳びに取り組んでいた。大学院修了後は高山市の岐阜県立飛騨特別支援学校の講師となり、その傍ら、三段跳び選手としても活動。 ガールズケイリンを知るきっかけは、競輪学校へ入学する1年ほど前、同僚の食事会に自転車で向かっていた途中、坂道でチェーンが外れたため、偶然にもその坂道を降りた所にあった自転車屋に駆け込んだことに始まる。
永井 清史(ながい きよふみ、1983年5月18日 - )は… 永井 清史(ながい きよふみ、1983年5月18日 - )は、競輪選手、元自転車競技選手。日本競輪選手会岐阜支部所属、ホームバンクは岐阜競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第88期生。師匠は玉木勝実。 競輪学校同期には山崎芳仁、武田豊樹、佐藤友和、渡邉一成、成田和也らがおり、歴代の期別の中でも屈指のエリート集団と呼ばれる一人とされる。さらにその中でも永井は特別選抜入学を果たした「スーパーエリート」であった。 ホームバンクである岐阜競輪場では、加藤慎平らが中心となっている岐阜の選手による練習サークル『闘心會』に所属している。 岐阜第一高等学校時代にはインターハイの1kmタイムトライアル(2000年・岐阜)、スプリント(2001年・熊本)で優勝した他、アジア自転車選手権競技大会・スプリントのジュニア部門でも優勝。
松岡 篤哉(まつおか あつや、1982年6月28日 - )は… 松岡 篤哉(まつおか あつや、1982年6月28日 - )は、岐阜県大垣市出身の競輪選手。日本競輪学校第97期生。師匠は山口富生(68期)。 小学校の頃から、走幅跳、三段跳を中心に陸上競技で活動。岐阜県立大垣商業高等学校時代には高校総体等で、両方の種目で入賞歴を有する。2000年には大垣市の少年スポーツ栄誉賞を受賞した。その後、東海大学でも両種目で活動したが、実業団に入ると三段跳の成績が伸び悩んだため、一旦競技活動から退いた。その後、走幅跳一本に絞ることを決意して、2006年に競技活動を再開。同年ののじぎく兵庫国体では4位に入った。しかし、目標としていた2007年の日本陸上競技選手権大会では9位に終わったため、これを契機に陸上競技から競輪へ転向する決意を固めた。
加藤 慎平(かとう しんぺい、1978年5月18日 - )は… 加藤 慎平(かとう しんぺい、1978年5月18日 - )は、日本の元競輪選手。現在は競輪評論家、コメンテーター、実業家、YouTuber。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第81期卒業。岐阜県羽島郡岐南町出身。現役時代は日本競輪選手会岐阜支部所属。初出走は1998年8月13日、名古屋競輪場。初勝利も同レース。血液型O。 岐阜県立岐南工業高等学校を経て、競輪学校に第81期生として入学。 デビュー後の2000年には、最後の開催となった競輪祭での全日本新人王戦を優勝。 その後、自力を主体としつつも、メンバー構成や展開次第によってはマークにも転じるといった変幻自在な脚質を武器に、2004年の岐阜記念完全優勝などを足がかりとして、同年年末から2005年年初にかけて10連勝を達成。
山口 富生(やまぐち とみお、1970年1月6日 - )は、… 山口 富生(やまぐち とみお、1970年1月6日 - )は、日本の競輪選手。岐阜県大垣市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第68期生。日本競輪選手会岐阜支部所属、ホームバンクは大垣競輪場。師匠は棚橋良博。 父の山口啓(7期)、実兄の山口幸二(62期)はともに元競輪選手。甥にあたる幸二の長男の山口聖矢(115期)、その次男の山口拳矢(117期)はともに競輪選手。 岐阜県立大垣工業高等学校を卒業後、競輪学校に68期生として入学。デビュー戦は1991年8月7日の久留米競輪場(8着)。 2002年6月2日に行われた高松宮記念杯競輪決勝で、同県の山田裕仁の捲りに乗ってGI初制覇。優勝後の表彰式においては、兄の幸二が野球で言われるところのリリーフカーを運転して弟・富生を乗せて登場するなど、兄の方が目立っていた。
山口 幸二(やまぐち こうじ、1968年7月29日 - )は… 山口 幸二(やまぐち こうじ、1968年7月29日 - )は、日本の元競輪選手、競輪評論家。岐阜県大垣市出身。O型。 日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第62期卒業。現役時は日本競輪選手会岐阜支部所属。初出走は1988年9月1日の大垣競輪場で初勝利も同レース。ホームバンクは大垣競輪場。師匠は棚橋良博。 父の山口啓(ひらく。7期)も元競輪選手。長男の聖矢(115期)、次男の拳矢(117期)、実弟の山口富生(68期)はともに競輪選手。子供は聖矢、拳矢のほかに三男がいる。 岐阜県立大垣西高等学校在学中まで野球をしていたが、父の山口啓が元選手(7期)ということもあり、卒業後は競輪学校を受験し合格。競輪学校卒業後から徐々に成績を上げ、やがてS級に定着する。
山田 裕仁(やまだ ゆうじ、1968年6月18日 - )は日… 山田 裕仁(やまだ ゆうじ、1968年6月18日 - )は日本の元競輪選手、現在は競輪評論家。岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒業。現役時は日本競輪選手会岐阜支部所属。師匠は中嶋直人。初出走は1988年5月3日、京都向日町競輪場。初勝利は1988年9月8日、奈良競輪場。血液型はA型。1男3女を持つ4児の父親で、長女は元SKE48チームEの山田澪花、三女はバンド「Moonz」ボーカルの帆夏。 小学1年生の頃(1975年)から競輪選手に憧れる。岐阜県立大垣商業高等学校在学中は陸上競技(八種競技)を行っていたが、それは意図したものだった。目標どおり、競輪学校(現在の競輪養成所)には適性試験で一発合格。