上地 宏樹(かみじ ひろき、1984年5月13日 - )は、… 上地 宏樹(かみじ ひろき、1984年5月13日 - )は、日本棋院中部総本部所属の囲碁棋士。二段。愛知県豊田市出身。 2025年現在は愛知県名古屋市在住。 元々は幼稚園に通う頃から将棋をしていたが、小学3年生の頃、父親が職場の同僚と囲碁を打つようになり、その父親から教わる形で囲碁を始めた。小学5年生の頃に出場した「とよた囲碁まつり」や少年少女囲碁大会の愛知県大会で優勝したことをきっかけに、プロを意識するようになった。なお、上地に囲碁を教えた父親自身の上達も早く、現在はアマチュア六段の腕前である。 なお、上記のとよた囲碁まつりで上地に指導碁を打ったのは奥村靖であるが、上地曰く「奥村先生は優しく、褒めてくれた」と回顧している。
二十四世本因坊秀芳(にじゅうよんせいほんいんぼう しゅうほう… 二十四世本因坊秀芳(にじゅうよんせいほんいんぼう しゅうほう 、1948年8月15日 - )本名:石田 芳夫(いしだ よしお)は、日本の囲碁棋士。愛知県西春日井郡新川町(現清須市)出身、木谷實九段門下、日本棋院所属、九段。1971年に22歳の当時史上最年少で本因坊となって秀芳と号し、本因坊5連覇により名誉称号を名乗る。正確な目算とヨセから「コンピューター」のニックネームがある。タイトル獲得数は24。 碁好きが嵩じて碁会所を開いていた父から小学2年の時に囲碁を教えられる。碁を覚えて1年でアマ5段まで到達した。その年木谷實が名古屋に来た際に同行していた大竹英雄初段(当時)と六子で打って認められ、その1957年に木谷道場に入門する。
榊原章二(さかきばら しょうじ、1926年(大正15年)1月… 榊原章二(さかきばら しょうじ、1926年(大正15年)1月2日 - 2008年(平成20年)4月28日)は、日本の囲碁棋士。愛知県豊橋市出身、村島誼紀名誉九段門下、日本棋院所属、九段。首相杯争奪高段者トーナメント優勝など。 1936年福田正義に入門、1937年村島誼紀に入門。1944年入段。1946年、青年棋士の研究機関「敲玉会」に参加、大手合後期第二部優勝、三段。1955年五段。1956年大手合第一部優勝、六段。1961年首相杯戦準優勝。1963年首相杯戦優勝。1964年第4期旧名人リーグ入り、首相杯戦準優勝。1965年第21期本因坊リーグ入り。1972年九段。1973年28期、1975年30期本因坊リーグ入り。
酒井 通温(さかい みちはる、1912年(大正元年)9月23… 酒井 通温(さかい みちはる、1912年(大正元年)9月23日)- 1997年(平成9年)1月2日)は、日本の囲碁棋士。三宅一夫七段門下、日本棋院所属、九段。本名保一。王冠戦優勝2回、本因坊戦リーグ入りなど。日本棋院中部総本部に所属、棋士会長を長く務めるなど、中京碁界の重鎮としてその隆盛に貢献した。酒井四兄弟の康雄、利雄、義允の長兄。酒井栄男七段は実子。 愛知県岡崎市に生まれる。1924年に名古屋在住の三宅一夫に入門。1927年入段。1932年四段。1940年五段。1948年、日本棋院東海支部から改称した東海本部に所属し、第5期本因坊戦の関西予選五段級に出場、炭野武司、窪内秀知、瀬川良雄、染谷一雄と連勝して「東海の鬼」と呼ばれた。
鈴木為次郎(すずき ためじろう、1883年(明治16年)5月… 鈴木為次郎(すずき ためじろう、1883年(明治16年)5月24日 - 1960年(昭和35年)11月20日)は、囲碁の棋士。愛知県生まれ、巌崎健造門下、方円社、裨聖会、棋正社、日本棋院に所属、名誉九段。読みが深く粘り強い棋風で、長考派としても知られる。「旭将軍」の異名をとった。妻は鈴木秀子四段。