纐纈 洸翔(こうけつ ひろと、2002年7月8日 - )は、… 纐纈 洸翔(こうけつ ひろと、2002年7月8日 - )は、競輪選手。日本競輪選手会愛知支部所属、ホームバンクは名古屋競輪場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第121期生。師匠は鰐渕正利(65期)。 中学3年生の時にツール・ド・フランスを見て自転車に興味を持ち、愛産大工業高校に進学し自転車部に入部。「好きなことを職業にしたい」という理由から競輪選手を志した。 2021年1月14日、養成所第121回選手候補生入所試験に合格。同年5月より養成所に入所。在所中は2022年1月に行われた第3回記録会にて、ゴールデンキャップを獲得。 養成所在所時の総合成績は28位(1着6回)ながら、2022年4月5日に行われた卒業記念レースで優勝、愛知県(登録予定者)としては1996年の若松将弘(78期)以来、26年ぶりの卒記チャンプ誕生となった。
鈴木 樹里(すずき じゅり、1999年10月28日 - )は… 鈴木 樹里(すずき じゅり、1999年10月28日 - )は、愛知県新城市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会福島支部所属(当初は愛知支部所属)、ホームバンクは泉崎国際サイクルスタジアム。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第116期生。師匠は小林信晴(83期)。 中学生のときにテレビでガールズケイリンを観て豊橋競輪場の愛好会に参加、桜丘高等学校入学後は自転車競技部に入部し、2016年全国高等学校選抜自転車競技大会ケイリン2位、インターハイ500mタイムトライアル2位という実績を残した。 2018年1月12日、競輪学校第116回技能試験に合格。在校競走成績は2位(26勝)。卒業記念レースは1着。 2019年7月10日、豊橋競輪場でデビューし6着。
高橋 智香(たかはし ちか、1997年4月2日 - )は、愛… 高橋 智香(たかはし ちか、1997年4月2日 - )は、愛知県出身の女子競輪選手。日本競輪選手会愛知支部所属、ホームバンクは豊橋競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第112期生。師匠は島野浩司(62期)。 幼い頃は水泳と陸上競技をしていた。桜丘高等学校入学後は自転車部に入部、2014年インターハイではケイリン種目2位、500mタイムトライアル7位という実績を残した。その後、豊橋競輪主催のガールズケイリン育成プロジェクトに参加、プロ競輪選手を目指すこととなった。 2016年1月14日、競輪学校第112回技能試験に合格。在校競走成績は14位(2勝)。 2017年7月9日、松戸競輪場でデビューし6着。
大谷 杏奈(おおたに あんな、1996年9月14日 - )は… 大谷 杏奈(おおたに あんな、1996年9月14日 - )は、愛知県新城市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会大阪支部所属(当初は愛知支部所属)、ホームバンクは岸和田競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第110期生。師匠は深見仁哉(91期)。夫は同じく競輪選手の堀僚介(109期)。 中学時代、トライアスロンをやっており自転車種目を得意としていた。ある日、父親からガールズケイリンの話を聞いて競輪選手を志したという。桜丘高等学校入学後、自転車に入部。2014年高校総体スクラッチ優勝、ポイントレース優勝という実績を残した。 2014年12月24日、競輪学校第110回技能試験に合格。在校競走成績は8位(16勝)。
倉野 由紀(くらの ゆき、1993年9月18日 - )は、三… 倉野 由紀(くらの ゆき、1993年9月18日 - )は、三重県出身の元女子競輪選手。現役時代は日本競輪選手会愛知支部所属で、ホームバンクは豊橋競輪場であった。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第104期生。師匠は実兄の倉野隆太郎(91期)、夫は川口聖翔(100期)。 桜丘中学校、桜丘高等学校出身。桜丘中学校へは柔道に取り組むために入学した。 2011年12月16日、競輪学校第104回技能試験に合格。在校競走成績は13位(2勝)。 2013年5月11日、松戸競輪場でデビューし7着。初勝利は同年11月24日の伊東温泉競輪場で挙げた。 2015年6月8日、競輪選手の川口聖翔と結婚、同年12月18日の四日市競輪で引退を表明。
近藤 龍徳(こんどう たつのり、1991年1月20日 - )… 近藤 龍徳(こんどう たつのり、1991年1月20日 - )は、元競輪選手。愛知県名古屋市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第101期生。現役時代は日本競輪選手会愛知支部所属、ホームバンクは名古屋競輪場。師匠は鰐渕正利(65期)。 近藤幸男(9期。祖父)、近藤幸徳(52期。父)、近藤賢治(53期。叔父)、近藤良太(93期。兄)はいずれも元競輪選手という、3代にわたる競輪一家に生まれ育つ(祖母も女子競輪選手だった)。 自転車部の特待生として入学した岐阜第一高等学校時代の2007年、高校総体のケイリン、チームスプリントでそれぞれ優勝。また、これら一連の実績が讃えられ、岐阜県民栄誉賞を受賞。 その後、競輪学校に技能試験で合格し入学。
深谷 知広(ふかや ともひろ、1990年1月3日 - )は、… 深谷 知広(ふかや ともひろ、1990年1月3日 - )は、競輪選手。愛知県安城市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第96期卒業。日本競輪選手会静岡支部所属。師匠は金子貴志。身長169cm、体重90kg。 軽自動車からスーパーカーまで車が好きで、競輪選手を目指したきっかけも小学生の時に、競輪ファンの父親から「競輪選手になったら、あの車買えるぞ!」と言われたことだという。 師匠と同じ出身校である桜丘高校在学中の2007年8月7日、メキシコ・アグアスカリエンテスで開催されたジュニア世界選手権自転車競技大会の1kmタイムトライアルにおいて、1分05秒238のジュニア日本新記録を樹立。また、同年に開催された第62回国民体育大会・少年スプリントで優勝。
佐々木 恵理(ささき えり、1989年12月13日 - )は… 佐々木 恵理(ささき えり、1989年12月13日 - )は、愛知県豊橋市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会愛知支部所属、ホームバンクは豊橋競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第110期生。師匠は山田二三補(64期)。 愛知教育大学卒業。小学校からソフトボールをはじめ、大学まで打ち込んでいた。大学卒業後は自動車関連企業に就職し、システムエンジニアとして勤務。テレビでガールズケイリンの特集を観て、競輪選手を志したという。 2014年12月24日、競輪学校第110回技能試験に合格。在校競走成績は17位(1勝)。 2016年7月18日、名古屋競輪場でデビューし4着。初勝利は同年7月19日の名古屋競輪場で挙げた。
竹内 雄作(たけうち ゆうさく、1987年9月29日 - )… 竹内 雄作(たけうち ゆうさく、1987年9月29日 - )は愛知県知多郡阿久比町出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第99期卒業。日本競輪選手会岐阜支部所属。師匠は山口富生(68期)。 愛知県立半田農業高等学校を経て入学した岐阜経済大学では陸上部に所属。当時、同部の指導員を行っていた向井裕紀弘(98期)が山口富生に弟子入りして競輪選手となったことが契機となり、竹内も山口に弟子入りして競輪選手を目指すことになった。その後、競輪学校第99回適性試験に合格。在校競走成績は23位(8勝)。
猪子 真実(いのこ まみ、1980年4月4日 - )は、愛知… 猪子 真実(いのこ まみ、1980年4月4日 - )は、愛知県一宮市出身の元女子競輪選手。現役時代は日本競輪選手会愛知支部所属、ホームバンクは名古屋競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第104期生。師匠は笠松信幸(84期)。 小学校2年からソフトテニスで活動し、愛知淑徳高等学校3年時には、高校総体(インターハイ)の団体戦3位に貢献した。しかし、ソフトテニスの活動は高校で「燃え尽きた」として、ソフトテニスそのものを「卒業」した。高校卒業後は、一宮競輪場でアルバイトを行っていた。ひいてはこのことが、後にガールズケイリンの選手を目指すことに繋がっていく。 その後は一宮の会社に就職。その傍ら、マラソンに取り組んだり、ネイルアーティストの検定資格を得るなどしたが、知人から、女子競輪が復活するという話を聞いた。
吉田 敏洋(よしだ としひろ、1979年10月17日 - )… 吉田 敏洋(よしだ としひろ、1979年10月17日 - )は、名古屋市出身の競輪選手。日本競輪選手会愛知支部所属。ホームバンクは名古屋競輪場。
金子 貴志(かねこ たかし、1975年9月5日 - )は愛知… 金子 貴志(かねこ たかし、1975年9月5日 - )は愛知県豊橋市出身の競輪選手、自転車競技選手。旧日本競輪学校第75期生。日本競輪選手会・愛知支部所属。選手登録番号12972。師匠は樋口和夫(33期)。深谷知広は高校の後輩であり弟子。ホームバンクは豊橋競輪場。 小学生時代は剣道、中学生時代は野球に取り組んでいた。 桜丘高等学校2年の終盤に陸上競技から自転車競技に転向し、卒業後は旧日本競輪学校に第75期生として入学する。 1995年4月8日、岐阜競輪場でデビューし9着。トップクラスの選手として確立するのに時間がかかったが、2002年の競輪祭で決勝進出(6着)を果たすと、2004年4月に佐世保競輪場で開催されたふるさとダービー決勝では、逃げる井上昌己をバックストレッチから捲りきって優勝し、初めてGIIのタイトルを獲得した。
一丸 安貴(いちまる やすたか、1972年4月13日 - )… 一丸 安貴(いちまる やすたか、1972年4月13日 - )は、愛知県一宮市出身の元競輪選手、実業家。現役時代は日本競輪選手会愛知支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第70期生。師匠は塚崎眞吾(38期)。ホームバンクは一宮競輪場 → 名古屋競輪場。 実兄の一丸政貴(69期)も元競輪選手。 愛知県立一宮工業高等学校を経て競輪学校第70期生となる。同期在校競走成績は75勝を挙げて第1位。 1992年8月17日、大津びわこ競輪場でデビューし、初勝利も同日。 2011年7月19日時点でGIで4回の決勝進出歴があり、2001年の日本選手権競輪(松戸競輪場)では3位、2004年の寛仁親王牌(前橋競輪場)では2位に入り表彰台に上った。
富永 益生(とみなが ますお、1971年3月31日 - )は… 富永 益生(とみなが ますお、1971年3月31日 - )は、愛知県豊橋市出身の競輪選手。日本競輪選手会愛知支部に所属。ホームバンクは豊橋競輪場。
濱口 高彰(はまぐち たかあき、1968年2月26日 - )… 濱口 高彰(はまぐち たかあき、1968年2月26日 - )は、日本の元競輪選手、新聞記者。愛知県名古屋市出身(出生は三重県)。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第59期生。現役時代は日本競輪選手会岐阜支部所属、ホームバンクは岐阜競輪場であった。初出走は1987年5月2日の福井競輪場(8着)。初勝利は同月25日の熊本競輪場。 ニックネームは「ハマちゃん」・「中部の総帥」・「中部の司令塔」。 自転車競技を行うために岐阜県立岐南工業高等学校へ入学し、卒業後は競輪学校に第59期生として入学。デビュー後は順調にトップクラスへ駆け上がり、特別競輪の決勝に勝ち上がるなど徐々に知名度を上げていった。 やがて1997年の第50回日本選手権競輪の決勝で、逃げる山田裕仁の番手から抜け出して特別初優勝を果たし、この時の優勝インタビューにおいて「この優勝を期に、特別競輪の優勝は中部でたらいまわしにします」と豪語したことが話題となったが、その後の中部勢の活躍のきっかけとなったことを見る限り、実に的を射た言葉となった。
松井 英幸(まつい ひでゆき、1964年2月14日- )は競… 松井 英幸(まつい ひでゆき、1964年2月14日- )は競輪選手である。現在の愛知県豊川市(旧宝飯郡一宮町)出身。日本競輪選手会愛知支部所属。日本競輪学校第52期生。師匠は加藤義勝。ホームバンクは豊橋競輪場。
堀田 伸一(ほった しんいち、1961年4月11日 - )は… 堀田 伸一(ほった しんいち、1961年4月11日 - )は、日本の元競輪選手、政治家。元豊橋市議会議員(4期)。 愛知県豊橋市出身。愛知県立豊橋工業高等学校を経て、中部工業大学(現在の中部大学)工学部を卒業。同大学在籍時代には、国民体育大会自転車競技に3年連続で出場し成年スプリントで入賞(3位、7位、4位)した経験を持つ。 日本競輪学校第55期生を経て、1985年5月11日、久留米競輪場でデビュー(競走棄権)。初勝利は同年同月21日、当時ホームバンクだった豊橋競輪場で挙げた。 1994年4月15日、選手登録削除。通算戦績701戦145勝、優勝5回。引退後、家業の土木建設業(堀田建設株式会社)を継ぎ、主に市役所関係の公共事業を受注する。
高橋 健二(たかはし けんじ、1952年7月13日 - )は… 高橋 健二(たかはし けんじ、1952年7月13日 - )は、日本の元競輪選手。現在は喫茶店店主。愛知県出身。現役時代はパンチパーマと屈託のない笑顔が印象的な選手であり、爽やかケンチャンと呼ばれていた。 春日丘高等学校出身。父親、兄(高橋昭次)、弟(高橋美行)、息子(高橋宏和)も元競輪選手という、競輪一家。ただ、父親が早くに他界した影響もあり、高校時代は新聞配達などのアルバイトをして家計を助けたという。 高校卒業後、黒須道場の異名を取り、多くの競輪選手を輩出した黒須修典に弟子入り。その後、日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第30期生となる。同期には小池和博、緒方浩一らがいる。北海道出身の久保千代志とは黒須道場の同門で、競輪学校では1期先輩の29期だが、同年齢である。