大串 尚代(おおぐし ひさよ、1971年2月20日 - )は… 大串 尚代(おおぐし ひさよ、1971年2月20日 - )は、日本のアメリカ文学者。慶應義塾大学文学部教授。 1971年、滋賀県彦根市生まれ。三姉妹の次女として彦根・名古屋・東京で生まれ育つ。愛知県立明和高等学校、桐朋女子高等学校、慶應義塾大学文学部英米文学専攻(巽孝之ゼミの2期生)を卒業。慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程・後期博士課程英米文学専攻を修了。「バビロン・シスターズ:リディア・マリア・チャイルドのアメリカン・ロマンスにおける捕囚、混淆、および越境する自己」で、博士(文学)の学位を取得。専門はアメリカ文学。2000年に慶應義塾大学文学部助手に就任後、お茶の水女子大学COE客員研究員、ブラウン大学アメリカ研究学部訪問研究員、ファイヴ・カレッジ女性学研究所研究員を経て、2006年准教授、2014年教授。
地村 彰之(じむら あきゆき、1952年7月2日 - 202… 地村 彰之(じむら あきゆき、1952年7月2日 - 2023年11月2日)は、中世英文学者、広島大学名誉教授、元岡山理科大学教授。 滋賀県生まれ。滋賀県立高島高等学校卒、1976年広島大学教育学部中学校教員養成課程外国語科卒、1979年同大学院文学研究科博士課程後期中退、2002年「チョーサーの作品における語りの文体論」で文学博士。 1979年大谷女子大学文学部講師、1984年助教授、1986年三重大学人文学部助教授、1992年広島大学学校教育学部助教授、1998年同文学部助教授、2004年文学研究科教授。2016年定年退任、名誉教授、岡山理科大学教育学部教授となる。2021年岡山理科大学を定年退職。
廣岡 義隆(ひろおか よしたか、1947年1月18日 - )… 廣岡 義隆(ひろおか よしたか、1947年1月18日 - )は、日本の国文学者。三重大学名誉教授。『万葉集』など上代文学が専門。 福井県大飯郡大飯町(現・おおい町)生まれ。1965年滋賀県立彦根東高等学校卒業、1969年三重大学教育学部中学校教員養成課程卒業、1973年大阪大学大学院文学研究科修士課程修了、追手門学院高等学校教諭。1975年園田学園女子大学講師、1977年4月三重大学教育学部助手、10月講師、1978年助教授、1983年同人文学部助教授、1989年教授、2010年定年退任、名誉教授。 2004年「上代の言語に関する動態論的考察」で大阪大学より博士(文学)の学位を取得。
饗庭 孝男(あえば たかお、1930年〈昭和5年〉1月27日… 饗庭 孝男(あえば たかお、1930年〈昭和5年〉1月27日 - 2017年〈平成29年〉2月21日)は、日本の文芸評論家、フランス文学者。青山学院大学名誉教授。 西欧の文化や風土と、その精神や思想を、時に日本と対比しつつ考察論述した。 代表作に『石と光の思想』(1971年)、『幻想の都市』(1992年)、『知の歴史学』(1997年)など。 フランス文学を専門とし、日本や西欧の文化、思想を広く研究。近代日本文学の存在意義を問うた著作も多い。 滋賀県大津市生まれ。父は滋賀県視学。名古屋市在住を経て、湖北の故地饗庭村に移り、1949年(昭和24年)滋賀県立高島高等学校卒業、1953年(昭和28年)、南山大学人文学部卒業、南山大学文学部助手。
塚原 鉄雄(つかはら てつお、1924年〈大正13年〉6月2… 塚原 鉄雄(つかはら てつお、1924年〈大正13年〉6月25日 - 1993年〈平成5年〉12月13日)は、日本の国語学者・国文学者。大阪市立大学名誉教授。
中村 要(なかむら かなめ、1904年(明治37年)4月8日… 中村 要(なかむら かなめ、1904年(明治37年)4月8日 - 1932年(昭和7年)9月24日)は、日本の天文学者、京都帝国大学天文台の職員。滋賀県出身。 1904年(明治37年)4月8日、滋賀県滋賀郡真野村(現大津市真野)に生まれる。父は真野村長などを勤めた中村与、6人兄弟の次男として誕生した。1910年(明治43年)4月、真野小学校に入学し、1916年(大正5年)3月同校を卒業、同年4月同志社中学に入学した。1920年(大正9年)に京都帝国大学理学部教授山本一清により天文同好会(略称・OAA)が発会すると、同会同志社支部に入会した。1921年(大正10年)同志社中学卒業後、第三高等学校を受験するが、天体観測に身を入れ過ぎて失敗。
荻田 庄五郎(おぎた しょうごろう、1903年(明治36年)… 荻田 庄五郎(おぎた しょうごろう、1903年(明治36年)5月9日 - 1983年11月2日)は、日本の英文学者、関西学院大学教授、旧制兵庫県立柏原中(現兵庫県立柏原高等学校)教諭。英国の詩人、パーシー・ビッシュ・シェリー研究の第一人者。 滋賀県彦根市生まれ。1928年、関西学院大学文学部英文学科卒業。青森県弘前市・東奥義塾を経て1930年、旧制兵庫県立柏原中(現兵庫県立柏原高等学校)の英語教諭となる。1946年、関西学院専門部教授、1969年、同商学部教授を退職し神戸海星女子学院大学英文学科教授となる。1981年同大を退職。 1928年に太田晃子と結婚後、1男5女をもうける。英国の詩人、パーシー・ビッシュ・シェリーのほか、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)などの研究で知られる。
浅野 晃(あさの あきら、1901年8月15日 - 1990… 浅野 晃(あさの あきら、1901年8月15日 - 1990年1月29日)は、日本の詩人・国文学者。立正大学文学部教授を経て、立正大学名誉教授。滋賀県大津市出身。 広島市中心部にあった偕行社の済美小学校(原爆で廃校)、東京本村小、南山小、青山師範付属小卒業。1914年、東京府立第一中学校(現・都立日比谷高校)入学。同級生に蔵原惟人、飯島正、富永太郎、河上徹太郎、足利惇氏、杉本栄一、森永太平らがいた。一年上に五島茂、池谷信三郎、一年下に小林秀雄、正岡忠三郎など。1919年9月、第三高等学校文丙入学。同級生には文丙の飯島正、島田叡、北川冬彦ら、文乙の大宅壮一、中谷孝雄、山口誓子、理科の梶井基次郎、岡潔らがいた。
山本 一清(やまもと いっせい、1889年(明治22年)5月… 山本 一清(やまもと いっせい、1889年(明治22年)5月27日 - 1959年(昭和34年)1月16日)は、滋賀県出身の天文学者。滋賀県出身者として最初の天文学者・理学博士(博士登録番号227番、天文学専攻としては国内8人目の理学博士)。 山本一清は1889年(明治22年)5月27日、滋賀県栗太郡上田上村桐生(現:大津市桐生1丁目)に生まれる。山本家は代々医療を生業とし名字帯刀を許されていた。父美清(祖父清之進の名を継ぐ。また、山本椋亭とも称した)は野洲郡津田家から養嗣子として山本家に入り、教師として児童教育に尽力した。山本一清の命名は祖父山本清之進が行い、橘良基治世之要の「難有百術、不如一清」より二字が用いられた。