久保田 真也(くぼた しんや、1962年〈昭和37年〉12月… 久保田 真也(くぼた しんや、1962年〈昭和37年〉12月2日 - )は、日本の銀行家。滋賀銀行頭取。 滋賀県大津市出身。東山高等学校を経て、1986年(昭和61年)に関西学院大学社会学部を卒業し、4月に滋賀銀行に入行。 労働組合の委員長を務めた経験がある。2013年守山支店長。2015年総合企画部長。2017年取締役 総合企画部長。2018年常務取締役。2020年専務取締役(代表取締役)。 2023年(令和5年)6月27日、滋賀銀行取締役頭取(代表取締役)に昇格。コンサルティングを通じて脱炭素、事業承継などの社会課題をビジネスに繋げることや、スタートアップ支援を重視する方針を示した。 2026年5月からは、滋賀経済同友会代表幹事を務めている(任期は2年)。
北村 孝治郎(きたむら こうじろう、1894年4月18日 -… 北村 孝治郎(きたむら こうじろう、1894年4月18日 - 1969年12月25日 )は、日本の銀行家、経営者。滋賀銀行頭取を務めた。 滋賀県大津市出身。1917年に東京帝国大学独法科を卒業。横浜正金銀行での勤務を経て、1953年4月に滋賀銀行監事に就任し、1957年10月には頭取に昇格。1963年10月には会長に就任。75歳没。 横浜正金銀行からスイスの国際決済銀行 (BIS)に派遣されていた1945年、同じく派遣者の吉村侃とともに、スイス駐在公使の加瀬俊一(しゅんいち)およびスイス駐在陸軍武官の岡本清福の支援を得ながら、スウェーデンからBISに派遣されていたペール・ヤコブソンを介して、アメリカの諜報機関戦略情報局 (OSS)のアレン・ウェルシュ・ダレスとの間で日本の終戦工作を(ヤコブソンが別々に日本とアメリカの関係者と会合する形で)おこなった。
広野 規矩太郎(廣野、ひろの きくたろう、1885年(明治1… 広野 規矩太郎(廣野、ひろの きくたろう、1885年(明治18年)1月4日 - 1961年(昭和36年)12月21日)は、大正から昭和時代前期の政治家、銀行家。衆議院議員(1期)。 実業家・広野織蔵の長男として滋賀県犬上郡彦根江戸町(彦根町を経て現彦根市)に生まれる。彦根中学校(現滋賀県立彦根東高等学校)、第一高等学校を経て、1912年(明治45年)京都帝国大学法科大学政治科を卒業。横浜正金銀行に入行し、本店、大阪、神戸各支店にて勤務。1920年(大正9年)1月、父が頭取を務める百三十三銀行に移り専務取締役に就任した。 のち百三十三銀行、滋賀貯蓄銀行、近江信託、琵琶湖ホテル各取締役、滋賀銀行取締役、同頭取、同会長を歴任する。
広野 織蔵(ひろの おりぞう、1862年8月3日〈文久2年7… 広野 織蔵(ひろの おりぞう、1862年8月3日〈文久2年7月18日〉 - 1940年〈昭和15年〉7月24日)は、日本の銀行家、実業家。百三十三銀行(滋賀銀行の前身)の「育ての親」と評される。衆議院議員を務めた広野規矩太郎は子息。 第百三十三国立銀行の創始者の一人である廣野古矩の二男として、彦根に生まれる。廣野家は彦根藩士の家系で、1915年時点で織蔵も滋賀県の士族であったと『人事興信録』に記されている。兄は源太郞で、織蔵がのちにその跡を継いだ。 幼少時は彦根藩の藩校に学んだ後、彦根中学校(現・滋賀県立彦根東高等学校)を卒業した。その後京都に出て儒学者の谷鉄臣・草場船山らに漢籍の指導を受けた。