藤井 奈々(ふじい なな、1998年3月31日 - )は、日… 藤井 奈々(ふじい なな、1998年3月31日 - )は、日本将棋連盟(関西本部)所属の女流棋士。女流棋士番号は63。京都府宇治市出身。伊藤博文七段門下。立命館宇治高等学校卒業。立命館大学文学部日本史研究学域中退。 小学3年の頃、知人の勧めで将棋を始める。 2011年7月、第3回中学生女子将棋名人戦・大阪大会に出場。本大会を目指し、後に女流棋士となる里見咲紀(里見が1学年上)、石本さくら(石本が1学年下)と対戦したが、里見と石本に敗れ、2勝2敗で本大会進出ならず。 2012年9月、関西研修会E2入会。 2014年7月の第50回全国高等学校将棋選手権大会女子個人で優勝し、2015年7月の第51回大会女子個人でも優勝して2連覇を果たした。
西田 拓也(にしだ たくや、1991年8月25日 - )は、… 西田 拓也(にしだ たくや、1991年8月25日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士。森信雄七段門下。棋士番号は309。 5歳の時に父が買ってきた本を読んで将棋を始めた。 2003年、京都市立東和小学校6年時に第28回小学生将棋名人戦でベスト4(西日本大会で里見香奈に勝利し決勝大会に進出したが、準決勝で杉本和陽に敗退)。 中尾修指導棋士七段に教わり、中尾の弟弟子の森信雄門下となり2005年4月に関西奨励会入会。 三段リーグには2008年の第44回から参加。なかなか四段昇段を決められず、年齢制限が間近に迫る中、研究会への参加頻度を減らし一人での研究時間を増やしたことが転機となり、17期目の第60回では、三段リーグ史上初となる、開幕局から14連勝を記録し、2017年2月4日に行われた例会で2位以内を確定させ、最終日を待たずに四段昇段を決めた。
安用寺 孝功(あんようじ たかのり、1974年8月30日 -… 安用寺 孝功(あんようじ たかのり、1974年8月30日 - )は、将棋棋士。 棋士番号は234。森信雄門下。京都府宇治市出身。 1988年のアマ名人戦で、中学2年にして準優勝。これは、ちょうど10年前の塚田泰明に並ぶ快挙であった。その2週間後に奨励会入り。途中、1級から2級へ降級したり、第23回(1998年前期)三段リーグで暫定トップで最終日を迎えながら2連敗して逸機したりするなどの苦難を経験したが、その1年後の第25回(1999年前期)三段リーグで中盤戦を7連勝するなど好調を維持し、最終的に阿久津主税(14勝4敗で優勝)に次ぐ2位の成績(13勝5敗)を修め、奨励会入会から11年をかけてプロ入りを果たす。
佐藤 康光(さとう やすみつ、1969年10月1日 - )は… 佐藤 康光(さとう やすみつ、1969年10月1日 - )は、将棋棋士。タイトル通算13期(歴代8位)。永世棋聖の資格保持者。棋士番号は182。田中魁秀九段門下。京都府綴喜郡八幡町(現八幡市)出身。いわゆる「羽生世代」の一人に数えられる。2011年4月から2017年1月まで日本将棋連盟の棋士会会長、2017年2月から2023年6月まで日本将棋連盟会長。 6歳で将棋を覚える。この時期に憧れていた棋士は米長邦雄。八幡市に隣接する大阪府枚方市にあった田中魁秀の将棋教室に通うようになった頃、『米長の将棋』という本で勉強した。また、最初に読んだ棋書は有吉道夫の自戦記『玉頭位取り戦法』であり、真っ黒でボロボロになるまで繰り返し読んだという。
南口 繁一(みなみぐち しげかず、1918年〈大正7年〉9月… 南口 繁一(みなみぐち しげかず、1918年〈大正7年〉9月4日 - 1995年〈平成7年〉9月20日)は、将棋棋士。棋士番号は37。京都府相楽郡木津町(現・木津川市)出身。村上真一八段門下。 1933年、初段で村上真一八段に入門。1935年の関西奨励会創設にあたって二段で参加。創設時の奨励会には他に大山康晴(1935年当時6級)などがいた。 大山は南口に飛車落ちで指してもらい、勝ったとはいえ大苦戦したため、「初段は強いなと子供心に思った」という[要出典]。 軍隊に行ったためブランクがあったが、1944年四段、1950年八段。1951年度の第2期九段戦で大山に挑戦するが3連敗で敗退。1984年九段、1985年4月引退。
北村 桂香 は、日本将棋連盟(関西本部)所属の女流棋士。女流… 北村 桂香 は、日本将棋連盟(関西本部)所属の女流棋士。女流棋士番号は46。小林健二九段門下。将棋棋士の出口若武は夫。京都府宇治市出身。立命館大学産業社会学部卒業。