片岡 孝太郎(かたおか たかたろう、1968年〈昭和43年〉… 片岡 孝太郎(かたおか たかたろう、1968年〈昭和43年〉1月23日 - )は、日本の歌舞伎役者、俳優。屋号は松嶋屋。定紋は追っかけ五枚銀杏。本名は片岡 康雄(かたおか やすお)。 京都府出身。父は十五代目片岡仁左衛門。妹が女優の片岡サチと片岡京子、長男に片岡千之助がいる。 青山学院中等部、堀越高等学校卒業。 上方歌舞伎の特色を活かした赤姫や娘役、傾城反魂香』(吃又)のおとくなどの女房役もつとめる一方で、『彦山権現誓助剣』(毛谷村)のお園など強い女性の役にも積極的に挑戦している。上方歌舞伎にも力を入れており、『女殺油地獄』のお吉や『心中天網島』(河庄)の小春といった役もつとめる。伝統歌舞伎保存会会員の一人としても活動している。
四代目 坂田 藤十郎(さかた とうじゅうろう、1931年〈昭… 四代目 坂田 藤十郎(さかた とうじゅうろう、1931年〈昭和6年〉12月31日 - 2020年〈令和2年〉11月12日)は、日本の歌舞伎役者。屋号は山城屋。定紋は五つ藤重ね星梅鉢、替紋は向い藤菱。位階は従三位、文化勲章受章者。日本芸術院会員、重要無形文化財保持者。 前名の三代目 中村 鴈治郎(さんだいめ なかむら がんじろう)、また初名の二代目 中村 扇雀(にだいめ なかむら せんじゃく)としても知られる。日本舞踊雁音流の家元として雁音 歌扇(かりがね かせん)を名乗った。妻は女優で政治家の扇千景、妹は女優の中村玉緒。 現代歌舞伎の大看板のひとりでもあり、また上方歌舞伎の復興プロジェクトでも主導的な役目を務めたほか、近松門左衛門作品を原点から勉強し直すために劇団近松座を結成し、尽力した。
八代目 淺尾奥山(あさお おくやま、明治27年〈1894年〉… 八代目 淺尾奥山(あさお おくやま、明治27年〈1894年〉1月4日 - 昭和49年〈1974年〉11月29日)とは、上方の歌舞伎役者。屋号は錢屋。定紋は木槌、替え紋は裏牡丹。本名は尾田木駒造。 京都生まれ。三代目淺尾大吉(浅尾関十郎)の門人となり、浅尾関三郎を名乗って初舞台を踏む。昭和5年(1930年)1月、淺尾奧山の名跡を襲名。以後関西歌舞伎で世話物の老け役、脇役として活躍する。昭和30年(1955年)から長谷川一夫の誘いで映画に転じ大映京都に所属し、映画や東宝歌舞伎に約10年間出演した。その後歌舞伎に復帰し東宝系で活躍。 堅実で老巧な芸で「名優奧山」と賞され、『治郎吉懺悔』の伝吉、『仮名手本忠臣蔵』の「六段目」のおかやなどが印象に残る舞台だったが、特に最晩年の昭和48年(1973年)7月、歌舞伎座で十七代目中村勘三郎と舞台を共にした『夏祭浪花鑑』の義平次は絶賛された。
嵐 冠三郎(あらし かんざぶろう、1878年 - 没年不詳)… 嵐 冠三郎(あらし かんざぶろう、1878年 - 没年不詳)は、日本の俳優、元歌舞伎役者、元子役、元女形である。本名は北岡 力松(きたおか りきまつ)。関西歌舞伎から初期のサイレント映画に転向して牧野省三の映画製作を支えた、マキノ最古参俳優である。 1878年(明治11年)、京都府京都市上京区西陣の織物屋の家庭に生まれる。本名については、最初期の資料である『花形活動俳優内証話』(1918年)には「北國力松」とあるが、『日本映画俳優名鑑 昭和五年版』などによれば、本名の姓は「北岡」である。『花形活動俳優内証話』には、芝居好きの両親が四代目實川延三郎(1864年 - 1905年)、片岡柳蔵(1870年 - 1923年)の贔屓であったため、幼児から日本舞踊を習得し、数え年8歳の年に、牧野省三(1878年 - 1929年)の経営する千本座の子役となり、同劇場で初舞台を踏んだ、という旨の記述がなされている。