伊藤 海(いとう うみ、2002年5月31日 - )は、日本… 伊藤 海(いとう うみ、2002年5月31日 - )は、日本の女子レスリング選手。大阪府出身。階級は50kg級。身長155cm。 網野少年クラブでレスリングを始めた。関西大学初等部の時には全国大会で何度も優勝を果たした。関西大学中等部1年の時にはジュニアクイーンズカップ中学生の部、全国中学生選手権、全日本女子オープン選手権(中学生の部)、全国中学選抜選手権を全て制した。2年の時には全国中学生選手権で2位だった以外は全て勝つと、3年の時には再び全ての大会を制した。さらには世界カデット選手権でも優勝した。京都府立網野高等学校1年の時から2年連続インターハイとアジアカデット選手権を制した。3年の時には全日本選手権の50㎏級決勝で至学館大学2年の吉元玲美那に敗れて2位だった。
白井 達也(しらい たつや、2000年7月16日 - )は、… 白井 達也(しらい たつや、2000年7月16日 - )は、日本の男子レスリング選手。大阪府寝屋川市出身。 大のプロレス好きで知られる。 エンジョイクラブでレスリングを始めた。小学生の時は毎年のように全国大会で優勝した。寝屋川第三中学は3年の時に全国中学生選手権と全国中学選抜選手権で優勝した。同じく中学時代はラグビー部に所属。日体大柏高校2年の時にはジュニアクイーンズカップカデットの部とインターハイで優勝した。全国高校選抜選手権では2年の時から2連覇した。3年の時には全国高校生グレコローマン選手権でも優勝した。2019年に日体大に進学すると、1年の時にはJOCジュニアオリンピックカップ ジュニアの部で2位になった。
樋口 黎(ひぐち れい、1996年1月28日 - )は、日本… 樋口 黎(ひぐち れい、1996年1月28日 - )は、日本のレスリング選手。大阪府茨木市出身。2016年リオデジャネイロオリンピックのレスリング競技にて銀メダルを、2024年パリオリンピックのレスリング競技で金メダルを獲得した。 4歳から吹田市民レスリング教室にてレスリングを習い始め、中学からリベラルキッズレスリングに移籍。大阪府茨木市立西陵中学校卒業後、霞ヶ浦高校へ入学、卒業後は日体大に進学。同大職員、その後、ミキハウス所属。 2015年は全日本選抜を体重超過で失格となるも、全日本選手権優勝でリオデジャネイロオリンピック予選出場を決めた。 2016年はアジア予選で優勝を果たし、リオデジャネイロオリンピック本大会出場権を獲得した。
西牧 未央(にしまき みお、1987年7月15日 - )は、… 西牧 未央(にしまき みお、1987年7月15日 - )は、日本の元女子レスリング選手である。大阪府出身。身長160cm。至学館高等学校・中京女子大学卒業。早稲田大学博士課程スポーツ科学博士(早稲田大学) 少年少女レスリングの名門・吹田市民教室で全国少年少女選手権7連覇を記録。関西大学第一中学校でも3年連続全国2冠を達成。 高校は愛知の至学館高校に進み、ジャパンクイーンズカップの年代別部門タイトルを取り続け、2003年の全日本選手権で岩間怜那に敗れるまで10年間公式戦負けなしの記録を打ち立てた。 2004年のジャパンクイーンズカップ59kg級でシニア部門優勝を果たした。国際大会でも同年のアジアジュニア、世界ジュニアで優勝。
高塚 紀行(たかつか のりゆき、男性、1985年4月28日 … 高塚 紀行(たかつか のりゆき、男性、1985年4月28日 - )は、日本のレスリング選手。大阪府出身。霞ヶ浦高等学校、日本大学卒業。自衛隊体育学校所属。 少年少女レスリングの名門、吹田市民教室でレスリングを始める。 霞ヶ浦高校3年で高校4冠(選抜、ジュニア、インターハイ、国体)達成。 日大進学後も全日本大学選手権で史上13人目の1年生王者となる。 2005年世界ジュニア選手権で銅メダル獲得。ユニバーシアードにも出場したが、1回戦で敗れ敗者復活もならず。 2006年世界選手権で銅メダル獲得。2007年の全日本選手権で優勝し、翌年の北京オリンピック代表を懸けて湯元健一と対戦したが、僅差で敗退。 2010年、自衛隊に入隊。
石森 宏一(いしもり こういち、1961年12月2日 - )… 石森 宏一(いしもり こういち、1961年12月2日 - )は、日本のレスリング選手。大阪府出身。1980年大阪体育大学浪商高等学校卒業。1984年大阪体育大学卒業後大阪府警察に所属。現在は高槻市で石工事業を営む。
市口 政光(いちぐち まさみつ、1940年1月12日 - )… 市口 政光(いちぐち まさみつ、1940年1月12日 - )は、大阪府出身の日本のアマチュアレスリング選手、指導者。元東海大学体育学部教授。1964年東京オリンピックレスリンググレコローマンスタイル・バンタム級の金メダリストでもある。 関西大学時代に1960年ローマオリンピックに出場し、5回戦で敗れたものの7位に入賞。卒業後はサラリーマンをしながら競技を続け、1962年の全米オープン選手権・世界選手権で優勝した。金メダルを期待された東京オリンピックでは足首の捻挫に苦しみながらも予選を勝ち進み、決勝トーナメントに進出する。しかし、他の予選突破選手が当時の罰則制限をオーバーして失格したため、決勝トーナメントを戦わずして市口の優勝(金メダル)が決定、グレコローマンスタイルでは日本人初の快挙でもあった。
北野 祐秀(きたの ゆうしゅう、1930年(昭和5年)4月1… 北野 祐秀(きたの ゆうしゅう、1930年(昭和5年)4月14日 - 2016年(平成28年)2月27日)は、大阪府出身のレスリング選手・レスリング指導者。 旧制大阪市立中学校(現・大阪府立いちりつ高等学校)から慶應義塾大学へ進学し、1952年ヘルシンキオリンピックレスリング男子フリースタイルフライ級で出場して銀メダルを獲得した。その後、レスリング世界選手権(1954年・東京)、1954年アジア競技大会(フィリピン・マニラ)に出場していずれも銀メダルを獲得。 1960年ローマオリンピックではレスリング日本代表監督を務めた。また実業家として相撲茶屋初富を経営していた。 2016年2月27日、心筋梗塞により死去。