濱田 剛史(はまだ たけし、1964年〈昭和39年〉10月3… 濱田 剛史(はまだ たけし、1964年〈昭和39年〉10月30日 - )は、日本の政治家、弁護士、元検察官。大阪府高槻市長(4期)。父は音曲漫才師の暁照雄。 大阪府八尾市で出生。「暁照雄・光雄」(松竹芸能所属の音曲漫才コンビ)の一員として知られた実父(暁照雄)からは、演芸や芸能の世界ではなく、大学へ進学することを幼少期から勧められていたという。 実際には、興國高等学校から大阪経済法科大学の法学部へ進学。大学からの卒業後に、会社員を経て1993年の司法試験に合格した。司法修習を経て、1996年4月に検事に任官。大阪地方検察庁や東京地方検察庁に勤務した。2002年3月の退官を機に、弁護士として大阪弁護士会へ登録。
鈴木 眞理子(すずき まりこ、1963年2月19日 - )は… 鈴木 眞理子(すずき まりこ、1963年2月19日 - )は、日本の検察官。京都産業大学大学院教授、京都地方検察庁次席検事、札幌高等検察庁次席検事、札幌地方検察庁検事正、最高検察庁公判部長、仙台高等検察庁検事長等を歴任。 大阪府枚方市出身。上智大学法学部卒業後、浦和家庭裁判所事務官を経て、1992年検事任官。京都産業大学大学院法務研究科教授や、京都地方検察庁公判部長、東京地方検察庁刑事部副部長等を経て、2014年神戸地方検察庁公判部長。2016年大阪地方検察庁総務部長。2017年大阪地方検察庁公判部長。2018年から京都地方検察庁次席検事を務め、京都府警察との連携などにあたった。和歌山カレー事件 2019年秋田地方検察庁検事正兼仙台高等検察庁秋田支部長。
甲斐 行夫(かい ゆきお、1959年9月26日 - )は、日… 甲斐 行夫(かい ゆきお、1959年9月26日 - )は、日本の検察官。大分県出身。検事総長。 堺市立英彰小学校、堺市立大浜中学校を経て、1978年に大阪府立三国丘高等学校を卒業。1982年東京大学法学部卒業。1984年札幌地方検察庁検事任官。検事任官後、32年強の検察官人生の内19年を法務省で勤務したいわゆる「赤レンガ派」。 1995年山口地方検察庁岩国支部長、2000年法務省刑事局参事官、2005年1月刑事局国際課長、4月東京高等検察庁検事、12月刑事局刑事課長。2008年刑事局総務課長。 2009年法務省大臣官房審議官、2012年青森地方検察庁検事正。最高検察庁監察指導部長、最高検刑事部長、東京地方検察庁検事正を経て、2019年高松高等検察庁検事長。
田中 素子 (たなか もとこ、1958年4月22日 - )は… 田中 素子 (たなか もとこ、1958年4月22日 - )は、日本の検察官、弁護士。女性初の特別捜査部部長、京都地方検察庁検事正、神戸地方検察庁検事正。退官後、関西電力取締役、京都銀行監査役。 大阪府出身。大阪府立北野高等学校を経て、関西大学法学部を卒業後、1988年に検事任官。長崎地方検察庁次席検事、大阪地方検察庁刑事部副部長、同特別捜査部副部長、神戸地方検察庁総務部長などを経て、2009年女性初の特捜部長として名古屋地方検察庁特捜部長。 大阪地方検察庁交通部長、公安部長、刑事部長、大阪高等検察庁刑事部長、東京高等検察庁検事を経て、2015年松江地方検察庁検事正。2016年最高検察庁検事。2017年水戸地方検察庁検事正。
山根 英嗣(やまね ひでつぐ、1955年1月16日 - )は… 山根 英嗣(やまね ひでつぐ、1955年1月16日 - )は、日本の検察官、公証人。青森地方検察庁検事正、最高検察庁査察指導部長、さいたま地方検察庁検事正等を歴任した。 大阪府出身。大阪府立天王寺高等学校を経て、京都大学法学部卒業。イトマン事件の捜査にも携わった。東京地方検察庁検事在任中は、埼京線沿線に住み、埼玉県との縁ができた。京都地方検察庁特別刑事部長、神戸地方検察庁次席検事、青森地方検察庁検事正、最高検察庁査察指導部長等を経て、2014年からさいたま地方検察庁検事正を務めた。2015年退官、平野町公証役場公証人。
勝丸 充啓(かつまる みつひろ、1951年10月10日 - … 勝丸 充啓(かつまる みつひろ、1951年10月10日 - )は、日本の検察官、法務官僚、弁護士。 大阪府大阪市生まれ。灘高等学校を経て、1974年3月東京大学法学部卒業。1976年4月司法修習。1978年東京地方検察庁検事、1989年7月-1992年在ドイツ日本国大使館一等書記官、2000年6月法務省刑事局刑事課長、2001年6月法務省刑事局総務課長、2003年1月法務省大臣官房会計課長。2005年4月法務省大臣官房審議官(総合政策統括担当)。 2005年12月福井地方検察庁検事正、2007年6月水戸地方検察庁検事正、2008年10月さいたま地方検察庁検事正、2010年1月最高検察庁公安部長、2010年12月高松高等検察庁検事長を経て、2012年広島高等検察庁検事長。
中尾 巧(なかお たくみ、男性、1947年9月26日 - )… 中尾 巧(なかお たくみ、男性、1947年9月26日 - )は、日本の元検察官。大阪地方検察庁を中心に異動を繰り返したいわゆる「関西検察」。大阪高等検察庁検事長を最後に退官し、現在[いつ?]は弁護士法人淀屋橋・山上合同に所属する弁護士。 大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件時の大阪高検検事長だったが、所管の大阪地検の大坪弘道や佐賀元明らから改ざん事実の報告は受けていないとされる[誰によって?]。
則定 衛(のりさだ まもる、1938年7月21日 - )は、… 則定 衛(のりさだ まもる、1938年7月21日 - )は、日本の元検察官、弁護士。大阪府出身。 1999年、月刊誌「噂の眞相」5月号が「高検検事長が愛人ホステスを公費出張に同伴し偽名で宿泊、愛人と別れる際には慰謝料をパチンコ業者に肩代わりさせた」という女性スキャンダルをスクープとして報道し、朝日新聞が同年4月9日付でこれを引用する形で一面トップ記事としたことから主要新聞、スポーツ紙、週刊誌も大々的にこの問題を報じ、混乱の責任をとらされる形で辞任に追い込まれた。女性スキャンダルがここまで大きくなった背景には、時の法相・中村正三郎が指揮権を発動しようとするなど権力の私的行使により辞職するなど法務省・捜査当局に対する世間の厳しい風当たりや、ゴシップ誌の「噂の真相」を新聞が引用する形で一面記事にするという極めて異例な報道展開であったことも一因にある。
大沢 一郎(大澤 一郎、おおさわ いちろう、1910年(明治… 大沢 一郎(大澤 一郎、おおさわ いちろう、1910年(明治43年)6月9日 - 1986年(昭和61年)9月12日)は、日本の検察官、弁護士。検事総長。 大阪市出身。第四高等学校を経て、1932年京都帝国大学法学部を卒業。司法官試補となり、法務省矯正局長、大阪地方検察庁検事正、最高検察庁刑事部長、法務事務次官、最高検次長検事、東京高等検察庁検事長などを歴任。 1973年2月2日、検事総長に就任。在任中、日教組ゼネスト事件、協同飼料株価不正操作事件、石油ヤミカルテル事件などを指揮した。 1975年1月25日、検事総長を勇退し退官した。その後、ロッキード事件で偽証罪に問われた小佐野賢治の弁護団に加わった。
草鹿 浅之介(くさか あさのすけ、1900年10月25日 -… 草鹿 浅之介(くさか あさのすけ、1900年10月25日 - 1993年8月11日)は、日本の裁判官、検察官。最高裁判所判事。大阪府出身。父は元第四高等学校ドイツ語講師、住友本社理事(住友倉庫総支配人)の草鹿丁卯次郎、長兄は連合艦隊参謀長を務めた海軍軍人の草鹿龍之介。義父(妻雪子の父)は枢密院顧問官の二上兵治。また、従兄には龍之介が兄と慕った海軍軍人(南東方面艦隊司令長官、海軍兵学校校長)の草鹿任一、伯父には任一の父で丁卯次郎の兄である草鹿甲子太郎(衆議院議員、弁護士、神戸日華実業協会理事長)がいる。 1900年(明治33年)大阪にて草鹿丁卯次郎の三男として誕生。丁卯次郎には息子が4人(その他女子が4人)おり、それぞれ龍之介 (元連合艦隊参謀長)、犀之介(北海道紋別/草鹿牧場経営)、浅之介、卯之介(インドネシア/草鹿商会社長)と名付けた。
岸本 義広(きしもと よしひろ、1897年〈明治30年〉4月… 岸本 義広(きしもと よしひろ、1897年〈明治30年〉4月30日 - 1965年〈昭和40年〉9月10日)は、日本の検察官、政治家。衆議院議員(1期)。 大阪府岸和田市生まれ。大阪府立岸和田中学校、第三高等学校を経て、1923年に東京帝国大学を卒業し、同年に検事となる。1945年に東京地検の検事正、1946年に札幌高等検察庁検事長となる。広島高等検察庁検事長を経て、1951年に大橋武夫法務総裁の強い要望で次長検事として中央に復帰(その過程で木内騒動が発生した)。1955年に法務事務次官、1957年に東京高等検察庁検事長となる。在任中の売春汚職事件で、読売新聞によって「売春汚職のため収賄容疑で召喚必至」と報じられた宇都宮徳馬が同紙記者を名誉毀損罪で告訴したため、これを逮捕。