玉井 陸斗(たまい りくと、2006年9月11日 - )は、… 玉井 陸斗(たまい りくと、2006年9月11日 - )は、日本の飛込競技選手。身長160cm、体重55kg(世界水泳ブダペスト2022開催時点)。パリオリンピック銀メダリスト。 兵庫県宝塚市出身で、2人兄弟の次男として生まれた。名前の由来は大陸のように広い心を持ってほしいとの思いから。3歳で水泳を始め、小学1年のころ飛び込み教室に参加したことをきっかけに飛込競技を始める。 その後、多くのオリンピック選手を育てた馬淵崇英コーチのもとで技を磨き、シニアデビュー戦となった2019年4月に行われた日本室内選手権飛込競技大会では史上最年少の12歳7ヶ月で優勝を果たした。同年7月の世界水泳選手権には年齢制限のため出場を逃したが、9月の日本選手権では世界選手権4位相当の498.50点で優勝、2020年に行われた日本選手権ではリオデジャネイロオリンピック3位相当の528.80点を叩き出している。
谷口 卓(たにぐち たく、2001年9月26日 - )は、日… 谷口 卓(たにぐち たく、2001年9月26日 - )は、日本の競泳(平泳ぎ)選手。兵庫県神戸市出身。2024パリオリンピック競泳日本代表。 兵庫県神戸市出身。三重県四日市市立川島小学校、四日市市立三滝中学校を卒業。平泳ぎで国体に出場した父の影響で0歳の時からプールに入り始めた。中学生になり、津田スイミングスクール四日市校で持ち味を生かした泳ぎを身につけて頭角を現した。 2017年4月、日本大学豊山高等学校に進学。在学中、生まれつきの不整脈のため2度の心臓手術を受ける。インターハイ男子総合優勝三連覇に貢献。 2020年4月、中京大学に進学。同1年時の9月に腰椎椎間板ヘルニア摘出術を受ける。大学4年時にはインカレにて100m平泳ぎ優勝。
荒井 祭里(あらい まつり、2001年1月18日 - )は、… 荒井 祭里(あらい まつり、2001年1月18日 - )は、日本の元飛込競技選手。兵庫県伊丹市出身。身長150 cm、体重39 kg。出身校は荻野小学校 荒牧中学校 甲子園学院高等学校卒業。武庫川女子大学在学中。 三人姉妹の次女として生まれる。小学1年生から飛び込みを始める。JSS宝塚スイミングスクールで先輩の寺内健や馬淵優佳、板橋美波らとともに練習を重ねる。 高校時代は高校総体で高飛び込みを3連覇。日本選手権では2015年と2016年の10mシンクロ高飛込で佐々木那奈と組んで優勝し、2017年と2018年は10m高飛び込みで2年連続で優勝を果たした。 2018年ジャカルタアジア大会では、10m高飛び込みで5位、板橋と組んだシンクロ高飛び込みで4位に入った。
板橋 美波(いたはし みなみ、2000年1月28日 - )は… 板橋 美波(いたはし みなみ、2000年1月28日 - )は、日本の飛込競技選手。兵庫県宝塚市出身。身長151cm、体重49kg。甲子園学院高等学校卒業。甲子園大学卒業。 柔道選手だった両親の間に生まれ、小学1年生から競泳を始める。小学3年生のときに飛び込みに転向。寺内健のコーチを務めた馬淵崇英の指導を受けるようになり2014年の日本選手権で14歳の最年少で優勝する。 2014年仁川アジア大会では、3m板飛び込みで7位、高飛び込みで5位に入った。 2015年カザン世界選手権では予選で前宙返り4回半抱え型(109C)を成功させ6位通過をしたが、準決勝では失敗し16位で敗退した。 2016年2月のFINA飛込ワールドカップでは10m高飛び込みで9位になり、リオデジャネイロオリンピックの出場枠を獲得し初めての五輪代表に決まった。
白井 璃緒(しらい りお、 1999年9月10日 - )は、… 白井 璃緒(しらい りお、 1999年9月10日 - )は、日本の女子競泳選手。2020年東京オリンピック日本代表。種目は自由形・背泳ぎ 兵庫県宝塚市出身。宝塚市立宝塚中学校、兵庫県立宝塚東高等学校、東洋大学国際観光学部卒。 6人兄妹の末っ子で、兄姉全員が競泳選手という環境の中で、JSS宝塚スイミングスクールにて鍛錬を積み重ねる。 2014年、中学校3年のときに第54回全国中学校水泳競技大会女子200m背泳ぎで優勝、同年の第69回国民体育大会(長崎県)では少年B女子100m背泳ぎに優勝するなどした。 2015年、高校は地元の公立校である兵庫県立宝塚東高等学校に進学する。2016年の高校2年の時には広島でのインターハイ(日本高等学校選手権水泳競技大会)では女子100m・200mの背泳ぎを共に制覇。
小西 杏奈(こにし あんな、1996年5月10日 - )は、… 小西 杏奈(こにし あんな、1996年5月10日 - )は、日本の女子競泳選手。兵庫県豊岡市出身。2020東京オリンピック日本代表。 明石市立望海中学校、豊川高等学校、中京大学出身。背泳ぎを専門とする。身長は他の選手と比較して低めだが、上半身の筋力を武器とする。 2018年のアジア大会では背泳ぎ100mで2位、2021年の第97回日本選手権水泳競技大会では背泳ぎ100m・200mで1位、同年のジャパンオープン2021-2022では50m・100m・200mで1位。 2021年の東京オリンピックでは女子400mメドレーリレーの第一泳者に選出され決勝戦まで進んだ。 2025年4月、自衛隊体育学校に入校、近代五種競技選手として活躍。
馬淵 優佳(まぶち ゆか、1995年2月5日 - )は、日本… 馬淵 優佳(まぶち ゆか、1995年2月5日 - )は、日本の飛込競技選手(栃木ダイビングクラブ所属)、スポーツコメンテーター。立命館大学スポーツ健康科学部卒業。株式会社IMO所属。 兵庫県宝塚市出身。父は中国出身の飛込競技指導者の馬淵崇英。 3歳で水泳を、6歳で飛込競技を始めた。甲子園学院高等学校を経て、立命館大学スポーツ健康科学部スポーツ健康科学科を卒業。 2008年、日本選手権において辰巳楓佳とのシンクロで高飛び込みと3メートル板飛び込みで2冠。 2009年、日本選手権の3メートル板飛び込みで2位、東アジア大会(香港)では同種目で銅メダルを獲得。 2011年世界選手権に3メートル板飛び込みで出場したが、33位で予選で敗退した。
浅田 梨紗(あさだ りさ、1991年12月27日 - )は、… 浅田 梨紗(あさだ りさ、1991年12月27日 - )は、日本の飛込競技選手である。兵庫県川西市出身。JSS宝塚スイミングスクール所属。甲子園学院高等学校、立命館大学卒業。 小学3年生のときに飛込競技を始め、寺内健のコーチである中国出身の馬淵崇英コーチの指導を受け急成長。2005年川西市立清和台中学校2年のとき、モントリオール世界水泳選手権に13歳の最年少で代表になり、女子高飛び込みで日本人最高に並ぶ6位に入賞し天才少女といわれた。 2006年の日本選手権女子高飛び込みにこの種目の第一人者である中川真依(当時金沢学院大学)の大会3連覇を阻止し、初優勝。中学生での優勝は馬淵よしの以来26年ぶりの快挙であった。
山田 拓朗(やまだ たくろう、1991年4月12日 - )は… 山田 拓朗(やまだ たくろう、1991年4月12日 - )は、日本の元競泳選手である。NTTドコモ所属。2016年リオデジャネイロパラリンピック日本代表・銅メダリスト。既婚。 兵庫県三田市出身、東京都在住。兵庫県立北摂三田高等学校、筑波大学卒業。 生まれつき左肘から先がない「先天性左前腕欠損」で、3歳で水泳を始めた。13歳で2004年アテネパラリンピックに出場。そして2016年リオデジャネイロパラリンピックに100m自由形、50m自由形で出場し、男子50m自由形 S9クラスで銅メダルを獲得。 2021年東京パラリンピックまで5大会連続出場を続けていたが、肩や腰の痛みが消えず、引退を決意。2023年9月18日のジャパンパラ大会(横浜国際プール)がラストレースになった。
小野 友愛(おの ともえ、1989年9月6日 - )は、日本… 小野 友愛(おの ともえ、1989年9月6日 - )は、日本の女子競泳選手。種目は自由形。KONAMIスポーツクラブ西日本所属。身長167cm。血液型はO型。早稲田大学に所属。卒業後は、中学で体育を教える。 須磨学園高等学校卒業、早稲田大学スポーツ科学部スポーツ文化学科卒業。 2004年埼玉国体フリーリレーで中学新記録樹立。2007年のジュニアパンパシフック大会1500m自由形で3位、フリーリレーで日本高校新記録を樹立した。2009年サンタクララ国際大会出場。
細川 大輔(ほそかわ だいすけ、男性、1982年4月18日 … 細川 大輔(ほそかわ だいすけ、男性、1982年4月18日 - )は、日本の元競泳選手。兵庫県尼崎市出身。100m自由形及び200m自由形の元日本記録保持者。2003年世界水泳選手権400mメドレーリレー銅メダリスト、2005年世界水泳選手権400mメドレーリレー銅メダリスト、2007年世界水泳選手権400mメドレーリレー銀メダリスト。
寺内 健(てらうち けん、1980年8月7日 - )は、日本… 寺内 健(てらうち けん、1980年8月7日 - )は、日本の飛込競技選手。兵庫県宝塚市出身。甲子園大学卒業、甲子園大学大学院修了。現在はミキハウス所属。弟の寺内佑も元飛込競技選手。宝塚市大使。 オリンピックに出場した飛込競技選手、馬淵良・かの子夫妻が経営するJSS宝塚スイミングスクールで、生後7か月から水泳を始める。 当初は競泳選手を目指していたがタイムが伸びず、隣のプールに設置されていた飛び板で遊んでいた。それを見た中国出身(1998年に日本に帰化)のコーチ・馬淵崇英から「上海に飛び込みの合宿に行かないか」と声を掛けられたのがきっかけで飛び込みに転向。以降、コーチと二人三脚で練習を積む。 1994年、宝塚市立光が丘中学校2年生の時に日本選手権の高飛び込みで当時の史上最年少(13歳11カ月)での初優勝。
春名 美佳(はるな みか、1978年6月14日 - )は、兵… 春名 美佳(はるな みか、1978年6月14日 - )は、兵庫県加古川市出身の元女子競泳選手。兵庫県立加古川南高等学校、筑波大学卒業。 この項目は、水泳に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJ:水泳)。
大西 順子(おおにし じゅんこ、1974年10月18日 - … 大西 順子(おおにし じゅんこ、1974年10月18日 - )は、日本の元競泳選手。2000年シドニーオリンピック400mメドレーリレー銅メダリスト。 兵庫県高砂市出身。兵庫県立高砂高等学校を経て筑波大学卒業後、ミキハウスに入社。 2000年シドニーオリンピックに女子バタフライの選手として、25歳で五輪初出場。女子メドレーリレーでは中村真衣、田中雅美、源純夏と共に3位入賞を果たし、銅メダルを獲得した。女子100mバタフライは6位入賞だった。 2001年に福岡市で行われた世界水泳選手権の100mバタフライで銅メダルを獲得した。 2004年アテネオリンピックにも、日本女子競泳選手として史上最年長の29歳で五輪2大会連続出場を果たしたが、女子メドレーリレー(中村礼子・田中雅美・永井奉子)は5位入賞、女子100mバタフライは8位入賞に留まった。
松下 幸広(まつした ゆきひろ、1973年6月5日 - )は… 松下 幸広(まつした ゆきひろ、1973年6月5日 - )は、日本の元競泳選手。1996年アトランタオリンピック日本代表。100m自由形の元日本記録保持者。 兵庫県市川高校、中央大学卒。 1994年アジア競技大会では100m自由形・400mフリーリレー・400mメドレーリレーの三冠を達成した。 1995年パンパシフィック水泳選手権の400mメドレーリレーでは銅メダルを獲得した。 アトランタオリンピック選考会の100mバタフライで2位に入り、オリンピック日本代表に選出された。1996年アトランタオリンピックでは50m自由形と100mバタフライに出場し、予選落ちとなった。
藤本 達夫(ふじもと たつお、1940年3月29日 - )は… 藤本 達夫(ふじもと たつお、1940年3月29日 - )は、兵庫県赤穂市坂越の出身の元競泳選手。1960年ローマオリンピック競泳男子4×200mフリーリレー銀メダリスト。姫路工業大学附属高等学校(現・兵庫県立姫路工業高等学校)工芸科を経て、中央大学を1962年に卒業。1964年東京オリンピック競泳男子4×100m自由形リレーでは4位となった。
馬淵 かの子(まぶち かのこ、旧名:津谷 鹿乃子〈つたに か… 馬淵 かの子(まぶち かのこ、旧名:津谷 鹿乃子〈つたに かのこ〉、1938年〈昭和13年〉1月6日 - 2025年〈令和7年〉1月4日)は、日本の元飛込競技選手。現役時代は倉敷レーヨンに所属した。 松蔭女学校入学と同時に飛込競技を始め、1954年、16歳で日本代表としてアジア大会に初出場。1954年から1974年までのアジア大会にて3m飛板飛込と10m高飛込で計5個のメダルを獲得した。夫である馬淵良とともに1956年メルボルン、1960年ローマ、1964年東京オリンピックで7位から16位に入る。産後、一度は引退するも現役復帰を果たしている。娘の馬淵よしのもオリンピックに出場した飛込競技選手。 二度目の現役引退後は夫・良と共にJSS宝塚スイミングスクール(日本国内初の飛込競技専用屋内プール)を立ち上げ、実娘の馬淵よしの、寺内健、玉井陸斗など数多くの選手を指導、80歳を超えるまで現役指導者であった。
馬場 豊(ばば ゆたか、1933年11月30日 または 19… 馬場 豊(ばば ゆたか、1933年11月30日 または 1934年1月18日 - )は、日本の飛込競技選手、指導者。元飛び込み日本代表。 兵庫県立神戸高等学校を経て、早稲田大学水泳部に所属、1953年から1955年まで日本学生選手権水泳競技大会の男子飛び板飛び込みで3連覇。マニラで行われた1954年アジア競技大会の同種目で銅メダルを獲得、1955年の日本選手権水泳競技大会でも同種目で優勝している。 早稲田大学理工学部卒業後は株式会社天御津に就職し、1956年の日本選手権水泳競技大会の3m飛び板飛び込みで2連覇を達成。1956年メルボルンオリンピックに出場するも、大会中、現地の五輪プールで練習中に負傷し、高飛び込みで11位、板飛び込みで12位に終わり入賞を逃した。