東島 誠(ひがしじま まこと、1967年1月 - )は、日本… 東島 誠(ひがしじま まこと、1967年1月 - )は、日本の歴史学者。立命館大学教授。1999年、『公共圏の歴史的創造――江湖の思想へ』により博士(文学)(東京大学)。 大阪府出身。東大寺学園高校卒業。1990年、東京大学文学部卒業。1992年、同大学院人文科学研究科修士課程修了。1999年、同大学院人文社会系研究科博士課程修了。 もともとの専門は中世史であるが、『〈つながり〉の精神史』のように近世・近代史を主とした著作でも知られる。また著作での引用文献は社会学から哲学まで幅広く、音楽評論も手がける。『朝日新聞』の取材に対し、他分野との境目を歩いていると自認しつつ、史料などあくまで素材の説得力で勝負する、とも答えている。
吉川 真司(よしかわ しんじ、1960年 - )は、日本の歴… 吉川 真司(よしかわ しんじ、1960年 - )は、日本の歴史学者。京都大学名誉教授。専攻は日本古代史。 1960年、奈良県生まれ[要出典]。1979年3月に東大寺学園高等学校を卒業[要出典]し、京都大学文学部に進学。京都大学では学部・修士課程では岸俊男、博士後期課程は鎌田元一に師事した。1983年3月、京都大学文学部を卒業[要出典]。同大学大学院文学研究科に進み、1986年3月に修士課程を修了[要出典]。1989年3月、博士後期課程を満期退学[要出典]。 1989年4月、京都大学文学部助手に採用された。1996年3月に文学部助教授、4月より京都大学大学院文学研究科助教授に昇格。同1996年7月、学位論文『日本古代政治の形成と規範』を京都大学に提出して文学博士の学位を取得。
小島 亮(こじま りょう、1956年11月19日 - )は、… 小島 亮(こじま りょう、1956年11月19日 - )は、日本の社会学者、歴史学者、中部大学元教授。近代社会思想史・比較知識社会論専攻。ハンガリーと日本の国際関係についての著作も多い。2006年にハンガリー共和国から「自由の英雄」徽章(ハンガリー語版)を授与された唯一の日本人である。 奈良市生まれ。戸籍上は「小嶋」と表記。父は歴史家の小嶋太門、母は美術作家の小嶋十三子。小中学時代を大阪市東成区片江町(現大今里南)で過ごす。1975年桃山学院高校を経て、1979年立命館大学文学部卒業。在学中は岩井忠熊のゼミに所属し、山尾幸久、瀬原義生にも師事した。和田洋一の自宅のあった下鴨神社界隈に下宿していた縁もあって、私淑して毎週のように話を聴きに訪問したと回想している。
北岡 伸一(きたおか しんいち、1948年〈昭和23年〉4月… 北岡 伸一(きたおか しんいち、1948年〈昭和23年〉4月20日 - )は、日本の政治学者、歴史学者。奈良県立大学理事長、政策研究大学院大学客員教授、東京大学名誉教授、立教大学名誉教授。学位は法学博士(東京大学・1976年)。専門は日本政治外交史。 国連次席大使(2004年4月 - 2006年8月)、国際大学学長、国際協力機構(JICA)理事長を歴任。 奈良県吉野郡吉野町で造り酒屋の家に生まれる。祖父と父は共に吉野町長。大叔父は官僚・経済学者の北岡寿逸。東大寺学園中学校・高等学校、東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、1976年博士課程修了、博士論文「日本陸軍と大陸政策 1906年 - 1918年」により、法学博士取得。
武者小路 穣(むしゃのこうじ みのる、1921年(大正10年… 武者小路 穣(むしゃのこうじ みのる、1921年(大正10年)3月27日 - 2010年(平成22年)11月11日)は、日本の歴史学者、著述家。和光大学名誉教授。日本文化史専攻。筆名はむしゃこうじ・みのる(すべて平仮名、「むしゃ」と「こうじ」の間に「の」を入れずに、姓と名の間には中黒を入れる)。旧姓は久保田(くぼた)。 子爵武者小路実世の末弟・公敏の妻・喜佐の甥にあたり、6歳の時に従兄にあたる公敏の長男・敏雄の養子に入った。妻は小説家武者小路実篤の三女・辰子で、穰の又従姉にあたる。長女・有紀子は元バレリーナで歌舞伎役者の四代目中村梅玉夫人。 奈良市出身。1943年(昭和18年)東京帝国大学文学部国史学科卒業。
増田 四郎(ますだ しろう、1908年(明治41年)10月2… 増田 四郎(ますだ しろう、1908年(明治41年)10月2日 - 1997年(平成9年)6月22日)は、日本の歴史学者。一橋大学名誉教授。第5代一橋大学学長、東京経済大学理事長。日本学士院会員。文化勲章受章者。位階は従三位。日本学術振興会会長、国立大学協会副会長等を歴任。 専門は西洋史、西洋経済史。西洋社会・経済史の変遷を、実証研究と比較社会史・地域史の方法論を用いて研究した。 1908年、奈良県山辺郡波多野村(後の山添村)生まれ。旧制上野中学校(後の三重県立上野高等学校)卒業後、東京商科大学付属商業教員養成所入学。1932年東京商科大学(後の一橋大学)卒業。学部では日本経済史を専攻し、幸田成友の指導を受ける。