福田 光次郎(ふくだ こうじろう、1971年(昭和46年)1… 福田 光次郎(ふくだ こうじろう、1971年(昭和46年)1月25日 - )は、日本のシンガーソングライター、作詞家、作曲家。 和歌山県田辺市出身。血液型O型。ソロ名義で、「a FiLm」と「platform」という2枚のアルバムをリリース。現在、Root42Records所属。 『a harvest garden』(藤原聡子ソロユニット(に楽曲を多数提供。代表曲に、「夜長月」、「このバス停から」、「僕のすべて」、「エンドロール」など。(福田光次郎公式サイトを参照) (福田光次郎公式サイトを参照) a FiLm(2013年1月25日、ROOT-001) 音楽プロデューサー・野田浩平プロデュース (福田光次郎公式サイトを参照) platform(2016年1月25日、Root-002) 小澤マコト プロデュース (amazon co.jpを参照) a harvest gardenにはその他にも「エンドロール」など多数、楽曲提供しており、藤原聡子が作詞の共作も「FLY」など多数ある。
きんた・ミーノ(本名・弓庭 規生(ゆば のりお)、1960年… きんた・ミーノ(本名・弓庭 規生(ゆば のりお)、1960年〈昭和35年〉10月5日 - 2020年〈令和2年〉8月25日)は、日本の歌手、作曲家、作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。コミックバンド「おかげ様ブラザーズ」のボーカル。りら創造芸術高等専修学校講師を務めた。 所属事務所は昭和プロダクション。 和歌山県海草郡紀美野町(旧・美里町)出身。和歌山県立大成高等学校美里分校(現在の和歌山県立海南高等学校美里分校)を卒業した。 バンド活動については当該項目参照。この項では個人名義の活動を記載する。 京都を中心にバンド活動を行い、1982年「おかげ様ブラザーズ」の前身である「トミーとミーノ&かねてつおかげ様ブラザーズ」を結成した。
及川 眠子(おいかわ ねこ、1960年2月10日 - )は、… 及川 眠子(おいかわ ねこ、1960年2月10日 - )は、日本の作詞家。和歌山県和歌山市出身。血液型はB型。 『残酷な天使のテーゼ』『魂のルフラン』『淋しい熱帯魚』『愛が止まらない』『東京』など数々のJ-POP、アニメソングのヒット作を手掛ける。『残酷な天使のテーゼ』は平成で最もカラオケで歌われた曲である(JOYSOUND調べ)。1,000曲以上作品を世に出す。 中学生の時に「音楽が好きで、音楽に携る仕事がしたい」との思いから作詞家を志し、「及川眠子」という筆名を思いつく。高校生の頃にシンガーソングライターに憧れたが、ギターのFコードが弾けず作曲を断念。タウン誌の編集、コピーライターなど12回の転職を経験後、1985年(昭和60年)に車のPRソングの歌詞を募集する「三菱ミニカ・マスコットソング・コンテスト」に応募した作品「パッシング・スルー」(歌:和田加奈子)が応募総数36785通の中から最優秀賞を受賞し、作詞家としてデビュー。
KURO(くろ、1951年 - 1997年4月4日)は、日本… KURO(くろ、1951年 - 1997年4月4日)は、日本の作詞家。本名は西岡安希子。 シンガーソングライターの西岡恭蔵は夫。彼との結婚後に作詞を始め、西岡の他、松田優作、山下久美子、太田裕美ら、多くの歌手に詞を提供。矢沢永吉のために作詞した西岡恭蔵名義の作品のなかにも、共作によるものが少なくないといわれる。 和歌山県和歌山市生まれ。 大阪の音楽喫茶「ディラン」で西岡と知りあい結婚。上京して埼玉県入間市に住み、夫の音楽活動をサポートし、作詞の手伝いを始める。 1975年大塚まさじの「アフリカの月」の作詞をきっかけにKUROの筆名による作詞活動をスタート。 1976年の西岡のアルバム『南米旅行』でほとんどすべての作詞を担当。
東 隆明(あずま りゅうめい、1944年9月28日 - )は… 東 隆明(あずま りゅうめい、1944年9月28日 - )は、日本の男性作家、脚本家、演出家、作詞家、俳優、コミュニティネットワーク自然会会長。和歌山県和歌山市出身。旧芸名は東 龍明。 近衛文隆の庶子を称する。隆明の生年に文隆は大谷正子と結婚し、隆明の生母とは婚姻を結ばなかったという。 和歌山県立和歌山商業高等学校卒業後、19歳で上京。俳優、演出、脚本、企画制作などに携わる。また、情操教育を通じて青少年の健全育成に尽力すべく、学校演劇も手がける。 1983年、自然会(現コミュニティネットワーク自然会)発足、主宰。愛と究極の平和を説き続けている。講演会多数。 1992年より始められた島原復興支援活動では、復興ビルを創設して運営しながら常駐者を置き、地域のコミュニケーションに尽力する。
楳図 かずお(うめず かずお、1936年〈昭和11年〉9月3… 楳図 かずお(うめず かずお、1936年〈昭和11年〉9月3日 あるいは9月25日 - 2024年〈令和6年〉10月28日)は、日本の漫画家・タレント・作詞家・作曲家。血液型O型。本名は楳図 一雄(読み同じ)。初期には山路 一雄やウメヅ カズヲの名義による作品もある。 和歌山県伊都郡高野町で生まれ、奈良県五條市に育つ。1955年に貸本漫画家としてデビュー、『週刊少年サンデー』などに作品を発表。代表作に『漂流教室』『まことちゃん』『わたしは真悟』など。作品は恐怖ものからSF、ギャグもの、時代劇まで、少年もの、少女もの、青年ものを問わず幅広いが、一般にはホラー漫画の第一人者として知られる。 1995年以降、腱鞘炎などといった理由で漫画は休筆し、1990年代後半からはタレント活動を精力的に行っていた。
保富 康午(ほとみ こうご、1930年〈昭和5年〉3月2日 … 保富 康午(ほとみ こうご、1930年〈昭和5年〉3月2日 - 1984年〈昭和59年〉9月19日)は、日本の作詞家。和歌山県西牟婁郡すさみ町出身。名前の別表記は苗字が「保冨」、名前に「庚午」がある(庚午が本名)。現在日本で広く知られている「大きな古時計」の日本語訳の詞を作詞したことで著名。 幼少期は千里山に在住し千里第二小学校を卒業した。のちに同志社大学卒業後、詩人である村野四郎に弟子入りしていたが、知人からミュージカルの台本依頼をされたことを機にテレビの仕事に携わるようになる。 構成作家として『サンデーサン』、フジテレビ『ミュージックフェア』などの歌番組を始め、演歌歌手達のショーの舞台も数多く担当。
西川 好次郎(にしかわ よしじろう、1903年10月 - 1… 西川 好次郎(にしかわ よしじろう、1903年10月 - 1990年)は、和歌山県日高郡寒川村(現:日高川町)出身の作詞家。大正・昭和時代に活動した。 1903年(明治36年)10月、寒川村の垣口家に出生。のち川上村の西川家で養子に迎えられた。 小学校高等科を卒業後は植林の仕事に就き、和歌山市を訪れた際に「紅葉渓納涼音頭」の公募に入選して懸賞金50銭を得た。尋常小学校の訓導であった1934年(昭和9年)、報知新聞社が皇太子(明仁)の生誕を記念して歌詞を一般公募した「皇太子殿下御降誕奉祝歌」において、全国から寄せられた約5,800編の中から西川の応募作が一等入選で採用され、東京音楽学校の作曲によりキングレコードから発売された。
東 くめ(ひがし くめ、旧姓:由比(ゆい)、1877年6月3… 東 くめ(ひがし くめ、旧姓:由比(ゆい)、1877年6月30日 - 1969年3月5日)は、和歌山県東牟婁郡新宮町(現:新宮市)出身の童謡作詞家。日本で初めて口語による童謡を作詞した。1899年に東京女子高等師範学校教授・東基吉と結婚し、東くめとなる。
鳥山 啓(とりやま ひらく、天保8年3月25日(1837年4… 鳥山 啓(とりやま ひらく、天保8年3月25日(1837年4月29日) - 大正3年(1914年)2月28日)は、紀伊田辺藩(現和歌山県田辺市)出身の博物学者、教育者、作詞家。南方熊楠の恩師であり、「軍艦(軍艦行進曲)」の作詞者としても知られる。 天保8年3月25日(1837年4月29日)、田辺の大庄屋田所佐平の次男として生まれる。幼名は象次郎。名を為助、字を明郷とした。田辺藩士鳥山純昭の養子となり、藩主安藤直裕の近従として召し出される。8歳の頃から真砂丈平から漢学を、医師石田三郎から本草学を学び、15歳からは和歌山に出て本居内遠と熊代瑞穂に就き国学を修め、その傍らで天文学や科学、地理学、英学なども幅広く学んだ。