岩成 政和(いわなり まさかず、1963年3月 - )は、日… 岩成 政和(いわなり まさかず、1963年3月 - )は、日本の鉄道研究家、鉄道評論家、地方公務員(東京都交通局・水道局)、日本鉄道運転協会会員、鉄道史学会会員。 岡山県岡山市出身。東京都練馬区在住。 1963年3月、岡山県岡山市で生まれる。高校卒業後に東京へと転居し中央大学に入学。 1985年同大学法学部を卒業し、当時は丸の内にあった東京都庁舎内にある東京都交通局に入局。配属先は都庁内の勤務で、高速電車部運転課(現・電車部運転課)に所属となった。 その後交通局から人事異動となったが、水道局の副参事を務めたこともあった。現在も東京都職員である。2010年代前半頃には東京メトロポリタンテレビジョンの営業担当に出向したり、2018年4月から数年間東京臨海高速鉄道営業課長として出向し、コミックマーケット輸送の現場にも従事した。
赤木 功(あかぎ いさお、1963年〈昭和38年〉 - )は… 赤木 功(あかぎ いさお、1963年〈昭和38年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岡山県浅口郡里庄町長(1期)。 岡山県浅口郡里庄町出身。 大学を卒業後の1986年(昭和61年)頃、里庄町役場に入職。役場内では総務課長などの要職を歴任し、長年にわたり町政の実務に携わった。2023年(令和5年)4月からは里庄町の副町長に就任し、当時の町政(加藤吉章町長)を支えた。町長選挙への出馬を見据え、2025年(令和7年)9月に副町長を辞職。 2026年(令和8年)1月13日、任期満了に伴う里庄町長選挙が告示され、無所属・新人で立候補。赤木のほかに立候補の届け出がなかったため、無投票での初当選が決まった(里庄町長選における無投票当選は2018年以降3回連続)。
高田 晴行(たかた はるゆき、1959年12月27日 - 1… 高田 晴行(たかた はるゆき、1959年12月27日 - 1993年5月4日)は、日本の警察官。岡山県警察の警察官を経て、国際連合カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の文民警察官として、カンボジアで国連平和維持活動(PKO)に従事していたが、任務中に武装集団に殺害されて殉職した。階級は警部補(殉職後、二階級特進で警視)。 1959年、岡山県に生まれる。 1978年3月、岡山県立倉敷南高等学校卒業。1982年3月、専修大学卒業。同年4月、岡山県警察に採用され、警察学校卒配に併せて岡山東警察署、井原警察署、岡山県警察機動隊で勤務した。 機動隊員を務めたのち、千葉県警察に出向し、新東京国際空港警備隊隊員となった。
山岡 敦(やまおか あつし、1959年〈昭和34年〉 - )… 山岡 敦(やまおか あつし、1959年〈昭和34年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岡山県小田郡矢掛町長(1期)。 岡山県小田郡矢掛町出身。岡山県立矢掛高等学校を経て、近畿大学法学部を卒業。 大学卒業後の1983年(昭和58年)4月、矢掛町役場に入職。役場内では企画財政課長や参事などを歴任し、長年にわたり町政の発展に携わった。2020年(令和2年)4月からは矢掛町の副町長に就任し、当時の町長を支えた。 2022年(令和4年)5月、平野の任期満了に伴う引退に伴い、副町長を辞職して矢掛町長選挙に無所属・新人で立候補。同じく新人との一騎打ちの選挙戦を制し、初当選を果たした(山岡:4,524票、新人:2,752票)。
奥 正親(おく まさちか、1958年〈昭和33年〉 - )は… 奥 正親(おく まさちか、1958年〈昭和33年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岡山県勝田郡奈義町長(2期)。 岡山県勝田郡奈義町出身。広島商船高等専門学校を卒業。 1986年(昭和61年)に奈義町役場に入職。役場内では産業振興課長や総務課長などの要職を歴任し、長年にわたり町政の運営に深く携わった。2018年(平成30年)に退職。 2019年(平成31年)2月、任期満了に伴う奈義町長選挙に無所属・新人で立候補。当時の現職であった笠木義孝との一騎打ちの選挙戦を展開し、笠木を破って初当選を果たした(奥:2,036票、笠木:1,733票)。同年2月15日に町長に就任。 2023年(令和5年)2月の町長選挙では、返り咲きを狙う元町長の笠木義孝と再び激突。
徳山 日出男(とくやま ひでお、1957年〈昭和32年〉1月… 徳山 日出男(とくやま ひでお、1957年〈昭和32年〉1月22日 - )は、日本の建設・国土交通技官。元国土交通事務次官。2024年現在、国土技術研究センター理事長、日本道路協会会長。 岡山県岡山市出身。灘高等学校、東京大学工学部土木工学科を経て、1979年(昭和54年)に技官として建設省入省。入省当時から「将来の事務次官候補」と評されていたという。 若いころは省内で「ミスターITS」と呼ばれ、ETCやカーナビゲーションシステム、ドライバー安全運転支援などの高度道路交通システムに取り組んだ。 2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災当時の東北地方整備局長。大震災当時、「くしの歯作戦」と呼ばれる被災地での道路啓開作業を指揮した。
佐藤 兼郎(さとう けんろう、1955年 - )は、日本の地… 佐藤 兼郎(さとう けんろう、1955年 - )は、日本の地方公務員。備中県民局長や、岡山県副知事を経て、公益財団法人岡山県産業振興財団理事長、一般社団法人岡山県発明協会会長、国立大学法人岡山大学理事。 岡山県岡山市出身。1978年岡山大学法文学部卒業、岡山県入庁、真庭地方振興局。1988年地域振興部市町村課主任。1997年総務部財政課財政主幹。2002年土木部河川開発課長代理。2003年総務部人事課長代理。2004年総務部人事課参事。2005年産業労働部産業振興課参事。2006年保健福祉部施設指導課長。2007年農林水産部農政企画課長。2008年総務部次長。2010年危機管理監。2012年備中県民局長。
山本 雅則(やまもと まさのり、1955年〈昭和30年〉 -… 山本 雅則(やまもと まさのり、1955年〈昭和30年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岡山県加賀郡吉備中央町長(4期)。 岡山県御津郡加茂川町(現・吉備中央町)出身。岡山県立高梁高等学校を経て、愛知学院大学商学部を卒業。 大学卒業後の1979年(昭和54年)4月、加茂川町役場に入職。2004年の合併による吉備中央町発足後は、協働推進課長や参事、企画課長などを歴任した。2011年(平成23年)6月に吉備中央町の副町長に就任。 2012年(平成24年)9月、当時の町長(重森計一)の死去に伴う吉備中央町長選挙に無所属で立候補。新人同士の三つ巴の選挙戦を制し、初当選を果たした(山本:4,188票、他候補:2,886票、1,879票)。
水嶋 淳治(みずしま じゅんじ、1955年〈昭和30年〉 -… 水嶋 淳治(みずしま じゅんじ、1955年〈昭和30年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岡山県勝田郡勝央町長(3期)。 岡山県勝田郡勝央町出身。近畿大学商経学部を卒業。 大学卒業後の1978年(昭和53年)4月、勝央町役場に入職。役場内では総務部参事や総務課長などの要職を歴任し、2012年(平成24年)からは勝央町の副町長に就任した。 2015年(平成27年)8月、当時の町長の引退に伴い、副町長を辞職して勝央町長選挙に無所属・新人で立候補。元町議ら新人2人を破り、初当選を果たした。同年9月に町長に就任。2019年(令和元年)の町長選挙では、ほかに立候補の届け出がなく、無投票で再選(2期目)を決めた。
高原 亮治(たかはら りょうじ、1947年 - 2013年7… 高原 亮治(たかはら りょうじ、1947年 - 2013年7月18日)は、日本の厚生労働技官、医師。防衛庁参事官等を経て、厚生労働省健康局長を最後に退官し、上智大学総合人間科学部教授、日本医療機能評価機構副理事長、厚生労働統計協会会長などを務めた。位階は正四位。瑞宝中綬章。 岡山県玉野市出身。岡山県立玉野高等学校を経て、1972年岡山大学医学部医学科卒業。1976年厚生省入省。1980年テキサス大学大学院公衆衛生大学院修士課程修了、公衆衛生学修士。厚生省大臣官房企画官、国民医療対策本部事務局次長、外務省在フィリピン日本国大使館一等書記官、岡山県環境保健部長、厚生省児童家庭局母子衛生課課長、厚生省環境衛生局食品衛生課長、厚生省保健医療局国立病院経営指導課長、厚生省保健医療局地域保健健康増進課長、厚生省大臣官房厚生科学課長、防衛庁参事官、厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長、厚生労働省健康局長などを経て、2003年退官。
宇治郷 毅(うじごう つよし、1943年 - )は日本の図書… 宇治郷 毅(うじごう つよし、1943年 - )は日本の図書館員、国会職員、研究者。 第17代国立国会図書館副館長。元同志社大学社会学部教授。 岡山県倉敷市生まれ。1966年同志社大学法学部卒業、1968年同大学大学院法学研究科修士課程修了。同年国立国会図書館に入館し、2001年2月28日同館副館長(2003年2月28日まで)。 2006年同志社大学社会学部教授に就任、司書課程やアジア教育文化学の科目を担当し、2013年3月定年退職。 2024年3月時点では、国立国会図書館OB会の会長を務める。
北窓 隆子(きたまど たかこ)は、日本の厚生労働技官、医師。… 北窓 隆子(きたまど たかこ)は、日本の厚生労働技官、医師。新潟県副知事や、国立国際医療研究センター国際医療協力局長、厚生労働省関東信越厚生局長、姫路市医監等を経て、公害等調整委員会委員。 岡山県玉野市出身。岡山県立玉野高等学校を経て、1986年香川医科大学医学部卒業。長崎県での臨床研修を経て、1988年厚生省入省。厚生省保健医療局地域保健・健康増進栄養課課長補佐、青森県健康福祉部長を経て、2005年環境省総合環境政策局環境保健部環境安全課環境リスク評価室長。 環境省総合環境政策局環境保健部企画課石綿健康被害対策室長を経て、2008年医薬品医療機器総合機構新薬審査第三部長。医薬基盤研究所研究振興部長、国立国際医療研究センター企画戦略局長を経て、2015年から新潟県副知事を務め、新潟県立加茂病院の改築などにあたった。
岡崎 助一(おかざき じょいち)は、日本の高等学校教員、地方… 岡崎 助一(おかざき じょいち)は、日本の高等学校教員、地方公務員、文部官僚。文部省体育局体育官や、日本体育協会副会長、東京2020オリンピック競技大会国内競技団体協議会議長等を歴任した。旭日中綬章受章。 岡山県岡山市出身。1968年に東京教育大学体育学部を卒業後、岡山県立高等学校保健体育教諭を経て、1978年岡山県教育委員会指導主事。1983年に文部省入省後、和歌山県教育委員会保健体育課長、文部省体育局教科調査官、文部省体育局生涯スポーツ課課長補佐、文部省体育局体育官、文部省体育局競技スポーツ課長を歴任した。1998年日本オリンピック委員会理事。1999年日本体育協会理事・事務局長。2005年日本体育協会常務理事。