亀田 祥倫(かめだ よしみち、1984年3月3日 - )は、… 亀田 祥倫(かめだ よしみち、1984年3月3日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。広島県尾道市出身。株式会社Studio Kurm取締役。尾道市立大学芸術文化学部美術学科卒。 2009年から放送された『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』にてキーアニメーターを担当し、アクションシーンの作画を中心に活躍。 その後、アニメミライ2014『パロルのみらい島』では企画の初期段階から関わり、キャラクターデザイン・作画監督に加え、イメージボードから手掛ける。 2016年『モブサイコ100』にてテレビシリーズでは自身初となるキャラクターデザインを担当した。 2023年、総作画監督を手掛けた劇場作品『犬王』にて新潟国際アニメーション映画祭の大川=蕗谷賞を受賞。
まがり ひろあき(1980年4月26日 - )は、日本の漫画… まがり ひろあき(1980年4月26日 - )は、日本の漫画家、アニメーション監督。山口県生まれ、広島県育ち。別名に匿名キボ夫がある。一話読み切りの漫画がメインである。 山口県生まれの広島県育ち。広島工業大学高等学校卒業後に広島テレビでのアルバイト時代には天気予報のOP・EDのイラストを手がける。広島テレビで同僚に紹介してもらい、講談社に持ち込みを行った「魔女っ娘つくねちゃん」で『ヤングマガジンアッパーズ』の新人賞を受賞、2003年4月に掲載されデビュー。この作品はその後連載となり、2005年にはOVAとしてアニメ化される。『ヤングマガジンアッパーズ』廃刊の後、『月刊少年シリウス』(講談社)にて続編である「魔女っ娘つくねちゃん+」を連載。
佐藤 信介(さとう しんすけ、1970年9月16日 - )は… 佐藤 信介(さとう しんすけ、1970年9月16日 - )は、日本の映画監督、アニメ監督、脚本家、ゲーム制作者。広島県比婆郡東城町森(現・庄原市東城町森)出身。ミリアゴンスタジオ所属。 庄原市立八幡中学校(現・庄原市立東城中学校)、広島城北高等学校、一浪の後、武蔵野美術大学映像学科卒。 武蔵野美術大学在学中の1994年、河津太郎と、Angle Picturesを立ち上げ、2011年12月に法人化。 ぴあフィルムフェスティバル94 (PFF94)でグランプリを受賞した『寮内厳粛』(りょうないげんしゅく)が初監督作品。 監督デビューからオリジナルストーリー中心だったが、2008年公開の『砂時計』(芦原妃名子原作)で初めて本格的な原作ものに挑んだ。
安藤 雅司(あんどう まさし、1969年1月17日 - )は… 安藤 雅司(あんどう まさし、1969年1月17日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ監督。広島県出身。 邦画歴代興行収入ランキング2位の『千と千尋の神隠し』と3位の『君の名は。』と4位の『もののけ姫』で作画監督を担当した日本のトップアニメーター。 基本的にリアル指向で絵柄もそのようなものを得意とするがある程度の「アニメ絵」っぽさもあり、リアルな中にもソフトな感じがある。例えば現実の存在である人間も空想上の存在である妖怪も両方描けるということである。 スタジオジブリの先輩であり、苦楽を共にした近藤喜文を師と仰ぎ、尊敬している。近藤からは作画における人物の捉え方や動作の描き方などの技術面からアニメーションの仕事に取り組む姿勢まで、多大な影響を受けている。
太田 雅彦(おおた まさひこ、1967年1月4日 - )は、… 太田 雅彦(おおた まさひこ、1967年1月4日 - )は、日本の男性アニメーター、アニメ演出家・監督。 グループ・タックで『ビット・ザ・キューピッド』や『はれときどきぶた』などの作画を手がけ、1998年頃にグループ・タックを退社しフリーに転身。2000年頃からはマッドハウス作品を中心に作画・演出を手がけたのち、2000年代半ば以降は童夢・動画工房などを中心に演出・作画を手がけている。 2006年の初監督以降、全ての作品のシリーズ構成にあおしまたかしを起用しており、その他にも副監督またはキャラクターデザインには大隈孝晴、音楽担当には三澤康広といった共通したスタッフと仕事をする事例がある。 また、太田は「4クールで1年スパンの作品なら、1回倒れても立て直せる可能性もあるのですけど、1クールで大きい問題がおきてしまうとゴチャゴチャになるんですよ。
うるし原 智志(うるしはら さとし、1966年2月9日 - … うるし原 智志(うるしはら さとし、1966年2月9日 - )は、広島県出身の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、漫画家。血液型はO型。オフィス・アースワーク所属。本名は漆原 智志(読みは同じ)。 1983年、広島県立宮島工業高等学校3年在学中によしもときんじと出会い、意気投合。その後、角川映画のアニメ『少年ケニヤ』のアニメーター一般公募に応募して合格。劇中のサイとカバの格闘シーンの一部を描く。余談だが、この出来事は同級生で友人の大張正己が業界入りするきっかけともなった。 1984年、高校卒業後に『少年ケニヤ』の制作を担当していた東映動画へ入社。動画経験を積んだ後、日米合作作品のTVアニメ『トランスフォーマー』で原画に昇格。
大張 正己(おおばり まさみ、1966年1月24日 - )は… 大張 正己(おおばり まさみ、1966年1月24日 - )は、日本の男性アニメ監督、アニメーター、メカニックデザイナー。神奈川県生まれ、広島県育ち。スタジオG-1NEO代表取締役。新日本プロレスリングの元代表取締役社長の大張髙己は実弟。 広島県立宮島工業高等学校時代、友人のうるし原智志がアニメーターを目指していたことがきっかけでそういう仕事があることを知り、自身も興味を持ってアニメの世界を目指すことになった。絵を描いたりアニメを見たりするようになったのもその頃からで、『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』『うる星やつら』といった当時のヒット作すら見たことがなく、周囲の熱狂ぶりについていけなかったという。
石田 敦子(いしだ あつこ、1963年8月9日 - )は、日… 石田 敦子(いしだ あつこ、1963年8月9日 - )は、日本の女性アニメーター、キャラクターデザイナー、漫画家、イラストレーター。広島県福山市出身、血液型A型。 高校1年生当時、安彦良和が描いたイラストが表紙になっていた『アニメージュ』を書店で見たことをきっかけにして、アニメ業界を志す。高校卒業後は福祉関係の専門学校に入学したが4か月で中退し、1983年1月にアニメ制作会社カナメプロダクションへ入社。アニメーターの金田伊功は憧れの存在で、カナメプロダクションではいのまたむつみに影響を受けたと語る。 1988年、カナメプロダクションが倒産する約半年前に退職して、フリーランスへ転向。作画監督は『伝説の勇者ダ・ガーン』、キャラクターデザインは『勇者特急マイトガイン』がそれぞれ初担当作品。
羽原 信義(はばら のぶよし、1963年6月21日 - )は… 羽原 信義(はばら のぶよし、1963年6月21日 - )は、日本の男性アニメ演出家、監督、アニメーター。 元株式会社SUNRISE BEYOND取締役。元株式会社ジーベック代表取締役社長。広島県福山市蔵王町出身。 福山市立城東中学校を経て、広島県立大門高等学校(5期生)を卒業し、1982年、単身上京。大門高校時代にアニメサークルを結成し、アニメを自主制作する。 葦プロダクション出身で、1995年5月にプロダクション・アイジーの子会社として下地志直や佐藤徹と共にアニメ制作会社XEBECを設立。演出家以外にも作画監督、キャラクターデザイン、メカニックデザイン、さらには企画やプロデューサーも務めるマルチクリエーターである。
佐藤 雄三(さとう ゆうぞう、1960年2月19日 - )は… 佐藤 雄三(さとう ゆうぞう、1960年2月19日 - )は、日本の男性アニメーション演出家、アニメーション監督、作画監督。広島県福山市出身。 サンリオ、スタジオぎゃろっぷ(現:ぎゃろっぷ)等を経て、マッドハウスに入社。代表作に『YAWARA!』、『MONSTER』、『闘牌伝説アカギ 〜闇に舞い降りた天才〜』、『逆境無頼カイジ』シリーズなどがある。 同業者のサトウユーゾーは別人。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
西尾 大介(にしお だいすけ、1959年4月1日 - )は、… 西尾 大介(にしお だいすけ、1959年4月1日 - )は、日本のアニメーション監督である。広島県三次市出身。東映アニメーション所属。
青木 勝志(あおき かつし、1953年6月26日 - )は、… 青木 勝志(あおき かつし、1953年6月26日 - )は、日本の男性アニメーション美術監督。広島県三原市出身。小林プロダクションに入社後、『家なき子』、『ルパン三世 カリオストロの城』などに美術スタッフとして参加。その後フリーランスとなり、数多くのマッドハウス作品を手がける。尊敬する美術監督は小林七郎、椋尾篁。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
谷川 一彦(たにがわ かずひこ、1936年 - 2008年)… 谷川 一彦(たにがわ かずひこ、1936年 - 2008年)は、日本の漫画家、アニメーター。広島県安村(現・広島市安佐南区)出身。 原爆投下12年後の1957年に月刊誌『なかよし』で原爆で両親を失う少女を描いた漫画「星はみている」を連載。『漫画少年』『冒険王』『なかよし』『少女クラブ』『幼年ブック』などに漫画を発表した後、上京し、1961年に創設された虫プロダクションに入社して、テレビアニメ『鉄腕アトム』や『W3(ワンダースリー)』などの作画等を担当した。 原爆を描いた「星はみている」は、これまで原爆を直接描いた最も古い漫画とされていた白土三平の「消え行く少女」(日本漫画社、1959年)よりも2年早く、中沢啓治の「黒い雨にうたれて」(『漫画パンチ』、1968年5月掲載)よりも、11年早く書かれている。
木村 真一郎(きむら しんいちろう、10月4日 - )は、日… 木村 真一郎(きむら しんいちろう、10月4日 - )は、日本の男性アニメ監督・演出家。別名義にきむらしんいちろう、キムラシンイチロウ、常磐鐘鳴、村木一真。愛称はキムシン。広島県出身。 幼少期は、父親がタンカー船員だった為に家を長く空ける事が多く、母親と共に時代劇やドラマ等を観て過ごす事が多かった。アニメに関しては『タイガーマスク』が印象に残っていると言い、その原作漫画やアニメ雑誌も愛読していた。 教員免許取得を目的として、大阪芸術大学芸術学部美術学科油画コースへ進学。在学中は漫画アニメーション研究会CASに所属し、漫画家・田中政志や、アニメ監督・加戸誉夫らと同期。 大学卒業後、動画スタッフとしてじゃんぐるじむに入社するも、演出業務に興味が移り、程無くスタジオワールドへ制作進行として移籍し、先輩となる小島正幸・桜井弘明らの下で演出助手として研鑽も深める。
ウシロ シンジ(本名:後 信治)は、日本の男性アニメーション… ウシロ シンジ(本名:後 信治)は、日本の男性アニメーション演出家。広島県出身。広島県立三原高等学校、東洋大学卒。
兼森 義則 は、広島県呉市出身の日本の男性アニメーター、キャ… 兼森 義則 は、広島県呉市出身の日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、監督、作画監督、演出家である。スタジオM2所属。東京デザイナー学院アニメーション科卒業。日本アニメーター・演出協会 (JAniCA) 会員。