陣内 大蔵(じんのうち たいぞう、1965年5月25日 - … 陣内 大蔵(じんのうち たいぞう、1965年5月25日 - )は、日本のシンガーソングライター、音楽プロデューサー、プロテスタントのクリスチャン、日本基督教団東美教会牧師。 山口県宇部市出身。父は、元日本連合基督教共励会会長の陣内厚生。 山口県宇部市にある日本基督教団緑橋教会で、日本連合基督教共励会会長を務めていた陣内厚生の長男として生まれる。キリスト信仰をもち、プロテスタントのクリスチャンとなる。礼拝堂にアップライトピアノがあったため、幼少の頃から我流演奏で親しんだ。初めての自作曲は、童謡風の「きょうだいのうた」。 教会の聖歌隊に参加する。ヴァイオリンを習い始め、中学まで続ける。陣内自身は、ヴァイオリンはフレットレスなので音感を養うには最適だったと後に述懐している。
福井 二郎(ふくい じろう、1899年 - 1983年)は日… 福井 二郎(ふくい じろう、1899年 - 1983年)は日本の牧師。宣教師、熱河省での伝道で知られる。 山口県出身、旧制山口中学校を卒業後に、上海の東亜同文書院に留学した。卒業後は馬関新聞に勤務して、1935年に中国伝道を決心する。満洲伝道会より派遣され、満洲国熱河省から、内モンゴルまで伝道した。 戦後に引き上げて、1948年に帰国した後、日本基督教団門司教会、喜界教会(鹿児島県)、池袋西教会の牧師をした。
木村 蓬伍(きむら ほういつ、1889年7月19日 - 19… 木村 蓬伍(きむら ほういつ、1889年7月19日 - 1964年4月22日)は、日本の牧師。学校法人関西学院理事長を歴任した。 1889年、山口県宇部市に生まれる。1908年、日本メソヂスト下関教会で高橋泰平牧師より受洗。関西学院神学部を卒業後、エモリー大学神学部、同大学院を修了。1926年、受按。呉、京城、大阪東部(現:東梅田教会)各教会の伝道・牧会に従事した後、大阪東部伝道局巡回教師となる。西宮教会(現:西宮公同教会)の牧師在任中、ランバス女学院神学部、聖和女子学院神学部、関西学院神学部の講師を務めた。1960年6月から1964年4月まで、関西学院理事長を務めた。
村田 四郎(むらた しろう、1887年9月2日 - 1971… 村田 四郎(むらた しろう、1887年9月2日 - 1971年2月7日)は、日本の神学者、牧師、明治学院5代目院長。 村田沰冶の四男として山口県吉敷郡山口に生まれた。1911年6月明治学院神学部を卒業した。その後1912年9月に渡米してオーバン神学校(英語版)で学んだ。1916年に帰国し、大阪同志館神学校教授に就任した。1918年に母校の明治学院に来任し、翌年中学部長となる。しかし、1920年に起きた中学部同盟休校事件の責任をとり部長を辞任し、朝鮮の大邱教会牧師となった。 1925年に明治学院に戻り、神学部で基督教史を担当した。1930年の明治学院神学部廃止後日本神学校教授となり、1933年に同校校長となる。
成瀬 仁蔵(なるせ じんぞう、安政5年6月23日〈1858年… 成瀬 仁蔵(なるせ じんぞう、安政5年6月23日〈1858年8月2日〉 - 大正8年〈1919年〉3月4日)は、日本の牧師・教育者。日本における女子高等教育の開拓者の1人である。族籍は山口県士族。 周防国吉敷郡吉敷村(現在の山口県山口市吉敷赤田大形)に生まれる。成瀬小右衛門の長男。成瀬家はもとは河崎姓で、仁蔵の父の代に成瀬姓を名乗る。父は長州藩毛利家の一門・吉敷毛利家に仕える下級武士。仁蔵の母・歌子は隣村の大歳村出身で、藩士である秦家の娘。 仁蔵は幼少時は郷校の憲章館に学び、維新後の1874年(明治7年)には調剤師として医家に住み込む。この年には父が死去し、山口の教員養成所(山口師範学校)の2期生となる。