藤原 春陽(ふじわら はるひ、2002年4月9日 - )は、… 藤原 春陽(ふじわら はるひ、2002年4月9日 - )は、徳島県出身の女子競輪選手。日本競輪選手会徳島支部所属、ホームバンクは小松島競輪場。日本競輪選手養成所第122期生。師匠は競輪選手で実父の藤原義浩(76期)。 小学生になった頃から友人に誘われバレーボールを始め、中学まで続けたが、身長が伸びなかったこともあり高校では新しい競技を、と考えていた時に父親から自転車競技を薦められたこともあり、県内の自転車競技の名門であり父親の母校でもある徳島県立小松島西高等学校に進学。 高校入学直後はまだ競輪選手になるつもりはなかったが、2019年インターハイでは500mタイムトライアルで3位となるなど実績を挙げたことで、ガールズケイリン選手になることを決意。
太田 竜馬(おおた りゅうま、1996年4月4日 - )は、… 太田 竜馬(おおた りゅうま、1996年4月4日 - )は、徳島県小松島市出身の競輪選手。徳島県立小松島西高等学校卒業。旧日本競輪学校第109期生。師匠は山本宏明(83期)。
犬伏 湧也(いぬぶし ゆうや、1995年7月22日 - )は… 犬伏 湧也(いぬぶし ゆうや、1995年7月22日 - )は、徳島県出身の競輪選手。日本競輪選手会徳島支部所属。ホームバンクは小松島競輪場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第119期生。 当初の師匠は阿竹智史(90期)であったが、のちに公式プロフィール上の師匠は小倉竜二(77期、阿竹の師匠)に変更されている。 徳島県北東部にある、板野郡北島町出身。競輪選手だった祖父(小林峰夫、期前)から競輪の道を勧められてはいたが、少年時代の犬伏は耳を貸さず、野球に没頭していた。 生光学園高校、駒澤大学と野球を続けるが、選手としての未来に限界を感じ、小倉竜二との出会いをきっかけに競輪選手を志す。大学を2年で中退して養成所113期、115期の入学試験を受けるが、いずれも不合格。
岩原 紗也香(いわはら さやか、1992年11月4日 - )… 岩原 紗也香(いわはら さやか、1992年11月4日 - )は、元女子競輪選手、フリーアナウンサー。徳島県出身。現役時代は日本競輪選手会徳島支部所属、ホームバンクは小松島競輪場であった。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第118期生。師匠は山本宏明(83期)。 小学生時代から徳島至誠館で剣道を始め、中学生時代には主将として全国中学校体育大会で団体優勝。富岡東高校時代にはインターハイに団体出場を果たした。社会人になってから友人の競輪選手を応援するため競輪場に行き、ガールズケイリン選手の活躍を目の当たりにして競輪選手を志した。 2019年1月17日、日本競輪学校(当時)第118回適性試験に合格。養成所での在所中の競走成績は21位(0勝)。
原田 研太朗(はらだ けんたろう、1990年9月16日 - … 原田 研太朗(はらだ けんたろう、1990年9月16日 - )は、徳島県阿南市出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第98期生。日本競輪選手会徳島支部所属。ホームバンクは小松島競輪場。師匠は下川健治(57期)。 徳島県立徳島工業高等学校(現:徳島県立徳島科学技術高等学校を経て、競輪学校に技能試験合格し98期生として入学。在校競走成績は38位(13勝)。2010年7月5日、熊本競輪場でデビューし初勝利。2012年にはヤンググランプリ(8着)に出場し、同年度の優秀新人賞を受賞した。 2015年、第68回日本選手権競輪で特別初優出(9着)。開設記念競輪では2016年の立川記念を皮切りに、2022年の豊橋記念まで5回の優勝を記録している。
西山 圭二(にしやま けいじ、1982年11月3日 - )は… 西山 圭二(にしやま けいじ、1982年11月3日 - )は、日本競輪選手会徳島支部に所属していた元競輪選手。徳島県小松島市出身。 徳島県立徳島商業高等学校時代、牛田成樹(1学年上、第81回に出場。元横浜DeNAベイスターズ)や阿竹智史(現:競輪選手)らとともに、第81回及び第82回全国高等学校野球選手権大会に出場。 その後、明治大学に入学し野球部に入部。野球部では一場靖弘、西谷尚徳らと同期。 卒業後は一般企業勤務を経て、高校の先輩にあたる小倉竜二(競輪学校第77期生)に師事して競輪学校第100期生となる。在校競走成績は16位(5勝)。 2011年7月7日、久留米競輪場でデビューし4着。初勝利は同年9月14日の佐世保競輪場。
阿竹 智史(あたけ さとし、1982年4月15日 - )は、… 阿竹 智史(あたけ さとし、1982年4月15日 - )は、日本競輪選手会徳島支部所属の競輪選手。徳島県阿南市出身。日本競輪学校(以下、競輪学校)第90期生で、同期には、北津留翼、新田祐大、浅井康太、飯野祐太らがいる。
小倉 竜二(おぐら りゅうじ、1976年4月3日 - )は、… 小倉 竜二(おぐら りゅうじ、1976年4月3日 - )は、日本の競輪選手である。徳島県徳島市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第77期卒業。日本競輪選手会徳島支部所属。ホームバンクは小松島競輪場。初出走は1996年4月14日の高知競輪場で初勝利も同レース。血液型はA型。 幼稚園の時に競輪選手を志した。徳島県立徳島商業高等学校時代は、高校総体スプリント1位などの実績を残す。卒業後、競輪学校に入学。デビュー後2年目の1998年のふるさとダービー(観音寺競輪場)に優勝して注目を浴び、翌1999年には競輪祭で優勝し早々とGIタイトルホルダーの仲間入りを果たした。 2001年2月に地元の小松島競輪場で行われたふるさとダービーで優勝した後は落車によるケガの影響で不調が続いていたが、2006年に再び吉岡稔真の番手をまわって競輪祭で優勝し、約6年ぶりにGIタイトルを手にした。
室井 竜二(むろい りゅうじ、1970年10月16日 - )… 室井 竜二(むろい りゅうじ、1970年10月16日 - )は、日本競輪選手会徳島支部所属の競輪選手。日本競輪学校(以下、競輪学校)第65期生。師匠は辻勝治(競輪学校38期生)。 双生児(双子)の関係である、兄の室井健一も競輪選手(競輪学校69期生)。 徳島県立小松島西高等学校出身。しかし、双子での同期生になれなかった(競輪学校は同期でも入学できるが、健一が不合格となったため同期生とはならなかった)ため、兄よりも先んじて入校している。同期には吉岡稔真、後閑信一らがいる。 1990年4月14日、宇都宮競輪場でデビューし3着。初勝利は同年同月16日の同場。 1997年、現在のGII初出場となったふるさとダービー(防府競輪場)でいきなり決勝へ進出(7着)。
室井 健一(むろい けんいち、1970年10月16日 - )… 室井 健一(むろい けんいち、1970年10月16日 - )は、日本競輪選手会徳島支部所属の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第69期生。師匠は富原忠夫(競輪学校43期生)。 双生児(双子)の関係である、弟の室井竜二も競輪選手(競輪学校65期生)。また息子の室井蓮太朗も競輪選手(121期)であり、2024年6月18日からは史上4組目の親子同時S級在籍となっている。 徳島県立小松島西高等学校出身。しかし、競輪学校では双子は同期生になれなかったため、弟よりも遅れて入校している。同期には稲村成浩、横田努、澤田義和、豊岡弘、三和英樹らがいる。 1992年4月9日、一宮競輪場でデビューし2着。
富原 忠夫(とみはら ただお、1954年6月19日 - 20… 富原 忠夫(とみはら ただお、1954年6月19日 - 2014年7月29日)は、競輪選手・日本競輪選手会第11代理事長(徳島支部所属)、日本自転車競技連盟会長。徳島県徳島市出身。日本競輪学校第43期卒業。初出走は1979年4月7日の松山競輪場で初勝利も同日。師匠は武市寛(33期・引退)。愛称は『富さん』。 小学校時代より野球のキャッチャーとして活躍し、徳島工業高から社会人野球の大倉工業に進む。ここでは、JABAベーブルース杯争奪大会でベスト4に貢献した経験を持つ。しかし、後に肩を壊したことが原因で野球を続けられなくなったため引退する。同級生だった武市寛(競輪学校33期生)の勧めにより競輪選手への転身を決意し、1978年に日本競輪学校の適性試験に合格して第43期生として入学する。
笹田 伸二(ささだ しんじ、1934年11月10日 - 19… 笹田 伸二(ささだ しんじ、1934年11月10日 - 1996年5月12日)は、徳島県那賀郡羽ノ浦町出身で、日本競輪選手会徳島支部に所属(1956年~1988年)していた元競輪選手。登録番号6764。 日本競輪学校第12期生として1956年にデビュー。 マーク一本槍の競走スタイルでトップスターに上り詰め、マークについた先行選手の番手を絶対に離さなかったことから、スッポンという異名を取った。したがって地区に関係なく、メンバー中最も強いと目される先行選手の番手に入るレースも少なくなく、また笹田がつくのならば仕方ない、といった選手間における「暗黙の了解」もよくあったという。福島正幸によれば笹田のマーク技術、ハンドル捌きは神業の域に達していて先行選手の後輪とマークする笹田の前輪は1センチと開くことはなくまさに吸い付くようだったという。