山下 亜希(やました あき、1982年7月12日 - )は、… 山下 亜希(やました あき、1982年7月12日 - )は、香川県善通寺市出身の日本の柔道家。70kg級の選手。身長178cm。組み手は左組み。得意技は内股。 千葉県の市立柏高校に進むと、菊川慶一の指導の下で力を付けるものの、2年の時には全国高校選手権78kg級の初戦で反則負けを喫した。3年の時にはインターハイ団体戦の決勝で福岡工大附属高校と対戦すると、両チームの引き分けが続いて迎えた大将戦において、130kgの前野真由己に払巻込で技ありを取られた他に有効も3つ取られるなど圧倒的にリードされるも、終了20秒ほど前に寝技の展開になった際に崩上四方固で大逆転の一本勝ちを収めてチームの3連覇に貢献する活躍を果たした。
中橋 治美(なかはし はるみ、1973年8月16日 - )は… 中橋 治美(なかはし はるみ、1973年8月16日 - )は香川県坂出市出身の日本の柔道家。61kg級の選手。身長166cm。得意技は大内刈、袖釣込腰。兄は1992年の嘉納杯86kg級及び2008年の第1回世界型選手権の固の形で優勝した中橋政彦。 実家は中橋産業を経営している。柔道は兄の影響で10歳の時に坂出柔道協会で始めた。坂出中学から高松商高に進むと、1年の時に全国高校選手権61kg級で2位となった。3年の時には全日本女子柔道強化選手選考会で3位に入った。福岡大学へ進むと、2年の正力杯では決勝で埼玉大学4年の北爪弘子に敗れて2位だった。3年の時には拓殖大学4年の宮家江美を破って優勝を飾った。
中橋 政彦(なかはし まさひこ、1968年10月23日 - … 中橋 政彦(なかはし まさひこ、1968年10月23日 - )は香川県坂出市出身の日本の柔道家。現役時代は86kg級の選手。身長183cm。妹は選抜体重別61kg級で優勝経験のある中橋治美。 高松商高3年の時にインターハイ軽重量級で2位になった。1987年に筑波大学へ進学すると、4年の時に正力杯86kg級で3位になった。1991年には国体要員として香川県スポーツ振興財団の所属となると、1992年には講道館杯と選抜体重別でそれぞれ3位となった。嘉納杯では決勝まで進みバルセロナオリンピック銅メダリストであるカナダのニコラス・ギルと対戦すると、大内刈で効果を先取するが、その後内股を小外掛で切り返されるもそれがポイントにはならず、辛うじて優勝を果たした。
吉鷹 幸春(よしたか ゆきはる、1964年2月12日 -)は… 吉鷹 幸春(よしたか ゆきはる、1964年2月12日 -)は日本の柔道家。現役時代は71kg級の選手。身長169cm。得意技は背負投、巴投。現在は桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部の教授で、同学部の学部長を務めている。柔道部の男女総監督も務めており、関東学生柔道連盟会長、全日本学生柔道連盟理事も務めている。。 香川県東かがわ市出身、世界選手権78kg級で4連覇を達成した藤猪省太の出身校である名門の大川中学に入学してから柔道を始めたこともあって、中学時代はレギュラーになれなかった。その後、寒川高校に進むと力を付けて、3年の時にはインターハイ中量級で優勝を飾るまでになった。筑波大学に進学すると、正力杯・全日本学生体重別選手権大会71kg級で2年、3年と連覇するたが、4年時には全柔連と学柔連の紛争により同大会への出場が叶わず3連覇はならなかった。
浜野 正平 (はまの しょうへい、1899年3月22日 - … 浜野 正平 (はまの しょうへい、1899年3月22日 - 1974年4月29日)は、日本の柔道家(講道館9段)。 戦前の明治神宮競技大会や全日本選士権大会で選手として活躍し、後には大阪府警察名誉師範や大阪柔道連盟会長等を務めるなど大阪柔道界の重鎮として知られた。 現在の香川県坂出市に出生し、幼少時代は地元香川に伝わる無相流の柔術を学んだ。坂出商業時代に吉本官次より柔道の手解きを受け、卒業後は上京して明治大学法科専門部へ進学、後には大阪外国語学校支那語科(二部)にも通った。この間、明治大学で三船久蔵に師事したほか講道館および大日本武徳会で永岡秀一・佐村嘉一郎両範士の指導を仰ぎ、1917年9月付で講道館入門。