馬越 嘉彦(うまこし よしひこ、1968年7月30日 - )… 馬越 嘉彦(うまこし よしひこ、1968年7月30日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。フリーランス。愛媛県越智郡伯方町(現・今治市伯方町)出身。 東京アニメーター学院からムッシュオニオンにアニメーターとして入社。スタジオコクピットに移籍後、1992年の『スーパービックリマン』第12話「ボアボアの地下迷宮」で初の作画監督を担当。1994年のOVA『グラップラー刃牙』で初めてキャラクターデザインを担当。 その後、朝日放送テレビ制作日曜朝8時30分枠のアニメで『ママレード・ボーイ』『ご近所物語』『花より男子』でキャラクターデザイン、『おジャ魔女どれみ』シリーズのキャラクターコンセプトデザインをそれぞれ手掛けた。
近藤 勝也(こんどう かつや、1963年6月2日 - )は、… 近藤 勝也(こんどう かつや、1963年6月2日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、イラストレーター、漫画家。愛媛県新居浜市出身。長野県在住。 スタジオあんなぷる、スタジオジブリを経て現在はフリー。 圧倒的な画力、魅力的な表情、生き生きとしたキャラクターたちの動きでスタジオジブリ作品の輝きを支えるアニメーターの1人。劇場アニメーションを中心に様々な作品に参加し、特にジブリ作品では中心スタッフとして長年活躍。 2Dアニメーションがメインだが、2014年の『山賊の娘ローニャ』ではセルルックの3DCG、2020年の『アーヤと魔女』ではフル3DCGのキャラクターデザインに挑戦している。
うつのみや 理(うつのみや さとる、1959年4月17日 -… うつのみや 理(うつのみや さとる、1959年4月17日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ演出家。愛媛県松山市出身。 テレコム・アニメーションフィルム→エイトバイテン→マッドハウス→スタジオジュニオを経てフリー。大阪府立西野田工科高等学校デザイン科卒業。別名義は、宇都宮智、うつのみやさとる。 子供のときから絵を描くのが好きで、『白蛇伝』など東映動画の初期の長編アニメをテレビで見た影響でアニメ好きでもあったという。高校生のときにはアニメ研究会に所属し、少林寺拳法にも打ち込んでいたという。 高校卒業後、1982年にテレコム・アニメーションフィルムに見学しに行き、大塚康生に絵を見てもらい入社する。
眉月 はるな(まゆづき はるな、1951年9月12日 - )… 眉月 はるな(まゆづき はるな、1951年9月12日 - )は、日本の漫画家・アニメーター。愛媛県宇和島市出身。 1967年に上京し、荘司としおに師事。1969年、少年画報(少年画報社)よりデビュー。1970年、週刊少年ジャンプに初の連載『アニマル球場』を発表。その後も同誌に作品を幾つか連載・掲載する。1971年1月、『セブン・グループ』の仲間とともに『セブン・プロダクション』を設立。アニメーターとしては東京ムービー作品の動画を手掛けている。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
楠葉 宏三(くすば こうぞう、1947年 - 2018年3月… 楠葉 宏三(くすば こうぞう、1947年 - 2018年3月20日)は、日本の男性アニメーション作家、監督。愛媛県宇和島市出身。 1971年、東京ムービーに入社。日本アニメーションに移籍後、1981年に『フーセンのドラ太郎』で監督デビュー。『世界名作劇場』シリーズの中期から後期の作品を担当し、シリーズ最多7本の監督を務める。2004年よりフリーランス。 2005年4月からリニューアルした『ドラえもん (2005年のテレビアニメ)』の総監督に就任し、2012年まで務めた。以降はテレビシリーズの各話絵コンテ・演出を多数手がけている。『映画ドラえもん のび太の恐竜2006』では総監督として外部打ち合わせや制作現場の環境整備などに務め(実制作のほとんどは監督の渡辺歩に任せっきりだったという)、原作漫画を上手く脚本に置き換える作業などを行った。
明比 正行(あけひ まさゆき、1937年3月17日 - )は… 明比 正行(あけひ まさゆき、1937年3月17日 - )は、日本のアニメーション演出家、映画監督。 愛媛県松山市出身。9人兄弟の三男として生まれるが、兄弟は若くして全員亡くなったという。 日本大学芸術学部文芸学科卒業。同郷の佐伯清の伝手を頼り、1959年に東映に入社。東京撮影所にて佐伯清、渡辺祐介、石井輝男、今井正らの下で助監督(サード、フォース)を務める。 映画産業の斜陽化に伴い、1964年に東映動画(現:東映アニメーション)に転籍する。転籍組の同期に日大の先輩であった久岡敬史や京都撮影所から移ってきた田宮武、勝間田具治らがいる。 アニメ初仕事となった『狼少年ケン』では山本寛巳の助手に就くが、山本が組合運動のためにしばしば会社を抜け出していたため、明比が仕事を肩代わりするようになり、第46話「ジャングルの友情」で早くも演出として一本立ちする。
真鍋 博(まなべ ひろし、1932年7月3日 - 2000年… 真鍋 博(まなべ ひろし、1932年7月3日 - 2000年10月31日)は、日本のイラストレーター、アニメーター、エッセイスト。日本SF作家クラブ会員。 愛媛県宇摩郡別子山村(現・新居浜市)にて村の助役の家庭に生まれ、3歳のとき父の住友金属鉱山入社に伴い新居郡中萩村(現・新居浜市)に転居。 愛媛県立新居浜西高等学校を経て、1954年、多摩美術大学油画科卒業後、東京都の教員(地方公務員)として採用され港区立赤坂中学校に美術教師として勤務。多摩美術大学大学院美術研究科修了。 当初は油彩画が活動の中心であった。抽象的で洗練された画風を得意とし、星新一、筒井康隆などのSF小説の挿絵を多く描いた。特に、星新一については名コンビと称され、『悪魔のいる天国』のように、版が変わるごとに新たに多数のイラストを書きおろすようなこともやっている。