山本 浩貴(やまもと ひろき、1992年 - )は、日本の小… 山本 浩貴(やまもと ひろき、1992年 - )は、日本の小説家、デザイナー、批評家、編集者。いぬのせなか座主宰。 愛媛県出身。早稲田大学文学部卒業、東京大学大学院学際情報学府文化・人間情報学コース修士課程修了。 愛光高等学校在学中の2009年に「黒い眼球」で第2回高校生のための近畿大学文芸大賞の大賞受賞。 主なデザインとして『Quick Japan』159号~167号のアートディレクターを担当。 また2022年まで早稲田文学編集室に勤務し、「金井美恵子なんかこわくない」(『早稲田文学』2018年春号)、「価値の由来、表現を支えるもの──経済、教育、出版、労働……」(『早稲田文学2020年冬号』)、「ホラーのリアリティ」(『早稲田文学2021年秋号』)などの特集を企画・編集した。
山根 真(やまね まこと、1990年 - )は、日本の編集者… 山根 真(やまね まこと、1990年 - )は、日本の編集者、文筆家。 1990年、鳥取県生まれ。愛光高等学校、慶應義塾大学を卒業後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院修士課程修了。銀行勤務などを経て、月刊『WiLL』編集部および『デイリーWiLL』編集長を務める。2019年1月よりインターネットテレビ版『WiLL増刊号』(後にデイリーWiLLに改称)において、トーク番組の進行役を務めている。 『WiLL : マンスリーウイル』 (155) 84-87, 2017-11 『WiLL : マンスリーウイル』 (190) 290-293, 2020-10
永易 至文(ながやす しぶん、1966年 - )は、日本の著… 永易 至文(ながやす しぶん、1966年 - )は、日本の著述家、人権活動家、行政書士、編集者。本名は「至文」を「ゆきふみ」と読む。1988年に「動くゲイとレズビアンの会」(現・アカー)に参加し、東京都青年の家事件において東京都と戦った。NPO法人「パープル・ハンズ」事務局長。2000年代から性的少数者の老後問題に取り組み、様々なサポートを行っている。 愛媛県新居浜市出身。海沿いの農村地帯に生まれた。祖父は豆腐屋を営んでいた。四国にいたときの楽しみはラジオで北京放送を傍受することであった。一時期、毛沢東に傾倒する。高校卒業後、大阪の予備校に1年間通い、1986年4月に東京大学に入学した。 1988年5月、大学で行われた「動くゲイとレズビアンの会」(現・アカー)の講演会に出席。
岡本 呻也(おかもと しんや、本名:伸也、1965年3月8日… 岡本 呻也(おかもと しんや、本名:伸也、1965年3月8日 - 2016年3月3日)は、日本の雑誌編集者、ライター。経済、歴史、仏教などを題材として手がける。 愛媛県生まれ。早稲田大学卒業後、1987年プレジデント社に入社し、1993年から1997年まで月刊誌『プレジデント』を担当。『フィナンシャルジャパン』の編集長を務めるも辞任。「人間力ラボ」を設立。 ネット上では、同郷の元巡査部長・仙波敏郎についての言及も多い。彼の半生をテーマにした『正義の人』というシナリオ形式の文芸作品もネット上に発表した。「単なる手抜き」と謙遜しながらも、シナリオ形式の「余分な心理描写をしなくてよい」という文体上の利点に注目している。
木村 浩嗣(きむら ひろつぐ、1962年2月22日- )は、… 木村 浩嗣(きむら ひろつぐ、1962年2月22日- )は、愛媛県松山市出身のサッカー指導者、スポーツライター、雑誌編集者。 愛媛県立松山東高等学校、中央大学法学部卒業後、編集プロダクションを経て、日経ホーム出版社(2008年、日経BPに合併)に編集者として勤務。1994年に退職し、スペインのサラマンカに渡る。語学学校に通い、スペイン語での指導資格を得る。1996年に教育省公認スペイン語検定上級合格。サッカー選手の経験は全くなかったが、1998年にスペインサッカー連盟公認のコーチライセンスNIVEL I、1999年には同NIVEL IIを取得し、8シーズンにわたり少年チームを指導。スペインサッカー連盟カスティーリャ・イ・レオン州監督委員会員も務めた。
近藤 勝重(こんどう かつしげ、1945年 - 2024年5… 近藤 勝重(こんどう かつしげ、1945年 - 2024年5月10日)は、日本のジャーナリスト、編集者、コラムニスト。サンデー毎日編集長、毎日新聞客員編集委員を務めた。 愛媛県新居浜市出身。愛媛県立西条高等学校、早稲田大学政治経済学部を卒業した。愛媛県を放送対象地域に定めている南海放送の記者を経て、1969年に毎日新聞へ入社した。 毎日新聞大阪本社社会部への配属後は、警察担当記者を10年ほど務めた後に、遊軍記者として1980年代に関西で頻発した大事件(グリコ・森永事件や豊田商事事件など)を取材した。また、関西の芸能・文化に対する造詣が深く、「大阪スペクタクル」(三省堂)「やすし・きよしの長い夏 ― 大阪狂騒曲」(新潮社)「笑売繁盛 ― よしもと王国」(毎日新聞社)などを著した。
篠原 梵(しのはら ぼん、1910年4月15日 - 1975… 篠原 梵(しのはら ぼん、1910年4月15日 - 1975年10月17日)は、愛媛県出身の俳人、編集者・出版者。伊予郡南伊予村(現・伊予市)生。本名・敏之(としゆき)。俳号「梵」は郷里の松山で男の子のことを「ボン」と呼んだことによるという。 旧制松山高等学校を経て、1934年、東京大学文学部国文学科を卒業。1938年、中央公論社に入社。戦中の1944年、退職して郷里の愛媛青年師範学校で教師をしていたが、1948年に中央公論社に復職、「中央公論」編集長、同社出版部長、取締役を経て中央公論事業出版専務に就任。その後同社の社長に就任し、丸の内出版社の社長も兼任した。出版人として毎日出版文化賞、広告電通賞などを受賞している。
曽我 鍛(そが きたう/きとう、1879年(明治12年)7月… 曽我 鍛(そが きたう/きとう、1879年(明治12年)7月15日 - 1959年(昭和34年)12月28日)は、日本の編集者、作家、記者。通称はきたえ。号は正堂、黄塔、鬼塔、青銅散士など。 1879年7月15日、愛媛県西宇和郡布喜川村(現在の西予市三瓶町鴫山)に生まれる。1901年旧制松山中学校卒業、1905年7月早稲田大学文学部卒業。同年9月に帝国大学史料編纂係となる。1906年帝国大学編纂係を依願退職、同年3月に三井家史料編纂の嘱託となる。1911年、病気療養のため三井家史料編纂嘱託を依願退職、帰郷する。帰郷後、療養中に双岩村の委嘱により村誌編集にあたる。 1913年4月、伊予日々新聞(柳原極堂経営)の主筆となる。
押川 春浪(おしかわ しゅんろう、1876年3月21日 - … 押川 春浪(おしかわ しゅんろう、1876年3月21日 - 1914年11月16日)は、日本の作家(冒険小説、SF、武侠小説)、編集者。愛媛県松山市出身、本名は方存(まさあり)。冒険小説のジャンルを定着させ、雑誌『冒険世界』『武侠世界』で主筆を務めて多くの後進の作家、画家育成に尽力した。 松山市生まれ。父は牧師でNHK朝の連続テレビ小説『はね駒』の主人公の恩師・松浪毅のモデルとなった押川方義。弟押川清は日本のプロ野球創始者として知られる。 生後8か月で、新潟で伝道を行っていた父に母とともに呼び寄せられる。1878年(明治11年)、1879年(明治12年)と続いた新潟大火のため、方義は伝道地を仙台に移し、同行。