大久保 花梨(おおくぼ かりん、1997年12月22日 - … 大久保 花梨(おおくぼ かりん、1997年12月22日 - )は、佐賀県鳥栖市出身の女子競輪選手。現姓、坂本。日本競輪選手会福岡支部所属、ホームバンクは久留米競輪場。選手登録番号15231。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第112期生。師匠は藤田剣次(85期)。 両親がともに警察官であり柔道をやっていた縁で、自身も4歳から柔道を始める。柔道はのちに嫌気が差してしまい辞めたが、中学生になると、弟が行ったラグビー体験教室について行った流れで、ラグビーをやっていた。 中学3年生のとき、母親が営んでいる整骨院に小林優香の祖母が来院。その時母親が小林優香の祖母からガールズケイリンを勧められたことで、両親からガールズケイリンを勧められる。
吉原 菜那(よしはら なな、1997年12月9日 - )は、… 吉原 菜那(よしはら なな、1997年12月9日 - )は、佐賀県出身の元女子競輪選手。 現役時代は日本競輪選手会佐賀支部所属、ホームバンクは武雄競輪場。 日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第112期生。 師匠は三槻智清(80期)。 県内有数の進学校である佐賀県立武雄高等学校を卒業。 幼いころから様々なスポーツに親しみ、学校でおこなわれる新体力テスト(スポーツテスト)では、全国1位を取ったことが数回あるという。 サッカー部に所属していた高校生のとき、後輩の父親がのちの師匠となる競輪選手の三槻智清だった縁で競輪観戦に行き、自転車競技に魅了され、ガールズサマーキャンプを経て競輪選手を志したという。
山口 優衣(やまぐち ゆい、1995年4月13日 - )は、… 山口 優衣(やまぐち ゆい、1995年4月13日 - )は、佐賀県出身の元女子競輪選手。日本競輪選手会佐賀支部所属、ホームバンクは武雄競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第108期生。師匠は原司(70期)。 佐賀龍谷高校出身。中学生のとき家族とともに武雄競輪場で競輪観戦し、自転車に興味を持ち、またガールズケイリンの存在も知って競輪選手になることを志し、高校で自転車部に入部したという。 2013年12月20日、競輪学校第108回技能試験に合格。在校競走成績は14位(0勝)。 2015年7月6日、大垣競輪場でデビューし7着。初勝利は2016年3月14日の京王閣競輪場で挙げた。 2019年7月11日引退。
小林 優香(こばやし ゆうか、1994年1月18日 - )は… 小林 優香(こばやし ゆうか、1994年1月18日 - )は、佐賀県鳥栖市出身の女子競輪選手、元自転車競技選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第106期生。日本競輪選手会福岡支部所属、ホームバンクは久留米競輪場。 母親はバレーボールの元実業団選手 で、この影響を受けて自身も幼少の頃からバレーボールに取り組み、熊本市立必由館高等学校時代には2010年に行われた全国高等学校総合体育大会バレーボール競技大会(インターハイ)に出場した経験を持つ。 しかし、垂直跳びの記録が60cmを越す にもかかわらず、身長が164cmとバレーボール選手としては小柄なためポジションは跳躍力をさほど必要としないセッターやリベロに限られていた。
豊岡 哲生(とよおか てつお、1986年10月14日 - )… 豊岡 哲生(とよおか てつお、1986年10月14日 - )は日本の競輪選手。佐賀県伊万里市出身。日本競輪学校第93期生。日本競輪選手会東京支部に所属。ホームバンクは京王閣競輪場。豊岡弘(日本競輪学校第69期生)は叔父。
兵動 秀治(ひょうどう ひではる、1979年8月10日 - … 兵動 秀治(ひょうどう ひではる、1979年8月10日 - )は、佐賀県出身の競輪選手。元プロ野球選手(内野手)だった。
佐々木 浩三(ささき こうぞう、1962年5月23日 - )… 佐々木 浩三(ささき こうぞう、1962年5月23日 - )は、元競輪選手。現役時代は日本競輪選手会佐賀支部所属、ホームバンクは武雄競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第50期生。師匠は次兄である佐々木昭彦(43期)。 父、母、長兄の和徳(51期)、次兄の昭彦も元競輪選手、和徳の息子・翔一(93期)は競輪選手、という競輪一家で育つ。 龍谷高等学校を経て、競輪学校に第50期生として入学。 競輪学校卒業後の1982年11月6日、久留米競輪場でデビューし、初勝利を挙げた。 1985年から特別競輪(現在のGI)に参加実績があり、過去に特別競輪で2回の決勝進出歴がある。 兄二人は先に引退したが、浩三自身は還暦を迎えてさらに現役を続けた。
佐々木 昭彦(ささき あきひこ 1960年1月7日 - )は… 佐々木 昭彦(ささき あきひこ 1960年1月7日 - )は、元競輪選手。佐賀県武雄市出身。日本競輪学校第43期卒業。現役時は日本競輪選手会佐賀支部所属。師匠は西村康博。初出走は1979年4月13日の防府競輪場で初勝利も同日。 父母のみならず、兄(佐々木和徳、51期)、弟(佐々木浩三、50期)も元競輪選手、和徳の息子・翔一(93期)は競輪選手という競輪一家に生まれ育つ。 佐賀武雄高校在学中はインターハイ、国体等で活躍。1978年には日本競輪学校に入学し第43期生となる。競輪学校時代の同期には、在校1位の北村徹、高校時代はバレーボールの選手から適性試験で入学し後に佐々木の親友となる滝澤正光、佐々木とは高校時代同級生であった小川博美、社会人野球出身の富原忠夫などがおり、43期は例年になくハイレベルという評判が持ち上がり、みな競輪選手になってからもその期待通りの活躍をしていた。
西村 康博(にしむら やすひろ、1950年12月20日 - … 西村 康博(にしむら やすひろ、1950年12月20日 - )は、元競輪選手。現在の佐賀県杵島郡白石町出身。日本競輪学校第27期卒業。日本競輪選手会佐賀支部所属。師匠は杉野貞男。初出走は1970年2月14日の久留米競輪場で初勝利は同日。