畑山浩昭(はたやま ひろあき、1962年 - )は、日本の英… 畑山浩昭(はたやま ひろあき、1962年 - )は、日本の英語学者。専門はレトリック学、批評理論。桜美林大学第5代学長。 1962年鹿児島県生まれ。鹿児島県立鹿屋高等学校卒。1985年、桜美林大学文学部英語英米文学卒業。鹿児島県立高校教諭を経て、1994年、ノースカロライナ大学シャーロット校(en:University of North Carolina at Charlotte)大学院修士課程修了、修士(MA:文学)。2001年、ノースカロライナ大学グリーンズボロー校(en:University of North Carolina at Greensboro)大学院博士課程修了、博士(PhD:文学)。
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窪薗 晴夫(くぼぞの はるお、1957年〈昭和32年〉3月-… 窪薗 晴夫(くぼぞの はるお、1957年〈昭和32年〉3月- )は、日本の言語学者。専門は音声学・音韻論。国立国語研究所名誉教授。 英語への興味から研究生活を始めたものの、イギリス留学時代の「母語である日本語のことをほとんど知らない」という体験によって、日本語への探求へと研究対象を変えてゆくこととなる。日本語のピッチアクセント、連濁、促音、イントネーションの研究などで有名。近年は母方言である鹿児島方言の調査や借用語の促音挿入問題を中心に、言語接触による言語変化についての研究を行っている。一般向けの著作も多数あり、国際学会なども積極的に開催している。 鹿児島県薩摩川内市出身。 1975年鹿児島県立川内高等学校卒業。
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植田 康成(うえだ やすなり、1948年5月25日 - )は… 植田 康成(うえだ やすなり、1948年5月25日 - )は、日本の言語学者・ドイツ語教育学者。 出身は鹿児島県大島郡徳之島。神戸大学文学部哲学科(西洋哲学専攻)卒業後、広島大学大学院文学研究科修士課程ドイツ語学・ドイツ文学専攻修了。千葉大学人文学部助手・講師、九州大学教養部助教授を経て、広島大学文学部助教授(ドイツ語学)、教授(ドイツ語学)。組織替えにより、1997年より広島大学文学部教授(言語学)。さらに2001年の組織替えより広島大学大学院文学研究科教授(言語文化学)。2012年度をもって退職。カール・ビューラー研究の第一人者として知られ、過去数回にわたってオーストリア共和国グラーツ大学におけるカール・ビューラーの遺稿整理プロジェクトに参加。
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根本 道也(ねもと みちや、1934年 - )は、日本のドイ… 根本 道也(ねもと みちや、1934年 - )は、日本のドイツ語学者・ドイツ文学者。九州大学名誉教授。 1934年、鹿児島県鹿児島市で生まれた。九州大学文学部独文科で学び、卒業。同大学大学院修士課程を修了。 その後は福岡女子大学講師に就いた。後に助教授昇格。その後、九州大学教養部教授となった。1998年に九州大学を定年退官し、名誉教授となった。 専門は、ドイツ語語彙論、ドイツ・ロマン派文学。
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児玉 仁士(こだま ひとし、1931年11月28日 - 20… 児玉 仁士(こだま ひとし、1931年11月28日 - 2021年2月8日)は日本の英語学者、フリジア語学者。獨協大学名誉教授。 鹿児島県薩摩川内市出身。1955年青山学院大学文学部卒業。大学卒業後、東京都品川区立伊藤中学校(現在の義務教育学校品川区立伊藤学園)非常勤講師を経て独協高校にて教鞭をとり始める。当時の独協高校の校長は天野貞祐。1966年青山学院大学大学院修士課程修了。文学修士。指導教授は鈴木重威。修士課程修了後の1966年から獨協大学講師・助教授・(大学院兼任)教授を勤めた。その間、ケンブリッジ大学にて古・中期英語を、フローニンゲン大学でフリジア語を研究。2001年退任。 1990年代から、フリースラント州レーワルデンに毎年通うなどフリジア語の研究を続け、1992年に日本で初めての『フリジア語文法』を、2004年に『フリジア語辞典』、そして2015年に『日本語フリジア語辞典』を上梓した。
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森重 敏(もりしげ さとし、1922年10月15日 - 20… 森重 敏(もりしげ さとし、1922年10月15日 - 2007年5月28日)は、日本の国語学者、国文学者、奈良女子大学名誉教授。 鹿児島県鹿児島市生まれ。1945年京都帝国大学国文科卒。京都女子大学助教授、奈良女子大学助教授、教授、1986年定年退官、名誉教授、天理大学教授、1996年退任。 1999年、勲三等旭日中綬章を受章。2007年5月28日、肺癌のため死去。没後正四位叙勲。
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山元 卯一郎(やまもと ういちろう、1915年(大正4年)1… 山元 卯一郎(やまもと ういちろう、1915年(大正4年)1月24日 - 2014年(平成26年)1月31日)は、日本の英語学者、言語学者。横浜市立大学名誉教授。 鹿児島県川辺郡知覧町(南九州市)出身。1927年3月鹿児島市立清水尋常小学校卒業。1931年3月鹿児島県立第一鹿児島中学校(鹿児島県立鶴丸高等学校の前身)四年修了。1934年3月第七高等学校造士館文科卒業。1937年東京帝国大学文学部英文学科卒業。福岡県立門司中学校(福岡県立門司高等学校の前身)教諭、福岡県立福岡中学校(福岡県立福岡高等学校の前身)教諭を経て、1943年6月陸軍招集、1945年11月復員。1947年6月18日より岡崎高等師範学校教授、1949年8月20日より名古屋大学助教授兼任。
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上村 孝二(かみむら たかじ、1908年(明治41年)3月1… 上村 孝二(かみむら たかじ、1908年(明治41年)3月14日 - 1996年(平成8年)3月25日)は、日本の国語学者・方言学者。九州の方言学における重鎮だった。文学博士。鹿児島大学名誉教授。 1908年、佐賀県武雄町で出生。本籍は鹿児島県上甑村(甑島列島、現在の薩摩川内市の一部)。生後すぐ母が亡くなったこともあり、上甑村中甑の上村家の養子となった。同村の中津尋常高等小学校を経て、1925年(大正14年)に本土の鹿児島県立川内中学校 (旧制)を卒業。 旧制中学卒業後に帰郷し、上甑村の江石尋常高等小学校で1年間代用教員を務めた。その後、九州帝国大学法文学部国文学科に入学して学び、1933年3月に卒業。
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