金子 瑛美(かねこ てるみ、1991年6月19日 - )は、… 金子 瑛美(かねこ てるみ、1991年6月19日 - )は、埼玉県出身の、日本の柔道選手である。階級は57kg級。身長162cm。血液型はAB型。組み手は右組み。得意技は大内刈。自衛隊体育学校の所属。現姓は大辻。 柔道は5歳の時に五十嵐道場で始めた。淑徳中学3年の時に全国中学校柔道大会の個人戦52kg級で3位、団体戦でも3位になった。淑徳高校3年の時にはインターハイの個人戦57kg級で3位、団体戦では1年後輩の太田晴奈などとともに活躍して2位となった。全日本ジュニアでは優勝を飾った。 2010年には埼玉大学へ進学すると、全日本ジュニアでは3位にとどまり2連覇はならなかったが、学生体重別では決勝で筑波大学3年の牧志津香を破って1年生にして優勝を飾った。
大辻 康太(おおつじ こうた、1990年8月4日 - )は、… 大辻 康太(おおつじ こうた、1990年8月4日 - )は、兵庫県播磨町出身の、日本の柔道選手である。組み手は左組み。得意技は背負投。階級は90 kg級。 柔道は小学校2年の時に播磨町柔道倶楽部で始めた。二見中学から桐蔭学園高校へ進むと、3年の時にインターハイ73kg級に出場するも、3回戦で敗れた。なお、高校時代の同期には西山大希がいた。2009年に埼玉大学へ進学すると、4年の時には学生体重別で優勝を飾った。この際に、先々に攻める柔道スタイルから繰り出される大内刈や小内刈はスピードがあり、また、背負投や一本背負投に入るタイミングもうまいと評された。2013年には日本エースサポート所属となった。81kg級ながら関東予選で優勝を果たして全日本選手権に出場するものの、初戦で綜合警備保障の小林大輔に合技で敗れた。
國原 頼子(くにはら よりこ、1985年11月20日 - )… 國原 頼子(くにはら よりこ、1985年11月20日 - )は、日本の女子柔道選手。階級は70キロ級。身長170cm。得意技は背負投。組み手は右組み。段位は参段。血液型はB型。埼玉大学大学院教育学研究科修了。元自衛隊体育学校所属。 新潟県中蒲原郡亀田町(現新潟市江南区)出身。8歳の時に黒埼柔道連盟で柔道を始めた。黒埼中学2年の時に全国中学校柔道大会の56kg級で3位、3年の時には57kg級で3位となった。淑徳高校に進むと、3年の時には金鷲旗で同級生の西田優香や池田ひとみなどとともに活躍して優勝を果たした。 2004年に淑徳大学へ進むと、3年の時には学生体重別の70kg級で優勝した。4年の時には体重別で初優勝を飾るも、世界選手権代表には選ばれなかった。
新改 七星(しんかい なほし、1981年4月6日 - )は兵… 新改 七星(しんかい なほし、1981年4月6日 - )は兵庫県出身の日本の柔道家。63kg級の選手。身長170cm。組み手は右組み。得意技は内股。 柔道は8歳の時に青雲塾で始めた。夙川学院中学3年の時に全国中学校柔道大会の52kg級で2位になった。夙川学院高校1年の時には全国高校選手権の57kg級で優勝を飾った。2年の時には全国女子体重別63kg級の決勝で埼玉大学4年の山田真由美を内股の効果で破って、高校2年ながらシニアの全国大会で優勝を成し遂げた。全国高校選手権では70kg級で勝利を収めて前回の57kg級に続いて2階級制覇を達成した。但し、70kg級での出場は今回限りだった。なお、同級生の八代谷優子は63kg級で連覇を果たした。
吉澤 穂波(よしざわ ほなみ、1980年1月24日 - )は… 吉澤 穂波(よしざわ ほなみ、1980年1月24日 - )は埼玉県出身の日本の柔道家。63kg級の選手。身長163cm。組み手は左組み。得意技は内股。 柔道は9歳の時に男衾柔道クラブで始めた。寄居中学から常磐高校へ進むと、2年の時には全国高校選手権の63kg級決勝で湊川女子高校2年の前田桂子に豪快な内股で投げられて2位にとどまった。 埼玉大学へ進むと、1年の時には正力杯で決勝まで進むも、大学の3年先輩となる山田真由美に敗れて2位だった。4年の時には正力杯で優勝を飾った。また、優勝大会では同級生である70kg級の古賀幸恵などとともに活躍して優勝を飾った。全国女子体重別と福岡国際でも3位に入った。2002年には埼玉大学の大学院へ進んだ。
古賀 幸恵(こが ゆきえ、1979年11月20日 - )は福… 古賀 幸恵(こが ゆきえ、1979年11月20日 - )は福岡県出身の日本の柔道家。現役時代は70kg級の選手。身長170cm。
栗原 美幸(くりはら みゆき、1979年7月4日 - )は埼… 栗原 美幸(くりはら みゆき、1979年7月4日 - )は埼玉県出身の日本の柔道家。78kg級の選手。身長は160cm。得意技は払腰。 柔道は10歳の時に始めた。埼玉栄高校2年の時にインターハイの団体戦準決勝で湊川女子高校と対戦すると、古賀幸恵に大外刈で敗れて3位にとどまった。高校選手権の72kg級では3位になった。 1998年にはコマツの所属となると、全日本ジュニアの78kg級で3位になった。2000年の全日本選手権では予想外の活躍で準決勝まで進むも、埼玉大学3年の古賀幸恵に内股で敗れたが3位入賞を果たした。実業個人選手権では決勝で住友海上の吉田亜沙美に敗れた。アメリカ国際の78kg級では2位だったが、無差別では優勝を飾った。
森島 直美(もりしま なおみ、1978年9月26日 - )は… 森島 直美(もりしま なおみ、1978年9月26日 - )は京都府出身の日本の柔道家。78kg級の選手。身長174cm。 桂中学から京都学園高校へ進むと、1年の時に全国高校選手権72kg級で2位となった。2年の時も決勝まで進むが、小杉高校の田上貴子から大内刈で技ありを先取しながら、勢いあまって田上の下になってしまったために崩袈裟固で抑え込まれて逆転負けを喫した。3年の時には世界ジュニア代表選考会で優勝するが、世界ジュニアでは初戦で敗れた。1997年に埼玉大学に進学すると、1年の時にハンガリー国際の78kg級で優勝した。2年の時には優勝大会では4年生の天尾美貴や1年生の古賀幸恵とともに活躍して、決勝では筑波大学との国立大学同士の対戦を制して、国公立大学では初となる今大会での優勝を勝ち取った。
野瀬 英豪(のせ えいごう、1978年7月7日 -)は埼玉県… 野瀬 英豪(のせ えいごう、1978年7月7日 -)は埼玉県浦和市(現:さいたま市)出身の日本の柔道家。現役時代は81kg級の選手。身長は177cm。得意技は内股、腕挫十字固。 父親はロサンゼルスオリンピック86kg級銅メダリストである野瀬清喜。大久保中学から桐蔭学園高校へ進んだ。 2年の時にハワイでの合宿に参加した際に、ロサンゼルスオリンピック78kg級銀メダリストであるイギリスのニール・アダムスに十字固を伝授された。それまでは寝技を一切やってこなかったが、十字固を身に付けたことで技の幅が広がったという。 3年の時には井上康生率いる東海大相模高校を神奈川県予選で破ると、インターハイでも決勝で国士舘高校を破って優勝を果たした。
岡崎 綾子(おかざき あやこ、1977年11月30日 - )… 岡崎 綾子(おかざき あやこ、1977年11月30日 - )は、島根県益田市出身の女子柔道選手(五段)。元全日本女子B指定選手。得意技は内股。
天尾 美貴(あまお みき、1976年8月22日 -)は新潟県… 天尾 美貴(あまお みき、1976年8月22日 -)は新潟県西蒲原郡出身の日本の柔道家。現役時代は70kg級の選手。身長164cm。得意技は内股、大内刈。
武田 淳子(たけだ あつこ、1975年4月28日 -)は、神… 武田 淳子(たけだ あつこ、1975年4月28日 -)は、神奈川県横須賀市出身の日本の柔道家。現役時代は52kg級および57kg級の選手。現在は三浦学苑高校女子柔道部監督を務めている。 小学校2年の時に父親に勧められて柔道を始めた。大津中学から日大藤沢高校に進学すると、1年の時に全国高校選手権52kgで優勝を果たした。2年の時にはインターハイ女子団体戦で3位入賞を飾った。さらに全日本女子柔道強化選手選考会で3位となり、福岡国際代表に選ばれるが3回戦で敗れた。1994年には埼玉大学に進学すると、5月の体重別で初優勝を飾った。しかし、10月の広島アジア大会では決勝で韓国の玄淑姫に合技で敗れて2位に終わった。
長井 淳子(ながい あつこ、1974年1月14日 - )は、… 長井 淳子(ながい あつこ、1974年1月14日 - )は、日本の柔道家。埼玉県上尾市出身。身長155cm。階級は48kg級、得意技は大外刈、内股。婚姻後の氏名は中村 淳子。なお、66kg級と70kg級で活躍していた佐野奈津子とはいとこにあたる。 柔道は早稲田大学時代に全日本学生柔道優勝大会などで活躍していた父親が指導員を務めていた上尾市柔道教室で、2歳上の姉の亮子に次いで始めた。小学校2年の時だった。上尾市立東中学校時代は軟式テニスに夢中になった。高校では柔道とテニスどちらを選択するか迷ったものの、姉が全国大会で活躍していた事などにも触発されて柔道を選んだ。柔道の強豪校として知られる埼玉栄高校から熱心に勧誘されたものの、上尾高校に進学することを決めた。
石橋 千里(いしばし ちさと、1973年8月15日 -)は、… 石橋 千里(いしばし ちさと、1973年8月15日 -)は、東京都豊島区池袋出身の日本の柔道家。現役時代は66kg級の選手。身長166cm。段位は四段。現姓は通場。 小学校4年の時にロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲得した山下泰裕をテレビで見て柔道に興味を抱き、自宅近くにあった山口香の出身道場として知られる豊道館西村道場で柔道を始めることになった。池袋中学から修徳高校に進むと、1年の時に全国高校選手権66kg級で3位となった。3年の時にはインターハイ団体戦と国体少年女子の部でそれぞれ3位になった。卒業後は埼玉大学で野瀬清喜の指導を受けたかったものの、弟の高校進学と重なったために断念して、埼玉大学とも交流のあるあさひ銀行所属となった。
北爪 弘子(きたづめ ひろこ、1971年9月8日 - )は、… 北爪 弘子(きたづめ ひろこ、1971年9月8日 - )は、群馬県の佐波郡赤堀町出身の日本の柔道家。身長155cm。現役時代は61kg級の選手。得意技は背負投、一本背負投。現姓は石川。 中学1年の時に親戚が経営している柔道の道場に入門を志すも、女人禁制を理由に断られたが毎日のように道場に日参したことで、師範が根負けして入門が許可されることになった。中学3年の時には強豪校の東中学に転向した。常磐高校に入学すると、1年の時には無差別で争われる金鷲旗の女子個人戦で3位となった。全国高校選手権では1年の時から2連覇を達成した。3年の時には強化選手選考会でも優勝を飾った。1990年に埼玉大学に進学すると、強化選手選考会で2連覇を達成した。
溝口 紀子(みぞぐち のりこ、1971年7月23日 - )は… 溝口 紀子(みぞぐち のりこ、1971年7月23日 - )は、日本の柔道家。学位は博士(学術)(東京大学・2015年)。公益財団法人全日本柔道連盟評議員、日本武道学会評議員。
鈴木若葉(すずき わかば、1970年6月13日 - )は、埼… 鈴木若葉(すずき わかば、1970年6月13日 - )は、埼玉県富士見市出身の日本の柔道家。 小学校2年の時に柔道を始める。中学の時から全日本体重別の48キロ級では上位に位置するも、一つ下のライバルである江崎史子に勝てず代表にはなれず。川越女子高等学校から埼玉大学に進学するが、オーバートレーニングの影響などもあって、52キロ級に階級を変更する。その後、埼玉大の大学院に入学した1993年に、バルセロナオリンピック銀メダリストで大学の1つ後輩である溝口紀子に見事な一本勝ちをして同年の世界選手権代表に選ばれる。世界選手権では前年のオリンピック覇者のアルムデナ・ムニョスに敗れるが、1987年世界選手権の覇者で試合巧者のシャロン・レンドルに競り勝ち3位となる。
田中 秀昌(たなか ひでまさ)は、日本の柔道家。 神奈川県横… 田中 秀昌(たなか ひでまさ)は、日本の柔道家。 神奈川県横浜市に生まれ、4歳で柔道を始める。桐蔭学園高校を経て、埼玉大学に進学。大学時代に初めて全国大会への出場を果たす。大学卒業後は横浜市の教員として、2001年より市立奈良中学で体育教師を、2003年より同校柔道部顧問を務めた。 教員としての日常に忙殺され、田中曰く「自分の柔道の練習は月に2-3回」という環境ながらも現役生活も続け、2001年の講道館杯で3位入賞。翌02年11月の同大会では優勝を果たし自身初の全日本チャンピオンとなると、続く03年1月の嘉納杯と同年4月の全日本選抜体重別選手権でも3位入賞という好成績を残し、アテネオリンピックの73kg級の代表候補の1人となった。