スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
山上 信吾(やまかみ しんご、1999年9月21日 - )は… 山上 信吾(やまかみ しんご、1999年9月21日 - )は、群馬県太田市出身のプロ野球選手(投手・内野手)、野球指導者。右投右打。NPBでは育成選手だった。 太田市立綿打小学校では小学1年生時に第88回全国高等学校野球選手権大会決勝をテレビで観戦し、同じ太田市出身の斎藤佑樹に憧れ野球を始める。太田市立綿打中学校では投手兼外野手として軟式野球部に所属し、3年時には太田市選抜で全国3位に輝いた。 常磐高校進学後、1年秋からショートとしてベンチ入りし、2年春から本格的に投手に転向。2年秋にはエースとして群馬県大会ベスト8。3回戦の渋川高校戦で1試合17奪三振を記録し、注目を浴びる。3年春は県ベスト8入りするも、右上腕部を痛め登板が無く、3年夏の群馬県大会も調子を崩し、ベスト8まで進んだが、前橋育英高校戦で敗れた。
樺沢 和佳奈(かばさわ わかな、1999年3月24日 - )… 樺沢 和佳奈(かばさわ わかな、1999年3月24日 - )は、日本の女性陸上競技選手。長距離走。 前橋市立富士見中学校時代は全国中学校駅伝大会で2年次、3年次とも1区を走り同校は2年連続優勝を果たした。 常磐高等学校時代は1年次から全国高校駅伝に出場。1学年上の岡本春美とともに活躍し、1年次に3区を区間2位でチームは3位。2年次に2区を区間2位でチーム2位と上位進出に貢献。3年次はエース区間の1区を走るも和田有菜(長野東)、田中希実(西脇工)、加世田梨花(成田)らに遅れをとり区間9位。チームは10位と入賞を逃した。3年次の7月にはポーランドのブィドゴシュチュで開催されたU20世界陸上競技選手権大会 3000メートル競走に出場し、20位。
岡本 春美(おかもと はるみ、1998年2月7日 - )は、… 岡本 春美(おかもと はるみ、1998年2月7日 - )は、日本の陸上競技選手(中距離走・長距離走)である。豊田自動織機女子陸上競技部に所属。愛称は「はるたん」。父はブラジル系日本人、母はブラジル人である。 3人姉妹の末っ子。 群馬県太田市出身。太田市立南中学校では空手部に所属しており、2014年時点では空手2段であった。2012年の中学3年の時、群馬県中学駅伝大会にメンバーとして参加。2012年10月20日の太田市中体連駅伝大会では第5区を10’34で走り区間6位であった。同年11月10日第47回群馬県中学校総合体育大会女子駅伝競走大会では第5区(2.75km)を11’00で走り区間29位であった。
野口 諭実可(のぐち ゆみか、1992年7月28日 - )は… 野口 諭実可(のぐち ゆみか、1992年7月28日 - )は、群馬県出身の女子競輪選手。日本競輪選手会大分支部所属(当初は群馬支部所属)、ホームバンクは別府競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生。 幼い頃はゲームが好きなインドア派だったが、両親から勧められ空手を習ったことがスポーツを始めたきっかけであった。中学生になると水泳部へ入部、競泳では伊勢崎市佐波郡中学校春季水泳大会100m自由形で2位となった経歴を持つ。ただ、進学した常盤高校では部活はせず、いわゆる「帰宅部」だった。 高校卒業を控え進路を考えた時に、大学進学は毛頭になく自衛隊への入隊も考えていたが、元々父親が競輪ファンであり親子で競輪を観る機会が増えたこと、周囲がガールズケイリンが始まることを教えてくれたこと、そして野球部の顧問の先生も競輪ファンでトレーニングに付き合ってくれたこともあり、競輪選手を目指すことになった。
森 志乃 (もり しの、1989年8月18日 - ) は、日… 森 志乃 (もり しの、1989年8月18日 - ) は、日本のバレリーナ。 群馬県太田市出身。2008年秋から2018年春までの約9年半、カナダで活躍した。2017年夏まではトロントを拠点とするカナダ国立バレエ団に所属。2017年9月から2018年3月まではカルガリーを拠点とするアルバータ・バレエ団に所属していた。 双子の姉妹の一人として生まれる。1997年、小学2年生・8歳のとき山本禮子バレエ団附属研究所でバレエを習い始めた。常盤高等学校に1年生として在学中の2006年1月、16歳のとき、ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞を受賞。前年に続く二度目の挑戦だった。これにより奨学金を得て同年9月からカナダのナショナル・バレエ学校に留学する。
鈴木 悠里(すずき ゆうり、1987年 - )は、日本の陸上… 鈴木 悠里(すずき ゆうり、1987年 - )は、日本の陸上競技選手。2005年世界クロスカントリー選手権代表。岩手県出身。小学生のとき群馬県太田市に移住.母親の再婚のため、田中悠里に改姓。
堀越 愛未(ほりこし あいみ、1987年 - )は、日本の陸… 堀越 愛未(ほりこし あいみ、1987年 - )は、日本の陸上競技選手。2006年世界クロスカントリー選手権日本代表。3000mのベスト9分21秒53。 群馬県前橋市出身。前橋市立荒砥中学校から常磐高等学校に進学し、2004年の全国高等学校女子駅伝では3区区間3位の快走。翌年度の同大会でも3位入賞の立役者となった。2006年の福岡国際クロスカントリー大会でジュニア6kmに出場。興譲館高校の高島由香に競り勝ち、絹川愛(仙台育英高校)・野原優子(筑紫女学園高校)・大崎千聖(聖徳大聖徳高校)に次ぐ4位に入る。タイムは20分54秒であった。2006年3月20日には世界クロスカントリー選手権ジュニア6kmの代表に選出された。
杉町 マハウ(すぎまち マハウ、Mahau Sugimach… 杉町 マハウ(すぎまち マハウ、Mahau Sugimachi、ポルトガル語 : Mahau Camargo Suguimati , 1984年11月13日 - )はブラジルの陸上競技選手、専門は400mハードル。北京オリンピック男子400mハードルブラジル代表。ブラジル選手権400mHは2008年から2013年まで6連覇している。身長185cm、体重78kg。 1984年ブラジル中部のゴイアスで生まれる。父方の祖父が日本人の日系4世。 1992年に来日、足利市の小中学校を卒業後は常磐高等学校へ進学し茨城インターハイは走高跳で5位に入賞した。高校卒業後は日本ウェルネススポーツ専門学校へ進み、卒業後に同校の陸上部コーチを務めている。
平井 晋太郎(ひらい しんたろう、1984年1月7日 - )… 平井 晋太郎(ひらい しんたろう、1984年1月7日 - )は、トリニダード・トバゴ、ポートオブスペイン出身(群馬県育ち)のサッカー選手。ポジションはFW、DF。
吉澤 穂波(よしざわ ほなみ、1980年1月24日 - )は… 吉澤 穂波(よしざわ ほなみ、1980年1月24日 - )は埼玉県出身の日本の柔道家。63kg級の選手。身長163cm。組み手は左組み。得意技は内股。 柔道は9歳の時に男衾柔道クラブで始めた。寄居中学から常磐高校へ進むと、2年の時には全国高校選手権の63kg級決勝で湊川女子高校2年の前田桂子に豪快な内股で投げられて2位にとどまった。 埼玉大学へ進むと、1年の時には正力杯で決勝まで進むも、大学の3年先輩となる山田真由美に敗れて2位だった。4年の時には正力杯で優勝を飾った。また、優勝大会では同級生である70kg級の古賀幸恵などとともに活躍して優勝を飾った。全国女子体重別と福岡国際でも3位に入った。2002年には埼玉大学の大学院へ進んだ。
新井 健二(あらい けんじ、1978年5月19日 - )は、… 新井 健二(あらい けんじ、1978年5月19日 - )は、埼玉県出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(センターバック)。 2001年に立正大学からアルビレックス新潟に入団。1年目の開幕戦から先発メンバーに名を連ね、しばらくレギュラーに定着していた。しかし徐々に出場機会を減らすと、2004年からはシンガポールに創設されたばかりのアルビレックス新潟シンガポールに期限付き移籍で加入。2年間にわたってキャプテンを務めた。 2006年にシンガポール・アームド・フォーシズFC(SAFFC)から外国人助っ人としてオファーを受け、完全移籍した。同年、守備の要としてチームのリーグ最少失点に貢献し、チームはリーグ優勝した。
北爪 弘子(きたづめ ひろこ、1971年9月8日 - )は、… 北爪 弘子(きたづめ ひろこ、1971年9月8日 - )は、群馬県の佐波郡赤堀町出身の日本の柔道家。身長155cm。現役時代は61kg級の選手。得意技は背負投、一本背負投。現姓は石川。 中学1年の時に親戚が経営している柔道の道場に入門を志すも、女人禁制を理由に断られたが毎日のように道場に日参したことで、師範が根負けして入門が許可されることになった。中学3年の時には強豪校の東中学に転向した。常磐高校に入学すると、1年の時には無差別で争われる金鷲旗の女子個人戦で3位となった。全国高校選手権では1年の時から2連覇を達成した。3年の時には強化選手選考会でも優勝を飾った。1990年に埼玉大学に進学すると、強化選手選考会で2連覇を達成した。