金子 昌広(かねこ まさひろ、1991年2月2日 - )は、… 金子 昌広(かねこ まさひろ、1991年2月2日 - )は、埼玉県所沢市出身のプロサッカー選手。埼玉県社会人サッカーリーグ・KUMAGAYA CITY FC所属。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。 中学校時代は所沢ジュニアユースSCでプレーし、母方の祖母と血縁関係がある遠い親戚の皆川佑介と左サイドでコンビを組んでいた。正智深谷高校の3年時、同校サッカー部初の全国高校総体出場に貢献。高校卒業後は国士舘大学へ進学し、トップ下からボランチまで中盤を務めチームの中心選手として活躍。2010年には全日本大学選抜にも選ばれた。 2013年より、ヴァンフォーレ甲府へ入団。2014年7月、ツエーゲン金沢へ期限付き移籍。
佐藤 優平(さとう ゆうへい、1990年10月29日 - )… 佐藤 優平(さとう ゆうへい、1990年10月29日 - )は、神奈川県横浜市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・モンテディオ山形所属。ポジションは、ミッドフィールダー。
矢野 稔(やの みのる、1990年6月14日 - )は、大分… 矢野 稔(やの みのる、1990年6月14日 - )は、大分県出身のサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)。
瀬川 和樹(せがわ かずき、1990年4月25日 - )は、… 瀬川 和樹(せがわ かずき、1990年4月25日 - )は、広島県三次市出身のプロサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー。 盈進高校を経て、国士舘大学へ進学。2011年からは2年連続でデンソーカップチャレンジサッカーの関東大学選抜Bのメンバーに選出された。 2013年より、ザスパクサツ群馬に入団。同年4月28日、第11節の徳島戦でJリーグ初得点を記録した。 2015年、モンテディオ山形に移籍。石崎監督時代はわずか2試合の出場にとどまるも、2017年に木山隆之が監督に就任すると主力選手として活躍し、フリーキックなどのプレースキッカーを任された。 2018年よりレノファ山口FCに完全移籍。当初は4バックでの左SBを任されていたが、シーズン中盤以降は鳥養祐矢にレギュラーを奪われるなどしたが、3バックにシステム変更して以降は左WBとしてレギュラーに復帰。
岩城 正明(いわぎ まさあき、1989年8月12日 - )は… 岩城 正明(いわぎ まさあき、1989年8月12日 - )は、福岡県出身のサッカー選手。JFL・栃木ウーヴァFC所属。ポジションは、ミッドフィールダー。
西山 峻太(にしやま しゅんた、1989年7月25日 - )… 西山 峻太(にしやま しゅんた、1989年7月25日 - )は、神奈川県出身で、JFL・Y.S.C.C.横浜所属のサッカー選手。 ポジションは、DF。
山田 賢二(やまだ けんじ、1989年3月15日 - )は、… 山田 賢二(やまだ けんじ、1989年3月15日 - )は、北海道帯広市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはGK。 2012年に国士舘大学からヴァンラーレ八戸に加入した。2019年シーズンをもって現役を引退し、2020年より八戸のGKコーチに就任すると発表された。2024年シーズンからレノファ山口のGKコーチに就任した。 2026年からは、ジュビロ磐田のアシスタントGKコーチに就任。
松本 祐樹(まつもと ゆうき、1989年1月22日 - )は… 松本 祐樹(まつもと ゆうき、1989年1月22日 - )は、埼玉県出身のサッカー選手。ポジションはFW。サッカー選手の松本和樹は実弟。 2011年1月にSC相模原に入団。 2015年、JFLのMIOびわこ滋賀に完全移籍。 2016年、FCマルヤス岡崎に完全移籍。2018年シーズン終了後に退団した。 2019年、J.FC MIYAZAKIへ移籍。2020年1月、契約満了により退団。 2020年3月8日、Cento Cuore HARIMAに加入した。2023年の終わりに引退した。
松永 祥兵(まつなが しょうへい、1989年1月7日 - )… 松永 祥兵(まつなが しょうへい、1989年1月7日 - )は、静岡県三島市出身の元プロサッカー選手。ポジションはFW、MF。 小学1年生の頃からサッカーを始め、加藤学園暁秀高校でエースストライカーとして活躍。しかし、チームとしての成績は県選手権ベスト8が最高で全国大会出場歴はなく、高校時代は選手としては無名の存在だった。 高校卒業後の2007年に国士舘大学に進学するも翌年の2008年1月に休学し、ドイツ・ツヴァイテリーガ(2部)・アレマニア・アーヘンの練習に参加。さらに同年3月にはドイツ・ブンデスリーガ(1部)の強豪、シャルケ04スカウトからオファーを受け、同Bチームの練習に参加。練習試合でゴールを上げるなど結果を出し、その実力を認められ2年契約を結ぶに至った。
塩谷 司(しおたに つかさ、1988年12月5日 - )は、… 塩谷 司(しおたに つかさ、1988年12月5日 - )は、徳島県小松島市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・サンフレッチェ広島所属。ポジションはディフェンダー(センターバック、サイドバック)。元日本代表。 小学生時代は南小松島FCと大松SCに所属。中学生年代は大塚FCジュニアユース(現徳島ヴォルティスジュニアユース)に所属、2歳下に石川雅博がいる。当時は全く無名だった。 2004年、徳島県立徳島商業高等学校に進学、高1および高2のとき選手権(第83回・第84回)にミッドフィルダーとして出場している。この選手権での活躍により国士舘大学からスポーツ特待生としてスカウトされる。 2007年、国士舘大学へ進学 し、国士大サッカー部に所属する。
新井 章太(あらい しょうた、1988年11月1日 - ) … 新井 章太(あらい しょうた、1988年11月1日 - ) は、埼玉県秩父市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ヴィッセル神戸所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。 正智深谷高校から国士館大学を経て、2011年に東京ヴェルディへ加入。2年間在籍したが土肥洋一と柴崎貴広の壁は厚く公式戦での出場機会に恵まれなかった。2012年のシーズン終了後、契約満了により東京Vを退団した。 2013年にトライアウトを経て川崎フロンターレへ移籍した。新体制発表会の挨拶は「はじめまして、東京ヴェルディをクビになり… あっ、間違えました、東京ヴェルディから移籍してきた新井章太です」から始め、サポーターの笑いを誘い心を掴んだ。
大竹 隆人(おおたけ りゅうと、1988年6月29日 - )… 大竹 隆人(おおたけ りゅうと、1988年6月29日 - )は、東京都出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 従妹にタレントのIMALUがいる。そしてIMALUの母である女優の大竹しのぶが、おばにあたる。 6年間FC町田ゼルビアの選手だったが、2016年11月29日契約満了にともない契約を更新しないことを決定した。 2017年からは藤枝MYFCへ移籍。2019年シーズン終了後に藤枝を退団した。 2020年2月、J.FC MIYAZAKIへ加入。 2023年12月4日、契約満了による退団が発表された。2024年3月22日、2023シーズン限りでの現役引退が発表された。
伊東 俊(いとう しゅん、1987年10月29日 - )は、… 伊東 俊(いとう しゅん、1987年10月29日 - )は、北海道出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 幼稚園から中学までSSSスポーツクラブでプレー。青森山田高校、国士舘大学を経て、2010年にモンテディオ山形に入団。2017年より京都サンガF.C.に完全移籍により加入した。 2018年よりロアッソ熊本に完全移籍により加入した。途中出場が多かったものの、攻撃の切り札として多くの試合に出場し、3得点を記録した。2019年度は中原輝などの台頭で出番を減らしたが、2得点し途中交代の切り札として活躍した。その後のシーズンでも、近い距離でのパス回しが主な戦術であるチームの中で、ドリブル突破などアクセントを付けることが出来る選手として重宝され、チームの貴重な戦力として活躍した。
内藤 圭佑(ないとう けいすけ、1987年8月11日 - )… 内藤 圭佑(ないとう けいすけ、1987年8月11日 - )は、広島県広島市出身のサッカー選手。ポジションはGK。 広島・広陵高校の出身の選手としては初のJリーガーとなる。同級生にはプロ野球選手の藤川俊介がいる。 2008年に国士舘大学が天皇杯で4回戦進出した際のメンバーである(4回戦の鹿島アントラーズ戦はリザーブメンバー)。大学では柏好文と同期。 卒業後はカターレ富山に入団。2010年途中に安間貴義監督が就任すると起用され、第31節の札幌戦で初出場したが、ゴールエリアから大きく蹴り出す際に、詰めて来た相手FW内村圭宏に当ててしまい失点するという苦いデビューとなった。翌第32節の北九州戦で初勝利を経験。
柏 好文(かしわ よしふみ、1987年7月28日 - )は、… 柏 好文(かしわ よしふみ、1987年7月28日 - )は、山梨県南巨摩郡増穂町(現:富士川町)出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 旧・南巨摩郡増穂町の出身。長谷川悠は小学校の同級生であり、共に増穂サッカースポーツ少年団でサッカーを学ぶ。中学は地元強豪・フォルトゥナSCでプレー。 2003年、名門の山梨県立韮崎高等学校へと進学する。2年先輩に千野俊樹。2004年高校2年時のインターハイでベスト8に進出、この頃から名を知られるようになる。 2006年、国士舘大学へ入学、大学サッカーの強豪・国士大サッカー部に入団する。同期に伊東俊・内藤圭佑・先崎勝也がいた。3年上の先輩に養父雄仁・柴崎晃誠、1年後輩に塩谷司がいる。
中村 祐輝(なかむら ゆうき、1987年6月4日 - )は、… 中村 祐輝(なかむら ゆうき、1987年6月4日 - )は、静岡県静岡市出身の元プロサッカー選手、実業家。 中学2年生時に清水エスパルスのジュニアユースに入団する(同級生には山本真希)も、ユースには昇格できずに静岡県立藤枝東高等学校に進学。2年時には全国高等学校サッカー選手権大会にも出場。赤星貴文は1年先輩にあたる。 卒業後は国士舘大学に進学。在学中にはアルゼンチンに留学し、同校卒業後にルーマニア2部リーグのCFRクライオバに入団。 2012年にはチェコ・ガンブリヌス・リガのFKヴィクトリア・ジジュコフに移籍。 保有権が同チームに残されたまま、スロバキア・2.リーガ(2部)のMSKリマフスカ・ソバタにレンタル移籍するも、サポーターからの人種差別の被害に合うトラブルに見舞われ、9月に帰国した。
井筒 和之(いづつ かずゆき、1986年8月21日 - )は… 井筒 和之(いづつ かずゆき、1986年8月21日 - )は、北海道出身の元サッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 2009年、宮尾勇輝と共にシーズン前のセレクションに合格しV・ファーレン長崎に入団。 2012年よりツエーゲン金沢に完全移籍。2013年限りで現役を引退。 現在は佐世保実業高校、教諭兼サッカー部監督
武岡 優斗(たけおか ゆうと、1986年6月24日 - )は… 武岡 優斗(たけおか ゆうと、1986年6月24日 - )は、元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。 国士舘大学4年時には主将を務め、天皇杯では鹿島アントラーズを相手に善戦し、PK戦まで持ち込む活躍を見せた。 2009年に当時J2のサガン鳥栖へ入団。ルーキーイヤーながらリーグ戦40試合(うち先発34試合)に出場しチームの中心選手として活躍。翌2010年、鳥栖を退団した監督の岸野靖之を追うように横浜FCへと移籍、初年度は21試合に出場を果たすが、大怪我を負い、2011年度は全く出場がなかった。翌年復帰すると主力として活躍、2013年にはサイドバックにコンバートされてレギュラーに定着する。
高田 一憲(たかだ かずのり、1986年3月14日 - )は… 高田 一憲(たかだ かずのり、1986年3月14日 - )は、神奈川県横浜市出身の元サッカー選手。サッカー指導者。
鈴木 智幸(すずき ともゆき、1985年12月20日 - )… 鈴木 智幸(すずき ともゆき、1985年12月20日 - )は、埼玉県浦和市(現さいたま市)出身の元サッカー選手。ポジションはゴールキーパー(GK)。 2008年に国士舘大学から東京ヴェルディ1969に入団。 ヴェルディには3年間在籍したが出場機会は全く無く、2010年シーズン終了後に栃木SCに移籍した。2011年6月4日、J2リーグ第15節の水戸ホーリーホック戦で先発出場し、待望のプロデビューを飾った。2014年シーズンはキャリアハイとなるリーグ戦30試合に出場した。 2015年シーズンよりJ1に昇格した松本山雅FCに完全移籍で加入。 2019年シーズンより古巣の東京ヴェルディに復帰。 2020年シーズンよりいわてグルージャ盛岡に加入。
北脇 里規(きたわき りき、1985年11月22日 - )は… 北脇 里規(きたわき りき、1985年11月22日 - )は、元プロサッカー選手。ポジションはMF、DF。 実弟はサッカー選手の北脇健慈(福井ユナイテッドFC所属)。 東京都多摩市出身で日本人の父親とベネズエラ人の母親を持つハーフ。ジュニアからユースまで東京ヴェルディの下部組織でプレー。その後は国士舘大学に進学するが、北脇が1年の時の2004年に大学サッカー部で一部の部員達が不祥事を起こし、同部が活動を自粛したため大学を中退し、可能性を求めてパラグアイに渡った。パラグアイでは同国1部リーグに所属するタクアリFC(en)などに所属し7年間プレーした。2012年4月24日、テスト生を経てジュビロ磐田への加入内定が発表された。
足助 翔(あすけ しょう、1985年10月28日 - )は、… 足助 翔(あすけ しょう、1985年10月28日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。ポジションはDF。 帝京高校、国士舘大学時代はセンターバックを務め、2008年に東京ヴェルディに加入。サイドバックにコンバートされプレーしたが、1年で戦力外となる。シーズンオフのJリーグ合同トライアウトを経て、2009年、当時J2に昇格したカターレ富山に入団した。楚輪博監督の下ではサイドバックとして起用されたが、シーズンを通じてレギュラーポジションを獲得するには至らなかった。2010年9月に安間貴義監督が就任するとセンターバックとして起用され、11月に負傷欠場するまで全試合に出場。2011年からはキャプテンに指名された。
半田 武嗣(はんだ たけし、1985年6月26日 - )は、… 半田 武嗣(はんだ たけし、1985年6月26日 - )は、福岡県出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。
菅原 康太(すがわら こうた、1985年5月22日 - )は… 菅原 康太(すがわら こうた、1985年5月22日 - )は、北海道室蘭市出身 のサッカー選手。ポジションはFW。 北海道のサッカー強豪校、室蘭大谷高等学校で1年時からレギュラーとなり、2年時では全国高校選手権にも出場。3年時は北海道予選決勝で敗れたものの、準決勝ではハットトリック、決勝でも1得点を挙げるなどチームを牽引した。高校卒業後は国士舘大学へ進学。2004年には1年生ながらJFLで18試合に出場し6得点を挙げるなど活躍。シーズン終了間際にサッカー部の起こした不祥事により最終節は中止、その年を最後にJFLを脱退するというトラブルもあったが、菅原はその後も躍進を続け、2007年には関東大学1部リーグで4位となる11得点をあげるなど活躍。
柴﨑 晃誠(しばさき こうせい、1984年8月28日 - )… 柴﨑 晃誠(しばさき こうせい、1984年8月28日 - )は、長崎県南高来郡国見町(現:雲仙市)出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。元日本代表。国士舘大学卒業。 旧南高来郡国見町出身、小学1年生から地元国見少年サッカークラブで学んで育ち、長崎県立国見高等学校では小嶺忠敏のもと活躍した"国見っ子"である。 生まれ育った近所に徳永悠平がおり小学校から高校まで同じ学校の1年先輩、渡邉大剛とは中学からの同級生。国見高校の2年先輩に大久保嘉人・松橋章太、1年先輩に徳永・徳重健太・片山奨典・蒲原達也・近藤健一、同級に渡邉・松橋優・園田拓也・巻佑樹、1年後輩に平山相太・中村北斗・兵藤慎剛・関憲太郎、2年後輩に渡邉千真・城後寿・藤田優人がいる。
高橋 臣徳(たかはし たかのり、1984年8月21日 - )… 高橋 臣徳(たかはし たかのり、1984年8月21日 - )は、岩手県北上市出身のサッカー選手。ポジションはDF。TDK親和会サッカー部所属。
満山 浩之(みつやま ひろゆき、1984年7月23日 - )… 満山 浩之(みつやま ひろゆき、1984年7月23日 - )は、日本の元サッカー選手。現役時代はブラジル、エストニアでプレー。現在は牧師をしている。 幼稚園の頃から兄の影響でサッカーを始め、町田JFCに入団。同期には阿部祐大朗がいる。高校進学時には、7クラブ・高校からオファーが来るも佐々木雅尚元日本代表サッカー選手が指導する保善高校へ入学。高校では東京都ベスト4で敗れ、全国大会へは出場していない。その後、国士館大学へ進み、トップチームではプレーできなかった。同期には、柴崎晃誠、養父雄二などがいる。 大学4年時にサッカー部を辞め、当時アカデミーチームが存続していたRequios.FCへ入団。その後、ブラジルへの挑戦を与えられ、単身ブラジルへ渡る。
養父 雄仁(やぶ ゆうじ、1984年5月24日 - )は、神… 養父 雄仁(やぶ ゆうじ、1984年5月24日 - )は、神奈川県伊勢原市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 ベルマーレ平塚ジュニアユース、弥栄西高校を経て、国士舘大学に進学。2006年に特別指定選手として川崎フロンターレのメンバーに登録される。 2007年に川崎に加入すると、同年5月23日のAFCチャンピオンズリーググループリーグ第6節・バンコク・ユニバーシティFC戦で公式戦デビュー。同年11月11日のJ1リーグ第31節・浦和レッドダイヤモンズ戦で、プロ初ゴールを記録した。 2010年よりヴァンフォーレ甲府へ期限付き移籍。 2011年4月17日高校の同期生と入籍。
片山 奨典(かたやま しょうすけ、1983年9月8日 - )… 片山 奨典(かたやま しょうすけ、1983年9月8日 - )は、奈良県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはDF・MF。 国見高校時代は左WBとして、2年時にインターハイ・国体・全国高校サッカー選手権の三冠達成に貢献し、3年時には全日本ユース選手権初優勝と全国高校サッカー選手権連覇を達成したチームの一員であった。高校の同期には徳永悠平らがいる。卒業後は国士舘大学に進学した。 2006年に名古屋グランパスエイトに入団。新人ながら開幕戦(対C大阪)のスタメンに抜擢され、スピードに乗った左サイドからの突破を見せた。その後は同期入団の阿部翔平との併用で左サイドバックで起用されていたが、阿部が出場機会を増やす一方、片山の出場機会は少なくなっていた。
土屋 貴啓(つちや たかひろ、1983年7月11日 - )は… 土屋 貴啓(つちや たかひろ、1983年7月11日 - )は、岐阜県岐阜市出身のサッカー選手。
竹内 彬(たけうち あきら、1983年6月18日 - )は、… 竹内 彬(たけうち あきら、1983年6月18日 - )は、神奈川県横浜市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。 向上高等学校から国士舘大学へ進学。大学時代には大学選抜にも選出された。2006年、同期の片山奨典とともに名古屋グランパスエイトへ入団。1月15日、ユースから昇格した青山隼を含む新人選手5人で入団会見を行った。 2006年、ナビスコカップの大宮アルディージャ戦でデビューする。この年の出場は、この1試合だけであった。その後、憧れの選手であり師と仰ぐ秋田豊の指導を受ける。翌2007年のリーグ戦第2節ヴァンフォーレ甲府戦に、前半36分から負傷退場した米山篤志の交代 でリーグ戦初出場。
東風 淳(こち じゅん、1983年5月22日 - )は、千葉… 東風 淳(こち じゅん、1983年5月22日 - )は、千葉県松戸市出身のサッカー選手、ポジションは、GK。 三菱養和SCユース時代は同期に馬場憂太、国士舘大学時代は同期に片山奨典、蒲原達也、久保田勲、竹内彬がいた。 大学卒業後は古巣の三菱養和SCで2年間プレー。2009年に岩手県で新しく誕生したクラブ・アンソメット岩手・八幡平では初代主将を務めた。 2009年5月、アルビレックス新潟シンガポールに入団、翌年にはトライアウトで合格をしたアーミー・ユナイテッドFCに移籍する。 2019年に関東サッカーリーグの東京23FCへ移籍、11年ぶりに日本へ復帰した。シーズン終了後、契約満了により退団。 2020年、台湾甲級の台中Futuroに移籍。
阿部 直人(あべ なおと、1982年10月21日 - )は、… 阿部 直人(あべ なおと、1982年10月21日 - )は、茨城県神栖市出身のサッカー選手。
納谷 伊織(なや いおり、1982年7月11日 - )は、静… 納谷 伊織(なや いおり、1982年7月11日 - )は、静岡県出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。選手時代のポジションはMF。 三浦知良、三浦泰年のいとことして知られる。 父が代表を務める静岡城内FCでサッカーを始め、静岡学園高等学校、国士舘大学へと進学した。 卒業後はいとこの三浦知良に倣って渡伯し、キンゼ・ジ・ジャウーでサッカーを始めた後、数クラブを転々とした。 2007年にはJ1リーグに昇格した横浜FCのトライアルに参加するも契約はならなかった。翌年に日本フットボールリーグ所属のFC琉球に加入した。 2009年に静岡FCに移籍するも、同年限りでクラブが合併のために消滅した。 翌2010年に香港プレミアリーグの大中足球会に加入した。
清水 康也(しみず こうや、1982年6月15日 - )は、… 清水 康也(しみず こうや、1982年6月15日 - )は、東京都国分寺市出身のサッカー選手(MF)。
橋本 尚樹(はしもと なおき、1982年6月8日 - )は、… 橋本 尚樹(はしもと なおき、1982年6月8日 - )は、福島県出身の元サッカー選手でポジションはDF。
片岡 洋介(かたおか ようすけ、1982年5月26日 - )… 片岡 洋介(かたおか ようすけ、1982年5月26日 - )は、埼玉県入間郡三芳町出身の元プロサッカー選手。ボランチやセンターバックなど守備的ポジションについている。 2016年にガイナーレ鳥取に加入 した。2017年シーズン限りで現役を引退。 引退後は入江慎也が経営する会社「イリエコネクション」に入社し、アスリートのセカンドライフ支援などに従事していた。2020年時点では、「大阪タレ焼肉まる29」に勤務。2022年2月からは埼玉県に戻り、武蔵浦和の「焼肉林檎」で働いていた。2023年、北与野駅前に「焼肉バルオレンジ」を開店した。
北 一真(きた かずま、1981年12月21日 - )は、ザ… 北 一真(きた かずま、1981年12月21日 - )は、ザスパクサツ群馬所属の元プロサッカー選手。ポジションはGK。
相馬 崇人(そうま たかひと、1981年12月10日 - )… 相馬 崇人(そうま たかひと、1981年12月10日 - )は、神奈川県川崎市出身の元サッカー選手。ポジションはMFまたは、DF(左サイドバック)。
山崎 雅人(やまざき まさと、1981年12月4日 - )は… 山崎 雅人(やまざき まさと、1981年12月4日 - )は、京都府京都市山科区出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ツエーゲン金沢所属。ポジションはフォワード。
冨士 祐樹(ふじ ゆうき、1981年5月7日 - )は、埼玉… 冨士 祐樹(ふじ ゆうき、1981年5月7日 - )は、埼玉県出身の元サッカー選手。ポジションはMF、DF(左サイドバック)。2017年を最後に現役を引退し、埼玉工業大学サッカー部のコーチに就任した。
長谷川 太一(はせがわ たいち、1981年2月26日- )は… 長谷川 太一(はせがわ たいち、1981年2月26日- )は、富山県富山市(旧八尾町)出身の元サッカー選手。サッカー指導者。 現役時代のポジションは、MF。
白尾 秀人(しらお ひでひと、1980年9月30日 - )は… 白尾 秀人(しらお ひでひと、1980年9月30日 - )は、日本の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはフォワード。 鹿児島県奄美群島の最南端、与論島出身。与論中学校時代にも少しサッカーをやっていたが、1学年上の遠藤保仁(当時桜島中学校)のプレーに衝撃を受けて一旦サッカーから離れ、与論高校入学後に本格的にサッカーを再開し、県選抜にも選ばれた。高校3年の時に国見高校に転校し、小嶺忠敏の指導を受けたことで『サッカーは厳しさの中に面白さ』ということを学んだという。 国士舘大学時代には2000年の関東大学サッカーリーグ得点王にも輝き、ユニバーシアード日本代表の経験がある。当時サッカー部が参加していた日本フットボールリーグ (JFL) にも出場している。
朝日 大輔(あさひ だいすけ、1980年7月26日 - )は… 朝日 大輔(あさひ だいすけ、1980年7月26日 - )は、広島県出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはMF。2003年にカターレ富山の前身であるYKKに入団後クラブ一筋を貫き、「ミスターカターレ」と親しまれたクラブを象徴する選手だった。 広島皆実高校では、2年先輩に梅田直哉、為末大(2001年・2005年世界陸上400mハードル銅メダリスト)、1年先輩に的場千尋、1年後輩に瀬戸彬仁と秦賢二、2年後輩に柴村直弥、堀健人らがいる。 国士舘大学卒業後、JFLのYKKに入団。 2008年に所属クラブとアローズ北陸が統合してできたカターレ富山に加入。Jリーグへの参入を貢献した他、その年のリーグベストイレブンに選出されている。
照井 篤(てるい あつし、1980年7月19日 – )は、岩… 照井 篤(てるい あつし、1980年7月19日 – )は、岩手県出身の元サッカー選手。ポジションはDF。 国士舘大学から湘南ベルマーレに加入し、FCホリコシ、栃木SCを経て2009年に地元・岩手県のFCガンジュ岩手に加入。サッカー選手としてプレーする傍らでサッカー指導者としても活動していたが、2010年より将来のJリーグ参加を目指すヴァンラーレ八戸へ移籍。2013年限りで現役を引退。2014年からは、ヴァンラーレU-15のコーチ、2017年よりヴァンラーレ八戸のトップチームのコーチを務めている。
大谷 哲也(おおたに てつや、1980年6月2日 - )は、… 大谷 哲也(おおたに てつや、1980年6月2日 - )は、岩手県出身のサッカー選手。ポジションはMF。
景山 健司(かげやま けんじ、1980年4月2日 - )は、… 景山 健司(かげやま けんじ、1980年4月2日 - )は、長野県出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 ヴェルディユース出身。ユース時代は2種登録選手としてサテライトリーグに出場していたが、トップ昇格はできず、国士舘大学に進学。卒業後はYKK APに入団。なお統合後のカターレ富山時代までプロ契約選手としてプレーしていた。 2009年限りで同クラブ退団後は、2010年よりアマチュア選手として富山新庄クラブでプレー、2018年よりヴァリエンテ富山に移籍。
山田 智也(やまだ ともなり、1979年11月7日 - )は… 山田 智也(やまだ ともなり、1979年11月7日 - )は、埼玉県出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィルダー。 現在は関東学園大学男子サッカー部監督。
齋藤 竜(さいとう りゅう、1979年9月18日-)は、北海… 齋藤 竜(さいとう りゅう、1979年9月18日-)は、北海道出身の元サッカー選手。現役時のポジションはDF。 室蘭大谷高等学校から国士舘大学に進み、2002年、セレッソ大阪に加入。 2005年4月27日、ザスパ草津に期限付き移籍。同年4月30日のJ2第9節・対サガン鳥栖戦にてデビューするも、前半に負傷交代。その後6月11日に行われたJ2第16節・対サガン鳥栖戦で復帰。DFラインをまとめ、勝利に貢献し、その後はディフェンスの中核を担う。シーズン終盤にはゲームキャプテンを務め、チームの中心となる。翌年、完全移籍。2006年9月30日の対ベガルタ仙台戦にて、J2初ゴールを記録。 2006年シーズンをもって契約満了に伴いザスパ草津を離れ、2007年シーズンはFC岐阜へ移籍。
山根 伸泉(やまね のぶみつ、1979年6月28日 - )は… 山根 伸泉(やまね のぶみつ、1979年6月28日 - )は、千葉県千葉市出身の元サッカー選手。ポジションはMF。 市立船橋高校では2年時に第75回全国高等学校サッカー選手権大会の決勝のピッチに立ち、優勝を経験。国士舘大学サッカー部に進学後も早い段階から活躍をみせ、4年時に2001年に北京で開催された夏期ユニバーシアードでも代表チームの中心選手として優勝を果たした。 大学卒業後の2002年シーズン、ユニバ代表でのチームメイトでもあった坪井慶介、堀之内聖、平川忠亮などとともに浦和レッズに入団するも、出場機会の得られないまま1年で退団した。 2003年には活躍の場を求めてJFLの佐川急便東京SCに移籍。