安藤 翔(あんどう しょう、1990年6月7日 - )は、日… 安藤 翔(あんどう しょう、1990年6月7日 - )は、日本の剣道家(6段)・剣道日本代表・元北海道警察機動隊警察官。 北海道上砂川町出身。
国士舘大学:11人
安藤 翔(あんどう しょう、1990年6月7日 - )は、日… 安藤 翔(あんどう しょう、1990年6月7日 - )は、日本の剣道家(6段)・剣道日本代表・元北海道警察機動隊警察官。 北海道上砂川町出身。
米屋 勇一(よねや ゆういち、1976年 - )は、日本の剣… 米屋 勇一(よねや ゆういち、1976年 - )は、日本の剣道家(2022年11月24日八段)。元剣道日本代表。東京都練馬区出身。埼玉県警察警備部機動隊剣道特練監督を経て、現在は鴻巣警察署に勤務。警部補。
安藤 戒牛(あんどう かいご、1973年 - )は、日本の剣… 安藤 戒牛(あんどう かいご、1973年 - )は、日本の剣道家(錬士七段)・元剣道日本代表、警察官。岐阜県出身。
小川 春喜(おがわ はるき、1953年1月24日 - )は、… 小川 春喜(おがわ はるき、1953年1月24日 - )は、日本の剣道家、剣道指導者。第6回世界選手権大会で準優勝の戦績を持つ。 1953年、長崎県端島生まれ。 長崎県立長崎東高等学校3年時の1970年に玉竜旗高校剣道大会で団体優勝。卒業後、国士舘大学に入り、2年時に全日本学生優勝大会で優勝を果たす。大学卒業後も全日本実業団大会や全国教職員大会で優勝を経験したほか、1985年にフランスで開催された第6回世界剣道選手権大会で個人準優勝。決勝で対戦したのは長崎東高の後輩である香田郡秀(現:筑波大学教授)であった。 また、巣鴨中学校・高等学校教員を長年務め、後進の指導にも取り組んでいる。東京都高体連強化部長などを歴任し、現在は東京学連剣友連合会理事を務めている。
川添 哲夫(かわぞえ てつお、1950年〈昭和25年〉1月1… 川添 哲夫(かわぞえ てつお、1950年〈昭和25年〉1月15日 - 1988年〈昭和63年〉3月24日)は、日本の剣道家。段位は教士七段。 上段の遣い手で、全日本剣道選手権大会優勝2回・準優勝1回・第三位3回、全国教職員剣道大会個人優勝5回、世界剣道選手権大会団体優勝1回などの戦績を残した。 高知県香美郡土佐山田町(現・香美市)生まれ。父は剣道範士八段・高知県剣道連盟副会長の川添恵美(かわぞえ めぐみ)。 高知中学校・高等学校で剣道に励み、高校2年・3年にはインターハイに出場。3年から上段の構えを執る。 国士舘大学体育学部4年時の1971年、第19回全日本剣道選手権大会で初出場初優勝した。大学生で全日本選手権を制覇したのは川添が史上初であり、これは2014年の第62回全日本選手権で竹ノ内佑也(筑波大学)が川添と同じく初出場初優勝を果たすまで43年間現れなかった。
川添 永子(かわぞえ えいこ、旧姓:桑原 1950年〈昭和2… 川添 永子(かわぞえ えいこ、旧姓:桑原 1950年〈昭和25年〉 - )は日本の剣道家、教師。 女子剣道黎明期に活躍した女流剣士のパイオニア的存在として知られている。夫は剣道家の川添哲夫。 熊本県八代市生まれで、小学4年生で剣道を始める。熊本県立八代東高等学校在学中の1967年、出場した玉竜旗高校剣道大会において女子選手として初めて男子選手を破り、話題となる。 翌1968年には新設された女子個人戦にて優勝し、初代女王となった。翌1969年には国士舘大学進学し、大学1年生ながら全日本女子剣道選手権大会にて優勝。その後、1970年、1971年と3連覇を果たす。この優勝回数3回の記録は村山千夏が2011年に4回目の優勝を遂げるまで、最多記録であった。
千葉 仁(ちば まさし、1944年(昭和19年)4月20日 … 千葉 仁(ちば まさし、1944年(昭和19年)4月20日 - 2016年(平成28年)9月28日)は、日本の剣道家。段位は範士八段。元警視庁警察官。 上段の名手で、全日本剣道選手権大会で3回優勝した。この記録は史上2位タイである。得意技は上段から振り下ろす片手小手。 宮城県小牛田農林高等学校剣道部で乳井義博、高橋要に師事。上段の構えを始めたのは、高校3年生の6月頃である。小牛田農林では生徒に上段を許していなかったが、先生がいないときに上段の真似事をしていたところを高橋に見つかり、乳井が上段の跡継ぎをほしがっていたことや、千葉が左利きであったことから、上段を許され指南を受けた。 国士舘大学教授大野操一郎からスカウトされ、乳井も賛成して国士舘大学への進学が決まりかけたが、3年生のインターハイ終了後に乳井が「大学は金がかかるし親も大変だから警視庁を受けろ」と言い、急遽警視庁に就職した。
森島 健男(もりしま たてお、1922年 (大正11年) 1… 森島 健男(もりしま たてお、1922年 (大正11年) 1月1日 - 2020年 (令和2年) 8月16日)は、日本の剣道家、元警視庁警察官。称号は剣道範士、警視庁剣道名誉師範。段位は元九段(2000年 (平成12年) 返上)。 熊本県上益城郡益城町出身。旧制中学校で武道専門学校(4期)出身の水野尾清から剣道を学び始める。水野は、試合ばかりやっていると将来伸びないとして基本稽古を重視したため、試合は1回戦で負けていたという。 1939年(昭和14年)、国士舘専門学校国語漢文剣道科に入学し、斎村五郎、小川忠太郎に師事する。1943年(昭和18年)に卒業。 1945年(昭和20年)、陸軍に召集される。
中村 太郎(なかむら たろう、1922年〈大正11年〉 - … 中村 太郎(なかむら たろう、1922年〈大正11年〉 - 1969年〈昭和44年〉8月18日)は、日本の剣道家(範士七段)、警察官。 父は剣道道場「大義塾」塾長で、戦前にアメリカに渡り剣道を教えていた中村藤吉。神奈川県の実業家で現・大義塾塾長の中村藤雄は弟。 神奈川県警察に奉職し、全日本剣道選手権大会優勝2回・準優勝2回、全国警察官剣道大会優勝、全日本東西対抗剣道大会出場など全国大会で活躍した。栄典は従七位、警察功績章。 大義塾の弟子に林家木久扇、柳家小団治がいる。また、世代は異なるが神奈川県警察の後輩に宮崎正裕がいる。
羽賀 忠利(はが ただとし、1917年〈大正6年〉3月26日… 羽賀 忠利(はが ただとし、1917年〈大正6年〉3月26日 - 2010年〈平成22年〉3月7日)は、日本]の剣道家。剣道・居合道範士八段。羽賀準一の実弟。 広島県比婆郡東城町[要出典]に生まれる。1932年(昭和7年)に上京し、準一の世話になりながら[要出典]、国士舘中学(旧制)に入学した。 1937年(昭和12年)、準一が学資を出す形で[要出典]、国士舘専門学校に進学した。専門学校時代は斎村五郎・小野十生・岡野亦一・小城満睦・小川忠太郎・大島治喜太らに指導を受けた。卒業後は、国士舘中学、中野学園中学、東京市立芝商業学校などで指導した。太平洋戦争中には、三重海軍航空隊で海軍飛行予科練習生(予科練)の剣道教師を務めた。
大野 操一郎(おおの そういちろう、1901年(明治34年)… 大野 操一郎(おおの そういちろう、1901年(明治34年)2月25日 - 1995年(平成7年)4月23日)は、日本の剣道家。段位は範士九段。雅号は雲外。国士舘大学の初代剣道部長。 島根県玉造村(現在の松江市)で代々村医をしている家の次男として生まれた。父は福間寛平、母はフサ。後年、大野藤吉・エイの養子となり大野姓となった。幼い頃から体格に恵まれ、運動神経は抜群であった。県立松江中学校で教師の芦田長一(俳優・芦田伸介の父)に剣道の手解きをうけ、持ち前の高い運動能力で頭角をあらわし、2年生で主将の腕前があると芦田にその素質を賞賛されたという。 1922年(大正11年)、東京高等師範学校(現在の筑波大学)体操科(剣道専攻)に入学。