百武 公親(ひゃくたけ きみちか、1962年(昭和37年)2… 百武 公親(ひゃくたけ きみちか、1962年(昭和37年)2月27日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。元自由民主党埼玉県支部連合会事務局長。 埼玉県所沢市生まれ。現住所は白岡市小久喜。所沢市立向陽中学校、埼玉県立上尾東高等学校を経て、1984年(昭和59年)、高千穂商科大学 (現在の高千穂大学)商学部卒業。同年、丸広百貨店に就職。1988年1月、自民党埼玉県連に移り、2004年1月、事務局長に就任。 2003年(平成15年)、第43回衆議院議員総選挙に比例北関東ブロックに自由民主党から単独35位で出馬するも落選。 2005年(平成17年)、第44回衆議院議員総選挙に比例北関東ブロックに自由民主党から単独39位で出馬するも落選。
神山 佐市(かみやま さいち、1954年8月17日 - )は… 神山 佐市(かみやま さいち、1954年8月17日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(3期)。元埼玉県議会議員(3期)。 埼玉県富士見市生まれ。富士見町立富士見台中学校、東京教育大学附属坂戸高等学校を経て、1977年3月、高千穂商科大学商学部卒業。同年3月18日、株式会社埼玉スポーツセンターを設立し、代表取締役社長就任。同年4月21日、有限会社神山代表取締役社長。同年、宅地建物取引士取得。 1999年、埼玉県議会議員選挙。連続3期当選(西6区選出)。 2012年、第46回衆議院議員総選挙で中野清の後継として、埼玉7区に自由民主党から出馬し、初当選。 2014年、第47回衆議院議員総選挙で埼玉7区に自由民主党から出馬し、再選。
青山 節児(あおやま せつじ、1951年〈昭和26年〉5月5… 青山 節児(あおやま せつじ、1951年〈昭和26年〉5月5日 - )は、日本の政治家。元岐阜県中津川市長(3期)。 高山中学校(現中津川市立福岡中学校)、東京都立代々木高等学校卒業。1976年(昭和51年)、高千穂商科大学(現高千穂大学)卒業。1980年(昭和55年)、恵北農協に入組。2011年(平成23年)、東美濃農業協同組合の代表理事専務に就任。 2011年(平成23年)8月26日、岐阜県中津川市の図書館建設計画と汚泥等処理施設の建設計画等に反対する市民団体「なかつがわ一新の会」が、大山耕二市長のリコール(解職請求)署名収集を開始。市長解職の住民投票日が一旦決まるが、大山は11月29日、同年12月22日をもって市長を辞任することを表明。
樋口 恵子(ひぐち けいこ、1951年2月6日 - 2023… 樋口 恵子(ひぐち けいこ、1951年2月6日 - 2023年9月15日)は日本の政治家、元町田市議会議員(1期)。障害者運動の社会活動家、著作家である。 1951年、高知県安芸市生まれ。1歳半で脊椎カリエスを罹患し、中学時代は寝たきり状態の中で施設での生活を体験する。安芸高校の商業科を卒業。このころ、後のパートナーである近藤秀夫に出会う。 1972年、近藤と結婚した。埼玉県へ移り、近藤と生活しつつ高千穂商科大学で会計学を専攻する。卒業後は東京都町田市で障害者の訪問介護事業に携わる。 1984年、ダスキンの「障害者リーダー育成海外研修派遣事業」の研修生としてアメリカにわたる。カリフォルニア州バークレーの自立生活センターで身体障害者や知的障害者の当事者運動を学ぶ。
高橋 圭三(たかはし けいぞう、1918年9月9日 - 20… 高橋 圭三(たかはし けいぞう、1918年9月9日 - 2002年4月11日)は、日本のアナウンサー、政治家、参議院議員(1期)。位階は正五位。 呉服店の三男として生まれる。作家の宮沢賢治とは遠縁にあたる。幼い頃は病弱な子供であったという。花城尋常小学校(1931年3月)、組合立花巻中学校(1938年3月)、高千穂高等商業学校を卒業後、富士電機へ就職。 1942年10月、アナウンサー募集の新聞広告に目が止まったのがきっかけでNHKに入局。入社試験面接官・養成所校長は和田信賢(後に『話の泉』の和田の後任を引き受けた)。1944年5月27日、結婚。1948年1月19日、長女・光が誕生。1950年1月から1954年9月まで慶應義塾大学病院で療養。
上山 輝一(かみやま てるいち、1900年〈明治33年〉5月… 上山 輝一(かみやま てるいち、1900年〈明治33年〉5月9日 - 1982年〈昭和57年〉5月26日)は、日本の政治家。東京都中野区長、東京都議会議員(2期)を務めた。計理士、税理士。位階は従五位。勲四等瑞宝章。 1900年現在の和歌山県有田市に生まれる。高千穂高等商業学校(現高千穂大学)第6回卒業。1955年4月以来、東京都議会議員に連続2回当選(日本民主党→自由民主党)。1963年3月21日に中野区長に就任。1967年3月に再選。区長を1963年3月22日から1971年3月27日まで務めた。その後1972年4月から1982年5月26日まで高千穂商科大学の理事を務めた。
7代 野本 吉兵衛(のもと きちべえ、1898年〈明治31年… 7代 野本 吉兵衛(のもと きちべえ、1898年〈明治31年〉6月13日 - 1984年〈昭和59年〉3月19日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、八幡浜市長。幼名・定敏。 愛媛県西宇和郡八幡浜町須賀之町(現八幡浜市)で、商家・6代野本吉兵衛定一の長男として生まれ、のち7代吉兵衛を襲名した。 1922年高千穂高等商業学校(現・高千穂大学)卒。東京土地住宅(株)勤務のあと、帰郷し家業に従事し、八幡浜町議、同市助役、同市長、愛媛県方面委員、市翼賛壮年団長、予州銀行監査役、理研木材工業(株)社長となる。 1942年の第21回衆議院議員総選挙では愛媛3区(当時)から翼賛政治体制協議会の推薦を受けて当選する。
佐々木 耕郎(ささき こうろう、1895年(明治28年)8月… 佐々木 耕郎(ささき こうろう、1895年(明治28年)8月21日 - 1978年(昭和53年)10月1日)は、日本の政治家。栃木県(旧)日光市長を務めた。 岩手県盛岡市に生まれる。盛岡中学を経て、1917年(大正6年)、高千穂高等商業学校を卒業。同年、古河電気工業株式会社に就職。その後の人生の大半を日光で過ごす。1945年(昭和20年)、同社を退職。同年11月に株式会社別倉製作所他2社を立ち上げ社長に就任した。佐々木は終戦時に古河電気工業が多数の従業員を解雇したことの責を負って同社を退職しており自ら会社を起こしたのは古河電気工業を解雇された従業員たちを雇用するためであった。 その後、1951年(昭和26年)4月の栃木県議会議員選挙で当選し1953年(昭和28年)7月まで県議会議員を務めた。