山口 ひかる(やまぐち ひかる、2005年2月10日 - )… 山口 ひかる(やまぐち ひかる、2005年2月10日 - )は、三重県出身の日本の柔道選手。階級は78kg超級。身長170cm。 三滝中学から大成高校へ進むと、2年と3年の時にインターハイ78㎏超級で3位になった。2023年に帝京大学へ進学すると、1年の時に体重別団体で3位だった。2年の時には優勝大会、体重別団体、さらには全日本ジュニアで3位となった。3年の時には体重別と学生体重別で3位になった。世界ジュニアでは準々決勝でフランスのセリア・カンカンに敗れるなどして7位だった。団体戦では決勝のフランス戦で個人戦で敗れたカンカンに一本勝ちして、チームの優勝に貢献した。 IJF世界ランキングは350ポイント獲得で77位(2025年10月20日現在)。
大森 朱莉(おおもり あかり、2002年9月3日 - )は、… 大森 朱莉(おおもり あかり、2002年9月3日 - )は、大阪府出身の、日本の柔道選手。階級は57kg級。身長158cm。血液型A型。組み手は右組み。得意技は袖釣込腰。姉は52㎏級で活躍する大森生純。 柔道は4歳の時に初柔会西塾で始めた。広陵中学3年の時に全国中学校柔道大会57㎏級で3位になると、団体戦では優勝した。敬愛高校へ進むと、1年の時に全国高校選手権の3回戦で敗れた。2年の時にはインターハイで5位だったが、全日本ジュニアでは3位だった。 2021年に帝京大学へ進学すると、1年の時には体重別団体で2位になった。全日本ジュニアでは優勝した。2年の時には世界ジュニアの個人戦で2位だったが、団体戦では優勝した。
渡名喜 風南(となき ふうな、1995年〈平成7年〉8月1日… 渡名喜 風南(となき ふうな、1995年〈平成7年〉8月1日 - )は、神奈川県相模原市緑区出身の日本の柔道家。 帝京大学医療技術学部卒業、身長148.8センチメートル (cm)、胸囲94cm、リーチ153cm、握力は右30kg左30kg、血液型はO型、階級は48キログラム (kg) 級、段位は参段、組み手は左組み、得意技は足技、寝技。両親は沖縄県出身で4人姉妹の末妹。現役時はパーク24に所蔵した。 格闘技ファンの父とともに、幼少期からK-1などの格闘技をテレビでたびたび視聴し、ミルコ・クロコップのファンとなる。相原小学校3年時に、空手道場を見学するがあまり面白そうではなく自分のやりたいことはこれではないと悟り、次に柔道の相武館吉田道場を見学して自分のやりたいことはこれだと決めて柔道を始めた。
小山 亜利沙(こやま ありさ、1995年6月30日 -)は群… 小山 亜利沙(こやま ありさ、1995年6月30日 -)は群馬県出身のブラジルの柔道家。48kg級の選手。身長は151cm。組み手は左組み。得意技は一本背負投。 現在は帝京大学に在学。ブラジル名はステファニー・アリサ・コヤマ(Stefannie Arissa Koyama)。日本語、英語、ポルトガル語の3ヶ国語を話せるという[4][5][6]。
志々目 愛(ししめ あい、1994年1月25日 - )は、宮… 志々目 愛(ししめ あい、1994年1月25日 - )は、宮崎県都城市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は52 ㎏級。身長158 cm。血液型はB型。段位は四段。組み手は左組み。握力は右38 ㎏、左38 kg。得意技は内股。現在はSBC湘南美容クリニック所属。長兄は元柔道選手で元競艇選手(2019年引退)の志々目裕樹。次兄は2015年の世界選手権60 kg級で3位となった志々目徹。 柔道は4歳の時に兄の裕樹と徹の2人に続いて財部柔心館道場で始めた。練習は正月を除いて毎日あったという。道場から帰ると家でも父親と練習した。幼稚園の時は大柄な男子との対戦や、指導者に叱責されるのが嫌でトイレに隠れていたこともあった。
前田 奈恵子(まえだ なえこ、1991年7月12日 -)は青… 前田 奈恵子(まえだ なえこ、1991年7月12日 -)は青森県出身の日本の柔道家。70kg級の選手。身長は165cm。組み手は左組み。得意技は内股。 柔道は11歳の時に五所川原柔道少年団で始めた。五所川原第一中学3年の時に全国中学校柔道大会の70kg級で3位になった。埼玉栄高校へ進むと、2年の時には金鷲旗で同級生の烏帽子美久や馬場菜津美らとともに活躍して優勝した。インターハイの団体戦では決勝で阿蘇高校に敗れて2位だった。高校選手権の団体戦には出場しなかったが、チームは優勝を飾った。3年の時には金鷲旗の決勝で佐藤瑠香率いる八幡工業高校を破って2連覇を達成した。インターハイ個人戦では5位にとどまったが、団体戦では烏帽子や菅原歩巴とともに決勝で淑徳高校を破って優勝して、高校女子柔道史上初となる団体3冠(高校選手権、金鷲旗、インターハイ)を達成した。
近藤 香(こんどう かおり、1989年3月23日 - )は、… 近藤 香(こんどう かおり、1989年3月23日 - )は、福岡県出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は48kg級。身長153cm。血液型はO型。組み手は右組み。段位は初段。得意技は一本背負投。現在は日本生命に所属。 小学校3年の時に近所で不審者を見かけたことがきっかけで、いざという時に備えて柔道を始めた。沖学園中学3年の時に、全国中学校柔道大会の44kg級決勝で相原中学2年の中村美里に有効で敗れたものの2位となった。 沖学園高校時代はこれといった実績はなかったが、帝京大学3年の時に学生体重別48kg級決勝で、ジュニア時代からのライバルである浅見八瑠奈を7度目の対戦にして初めて破り優勝した。
石川 慈(いしかわ めぐみ、1988年11月26日 - )は… 石川 慈(いしかわ めぐみ、1988年11月26日 - )は、愛知県名古屋市出身の日本人の女子柔道選手である。階級は57kg級。身長168cm。得意技は大外刈、寝技。組み手は右組み。段位は五段。血液型はA型。 名古屋で生まれるが、後に半田市へ移った。柔道の指導者だった父親の影響で小学校3年の時に亀崎柔道会で柔道を始めた。なお、母親も形競技に取り組んでいる。亀崎中学に入学すると、最初は柔道を辞めようと思っていたが、1年の冬に試合で負けたことが悔しくて続けることに決めた。3年の時には全国中学校柔道大会の57kg級で5位となった。オリンピックの63kg級で2連覇を達成した谷本歩実の出身校でも知られる桜丘高校へ進んで寮生活を始めると、3年の時にはインターハイで2位となった。
石山 麻弥(いしやま あや、1988年1月8日 - )は、茨… 石山 麻弥(いしやま あや、1988年1月8日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。78kg超級の選手。現役時代の身長は161cm。体重96kg。血液型はO型。組み手は右組み。得意技は大内刈。 柔道は6歳の時に石下体育協会柔道部で始めた。石下西中学から水戸葵陵高校へ進むと、2年の時にはインターハイの78kg超級決勝で熊本西高校3年の立山真衣に敗れるも2位となった。全日本ジュニアではこの年から4年連続で3位となった。3年の時にはインターハイで3位にとどまると、アジアジュニアでも3位だった。 帝京大学へ進学すると、同期には後のロンドンオリンピック57kg級で金メダルを獲得することになる松本薫がいた。
宇高 菜絵(うだか なえ、1985年3月6日 - )は、愛媛… 宇高 菜絵(うだか なえ、1985年3月6日 - )は、愛媛県西条市出身の、日本人の女子柔道選手である。愛媛県立宇和島東高等学校から愛媛女子短期大学に進み、さらに帝京大学に編入して同校卒業。階級は57キロ級。身長161cm。得意技は大外刈。組み手は右組み。段位は参段。血液型はA型。コマツ女子柔道部から、現在はブイテクノロジーに所属している 。 6歳の時に柔道を始める。愛媛女子短大2年の時福岡国際女子柔道選手権大会 で優勝を果たした。その後も、国内外で一定の活躍をしていたものの代表には至らなかったが、2010年の体重別において、昨年の講道館杯に引き続いて松本薫に一本勝ちを果たして、ついに代表の座を勝ち取った。
鳥谷部 真弓(とりやべ まゆみ、1983年9月7日 - )は… 鳥谷部 真弓(とりやべ まゆみ、1983年9月7日 - )は青森県出身の日本の柔道家。78kg級の選手。身長160cm。得意技は背負投。 柔道は6歳の時に平内分団で始めた。小湊中学から青森山田高校へ進むと、1年の時には全国高校選手権の78kg級で3位、2年の時には優勝を飾った。3年の時には全日本ジュニアで3位だったが、全国女子体重別の決勝で淑徳高校3年の中沢さえを破って優勝を飾った。福岡国際では3位だったが、オーストリア国際では優勝した。2002年に帝京大学へ入学すると、1年の時には選抜体重別決勝で世界チャンピオンである警視庁の阿武教子に敗れるも2位となった。世界ジュニアでは得意の背負投でオール一本勝ちの優勝を飾った。
宮本 樹理(みやもと じゅり、1983年5月30日 - )は… 宮本 樹理(みやもと じゅり、1983年5月30日 - )は、愛媛県北宇和郡吉田町出身の日本の柔道家。階級は57kg級。身長160cm。得意技は内股、大腰。現姓は小國。 3歳の時に水泳とピアノを習い出すと、小学校1年生からはダンスも始めた。また、母親の兄たちは地元で知られた柔道兄弟だけあって、柔道も盛んに勧められたものの、あまり良いイメージを持っていなかったので拒んでいた。しかし、小学校4年生の時に立ち寄ったうどん屋の「国安」でテレビを見ていたら、「愛媛のYAWARAちゃん」として取り上げられていた小学校6年生の風戸晴子が男子をバンバン投げている姿を見てかっこよく思えたこともあり、これをきっかけとして地元の吉田柔道会で柔道を始めることになった。
堀江 久美子(ほりえ くみこ、1982年9月8日 -)は、兵… 堀江 久美子(ほりえ くみこ、1982年9月8日 -)は、兵庫県加古川市加古川町出身の日本の柔道家。階級は78kg級の選手。身長165cm。血液型はO型。段位は六段。組み手は左組み。得意技は払腰。現在は兵庫県警に所属している。現姓は萩原(はぎはら)。 柔道は加古川中学に入学してから始めた。夙川学院高校2年の時には全国高校選手権78kg級で3位となった。 2001年に帝京大学へ進むと、学生体重別決勝では1年から2年連続で筑波大学の長瀬めぐみに敗れて2位にとどまったが、全日本学生柔道優勝大会では2年の時にチームの優勝に貢献した。4年の時には学生体重別の準決勝で長瀬を破ると、決勝でも淑徳大学の中澤さえを指導2で下して優勝を成し遂げた。
佐野 明日香(さの あすか、1982年5月27日 -)は、愛… 佐野 明日香(さの あすか、1982年5月27日 -)は、愛媛県宇和島市出身の日本の柔道及びレスリング選手。階級は70kg級(柔道)と72kg級(レスリング)。身長168cm。 小学校1年の時に柔道を始めた。中学の時には四国大会で優勝を飾った。宇和島東高校に進学すると、2年の時に全国高校選手権70kg級でベスト16、3年の時には全国女子体重別で9位となった。なお、高校の1年先輩には2002年の選抜体重別で優勝した風戸晴子、1年後輩には2005年世界選手権57kg級代表の宮本樹理、2年後輩には2014年世界選手権57kg級で優勝した宇高菜絵がいた。大学は風戸のいる帝京大学に進むと、1年の時に全日本ジュニアで3位になった。
宝 真由美(たから まゆみ、1982年5月18日 - )は、… 宝 真由美(たから まゆみ、1982年5月18日 - )は、宮崎県出身の日本の柔道家。現役時代は48kg級の選手。身長152cm。組み手は右組み。得意技は背負投。宝3姉妹の末妹。長女は52kg級で活躍していた宝寿栄。 柔道は9歳の時に井上康生も所属していたことで知られる静充館で始めた。東大宮中学3年の時には全国中学校柔道大会の48kg級で2位になった。宮崎日大高校2年の時には全国高校選手権の決勝で沖学園高校の松田邦恵に敗れて2位だった。3年の時には全日本ジュニアで3位になった。2001年に帝京大学へ進学すると、2年の学生体重別では優勝を飾り、初の日本一となった。全国女子体重別ではミキハウスの北田佳世に敗れて2位だった。
近藤 悦子(こんどう えつこ、1981年9月22日 - )は… 近藤 悦子(こんどう えつこ、1981年9月22日 - )は大分県出身の日本の柔道家。78kg級の選手。身長170cm。 2010年の世界選手権100kg級で優勝した穴井隆将などを輩出した、1965年の世界選手権中量級2位の山中圏一が指導する秀鋭館道場で柔道を始めた。小学校5年の時には全国少年柔道大会の個人戦に出場して、男子選手を次々と破って3位入賞を果たした。審判長の貝瀬輝夫も小学生離れした力強い柔道に感嘆の声を上げた。明野中学から福岡工大附属高校へ進むと、2年の時に金鷲旗で3位になった。3年の時には全日本ジュニアの78kg級で3位だった。 2000年には帝京大学へ進学すると、2年の時には全国女子体重別で3位に入った。
風戸 晴子(かざと はるこ、1981年6月5日 -)は愛媛県… 風戸 晴子(かざと はるこ、1981年6月5日 -)は愛媛県宇和島市出身の日本の柔道家。現役時代は70kg級の選手。身長165cm。得意技は内股。 柔道は7歳の時に始めた。小学校6年生の時には「愛媛のYAWARAちゃん」としてテレビに取り上げられたこともあった。城北中学3年の時には全国中学校柔道大会56kg超級決勝で淑徳中学2年の岩田千絵に敗れた。宇和島東高校1年の時に全国高校選手権70kg級で2位になると、3年の時には全日本ジュニアで優勝を飾った。2000年に帝京大学へ進学すると、1年の時には全国女子体重別でコマツの天尾美貴を破って優勝を果たした。アジアジュニアでも優勝した。福岡国際では3位だったが、オーストリア国際では優勝を飾った。
吉村 依子(よしむら よりこ、1981年5月28日 - )は… 吉村 依子(よしむら よりこ、1981年5月28日 - )は青森県出身の日本の柔道家。52kg級の選手。身長153cm。得意技は内股、大腰、小外掛。 9歳の時にテレビアニメ化された『YAWARA!』に影響されて三道会館五所川原分団で柔道を始めた。筒井中学から青森山田高校へ進むと、2年の時に全国高校選手権52kg級で5位に入賞する。 高校を卒業後は憧れていた歌手になるための下準備として化粧品会社への就職が決まっていたが、帝京大学柔道部監督の稲田明に熱心に勧誘され、柔道を続ける道を選んだ。2000年に帝京大学へ進学後、1年の時に全日本ジュニアで2位、アジアジュニアでは優勝を果たす。3年の時には優勝大会で優勝メンバーの一員として名を連ねた。
手島 知佳(てしま ちか、1980年9月27日 - )は、大… 手島 知佳(てしま ちか、1980年9月27日 - )は、大分県出身の日本の柔道家。現役時代の階級は78kg級。身長は162cm。得意技は内股。 柔道は6歳の時に始めた。杵築中学3年の時には全国中学校柔道大会の56kg超級に出場して準決勝まで全て一本で勝ち上がると、決勝では日下部基栄以来史上2人目の3連覇を狙っていた大宮中学3年の薪谷翠を判定ながら破って優勝を飾った。杵築高校2年の時には高校選手権の78kg級で3位になった。3年の時には全国女子体重別(現 講道館杯)の決勝で帝京大学2年の松崎みずほに敗れて2位だった。1999年には筑波大学へ進学すると、1年の時には体重別(全日本選抜)と正力杯で3位だったが、優勝大会ではチームの初優勝に貢献した。
松崎 みずほ(まつざき みずほ、1979年1月20日 -)は… 松崎 みずほ(まつざき みずほ、1979年1月20日 -)は熊本県の上益城郡御船町出身の日本の柔道家。現役時代は78kg級の選手。身長161cm。得意技は背負投。 最初はバレエに取り組んでいたが、小学校6年の時に近所にある山下泰裕を育てたことで知られる白石礼介の運営する道場で柔道を始めることになった。九州学院中学から九州学院高校へ進むと、1,2年の時に全国高校選手権72kg級を連覇した。1997年に帝京大学に進むと、大学2年の時には全日本ジュニア78kg級で優勝して、世界ジュニアでも2位となった。また、この年から体重別決勝では警視庁の阿武教子に4年連続で敗れて2位にとどまることにもなった。全国女子体重別では2連覇を果たした。
斉藤 紀江(さいとう のりえ、1978年10月24日 - )… 斉藤 紀江(さいとう のりえ、1978年10月24日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家及びレスリング選手。身長172cm。柔道時代は70kg級と72kg級の選手。レスリング時代は67kg級と72kg級の選手。 柔道の他にレスリングにも取り組むと、土浦日大高校2年の時には全日本選手権の70kg級に出場して、決勝で浜口京子にフォール勝ちを収めて優勝を飾った。柔道では高校選手権72kg級の3回戦で九州学院高校2年の松崎みずほに敗れた。3年の時には金鷲旗の準決勝で福岡工大附属高校と対戦すると、延長戦で61kg級の日下部基栄に技ありで敗れて3位にとどまった。インターハイ団体戦では決勝で一本勝ちするなど、高校生でアトランタオリンピック66kg級代表に選ばれた同級生の一見理沙とともに活躍してチームの優勝に貢献した。
外岡 裕子(とのおか ゆうこ、1976年7月19日 - )は… 外岡 裕子(とのおか ゆうこ、1976年7月19日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。現役時代は72kg超級及び78kg級の選手。身長164cm。体重84kg。 柔道は明光中学に入学してから始めた。3年の時には全国中学校柔道大会56kg超級の準決勝で阿武教子と対戦するが、送襟絞で敗れて3位だった。土浦日大高校へ進むと、2年の全国高校選手権72kg超級決勝では柳川高校2年の阿武に注意で敗れた。3年の選抜体重別では準決勝で阿武に判定で敗れて3位だった。金鷲旗決勝の柳川高校戦では副将として大将の阿武と対戦するが、あと10秒守りきれば引き分けとなってチームが優勝するという場面で注意を与えられると、終了1秒前には内股で投げられた。
中村 友栄(なかむら ともえ、1976年2月1日 - )は大… 中村 友栄(なかむら ともえ、1976年2月1日 - )は大分県出身の日本の柔道家。現役時代の階級は70kg級及び72kg級。身長は171cm。得意技は内股、大外刈。 2010年の世界選手権100kg級で優勝した穴井隆将などを輩出した、1965年の世界選手権中量級2位の山中圏一が指導する秀鋭館道場で6歳の時に柔道を始めた。東陽中学から湊川女子高校へ進むと、2年の時には高校選手権の66kg級決勝で埼玉栄高校2年の清原織恵に判定で敗れた。3年の時には金鷲旗の決勝で柳川高校と対戦して阿武教子と引き分けるが、他のメンバーが敗れて2位にとどまった。 1994年にはこの年に女子柔道部が新設された帝京大学へ進学した。
谷 亮子(たに りょうこ、1975年9月6日 - )は、日本… 谷 亮子(たに りょうこ、1975年9月6日 - )は、日本の柔道家、政治家。福岡県福岡市出身。旧姓は田村(たむら)。柔道選手としてはオリンピックで2度、世界選手権で7度金メダルを獲得した。2018年1月には、女子としては極めて異例の飛び昇段で六段になった。 2010年の第22回参議院議員通常選挙で民主党の比例候補として当選し参議院議員として政界入り。民主党スポーツ議員連盟会長、日本未来の党幹事(遊説担当)、生活の党と山本太郎となかまたち副代表兼参議院幹事長などを歴任した後、改選となる2016年の第24回参議院議員通常選挙には立候補しなかった。 帝京大学文学部卒業、日本体育大学大学院修了。夫は元プロ野球選手で東芝社会人野球部エグゼクティブアドバイザーの谷佳知(2003年結婚)。