古謝 樹(こじゃ たつき、2001年8月18日 - )は、神… 古謝 樹(こじゃ たつき、2001年8月18日 - )は、神奈川県横浜市保土ケ谷区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 横浜市立瀬戸ケ谷小学校時代に山友スターズ(58期生)で野球を始め、横浜市立岩崎中学校では軟式野球部に所属していた。 湘南学院高等学校では当時臨時コーチを務めていた小倉清一郎から指導を受けた。3年夏は神奈川大会3回戦で県立相模原にコールド負けを喫した。3年間で甲子園大会出場はなかった。 高校卒業後は桐蔭横浜大学へ進学し、2年春からリーグ戦に登板。3年秋のリーグ戦では5勝を記録して優勝に貢献し、最優秀投手賞を受賞した。4年春に出場した全日本大学野球選手権大会では、仙台大学との初戦で自己最速を更新する153km/hを計測した。
伊禮 海斗(いれい かいと、2001年6月8日 - )は、神… 伊禮 海斗(いれい かいと、2001年6月8日 - )は、神奈川県川崎市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属。 小学校1年の時に白真少年野球部で野球を始める。中学時代には町田リトルシニアに在籍した。 高校は桐蔭学園高等学校に進学し高校2年時の第49回明治神宮野球大会では1回戦で先発するも、進藤勇也や西舘昂汰を擁す筑陽学園に打ち込まれ3回で4失点を喫し敗れる。3年春の第91回選抜高等学校野球大会では1回戦の啓新高等学校戦で9回途中4失点を喫し敗北する。同級生に森敬斗がいた。 大学は桐蔭横浜大学に進学し2年時の第70回全日本大学野球選手権記念大会に登板するが国際武道大学に敗れる。
菊地 大稀(きくち たいき、1999年6月2日 - )は、新… 菊地 大稀(きくち たいき、1999年6月2日 - )は、新潟県佐渡郡真野町(現:佐渡市)出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 佐渡市立真野小学校1年時に真野ファイターズで野球を始め、佐渡市立真野中学校3年時には佐渡市選抜のメンバーとして離島甲子園に出場した。 新潟県立佐渡高等学校では1年夏からベンチ入り。3年春の県大会は4回戦に進出したが、3年夏の県大会は初戦敗退し、甲子園に出場することはできなかった。最速145km/hの剛腕として注目を集め、プロ志望届を提出し9球団から調査書が届いたものの、ドラフトでは指名漏れとなった。 進学した桐蔭横浜大学では1年秋の右肘のクリーニング手術、3年春のコロナ禍の影響によるリーグ戦中止などもあり、4年春までの勝ち星は4勝にとどまったが、最終シーズンとなる4年秋は神奈川大学を14奪三振で完封するなど4勝を挙げ、最優秀投手とベストナインに選ばれた。
片山 皓心(かたやま ひろみ、1998年10月31日 - )… 片山 皓心(かたやま ひろみ、1998年10月31日 - )は、茨城県ひたちなか市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 勝田スポーツ少年団にて野球を始める。中学時代は軟式野球部で野球をしていた。 茨城県立日立第一高等学校では控え投手であった。甲子園出場経験はなし。この時の最速は133km/hにとどまっていた。 桐蔭横浜大学では4年時にようやくエースの座に君臨。4年秋のリーグ戦では6勝1敗、防御率1.39という成績を残して、優勝に貢献。秋の横浜市長杯では3試合連続完投をし、優勝に貢献した。同期に渡部健人がいる。 Hondaでは1年目に春の新人大会となる東京スポニチ大会で、2試合をいずれも完投して防御率1.00を記録し、新人賞を受賞した。
横山 弘樹(よこやま ひろき、1992年3月12日 - )は… 横山 弘樹(よこやま ひろき、1992年3月12日 - )は、宮崎県宮崎市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 実父は高校野球の経験者。小学生時代から軟式野球を始めると、宮崎市立赤江東中学校時代には宮崎リトルシニアに所属した。宮崎日大高への進学後は、九州大会で準々決勝にまで残ったものの、甲子園球場との全国大会と縁がなかった。 桐蔭横浜大学への進学後は、神奈川大学野球リーグ戦へのデビューが3年時の春にまで持ち越されるほど、制球難の克服に時間を要した。3年秋にはチームが明治神宮大会で優勝するが同級生の右投手・小野和博(SUBARU)がフル回転して本大会での登板はなし。4年時に頭角を現すと、チームの春秋連覇に貢献して大学選手権では2回戦の愛知大戦では先発7回1/3を無失点に抑えるも準々決勝・亜大戦で延長10回から救援登板するもサヨナラ負け。
長谷川 潤(はせがわ じゅん、1991年6月15日 - )は… 長谷川 潤(はせがわ じゅん、1991年6月15日 - )は、東京都府中市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 中学時代は武蔵府中シニアに所属。成立学園高等学校では、西潟栄樹(桐蔭横浜大学-トヨタ自動車)とダブルエースを担い、西潟のあとを受けるリリーフ投手として活躍。3年生夏は東東京都大会ベスト4まで進んだ。大学では3年春秋でベストナイン。 金沢学院大学卒業後は、ベースボール・チャレンジ・リーグの石川ミリオンスターズに入団(背番号は20)。建築現場でのアルバイトを掛け持ちしながらプレーした。2014年末にはコロンビアリーグに派遣され、5勝を挙げた。 石川ミリオンスターズでコーチを務めていた多田野数人の指導もあり、2015年9月に読売ジャイアンツの入団テストを受けて合格。
東明 大貴(とうめい だいき、1989年6月15日 - )は… 東明 大貴(とうめい だいき、1989年6月15日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)。 小学生時代に地元の厚見スポーツ少年団に所属したが、チームは6年間に3回しか勝てなかった。厚見中学校で軟式野球部に所属した後に、富田高へ進学。1年の秋からエースになったが、高校時代は地方大会で一度も初戦を突破できなかった。 スポーツ推薦ではなくAO入試で桐蔭横浜大学へ進学すると、神奈川大学野球のリーグ戦に1年時の春から登板。後に球速を大きく伸ばすなど急成長を遂げ、同年の秋季リーグ戦では、ベストプレーヤー賞を受賞した。2年時の春には、チームをリーグ戦初優勝と全日本大学野球選手権大会への進出に導いたが、故障のため選手権大会では登板の機会はなかった。
中野 達也(なかの たつや、1983年10月7日 - )は、… 中野 達也(なかの たつや、1983年10月7日 - )は、日本のアスレティックトレーナー、プロ野球コーチ。埼玉西武ライオンズのトレーニングコーチを務めていた。JR東日本硬式野球部、TDK硬式野球部、桐蔭横浜大学硬式野球部、慶應義塾大学体育会野球部でコンディショニングコーチを務める。2021年よりゴルフ界に進出。河本力、河本結のコンディショニングも務める。 波佐見高校では2001年の第83回全国高等学校野球選手権大会に出場。初戦の佐野日大戦に1対4で敗れた。西武入団前は三菱重工長崎硬式野球部のトレーナーサポートを務めていた。 アマチュア野球からプロへの輩出歴