スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
片山 皓心(かたやま ひろみ、1998年10月31日 - )… 片山 皓心(かたやま ひろみ、1998年10月31日 - )は、茨城県ひたちなか市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 勝田スポーツ少年団にて野球を始める。中学時代は軟式野球部で野球をしていた。 茨城県立日立第一高等学校では控え投手であった。甲子園出場経験はなし。この時の最速は133km/hにとどまっていた。 桐蔭横浜大学では4年時にようやくエースの座に君臨。4年秋のリーグ戦では6勝1敗、防御率1.39という成績を残して、優勝に貢献。秋の横浜市長杯では3試合連続完投をし、優勝に貢献した。同期に渡部健人がいる。 Hondaでは1年目に春の新人大会となる東京スポニチ大会で、2試合をいずれも完投して防御率1.00を記録し、新人賞を受賞した。
揚石 創(あげいし そう, 1987年7月8日- )は、茨城… 揚石 創(あげいし そう, 1987年7月8日- )は、茨城県出身のフットサル選手。バルドラール浦安所属。ポジションはゴレイロ。平均値が高く、シュートストップにも優れる安定したプレースタイルが持ち味。 高校まではサッカーを続け、順天堂大学入学後、大学の暇つぶしからフットサルを始める。順天堂大学jfc/GAZILを経て、当時、関東フットサルリーグ1部所属のFUGA TOKYO(現・フウガドールすみだ)に入団。在籍中の2014-15シーズンにフウガドールはFリーグへ参入した。 2017年4月、バルドラール浦安に移籍。Fリーグ5シーズン目の2018年11月17日 Fリーグ2018/2019第22節対アグレミーナ浜松において、Fリーグ通算100試合出場を達成した。
奥村 祐介(おくむら ゆうすけ、1984年 - )は、茨城県… 奥村 祐介(おくむら ゆうすけ、1984年 - )は、茨城県日立市出身の津軽三味線奏者。慶應義塾大学環境情報学部卒業。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。現在会社員で師範、佐々木光祐(ささきみつゆう)を取得。 小学2年生のとき、母親の薦めで佐々木光儀に入門。兄弟子に上妻宏光等がいる。津軽三味線全国大会D級(中学生以下:現ジュニア部門)において史上最年少の11歳でチャンピオンとなる。その後、C級、B級でも最年少チャンピオンとなり、プロを対象としたA級でも、最年少入賞記録を持つ。現在は、学業と両立させながら演奏活動を続けている。佐々木氏について幼少期から海外公演も多い。ニュージーランド公演の際、原住民マオリ族の民族音楽を演奏したところ、大きな反響を得たことをきっかけに、海外の音楽にも積極的に取り組んでいる。
石田 剛規(いしだ たかき、1982年9月25日 - )は、… 石田 剛規(いしだ たかき、1982年9月25日 - )は、茨城県出身のバスケットボール選手・指導者、俳優である。ポジションはSG。 2005年にトヨタ自動車アルバルクに加入。 2009年に退団し現役を引退。同年7月クールの月9ドラマ『ブザー・ビート〜崖っぷちのヒーロー〜』で俳優に転身。「役者の仕事をしていた」と出演番組で話していた。 2010年にクラブチーム「エクセレンス」に所属し競技復帰を目指す。 2011年、bjリーグドラフトにて全体4位で千葉ジェッツに指名される。さらに2012bjリーグオールスターゲームinさいたまにもfacebookブースター投票枠で選出された。石田にとっては2010年宮城グランディ21セキスイハイムアリーナで行われたbjリーグオールスターで先のドラマ、ブザー・ビート出演に伴うスリーポイントコンテストゲスト出場に次ぐ実質2回目の出場になる。
石川 昭政(いしかわ あきまさ、1972年〈昭和47年〉9月… 石川 昭政(いしかわ あきまさ、1972年〈昭和47年〉9月18日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(5期)。 デジタル副大臣兼内閣府副大臣、復興大臣政務官兼内閣府大臣政務官兼経済産業大臣政務官を歴任した。兄は石川の第一秘書を務めた。 茨城県日立市生まれ。日立市立会瀬小学校、日立市立助川中学校、茨城県立日立第一高等学校・國學院大學文学部神道学科を経て、1998年(平成10年)、國學院大學大学院文学研究科神道学・宗教学専攻博士前期課程修了[要出典]。 同年に自由民主党本部職員となり、幹事長室でマスコミ担当。2000年(平成12年)、選挙対策本部を担当。党職員を13年間を務めた。2011年(平成23年)、公募で自民党衆議院茨城第五選挙区支部長に就任。
ヤマグチ ノボル(男性、1972年2月11日 - 2013年… ヤマグチ ノボル(男性、1972年2月11日 - 2013年4月4日)は、日本のライトノベル作家、ゲームシナリオライター。茨城県日立市出身。血液型B型。明治大学政治経済学部政治学科(二部)卒業。 自身の関わるゲーム作品をノベライズした『カナリア 〜この想いを歌に乗せて〜』(角川スニーカー文庫)で小説家デビュー。代表作である『ゼロの使い魔』はアニメ化された。ジュブナイルポルノ(官能小説)においては山口 昇一(やまぐち しょういち)名義を使用。 2011年7月15日に、自身が末期癌にあり、抗がん剤による延命治療中であること、また、たまたま見つかった胆石除去の開腹手術の際に、がん細胞が縮退したことがわかり手術が可能となり、同年8月上旬に手術を行うことがメディアファクトリーを通じて公表された。
佐藤 健太郎(さとう けんたろう、1970年〈昭和45年〉5… 佐藤 健太郎(さとう けんたろう、1970年〈昭和45年〉5月8日 - )は、化学を専門分野とする日本のサイエンスライター。国道愛好家としても知られる。2012年(平成24年)4月まで、東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教。 兵庫県生まれ。茨城県立日立第一高等学校を経て、東京理科大学理学部応用化学科を卒業後、東京工業大学大学院理工学研究科修士課程に進み有機合成化学を学ぶ(修士)。1995年(平成7年)より、茨城県つくば市内の製薬会社において研究職として勤める傍ら、有機化学について広く世間に興味を持ってもらいたいとの思いから、1998年(平成10年)にウェブサイト『有機化学美術館』を開設。CGによる分子の画像を交え、有機化学に関連する様々な記事の執筆・公開を始めた。
東海林 毅(とうかいりん たけし、1969年2月16日-)は… 東海林 毅(とうかいりん たけし、1969年2月16日-)は、茨城県出身のサッカーのフィジカルコーチである。2010年に日本サッカー協会公認S級ライセンスを取得した 。
国吉 伸洋(くによし のぶひろ、1968年3月23日 - )… 国吉 伸洋(くによし のぶひろ、1968年3月23日 - )は、テレビ朝日所属の報道記者、同局元・アナウンサー。
大金 直樹(おおがね なおき、1966年12月13日 - )… 大金 直樹(おおがね なおき、1966年12月13日 - )は、日本の実業家、元サッカー選手。 茨城県日立市出身。1982年に茨城県立日立第一高等学校へ進学し、2年生、3年生時には茨城県選抜として国体出場。2期下に東海林毅。1985年に筑波大学へ進学し、4年生時の1988年には関東大学リーグ及び総理大臣杯で優勝。 1989年に大学を卒業し、東京ガスへ入社。社員選手として同社サッカー部(現FC東京)に入部した。ポジションは主にボランチ。1990年に大熊清、川勝良一、小林伸樹らと関東リーグ及び全国地域リーグ決勝大会で優勝を果たし、翌年からは日本リーグ及びジャパンフットボールリーグでプレーを続けた。主将を任されていたが1994年のリーグ第6節東芝戦で前十字靭帯を断裂。
佐藤 シンイチロウ(さとう シンイチロウ、1964年〈昭和3… 佐藤 シンイチロウ(さとう シンイチロウ、1964年〈昭和39年〉8月16日 - 2026年〈令和8年〉3月23日)は、日本のドラマー。ロックバンド、the pillowsとThe ピーズのドラムス担当として活動。血液型はO型。愛称はシンちゃん。 茨城県日立市出身。駒澤大学卒業。 THE POGO、KENZI & THE TRIPSでの活動を経て、the pillowsとThe ピーズの2つのバンドを並行させて活動。詳細は後述の来歴の節を参照のこと。 thee michelle gun elephantのメンバーと親交が深い。1993年頃、当時まだ無名だった彼らに、the pillowsの所属事務所であるBAD MUSIC GROUPを佐藤が薦め、結果メジャー・デビューした。
軍地 彩弓(ぐんじ さゆみ、1964年4月25日 - )は、… 軍地 彩弓(ぐんじ さゆみ、1964年4月25日 - )は、日本の編集者、ファッション・クリエイティブ・ディレクター。現在、株式会社gumi-gumi代表。茨城県ひたちなか市出身。 茨城県立日立第一高等学校から中央大学文学部に進学し社会学を学ぶ。大学在学中からリクルートでマーケティングやタイアップを中心とした制作の勉強をする。その傍ら講談社の『Checkmate』でライターのキャリアをスタート。卒業と同時に講談社の『ViVi』編集部で、フリーライターとして活動。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力する。 2008年には、現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブ・ディレクターとして、『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。
大泉 実成(おおいずみ みつなり、1961年11月16日 -… 大泉 実成(おおいずみ みつなり、1961年11月16日 - )は、日本のノンフィクションライター。 東京都新宿区出身。小学校から高校まで茨城県日立市で育つ。茨城県立日立第一高等学校、中央大学文学部哲学科卒業。同大学院文学研究科修了。日立市在住。 少年の頃、エホバの証人の信者だった経験を持ち、1985年におきた信者による「輸血拒否」による少年死亡事件に衝撃を受け、関係者に取材して、処女作『説得-エホバの証人と輸血拒否事件』を刊行。1989年、講談社ノンフィクション賞を受賞。同著は後にビートたけし主演でテレビドラマ化された。 その後も、対象に密着したノンフィクション作品を発表。『麻原彰晃を信じる人びと』等のハードなものから、『消えたマンガ家』、『東京サイテー生活-家賃月二万円以下の人々』等ライトなサブカルチャーものまで幅広い著作がある。
吉野 俊郎(よしの としろう、1960年9月5日 - )は、… 吉野 俊郎(よしの としろう、1960年9月5日 - )は、日本の現役ラグビー選手。 茨城県立日立第一高校を経て早稲田大学へと進む。 早稲田大学時代には、本城和彦、津布久誠とともに、『三羽烏』と謳われ、一躍スタープレーヤーにのし上がった。当時はセンターのポジションにつくことが多かったが、走力に秀でていたこともあってか、本城からパスを受けると、そのままトライするケースが少なくなかった。したがって後に、ウィングでも起用される機会が増えるようになった。 その後、本城とともにサントリー(現 サントリーサンゴリアス)に進み、入社当時は新興チームに過ぎなかった同チームを、全国社会人ラグビーフットボール大会(以下、全国社会人大会)で優勝を争える程度にまでチーム力を引き上げた。
岡部 英明(おかべ ひであき、1959年3月31日 - )は… 岡部 英明(おかべ ひであき、1959年3月31日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。父は衆議院議員、第77代茨城県議会議長を務めた岡部英男。 茨城県立日立第一高等学校卒業、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。デンバー大学経営大学院留学。茨城青年会議所会頭を務める。 2003年の第43回衆議院議員総選挙に父・英男の後継として茨城5区から自由民主党公認で出馬したが、民主党公認の大畠章宏に敗れ落選。2005年の第44回衆議院議員総選挙では再び大畠に敗れるも比例北関東ブロックで復活し初当選。2009年の第45回衆議院議員総選挙では三たび大畠に敗れ、比例復活もならず落選した。 2010年8月、自身の力不足を痛感したとして、次期総選挙に出馬せず、政界を引退することを表明した。
古木 優(ふるき まさる、1956年 - )は、日本の作家。
小川 春樹(おがわ はるき、1948年2月9日 - )は、日… 小川 春樹(おがわ はるき、1948年2月9日 - )は、日本の政治家。茨城県日立市長(3期)。 1966年(昭和41年)3月、茨城県立日立第一高等学校卒業。同年4月、日立市役所に入所。2000年(平成12年)4月、総務部長に就任。2006年(平成18年)4月から2015年(平成27年)1月29日まで日立市助役、副市長を務めた。 2015年(平成27年)4月19日告示、4月26日投票の日立市長選挙に無投票で初当選した。5月1日、市長就任。 2019年(平成31年)、無投票により再選。 2023年(令和5年)、24年ぶりの選挙戦となり、会社社長を破って三選した。 東日本大震災で被害を受け、建て替えが進められていた新庁舎が、2017年6月30日に完成し、7月18日に供用を開始した。
渡辺 弘基(渡邊 弘基、わたなべ ひろき、1947年10月2… 渡辺 弘基(渡邊 弘基、わたなべ ひろき、1947年10月26日 - )は阪急ブレーブス・広島東洋カープに所属したプロ野球選手(投手)。福岡県出身。 日立一高では、1965年にエースとして夏の甲子園東関東予選決勝に進出。銚子商の木樽正明と投げ合うが0-9で大敗し、甲子園には出場できなかった。 亜細亜大学へ進学。東都大学リーグでは在学中に2度の優勝を経験。1年上に森永悦弘、西尾敏征(電電中国)の両投手がおり、4年生時には山本和行が台頭したため、あまり登板機会には恵まれなかった。リーグ通算22試合に登板し3勝6敗。 1969年のドラフトで東映が3位指名するも拒否し、社会人の日産自動車に入社。1970年の都市対抗に本田技研の補強選手として出場する。
平山 輝武(ひらやま てるたけ、1944年3月27日 - )… 平山 輝武(ひらやま てるたけ、1944年3月27日 - )は、茨城県出身の元バスケットボール選手・指導者。身長175cm。ポジションはガード。「シュートマシン」の異名を持つ。現役当時は3点シュートがなかった。ミスターバスケットの諸山文彦とは日本大学時代および日本鋼管時代コンビを組んでいた。 茨城県立日立第一高等学校入学後はバスケット部に入部 日本大学進学後、大学バスケ界の名監督と謳われた細島繁の指導を受ける。 卒業後は日本鋼管に入社。日本リーグ4連覇に貢献。 全日本でも東京五輪候補、アジア選手権などに出場。 現役引退後は母校・日本大学の助監督等を行う。 また、明星学園女子バスケットボール部の監督、椎名真一を義理の弟に持つ。
江尻 亮(えじり あきら、1943年1月10日 - )は、茨… 江尻 亮(えじり あきら、1943年1月10日 - )は、茨城県高萩市出身の元プロ野球選手(投手、外野手)・コーチ・監督。 実家は旅館。日立一高では1年次の1958年、秋季関東大会県予選の準々決勝で結城一高からノーヒットノーランを達成。準決勝で土浦三高に敗退するが、好投手として話題になる。3年次の1960年には夏の甲子園東関東大会県予選決勝に進出するが、0-1で水戸商に惜敗。 高校卒業後は一般入試で早稲田大学2部政治経済学部に進学。最上級生であった安藤元博の後継として期待され、東京六大学野球リーグでは1年次の1961年春季リーグから登板機会を得る。しかし同年秋季リーグでは1死も取れずに5失点を喫して降板、2年次の1962年春季リーグでも3度先発のチャンスを貰うも結果を残せず、同期のエース・宮本洋二郎の後塵を拝す。
黒澤 元治(くろさわ もとはる、1940年8月6日 - )は… 黒澤 元治(くろさわ もとはる、1940年8月6日 - )は、日本の自動車評論家、元レーシングドライバー。 茨城県日立市にて日立製作所に勤める技術者の息子として生まれる。1960年代から1970年代に掛けて自動車競技で活躍した後、評論家に転向した。「ガンさん」のニックネームでも知られる。2012年からSUPER GTに関わり、LEON RACINGの監督も歴任した。 年齢が2025年8月で85歳となった現在においても、ビデオマガジンやYouTubeなどで高度な運転技術を披露する。 ホンダ系チームで2輪ライダーとして活動。1962年に鈴鹿サーキットで初開催された、第1回全日本選手権ロードレースの50ccクラスで優勝するなどの実績がある。
田中 信太郎(たなか しんたろう、1940年〈昭和15年〉5… 田中 信太郎(たなか しんたろう、1940年〈昭和15年〉5月13日 - 2019年〈令和元年〉8月23日)は、日本の現代美術家、彫刻家。 1960年代の「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」を経て、ミニマリズムやインスタレーションの分野で活動。国内外で評価された。 1940年東京生まれ。太平洋戦争末期に茨城県日立市へ疎開し、茨城県立日立第一高等学校卒業。その後上京し、1959年二紀展に入選しデビューする。1960年より読売アンデパンダン展に出品し、篠原有司男らと「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」で活動する。 1960年代後半、ミニマル・アート的作風へ転向。1968年の個展「点・線・面」や、1970年の第10回日本国際美術展「人間と物質」展へ参加。
宮本 征勝(みやもと まさかつ、1938年7月4日 - 20… 宮本 征勝(みやもと まさかつ、1938年7月4日 - 2002年5月7日)は、茨城県日立市出身のサッカー選手、サッカー指導者。選手時代のポジションはディフェンダー。サッカー日本代表として44試合に出場し、1968年のメキシコシティオリンピックで銅メダルを獲得した。 茨城県立日立第一高等学校でサッカーを始め、1956年の第35回全国高等学校サッカー選手権大会で準優勝し、得点王および最優秀選手に選出された。 1957年、早稲田大学第二商学部に入学。在学中は早稲田大学ア式蹴球部に所属し、在学中の1958年にサッカー日本代表に選出され、同年12月の香港代表戦で初出場した。 大学卒業後、1961年から長沼健や大学の先輩・八重樫茂生ら代表選手の揃った古河電気工業サッカー部(現:ジェフユナイテッド市原・千葉)に入団した。
鎌田 光夫(かまた みつお、1937年12月16日 - )は… 鎌田 光夫(かまた みつお、1937年12月16日 - )は、茨城県出身の元サッカー選手(DF)・サッカー監督。 日立市立多賀中学校を経て進学した日立一高では3年次の1955年、神奈川国体・高校の部に出場して3位入賞を果たした。 高校卒業後の1956年に中央大学へ進学し、2年次の1957年からはレギュラーとなる。同年には天皇杯に中大クラブ(学生・OBの混合チーム)のMFとして出場し、決勝で実業団の強豪・東洋工業を破って優勝。3年次の1958年1月に開催された大学選手権でも優勝し、同年12月には川淵三郎・宮本征勝らと共に日本代表デビュー。香港戦で初出場を果して以来、的確で冷静な判断力とカバーリングを武器に代表守備陣の中枢を成した。
近藤 陽次(こんどう ようじ、1933年5月26日 -201… 近藤 陽次(こんどう ようじ、1933年5月26日 -2017年10月9日)は、天体物理学者・SF作家。 日立第一高等学校、東京外国語大学、ニューヨーク市立大学を経て、ペンシルベニア大学の大学院で天体物理学の博士号を取得。NASAの職員となり、ロケット、人工衛星などによる紫外線観測に従事。アポロ計画およびスカイラブ計画の時にはNASAのジョンソン宇宙センター(前:有人宇宙船センター)の天体物理学研究所を率いていた。 またエリック・コタニ(Eric Kotani)のペンネームでSF小説も執筆している。 小惑星の(8072) 近藤陽次は彼に因んで命名された。
田村 晃祐(たむら こうゆう、1931年2月5日 - 202… 田村 晃祐(たむら こうゆう、1931年2月5日 - 2022年7月1日)は、日本の仏教学者。学位は、文学博士(東京大学・乙種・1989年)。東洋大学名誉教授。専門は日本仏教史。最澄と徳一研究の第一人者。その他に聖徳太子、親鸞、井上円了も研究。茨城県多賀郡日立町(現、日立市)生まれ。 1931年2月、茨城県多賀郡日立町の真宗大谷派の寺院に生まれる。1949年、茨城県立日立第一高等学校を卒業後、東京大学文学部印度哲学梵文学科(現:インド哲学仏教学専修課程)に進む。1954年に同大学院人文科学研究科修士課程に進み、1961年に同博士課程満期退学。1989年に『最澄教学の研究 - 最澄,徳一論争を通じて-』で文学博士(乙種、東京大学)。
松崎 龍夫(まつざき たつお、1926年(大正15年)2月1… 松崎 龍夫(まつざき たつお、1926年(大正15年)2月16日 - 1994年(平成6年)12月19日)は、日本の政治家。北茨城市長(1期)。 ゴルフ場開発をめぐる汚職事件で逮捕され、拘置中に自殺した。 山形県出身。茨城県立日立中学校(現・茨城県立日立第一高等学校)卒業。1945年(昭和20年)、海軍兵学校卒業。潜水艦の乗組員として出征。階級は中尉だった。復員後、華川村役場に奉職。華川村は1955年(昭和30年)に磯原町となり、磯原町は1956年(昭和31年)3月31日に5町村と合併し北茨城市となった。 1976年(昭和51年)、北茨城市助役に就任。1983年(昭和58年)5月の市長選への出馬を目論むが、3選を目指す現職の柴田章の支持者らに自宅に押しかけられ、断念を迫られる。
瀬谷 義彦(せや よしひこ、1914年(大正3年)1月2日 … 瀬谷 義彦(せや よしひこ、1914年(大正3年)1月2日 - 2015年(平成27年)11月20日)は、日本の歴史学者。東京帝国大学文学部国史学科卒業。学位は文学士(東京帝国大学)。称号は日立市名誉市民、茨城大学名誉教授。栄典は従四位勲三等旭日中綬章。 茨城県多賀郡鮎川村(現在の日立市)生まれ。 茨城県立日立中学校(現在の茨城県立日立第一高等学校)教諭、水戸中学校(現在の茨城県立水戸第一高等学校)教諭を経て、1943年(昭和18年)茨城師範学校教授、多賀工業専門学校教授を経て茨城大学教授となる。定年退官後、茨城キリスト教大学短期大学部教授、茨城キリスト教大学教授を務めた。 共同で執筆、監修した「日立市史」は1959年(昭和34年)に発行されて茨城県内初の自治体史となったほか、水戸市史や県史など自治体史の編集にも関わるなど茨城県に関する歴史学研究において多数の業績がある地方史研究の第一人者であった。
小池 博史(こいけ ひろし、男性)は、日本の空間演出家・作家… 小池 博史(こいけ ひろし、男性)は、日本の空間演出家・作家・振付家・映画監督。 1982年パフォーミングアーツグループ「タラフマラ劇場」を設立(1987年に『パパ・タラフマラ』に改称)。2012年5月の同グループ解散まで全55作品の作・演出・振付を手掛ける。2012年6月に6月に『小池博史ブリッジプロジェクト』を立ち上げる。(2023年6月、『小池博史ブリッジプロジェクトーODYSSEY』に改称)現在までに同プロジェクトにて38作品を創作。北南米、欧州、アジア18カ国にて創作。アフリカを除く42カ国をツアーしている。数多くの多国籍かつバックグラウンドの異なるアーティスト、俳優、舞踊家、音楽家、美術家、映像作家、プロデューサーと共同制作を行ってきた。
佐々木 ひとみ(ささき ひとみ)は日本のコピーライター、児童… 佐々木 ひとみ(ささき ひとみ)は日本のコピーライター、児童文学作家。 茨城県十王町(現在の日立市)生まれ、宮城県仙台市在住。1985年東北福祉大学福祉心理学科卒業。広告制作プロダクションへ勤務ののち、フリーのコピーライターに。 『ぼくとあいつのラストラン』で、第1回 「新・童話の海」公募入選、第20回 椋鳩十児童文学賞を受賞。ニッサン童話と絵本のグランプリにおいて、「バラ園の魔女」が第15回童話部門佳作入賞、「さくらもり」が第20回の童話部門佳作入賞している。 2016年8月、『ぼくとあいつのラストラン』が「ゆずの葉ゆれて」として映画化。 日本児童文芸家協会会員、日本児童文学者協会会員、「季節風」同人。
松野 知紀 (まつの ともき、2002年 - )は、世界経済… 松野 知紀 (まつの ともき、2002年 - )は、世界経済フォーラム (WEF)・グローバルシェイパー。 ほかに、国際政治学学生協会 (IAPSS) 上席地域調整官、ハーバード大国際問題研究所 研究員、環境エネルギー政策研究所 北米地域リサーチ主幹などを務める。2021年から、米・ハーバード大学 (学部) に在学。世界政治学会 (IPSA)、アメリカ政治学会 (APSA)会員。 2002年生まれ。茨城県立日立第一高等学校附属中学校、高等学校出身。 2019年のY20サミット (G20公式附属会議)では、世界青年代表枠20名の一員に日本人として唯一選出され、複数の国際機関等に対して政策提言書を作成した。
宇多村哲也(うたむら てつや)は、日本の財務官僚。財務省主税… 宇多村哲也(うたむら てつや)は、日本の財務官僚。財務省主税局参事官。 茨城県立日立第一高等学校、東京大学経済学部を卒業し、1998年 大蔵省入省(主計局総務課)。上司である主計官(総務課)に丹呉泰健がいた。 1999年8月 主計局調査課。2000年7月からケンブリッジ大学へ留学し、2002年6月に経済社会史の修士を修得。 2005年12月 金融庁総務企画局総務課長補佐(大臣政務官秘書官)。2007年7月 アフリカ開発銀行(AfDB)理事。 その後は財務省主計局主計官補佐(公共事業係主査)、主計局主計官補佐(国土交通係主査)、主計局主計企画官補佐(調整係主査)などを務める。 2016年5月 ASEAN+3マクロ経済調査事務局(AMRO)予算人事総務グループ長。