川田 悠慎(かわだ ゆうしん、2002年2月20日 - )は… 川田 悠慎(かわだ ゆうしん、2002年2月20日 - )は、高知県宿毛市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 山奈小学校1年生の時に「山奈レンジャーズ」で野球を始め、6年時は「中村スポーツ少年団」でプレーした。四万十市立中村中では3年時にKボール高知県選抜で準優勝した。 中学卒業後は高知高等学校に進学。2年の秋から主将を務め、秋の高知県大会では準優勝して四国大会へ出場した。3年夏の高知県大会では明徳義塾に敗れ準優勝。3年間での甲子園出場経験はない。高校の2学年後輩に森木大智がいる。 高校卒業後に京都産業大学へ進学し、4年の春から同大学野球部の主将となったが、肩や足首などのケガに苦しみ、思うようなプレーが出来なかった。
岩橋 慶侍(いわはし けいじ、1991年4月23日 - )は… 岩橋 慶侍(いわはし けいじ、1991年4月23日 - )は、京都府京都市伏見区出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。2021年現在、オリックス・バファローズで打撃投手を務めている。 小学1年から投手として野球を始め、京都市立深草中学校時代は深草中村メッツに所属していた。京都府立京都すばる高等学校では、2年秋からエースとなったが、甲子園出場はならなかった。 高校卒業後は京都産業大学に進学し、関西六大学野球リーグでは58試合に登板し、30勝(リーグ歴代4位タイ、うち完投勝利が22、完封勝利が6)12敗、415投球回、293奪三振、防御率1.56。東京ヤクルトスワローズを含め中日ドラゴンズ・オリックス・バファローズなど7球団10人のスカウトが視察に訪れた。
池山 あゆ美 (いけやま あゆみ、1990年9月17日 - … 池山 あゆ美 (いけやま あゆみ、1990年9月17日 - ) は、元女子プロ野球選手、野球指導者。ニックネームは「池やん」。2024年から阪神タイガース Womenのコーチを務める。 京都産業大学附属高校及び伊予銀行に在籍している時は、ソフトボールをしていた。 2013年、フローラに入団し、女子プロ野球選手としてのキャリアをスタートさせた。同年は、投手としての成績はなかった。 2014年11月8日に行われた日本シリーズ女王決定戦では、プロ入り初本塁打を放ち、初戦のチーム勝利に貢献した。 2017年限りで引退。 2022年から福岡ソフトバンクホークスの球団統括本部 野球振興部スタッフに就任する。
中村 憲(なかむら けん、1989年9月27日 - )は、京… 中村 憲(なかむら けん、1989年9月27日 - )は、京都府宇治市出身の元プロ野球選手(外野手)、野球指導者。元女子プロ野球選手の中村香澄は実妹である。 京都すばる高時代から投手を始める。それまでは投手の経験はなく、1・2年中心のチーム構成だったために上背のある中村に白羽の矢が立った。そのため野手としての能力も高く、50m5秒9の俊足に1年生の頃から4番を任された打撃センスを併せ持つ(高校通算26本塁打)。なお、高校の2学年後輩に岩橋慶侍(京都産業大学→東京ヤクルトスワローズ)がいた。 高校最後の夏は京都大会の決勝までの全6試合51イニングを一人で投げ抜いたが、決勝の京都外大西高戦は1-2で敗れ、甲子園出場はならなかった。
松田 光(まつだ ひかる、1986年12月17日 - )は、… 松田 光(まつだ ひかる、1986年12月17日 - )は、千葉県四街道市出身の男子ソフトボール選手(投手)。二刀流選手。背番号20。右投右打。男子ソフトボール日本代表。 第16回世界男子ソフトボール選手権銀メダリスト。京都産業大学出身。現役時代は平林金属所属(主将)。 近所に住む従兄弟の影響で1年生からソフトボールを始めた。チームの桜ヶ丘ファイターズでは後にルネサスエレクトロニクス高崎でプレーする大久保美紗がいた。5年生の時に関東大会に出場した。しかし、セカンドを守っていた松田は小フライを落球し、チームは敗れた。助っ人で全国大会に出場したが、チームは敗れている。 中学校では男子部にソフトボール部がなく、軟式野球部に入部する。
平野 佳寿(ひらの よしひさ、1984年3月8日 - )は、… 平野 佳寿(ひらの よしひさ、1984年3月8日 - )は、日本のオリックス・バファローズに所属するプロ野球選手(投手)である。
光原 逸裕(みつはら あつひろ、1980年10月11日 - … 光原 逸裕(みつはら あつひろ、1980年10月11日 - )は、兵庫県神戸市出身の元プロ野球選手(投手)。
倉 義和(くら よしかず、1975年7月27日 - )は、京… 倉 義和(くら よしかず、1975年7月27日 - )は、京都府京都市山科区出身の元プロ野球選手(捕手)。現在は広島東洋カープの2軍バッテリーコーチを努めている。
丹波 幸一(たんば こういち、1970年2月10日 - )は… 丹波 幸一(たんば こういち、1970年2月10日 - )は、日本のプロ野球審判員。審判員袖番号「30」。
成本 年秀(なりもと としひで、1968年9月11日 - )… 成本 年秀(なりもと としひで、1968年9月11日 - )は、兵庫県西宮市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。 1968年、西宮市で衣料品店を経営する両親のもとに生まれる。小学校の頃は「阪神タイガース子供の会」に入り、自転車でわずか20分の距離だった甲子園球場で年10回以上は観戦していた。掛布雅之に憧れ、中学校では4番・三塁手を務めた。進学した地元の西宮東高では部員がわずか12名だったこともあり、投手に転向。全体練習後に1時間以上かけて投球フォームを固め、さらに武庫川沿いを走ってトレーニングしていた。3年夏の兵庫大会はベスト16で敗れたが、最速138km/hの速球がスカウトに注目されるようになっており、校内にもスカウトは多く来ていたが高校時代には指名はされなかった。
寺西 秀人(てらにし ひでと、1964年12月11日 - )… 寺西 秀人(てらにし ひでと、1964年12月11日 - )は、石川県出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。
勝村 法彦(かつむら のりひこ、1956年11月19日 - … 勝村 法彦(かつむら のりひこ、1956年11月19日 - )は、京都府宇治市出身の元アマチュア野球選手(外野手)、野球指導者。 平安高等学校を経て、京都産業大学に入学し、外野手としてプレーした。 大学卒業後に、社会人野球の丸勝のチームでプレーした。 1988年から丸勝の監督を務め、2000年から母校の京都産業大学のコーチに就任した。2001年9月から2021年秋まで監督を務め、9回のリーグ優勝と5回の全国大会の出場を果たした。教え子に平野佳寿、光原逸裕、岩橋慶侍、北山亘基らがいる。後任監督には教え子だった光原が就任した。
谷 博(たに ひろし、1953年6月20日 - )は元プロ野… 谷 博(たに ひろし、1953年6月20日 - )は元プロ野球審判員。徳島県出身。審判員袖番号は19 (1988年初採用から。谷は関西審判部で袖番号が初採用された年度の中で最古参であった)。 徳島県立海南高等学校では野球部で尾崎健夫、大石友好と同期。京都産業大学を経て1976年にセントラル・リーグ審判部入局。井野修元審判とは同期入局である(井野は公募で合格、谷はアマ時代の経験を買われて入局)。入局1年目の4月25日の阪神-大洋戦(甲子園)での左翼外審で一軍試合出場を果たす。 バース・掛布雅之・岡田彰布の3人によるバックスクリーン3連発があった1985年の巨人対阪神戦では一塁塁審をしており、その18年後の平成の3連発では二塁塁審をしていた。
小林 晋哉(こばやし しんや、1952年10月28日 - )… 小林 晋哉(こばやし しんや、1952年10月28日 - )は、兵庫県宍粟郡山崎町出身の元プロ野球選手(外野手)。