伊藤 彩(いとう あや、1987年 - )は、和歌山県生まれ… 伊藤 彩(いとう あや、1987年 - )は、和歌山県生まれの現代美術家。 2011年に京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻を修了。「Art Camp in Kunst-Bau 2007」(サントリーミュージアム[天保山]、大阪)でサントリー賞、「アートアワードトーキョー丸の内 2011」でシュウウエムラ賞及び長谷川祐子賞を受賞。これまでに「VOCA 2010 新しい平面の作家たち」(上野の森美術館)、「レゾナンス 共鳴 人と響き合うアート」(サントリーミュージアム[天保山]、2010年)、「和歌山と関西の美術家たち リアルのリアルのリアルの」(和歌山県立近代美術館、2015年)等に出展。2017年7月にはダブリンで「AYA ITO & ATSUSHI KAGA IT HAPPENS TO BE」(Pallas Projects/Studios、アイルランド)を開催。
須藤 絢乃(すどう あやの、1986年 - )は、日本の現代… 須藤 絢乃(すどう あやの、1986年 - )は、日本の現代美術家。写真家。 学位は修士(美術)、京都市立芸術大学2011年。 大阪府生まれ。中高生時代を芦屋市で過ごす。2005年兵庫県立明石高等学校美術科卒業。2009年京都市立芸術大学美術学部美術科構想設計専攻卒業。2009年フランス国立高等美術学校交換留学。2011年京都市立芸術大学大学院修士課程造形構想修了。東京都在住。 被写体の性別を超えた変身願望や理想像を写真に納め、少女マンガのカラー原稿と写真の狭間にあるような平面作品を発表している。実際の作品は独自のテクスチャをもった印画紙にプリントされ、さらにラインストーンや、グリッターなどで装飾を施し、照明のもとで輝くのも作品の特徴のひとつである。
名和晃平(なわ こうへい、1975年 - )は、日本の現代美… 名和晃平(なわ こうへい、1975年 - )は、日本の現代美術家。京都造形芸術大学大学院特任准教授、総合造形コース主任。ガラスビーズやプリズムシートを使って彫刻の事物としてのリアリティを問い直す作品を制作。
押江 千衣子(おしえ ちえこ、1969年6月5日 - )は、… 押江 千衣子(おしえ ちえこ、1969年6月5日 - )は、日本の画家・現代美術家。京都嵯峨芸術大学造形学科芸術学部講師。植物の作品で知られる。オイルパステルを使った油彩である。 1969年、大阪に生まれる。1995年、京都市立芸術大学大学院美術研究科終了。
高嶺 格(たかみね ただす、1968年 - )は、日本の演出… 高嶺 格(たかみね ただす、1968年 - )は、日本の演出家、美術家。パフォーマンス、映像、彫刻などの作品を国内外で発表している。多摩美術大学美術学部彫刻学科教授。 鹿児島県出身。1991年京都市立芸術大学工芸科漆工専攻卒業。1993年から1997年まで、ダムタイプのパフォーマーとして参加した。1999年岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー卒業。 主な作品にNPO丹波マンガン記念館内坑道跡「在日の恋人」2003年、せんだいメディアテーク「[大きな休息]明日のためのガーデニング1095㎡」2008年など。 2020年-多摩美術大学美術学部彫刻学科教授。
きむらとしろうじんじん(1967年 - )は、日本の美術家、… きむらとしろうじんじん(1967年 - )は、日本の美術家、陶芸家。 新潟県生まれ。京都市立芸術大学大学院(陶磁器)修了。 大学を出てからしばらく焼き物から離れ、1993年から友人たちとHIVとエイズに関するNGO活動を始め、その縁でコミュニティ+アート・センターの運営などを行う。その活動と関連して京都のクラブでパーティーを主催したりした。 旅まわりのお茶会「野点」は1995年からスタート。広く国内外で絶賛開催中。
小山田 徹(こやまだ とおる、1961年-)は、日本の美術家… 小山田 徹(こやまだ とおる、1961年-)は、日本の美術家。京都市立芸術大学教授(2019年度現在)。 鹿児島県生まれ。鹿児島県立甲南高等学校を経て、1985年に京都市立芸術大学日本画科卒業。同大学院美術研究科へ進学し修士課程修了(芸術学修士取得)の後、中退。大学学部在学中の1984年に友人とパフォーマンスグループ「DUMB TYPE」を結成し、1998年まで活動。また、1990年代から共有空間の開発・演出をおこなう。2005年、第2回アサヒビール芸術賞受賞。2010年に京都市立芸術大学美術学部彫刻専攻に准教授として着任し、後に教授。
中原 浩大(なかはら こうだい、1961年 - )は日本の美… 中原 浩大(なかはら こうだい、1961年 - )は日本の美術家・彫刻家である。京都市立芸術大学美術科彫刻専攻教授。 岡山県倉敷市出身。京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。 アカデミックな意味での彫刻の概念や、地域性や素材や領域を、様々な置き換えや交換によって彫刻の概念の拡張をはかる。 1980年代に20代の若さで天才と誉めそやされたが、1989年にパリで『大地の魔術師』展(Magiciens de la Terre, キュレーター:ジャン=ユベール・マルタン)と、ゲントの『オープン・マインド』展(キュレーター:ヤン・フート)を観て衝撃を受け、アート界からしばし遠ざかった。 活動初期に「源感情的」「神の業」と評されたユニークなフォルムを有し、原色で着色された巨大な立体や平面作品を次々と発表し、1990年それまでのフォルムを継続したまま素材をレゴで制作した「レゴ・モンスター」を発表。
古橋 悌二(ふるはし ていじ、1960年7月13日 - 19… 古橋 悌二(ふるはし ていじ、1960年7月13日 - 1995年10月29日)は、日本の現代美術家、メディア・アーティスト。 京都府京都市出身。京都市立芸術大学大学院構想設計科修士課程修了。1984年にダムタイプ(Dumb Type)を結成し、以降中心メンバーとして活動。1992年にゲイであることとHIVキャリアであることを公表し、1994年にはジェンダー、セクシュアリティ、国籍、人種をテーマとしたメディア・パフォーマンス作品「S/N」をオーストラリアにて発表。1995年10月29日、サンパウロにて公演が行われる中、日本にて敗血症により死去。
藤 浩志(ふじ ひろし、1960年 - )は、日本の美術家、… 藤 浩志(ふじ ひろし、1960年 - )は、日本の美術家、アーティスト、ディレクターである。秋田公立美術大学美術学部アーツ&ルーツ専攻および秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科教授。金沢美術工芸大学客員名誉教授。株式会社藤スタジオ代表取締役。NPO法人アーツセンターあきた理事長。NPO法人プラスアーツ副理事長。 2014年から2016年まで十和田市現代美術館の館長を務めた。青年海外協力隊員としてパプアニューギニアに派遣され美術を教える。この時の体験と、また国際協力の場で議論される適正技術は、その後の芸術活動に影響を与えた。また自身の芸術活動を「OS作品」と呼び、アートワーク『かえっこ』をライフワークとして取り組んだ。
椿 昇(つばき のぼる、1953年 - )は、日本の現代美術… 椿 昇(つばき のぼる、1953年 - )は、日本の現代美術家。京都芸術大学附置機関アルトテック所長、京都芸術大学教授。ARTISTS’ FAIR KYOTO ディレクター。 1980年代から、美術と社会の関係を問い直す作品を発表している。2001年の横浜トリエンナーレで発表した全長50メートルの巨大なバッタ(椿昇+室井尚「インセクト・ワールド-飛蝗」)等が知られている。 1989年にタイトルを自ら命名したアメリカでの展覧会「アゲインスト・ネイチャー」への参加など、世界を舞台に活動。2011年から退蔵院襖絵専攻科プロジェクト、2018年からは「ARTIST‘S FAIR KYOTO」を構想してディレクターに就任。
野村 仁(のむら ひとし、1945年1月26日 - 2023… 野村 仁(のむら ひとし、1945年1月26日 - 2023年10月3日)は、日本の現代美術家。京都市立芸術大学名誉教授。1960年代末から、写真を使った芸術表現に取り組み、写真、映像、音などの様々なメディアを使って表現するマルチメディアアーティストである。 1945年兵庫県生まれ。 1969年京都市立芸術大学彫刻科を卒業、大学修了制作でダンボールの風化、重量による崩壊の過程を写真に記録する「Tardiology(遅延論)」を発表、本作品に続き、昇華するドライアイスと沃素を対象とした記録から「道路上の日時(time on acurved line)」を制作する。1970年代より、空、宇宙、DNAを対象として、映像、音などの媒体にて作品を制作。
井田 照一(いだ しょういち、Shoichi Ida、194… 井田 照一(いだ しょういち、Shoichi Ida、1941年9月13日 - 2006年6月5日)は、日本の京都市出身の現代美術家。 「Surface is the Betweenー表面は間である」というコンセプトを掲げ、版画を中心に油彩、ペーパーワーク、陶、ブロンズなど様々なメディアへと作品を制作している。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
中井 汲泉(なかい きゅうせん、1892年7月1日 - 19… 中井 汲泉(なかい きゅうせん、1892年7月1日 - 1970年8月24日)は、京都府出身の美術家、図画教師である。本名は中井 政治郎。 1892年(明治25年)7月1日、京都市上京区に生まれる。京都市立絵画専門学校に進み、竹内栖鳳らから日本画を学ぶ。2年生の時に文展の初入選を果たしたが、教師の目を通さずに出品したことから逆に叱責を受けた。翌年、教師に提出したものの、修正の指導に納得できず、それ以降は官展公募展を問わず出品することはなかった。 岩手県の旧制岩手県立盛岡中学校(現 岩手県立盛岡第一高等学校)から図画教員の勧誘がある。一度は固辞したものの、盛岡から訪ねて来た使いの者の「雪景色も、また良うござんすよ」の一言で赴任を決めた。
片山 雅史(かたやま まさひと)は、日本の画家、現代美術家、… 片山 雅史(かたやま まさひと)は、日本の画家、現代美術家、九州大学大学院芸術工学研究院准教授。東京都に生まれ、京都府で育つ。 1982年、京都市立芸術大学美術学部卒業。1984年、京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻修了。1988年アジアン・カルチュラル・カウンシルの助成により米国ニューヨークに滞在。1995年、文化庁派遣芸術家在外研修員として英国ロンドンに滞在、ロンドン大学ゴールドスミス校に在籍。京都市立芸術大学在学中より活動を始める。 活動初期には、「風のなる日のために」「風の系譜」と題された黒い筆致によるモノクロームの抽象絵画を展開。その後、1990年中頃より金地にシルエットの植物が描かれたHANAシリーズを、1990年代後半より視覚と記憶との関係に関心を持って制作された「皮膜」シリーズを発表。
烏丸 由美(からすまる ゆみ)は、日本の美術家。 烏丸は大阪… 烏丸 由美(からすまる ゆみ)は、日本の美術家。 烏丸は大阪市に生まれ、京都市立芸術大学美術学部彫刻科を卒業後、イタリア国立美術アカデミー(ボローニャ校)絵画コースを修了した。1990年代より活動拠点をイタリアに移し、現在はイタリア・ボローニャ市および兵庫県川西市を拠点に制作活動を行っている。 国外から現代日本を見つめる視点を持ち、その作品は日本への深い愛情とともに、憂いや不安、そして自国であり異国でもある日本に対するアンビヴァレントな感情を表現している。絵画やパフォーマンスを通して、もう一つの視点から「日本」を表現することを試みている。 1995年より「原爆シリーズ」に取り組み、1999年には広島で原爆記念日に合わせた個展を開催した。
米原 敬太郎(よねはら けいたろう)は、日本の美術家、写真家… 米原 敬太郎(よねはら けいたろう)は、日本の美術家、写真家。 京都府京都市出身。多摩美術大学卒業。京都市立芸術大学大学院修了。 当初は美術家として体験型インスタレーション作品を中心に発表していたが、近年は、表現方法を写真に特化することで広告写真家として培った写真技術を活かし、それら大判カメラで撮影されたファインアート志向の写真作品を制作している。 ---以降、写真活動に専念する。