河目 悌二(かわめ ていじ、1889年8月6日 - 1958… 河目 悌二(かわめ ていじ、1889年8月6日 - 1958年4月23日)は、大正・昭和期の日本の画家(童画・商業美術)。愛知県碧海郡刈谷町(現・刈谷市)出身。初山滋、岡本帰一、川上四郎、武井武雄らとともに「童画の第一世代」のひとりである。父は教育者の河目正平。 1889年(明治22年)8月6日、愛知県碧海郡刈谷町大字熊字本屋敷(旧・碧海郡熊村、現・刈谷市八幡町)に生まれた。父親の河目正平は碧海郡熊村出身であり、刈谷藩の藩校である文礼館の教員を務めていた。母親の徳丸あやは刈谷藩江戸屋敷に生まれ、10歳の時に刈谷に移住していた。悌二は次男であり、兄1人と姉2人がいる。兄の河目揆一は小高原尋常小学校(現・刈谷市立小高原小学校)などで校長を務めた教育者である。
藤井 清水(ふじい きよみ、1889年〈明治22年〉2月17… 藤井 清水(ふじい きよみ、1889年〈明治22年〉2月17日 - 1944年〈昭和19年〉3月25日)は、日本の作曲家。童謡作曲家、民謡研究家。広島県安芸郡焼山村(現・呉市)出身。生涯に約1900曲も作曲、編曲しながら、あまり世に知られることのなかった人である。のちに、『日本民謡大観』のもととなる民謡の採譜をたくさん行い、民謡の楽譜化に力を尽くして、日本民謡の音楽的研究の推進に多大な貢献をした。 医師として由緒ある家の三男として、生を享けた。幼い頃から三味線の音を聞き分け、調子を合わせることができたという。 焼山尋常小学校(現・呉市立昭和西小学校)、呉高等小学校をへて福山中学校で学んだ。音楽学校進学を志した清水だが、最初の受験には失敗し、1911年、東京音楽院受験科に入学する。
望月 桂(もちづき かつら、1887年(明治20)1月11日… 望月 桂(もちづき かつら、1887年(明治20)1月11日 - 1975年(昭和50)12月13日)は、アナキストの画家、デザイナー、漫画家である。漫画家としては筆名を犀川 凡太郎(さいかわ ぼんたろう)とする。
萬 鉄五郎(よろず てつごろう、萬 鐵五郎、1885年11月… 萬 鉄五郎(よろず てつごろう、萬 鐵五郎、1885年11月17日 - 1927年5月1日)は、大正~昭和初期の洋画家。 岩手県和賀郡東和町(現在の花巻市)出身。1907年、東京美術学校(現・東京藝術大学)に入学。1912年、岸田劉生や高村光太郎らの結成したフュウザン会に参加している。萬は、その頃日本に紹介されつつあったポスト印象派やフォーヴィスムの絵画にいち早く共鳴した。特にフィンセント・ファン・ゴッホやアンリ・マティスらの影響が顕著であった。黒田清輝らのアカデミックな画風が支配的であった日本洋画界に、当時の前衛絵画であったフォーヴィスムを導入した先駆者として萬の功績は大きい。晩年は日本画の制作や南画の研究も行った。
野生司 香雪(のーす こうせつ、明治18年(1885年)11… 野生司 香雪(のーす こうせつ、明治18年(1885年)11月5日 - 昭和48年(1973年)3月28日)は、日本の仏教画家、仏画家である。 「野生司」の読み方は「のーす」。香雪の残した資料等の紙の上にカタカナで「ノース」と書いてあり、本人もそれが正しいと言っていたとのこと。 香川県香川郡檀紙村(現・香川県高松市檀紙町)に僧侶の長男として生まれる。本名は述太(のぶた)。父・義問、母・シカ。その後、檀紙尋常小学校(現・高松市立檀紙小学校)、堂山高等小学校を経て、香川県工芸学校(現在の香川県立高松工芸高等学校)金属工芸科に入学。卒業後、東京美術学校(現在の東京藝術大学)予備課程の金属工芸科に入る。
須川 政太郎(すがわ せいたろう、1884年(明治17年)1… 須川 政太郎(すがわ せいたろう、1884年(明治17年)12月13日 - 1955年(昭和30年)7月28日)は明治から大正期の作曲家。 和歌山県東牟婁郡新宮町(現・新宮市)谷王子出身。和歌山中学卒業の後、東京音楽学校(現・東京藝術大学音楽学部)甲種師範科入学。途中2年間休学して、東京市茅場小学校で代用教員を務めたのち、復学し、明治44年に卒業した。翌年、竹久夢二作詞の『宵待草』のモデルとなった長谷川カタ(賢)と結婚し、東京市十思小学校で訓導をつとめた。 音楽教諭として、鹿児島師範学校、旧制鹿児島一中、京都師範学校、同女子師範、桃山高女、滋賀女子師範、大津高女 彦根高等女学校に赴任。戦中は一時、中島飛行機半田製作所に勤務し、戦後、半田高等女学校(のち半田高校)で音楽を教えた。
清水 南山(しみず なんざん、1875年〈明治8年〉3月30… 清水 南山(しみず なんざん、1875年〈明治8年〉3月30日 - 1948年〈昭和23年〉12月7日)は、広島県豊田郡能地村(現・三原市幸崎町能地)出身の彫金家。本名、清水 亀蔵(しみず かめぞう)。日本画の大家である平山郁夫の祖母の兄。 広島県出身者としては初めて特待生として東京美術学校(現在の東京藝術大学)に入学した。最初は絵画科(日本画)へ所属していたが、後に彫金科に編入した。彫金科を卒業後に研究科で加納夏雄、海野勝珉に、塑造科で藤田文蔵に学んだ。その後は独自の創作活動を続け、彫金界の第一人者としての地位を築いた。1909年、香川県立工芸学校の教諭になるが、6年余りで退職し、奈良県に住んで法隆寺の古美術を研究した。
岡田 三郎助(おかだ さぶろうすけ、旧姓:石尾、1869年2… 岡田 三郎助(おかだ さぶろうすけ、旧姓:石尾、1869年2月22日 〈明治2年1月12日〉 - 1939年9月23日)は、明治から昭和にかけて活躍した日本の洋画家、版画家である。女性像を得意とし、日本的な感覚の洋画に秀作を残し、現存する作品のほぼ半分を風景画が占める。第1回文化勲章を受章。東京美術学校(現:東京藝術大学)教授。現在の佐賀県佐賀市八幡小路生まれ。族籍は東京府平民。 1869年、肥前佐賀藩の石尾家に生まれる。士族・石尾孝基の三男。幼名は芳三郎。1887年、岡田政蔵の養子になり、家督を相続する。二松学舍、成立学舎、東洋英和学校等に学ぶ。 父とともに幼くして上京し、麹町の鍋島侯邸内で暮らした。
黒木 あすか(くろき あすか)は、ソプラノ歌手、ラジオパーソ… 黒木 あすか(くろき あすか)は、ソプラノ歌手、ラジオパーソナリティ、作曲家である。 宮崎県宮崎市出身。宮崎県立宮崎大宮高等学校文科情報科、東京藝術大学音楽学部卒業、王立ウェールズ音楽院大学院修了。 英語検定1級。イタリア人のクォーターである。[要出典] プードルを飼っていて、溺愛しており、散歩が趣味である。[要出典]
桑野 聖(くわの ひじり、2月12日 - )は、山口県山口市… 桑野 聖(くわの ひじり、2月12日 - )は、山口県山口市生まれのヴァイオリニスト、作曲家、編曲家。 6歳からヴァイオリンを始め、石井洋之助、石井志都子、田中千香士の各氏に師事。山口県立山口高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科卒業。東京藝術大学在学中より、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、宮城フィルハーモニー管弦楽団(現・仙台フィルハーモニー管弦楽団)等のゲストコンサートマスターとして活躍する。 小学生の頃から、プロのヴァイオリニストへの道を歩み、全日本学生音楽コンクールなどにも一位入賞。中学・高校時代にはクラシック以外の音楽にも深く興味を持ち、実はギタリストにもなりたかったが、芸大受験のため、断念。
大塚 直哉(おおつか なおや)は、日本のチェンバロ奏者。東京… 大塚 直哉(おおつか なおや)は、日本のチェンバロ奏者。東京藝術大学音楽学部教授・理事・副学長(教育担当)。 和光小学校から和光中学校、東京都立町田高等学校を経て、1994年に東京藝術大学音楽学部楽理科を卒業、1997年に同大大学院器楽専攻修士課程を修了、2001年に同大大学院チェンバロ専攻博士後期課程修了、博士(音楽)(甲種、2001年)。アムステルダム音楽院チェンバロ科およびオルガン科修了。 『アンサンブル コルディエ』『バッハ・コレギウム・ジャパン』などのアンサンブルにおける通奏低音奏者として、またチェンバロ、オルガン、クラヴィコードのソリストとして活躍するほか、これらの楽器に初めて触れる人のためのワークショップを各地で行っている。
菅 有実子(かん ゆみこ)は、日本の声楽家(メゾソプラノ)、… 菅 有実子(かん ゆみこ)は、日本の声楽家(メゾソプラノ)、オペラ歌手、音楽教育者。 東京都目黒区出身。田園調布雙葉高等学校卒業。東京藝術大学卒業、同大学院修了。 2002年(平成14年)6月13日〜7月1日モーツアルトを中心としたオペラの歌唱法の研究、実践のためウィーンに留学。ソーナ・ガザリアン (De:Sona Ghazarian) に師事。 二期会 ワーグナー『ラインの黄金』フロスヒルデでオペラデビュー。二期会リヒャルト・シュトラウス『ばらの騎士』(演奏会形式)でオクタヴィアンを好演、同役でNHKニューイヤーオペラコンサートに出演。その後二期会モーツァルト『フィガロの結婚』ケルビーノ、新国立劇場・二期会共催フンパーディンク『ヘンゼルとグレーテル』ヘンゼル、ブリテン『真夏の夜の夢』オベロンと少年・青年役を好演し期待に応えた。
中瀬 香寿子(なかせ かずこ)は、神奈川県生まれのフルート奏… 中瀬 香寿子(なかせ かずこ)は、神奈川県生まれのフルート奏者、メンタルケア心理士。 東京藝術大学音楽学部器楽科フルート専攻卒業。フルートを吉田雅夫、川崎優、金昌国、長谷川博らに師事。室内楽を、エディット・ピヒト=アクセンフェルト、中川良平に師事。NHKオーディション合格。 ソロ、室内楽、オーケストラ、作曲家の新曲初演などのクラシック音楽の演奏活動の他、写真家、語り、観世流能楽師との共演など、他分野とのコラボレーションも積極的に行う。 横浜ボランティア協会チャリティーコンサート実行委員を経て、2013年まで藤沢市トライアングルコンサート事務局長を務める。メンタルケア心理士資格(内閣府認証特定非営利活動法人/医療福祉情報実務能力協会認定)取得。
花岡 久子(はなおか ひさこ)は、日本のミュージカル女優であ… 花岡 久子(はなおか ひさこ)は、日本のミュージカル女優である。神奈川県横須賀市出身。元劇団四季所属。 花岡 久子(ソプラノ)北鎌倉女子学園中学音楽コース、高校音楽科を経て、東京藝術大学声楽学科卒業。 同大学院修士課程オペラ科を首席で修了。 その後、ミュージカルの世界を志し、劇団四季に入団。「オペラ座の怪人」座内オーディションにおいて、演出家ハロルド・プリンスに認められ、クリスティーヌ役に抜擢される。日生劇場、中日劇場、札幌JRシアターなどで100回を超えるクリスティーヌを演じる。 退団後は、幅広いジャンルを取り入れたライブやディナーショーで活躍。 また、横須賀市や横浜市の動物愛護センター等でのライブや、保護犬をテーマにしたミュージカル「ワンライフ」への出演など、命の大切さを語りかける作品に、積極的に参加している。
根来 由実(ねごろ ゆみ)は、日本のヴァイオリン奏者である。… 根来 由実(ねごろ ゆみ)は、日本のヴァイオリン奏者である。 湘南白百合学園小学校、湘南白百合学園中学・高等学校、東京藝術大学卒業。同大学卒業年の9月に秋山和慶率いる洗足学園ニューフィルハーモニック管弦楽団のコンサートミストレスに就任。 国民文化祭とくしま記念オーケストラのコンサートミストレスをはじめ、東京フィルハーモニー交響楽団の客演首席奏者、関西フィルハーモニー管弦楽団、中部フィルハーモニー交響楽団、東京室内管弦楽団、横浜シンフォニエッタ、千葉交響楽団、フランスで年に一度開催される最大級のクラシック音楽の祭、ラ・フォルジュルネ2014やオーヴェルニュ室内管など国内外の数々のオーケストラのゲストコンサートミストレス、首席として出演 また、横浜市の鶴見区サルビアホールのレジデントアーティストとして神奈川フィルと共演、活動するなど、地域の文化復興活動にも携わっている。
吉田 浩之(よしだ ひろゆき)は、日本の声楽家(テナー)。東… 吉田 浩之(よしだ ひろゆき)は、日本の声楽家(テナー)。東京藝術大学音楽学部声楽科教授。マネジメントはAMATI。 福井県敦賀市生まれ。敦賀市立粟野中学校。福井県立敦賀高等学校全日制普通科卒業。中学校時より吹奏楽部に所属。ホルンを担当。高等学校在校中より、吹奏楽部顧問でもある音楽科教諭、松村勇氏(国立音楽大学出身、声楽(テナー))に師事。 1985年3月 - 国立音楽大学音楽学部声楽科卒業。1989年3月 - 東京藝術大学大学院音楽研究科声楽専攻修士課程修了。 二期会オペラスタジオ第30期修了〔修了時に優秀賞受賞;同期に上原正敏(テナー)、今村雅彦(バリトン)などがいる〕、ヨハン・シュトラウス2世作曲「こうもり」のアルフレード役にてオペラ・デビュー。
大木 麻理(おおき まり) は、日本のオルガニスト。ミューザ… 大木 麻理(おおき まり) は、日本のオルガニスト。ミューザ川崎シンフォニーホール・ホールオルガニスト。 静岡市出身。東京藝術大学卒業、同大学院修士課程修了。オルガンを菊池みち子、廣野嗣雄、椎名雄一郎、チェンバロを鈴木雅明、大塚直哉、アンサンブルを今井奈緒子、廣澤麻美に師事。 DAAD(ドイツ学術交流会)、ポセール財団の奨学金を得てドイツ・リューベック国立音楽大学(ドイツ語版)、デトモルト音楽大学(ドイツ語版)に留学し、アルヴィート・ガスト、マルティン・ザンダー(ドイツ語版)、ミヒャエル・ラドレスク(ドイツ語版)に師事、最優等で国家演奏家資格を得て卒業。 ソロのみならず東京交響楽団、東京都交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団等、国内外のオーケストラ、アンサンブルと共演。
大島 洋子(おおしま ようこ)は、日本の声楽家(ソプラノ)、… 大島 洋子(おおしま ようこ)は、日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。旧姓:松井。夫も声楽家(バリトン)の大島幾雄。 香川県立坂出高校卒業。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。同大学院修了。畑中良輔、畑中更予に師事。 文化庁オペラ研修所に最年少で入所、同時にコンクール入賞記念で全国をまわる。2年間の研修後、オペラ研修所1期生を優秀な成績で修了。その年、二期会公演のヤナーチェク『利口な女狐の物語』ビストローシュカ(女狐)でオペラデビュー。続いて團伊玖磨『夕鶴』のつう、モーツァルト『フィガロの結婚』スザンナをレパートリーに加え、文化庁移動芸術公演で日本各地をまわり、好評を博す。 1979年(昭和54年)より文化庁派遣芸術家在外研究員としてミラノに留学。